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東京地方裁判所 昭和42年(ヨ)2411号 判決 1970年2月16日

申請人

瀬田光宏

代理人

中村洋二郎

外一七名

被申請人

日放サービス株式会社

代理人

徳永昭三

主文

申請人が被申請人に対し、雇用契約上の権利を有する地位を仮に定める。

被申請人は申請人に対し、金一四二、六四九円および昭和四三年一月以降本案判決確定に至るまで、毎月末日限り金二四、六三〇円を仮に支払え。

申請人のその余の申請を却下する。

申請費用は被申請人の負担とする。

事実<省略>

理由

一被申請会社が昭和四〇年一一月一日日本ビルメンテナンスから、その通信放送部門の営業譲渡を受けて設立された株式会社であり、申請人は昭和三九年六月一五日日本ビルメンテナンスに入社し、昭和四〇年一一月一日被申請会社設立に伴い日本ビルメンテナンスを退職して被申請会社に雇傭されたものであるところ、被申請会社が昭和四二年七月一〇日申請人に対し、本件解雇をなしたことは、当事者間に争がない。

二<証拠>によれば、被申請会社の制定に係る就業規則には、従業員の解雇事由の一つとして、「精神又は身体の障害により業務に堪えられないと認められたとき。」(同規則第一九条第二号)、「業務上止むを得ない必要が生じたとき。」(同条第三号)と定められていることが認められる。そこで、本件解雇に当り、申請人につき前示のような解雇事由が存したかどうかについて判断する。

申請人は被申請会社に入社以来、被申請会社の請負先である株式会社日本教育テレビ、被申請会社サービス課、同じく請負先である日本電気技術協力株式会社の山口県相生局の米軍マイクロウエープ中継所に順次派遺もしくは配転された後、昭和四二年二月一五日被申請会社勤務を命ぜられたが、同年四月から同じく被申請会社の請負先である日本電気工事府中工場における機械設備の検査業務に従事するため同工場に派遣されたことは当事者間に争がなく、<証拠>を総合すれば、申請人は日本電気工事府中工場において製作するスタジオ機器の検査業務に従事するための要員として、前示のように同工場に派遣されたのであるが、たまたま同工場におけるスタジオ機器の製作が遅延したため、右検査業務に関連する設計製図の業務に従事していたところ、昭和四二年四月には、勤務すべき日二二日のうち欠勤三日、遅刻三回を、同年五月には勤務すべき日二二日のうち欠勤四日、遅刻六回を重ねたほか、同年六月には出勤すべき日二五日のうち少なくとも一〇日間欠勤したこと、前記欠勤は、四月の欠勤のうち二日を除いて、いずれも胃腸の病気によるものであり、遅刻はいずれも一時間以上のものであること、申請人は、同年六月一四日頃腸炎である旨の医師の診断書を被申請会社に提出したが、被申請会社より精密な診断書の提出を求められたので、同月一九日および二一日の二日に亘り、平塚外科胃腸病院において精密検査を受けたところ、申請人の病気は、慢性萎縮性胃炎、慢性腸炎であり、職種によつて症状の増悪、下痢症状(過敏性大腸炎)があるため、現在の勤務は不適である旨診断され、その旨の診断書を同月二八日被申請会社に提出したこと(申請人が被申請会社の求めに応じて昭和四二年六月二八日診断書を提出したことは、当事者間に争がない)、前記病院のした「現在の職務は不適である。」旨の診断は、申請人が担当の医師に述べた自己の症状および当時の職務内容に関する事実に基づいてなされたものであること、日本電気工事府中工場における検査業務のため同工場に派遣された被申請会社の従業員は、申請人を含めて一〇名(うち主任、班長各一名)で、いずれも派遣された昭和四二年四月から同年一〇月末頃まで設計製図の業務に従事していたが、右業務はさほど過重なものであるとはいえず、又神経を過度に使う程のものでなく、右一〇名のうち、申請人および訴外梅谷憲治の二名を除いては、他に病気欠勤をした者はないこと、および梅谷憲治は前記工場に派遣される以前から胃を煩つていたもので、同工場に派遣されたために病気になつたものではないこと、以上の事実を一応認めることができ、<証拠判断省略>。

ところで、<証拠>によれば、被申請会社においては、毎年一回以上定期的に、必要があれば随時に、従業員に対する健康診断を実施することとし(就業規則第五五条)、従業員の健康管理に留意するほか、その就業規則において、私傷病による欠勤が長期に及ぶ場合には期間を定めて休職を命ずること(同規則第一三条)、従業員の能力、適性に応じ転勤または職場移動を命ずること(同規則第一一条、同条にいう能力適性には従業員の身体的条件である健康状態が除かれているものとは解し得られない)を、定めていることが明らかで、これら就業規則の各規定の趣旨からすれば、被申請会社の就業規則第一九条第二号にいう「精神又は身体の障害により業務に堪えられないと認められたとき」とは、前示休職、配転制度の活用を配慮してもなおかつ被申請会社の業務に堪えられないと認められる客観的な精神または身体の障害事由のある場合をいうものと解するのが相当である。

前記認定の事実によれば、申請人の病状は、当時申請人が従事していた日本電気工事府中工場における設計製図の業務の遂行には堪えられない状態にあつたと認められないのではないが、前説示したところよりすれば、その一事によつて直ちに申請人が身体の障害により被申請会社の業務に堪えられない状態にあつたものと速断することは相当ではない。前記認定判示のとおり、申請人は被申請会社に入社以来、株式会社日本教育テレビ、被申請会社サービス課、日本電気技術協力株式会社の山口県相生局の米軍マイクロウエーブ中継所などに派遣もしくは配転されて被申請会社の業務に従事して来たものであり、かつ申請人と被申請会社間の労働契約において、申請人の就くべき職種を日本電気工事府中工場における設計製図の業務に限定する旨の特段の約定のあつたことを認めるに足る疏明のない本件においては、申請人が同工場において従事していた設計製図の業務に堪えられない病状にあつたにしても、被申請会社としては、申請人の配置転換もしくは病気休職を命ずるのが相当な措置であつたといわなければならない。もつとも申請人が前記病気を理由として昭和四二年六月二八日被申請会社に対し放送技術課への配置転換を希望したことは当事者間に争がなく、右事実に、<証拠>を総合すれば、申請人は前記病気を理由として昭和四二年六月初め頃から現場主任を通じて被申請会社に対し、日本電気工事府中工場から放送技術課勤務への配転を強く希望していたところ、申請人から前記のような平塚病院の診断書が提出されるに及び、被申請会社において申請人の放送技術課映像係への配転を考慮し、これを検討するため同課の各主任の意見を徴したが、申請人がかつて放送技術課員として株式会社日本教育テレビに勤務していた当時の勤務態度の必ずしも良好でなかつたことを知つていたため、いずれも申請人の放送技術課映像係への配転に強い難色を示した結果、被申請会社は右配転を不可と決定したことを認め得るけれども、<証拠>によれば、被申請会社は放送技術課のほか通信技術課および総務課の二課を設け、昭和四二年五月当時においては、放送技術、通信技術、電気工事、電子装置、家庭電化製品販売サービス、放送番組の企画製作などの部門に関する請負を営業としており、その主な取引先(請負先)も株式会社日本教育テレビ外八社に及んでいたことが認められるから、申請人の放送技術課映像係への配転が前記認定のような事情の故に不可であつたとしても、申請人を右係以外の職場に配転することが、必ずしもできなかつたものとは、とうてい認めがたい。そればかりでなく、仮りに、申請人の能力、適性と前記病気欠勤などの事情からみて申請人を他の職場に配転することが被申請会社の業務運営上、支障があつたにしても、前記の如く病気休職の制度を採用している被申請会社にあつては、この事をもつて直ちに「業務上止むを得ない必要が生じたとき」に該当するものとなすことは相当ではない。現に申請人と同時に日本電気工事府中工場に派遣された梅谷憲治は、前示の如く病気欠勤(証人山本宏之の証言によれば月に五、六日の病気欠勤をしていたことが認められる)したのであるが、被申請会社は同人に対しては約一ヶ月間の休職を命じ、治療の上、職場に復帰せしめていることは、被申請会社の認めて争わないところであり、しかも、<証拠>によれば、被申請会社は本件解雇にふみきる以前に、申請人の処遇に関し、申請人に対し根本的治療をなさしめるため病気休職を命じることを考慮していたことを窺い得るところ、被申請会社において病気休職の措置を採らなかつたことにつき首肯するに足る合理的理由の存したことを認めるに足る疏明はない。被申請会社は、当時、冗員を抱える余裕はなかつた旨主張するけれども、<証拠>によれば、被申請会社は資本金額は八〇〇万円にすぎないが、昭和四二年六月当時には一二〇名に上る従業員を雇傭し、月間の取引高は少なくとも一、〇〇〇万円を下らなかつたことが認められ、右事実に、前記認定の被申請会社の営業規模を考え合せると、当時、被申請会社が申請人を病気休職者として抱える経済的余裕がなかつたものとは、とうてい認めがたく、他に右認定を覆えすに足る疏明はない。

以上認定判示したところによれば、本件解雇に当り申請人につき被申請会社の就業規則第一九条第二号および同条第三号に該る事由は存しなかつたというほかなく、したがつて本件解雇は合理的な理由を欠くものであるから、その余の争点について判断するまでもなく、無効であるといわなければならない。

三しからば申請人と被申請会社間の雇用関係は今なお存続し、申請人は被申請会社に対して雇傭契約上の権利を有しているものというべく、被申請会社が申請人の就労を拒否する限り、それに基づく就労不能は被申請会社の責に帰すべき事由によるものであるから、申請人は反対給付たる賃金請求権を失わない。

而して申請人は被申請会社から毎月末日に賃金の支払を受ける約定であり、昭和四二年七月当時における申請人の月額平均賃金が二四、六三〇円であつたところ、被申請会社は本件解雇により同日両名間の雇傭契約が終了したとして同月一一日以降申請人を従業員として取り扱わず賃金を支払わないことは当事者間に争いがない。申請人は同年七月分の賃金全額についての仮の支払を求めているが、<証拠>によれば申請人の本件解雇時までの同年七月分の賃金は五、一三一円となることが認められるところ、被申請会社において右賃金の支払を拒んでいる事実を認めるに足る疏明はない。

そして<証拠>によれば申請人は被申請会社から支払われる賃金を唯一の生活の資としてきたことが疏明されるから、申請人が現に恒常的に就職して収入を得ている等特段の事情のあることについて被申請会社の主張・疏明のない本件においては本案訴訟による救済を受けるまでの間被申請会社から賃金の支払を拒まれるときは生活に窮し著しい損害を蒙るおそれがあると推認するのが相当である。したがつて、申請人の賃金請求権については、昭和四二年七月分の賃金残額(月額平均賃金二四、六三〇円から前示五、一三一円を差し引いた残額)と同年八月ないし同年一二月分までの五ヶ月分の賃金との合計額である金一四二、六四九円および昭和四三年一月以降本案判決確定に至るまで毎月金二四、六三〇円の仮の支払を求める限度において保全の必要性があるというべきである。

四よつて、本件申請は右の限度で被保全権利の存在およびこれが保全の必要性につき疏明があるから、申請人に保証を立てさせないでこれを認容し、その余は保全の必要性につき疏明を欠くから、これを却下することとし、申請費用の負担につき民事訴訟法第九二条但書を適用して主文のとおり判決する。(兼築義春 豊島利夫 神原夏樹)

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