東京地方裁判所 昭和42年(レ)291号 判決 1970年5月02日
控訴人(附帯被控訴人) 山本千代子 外三名
被控訴人(附帯控訴人) 林明守
主文
原判決を取消す。
被控訴人の請求をいずれも棄却する。
附帯控訴に基く附帯控訴人(被控訴人)の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は第一、第二審とも被控訴人(附帯控訴人)の負担とする。
事実
第一、当事者の求めた裁判
控訴人ら(附帯被控訴人ら、以下控訴人らという)は主文同旨の判決を求め、被控訴人(附帯控訴人、以下被控訴人という)は「1本件控訴を棄却する。2控訴費用は控訴人らの負担とする。」との判決を求め、さらに、附帯控訴として、当審において請求を拡張して「1控訴人らは被控訴人に対し、別紙目録記載の建物(以下、本件建物という)の二階部分を分割のうえ所有権移転登記手続、または右建物につき持分二分の一の共有登記手続をせよ。2本件建物の階下のガス、水道、便所、出入口の使用権を被控訴人が有することを確認する。3控訴人らは被控訴人に対し、昭和三九年八月一日から本件建物の二階部分の明渡に至るまで一カ月につき金一、〇〇〇円の割合による金員を支払え。」との判決を求めた。
第二、当事者の主張
(被控訴人の請求原因)
一、被控訴人は昭和二二年一一月ごろ訴外林伝助よりその所有にかかる東京都台東区坂本二丁目(現在は下谷二丁目)二番地四所在の木造瓦葺二階建住家五戸建一棟(以下、五軒長屋という)および同所所在の木造瓦葺二階建住家四戸建一棟(以下、四軒長屋という)の二棟の長屋を買受けたが、これを明渡してもらうためにその借家人らと交渉した結果、同月一八日四軒長屋に居住している借家人は五軒長屋の二階に移り住み、四軒長屋を被控訴人に明渡し、その代償として被控訴人は五軒長屋の各居住部分を借家人らに無償で譲り渡すこととなつた。
二、本件建物は右五軒長屋のうちの一戸であり、それまでは、亡山本秀雄がその家族である控訴人らと一、二階をともに使用していたが、訴外田中敏雄がその二階部分四坪に移り住むことになつた関係上、一階部分については山本秀雄が、二階部分については田中敏雄がそれぞれその所有権を取得した。しかし、その登記簿上の所有名義は五軒長屋の他の部分と同じく、一階の居住者であつた山本秀雄とし、昭和二二年一二月四日に被控訴人から同人に対し売買名義をもつて所有権移転登記手続をなした。
三、その後、被控訴人は昭和二七年一二月一〇日に田中敏雄からその権利を金八万円で譲り受けた。
四、その後、昭和三四年一〇月一二日、山本秀雄が死亡し、控訴人らがその権利義務を相続したが、控訴人らは前記二階部分を昭和三六年七月から訴外岡本房子に権利金二万五、〇〇〇円、賃料一カ月金五、〇〇〇円で賃貸し、さらに、昭和三九年八月からは賃料一カ月金六、〇〇〇円で賃貸した。そして、岡本房子が右二階部分から立退いた後も控訴人らはこれを占有して被控訴人の権利を否定し、その結果、被控訴人に対して本件建物二階部分およびその階下にあるガス、水道、出入口等の使用を認めない態度に出ている。
五、よつて、被控訴人は本件建物の二階部分の所有権およびその階下のガス、水道、便所、出入口の共同使用権を被控訴人が有することの確認を求め、あわせて、控訴人らに対して、右二階部分の明渡しおよび右二階部分を分割のうえその所有権移転登記手続をすること、または本件建物につき持分二分の一の共有登記手続をすることを求め、さらに、権利金の不当利得として金二万五、〇〇〇円、賃料の不当利得および賃料相当額の損害金として昭和三七年八月一日から昭和三九年七月三一日までは一カ月につき金五、〇〇〇円、昭和三九年八月一日から右二階部分明渡しずみにいたるまでは一カ月金六、〇〇〇円の割合による金員の支払いを求める。
(請求原因に対する控訴人らの答弁および主張)
一、請求原因第一項の事実、および同第二項の事実のうち、亡山本秀雄が昭和二二年一二月四日に被控訴人から売買を原因として本件建物につき所有権移転登記を受けたことは認める。しかし、田中敏雄が本件建物二階部分につき所有権を取得したとの事実は否認する。すなわち、被控訴人がその主張の長屋の明渡を求めたさいに、亡山本秀雄に対しては本件建物を二階部分をも含めて譲渡したものであり、本件建物二階部分には田中敏雄の入居はもとより予定されておらず、従来どおり山本秀雄の単独使用となつたものである。田中敏雄はその後になつて、山本秀雄の好意により右二階部分に入居したにすぎない。
なお、被控訴人は本件建物の二階部分が所有権の対象となることを前提として本訴請求をしているが、一戸の建物のうち、独立性をもたない二階部分のみが所有権の対象となることはありえない。
二、同第三項の事実は知らない。
三、同第四項の事実のうち、昭和三四年一〇月一二日に山本秀雄が死亡し、控訴人らがその権利義務を相続したこと、控訴人らが岡本房子に対して本件建物二階部分を賃貸したことは認めるが、その余の事実は争う。
四、本件建物二階部分につき田中敏雄が何らかの権利を取得したとしても、
(一) 田中敏雄は、被控訴人が同人から権利を譲り受けたと主張する時点より前に、本件建物二階部分に放火してこれを焼失しようとしたものであるから、これによつてその権利を放棄したものといえる。
(二) さらに、被控訴人の本訴請求は権利の濫用である。いやしくも多数の困窮者のひしめく老朽木造の長屋の一角である本件建物二階部分に放火することは、控訴人らを含めて多数の人命財産を危殆に陥れることであり、さらに、右放火が大事に至らずに終るや、自己の権利を主張することはまさに信義則に反し、権利の濫用である。そして、被控訴人は田中敏雄の右の行為を熟知しながらその権利を譲り受け、さらに同人のお礼参りに同道までしているのであるから、被控訴人の主張も権利濫用であり、許されない。
第三、証拠<省略>
理由
一、被控訴人が昭和二二年一一月ごろ、林伝助から被控訴人主張の四軒長屋と五軒長屋の二棟の長屋を買受けたこと、四軒長屋の借家人らが五軒長屋に移転して四軒長屋を被控訴人に明渡したこと、本件建物が右五軒長屋の一戸であること、昭和三四年一〇月一二日、山本秀雄が死亡し、控訴人らがその権利義務を相続したこと、控訴人らが岡本房子に対して、本件建物二階部分を賃貸したことはいずれも当事者間に争いがない。
二、被控訴人の主張は、本件建物の二階部分につき被控訴人が所有権を有することを前提とした主張と理解されるので、右二階部分が所有権の対象となりうるかどうかについて判断するに、成立に争いのない乙第二号証の五、原審および当審(第一回)における控訴人山本千代子本人尋問の結果、当審における被控訴人本人尋問の結果(第一回)によれば、本件建物二階部分は六畳一間と押入のみであり、直接外へ出る階段はなく、内部の階段を降りて階下の三畳間と台所とを通らなければ玄関に出られず、しかも、ガス、水道、便所が階下にしかないことがそれぞれ認められ、右認定に反する証拠はなく、右事実によれば、本件建物二階部分は本件建物から構造上区分された独立の建物とはいえず、したがつて、一個の建物として独立の所有権の対象たりえないから、かりに前記関係者らの間で本件建物の所有権を階上階下に分ける合意がなされたとしても、それは無効であり、これにより、田中敏雄が本件建物二階部分の所有権を取得することができず、したがつて、右主張を前提とする被控訴人の請求は判断のかぎりでない。
三、つぎに、被控訴人の主張は、本件建物につき被控訴人が共有持分権を有し、これに基いてその二階部分を使用する権利を有することを前提とした主張とも理解できるので、まず、借家人らが四軒長屋から五軒長屋に移るさい、本件建物二階部分につき、四軒長屋の借家人の一人であつた田中敏雄がかかる権利を取得したか否かについて判断する。
(イ) 当審における証人木村鎮一の証言、原審および当審(第一、二回)における控訴人山本千代子本人尋問の結果、および原審における被控訴人本人尋問の結果によれば、つぎのように認められる。
被控訴人は昭和二二年一一月ごろ、前記長屋二棟を買受けたさい、最初、五軒長屋四軒長屋の借家人らに明渡を求めたけれども拒絶された。しかし、四軒長屋を売却処分する必要に迫られていた被控訴人は、戦時中隣組長などをして、近隣居住者のいわば代表者格であつた亡山本秀雄に対して、四軒長屋の居住者が五軒長屋の二階に引越し、五軒長屋の居住者がそのために二階部分を提供することによつて、四軒長屋を明渡すことができるならば、右長屋二棟に居住する借家人全員に五軒長屋を贈与する、五軒長屋に従来居住した借家人も四軒長屋から二階に入居できる借家人も、一戸の部分について同等の権利を持つこととする。四軒長屋の借家人が五軒長屋のどの部分に移住するかは山本秀雄に一任するとの条項を示して、早急に借家人らの取りまとめ方を依頼し、同人と交渉した。
当時五軒長屋の借家人は、入口に向つて左から、木村錦二、川代某、内藤富蔵、鈴木熊次郎、山本秀雄であり、木村錦二方の二階には戦後その実兄木村鎮一が同居し、川代方は戦時中埼玉方面に疎開して音信不通のまま復帰せず空屋同然であり、内藤富蔵方は子供が五、六人いて家族が多く、山本秀雄は進駐軍の人夫供給をしていて、子供四人あり、その二階は山本秀雄と人夫たちの居室にあてていた。四軒長屋は五軒長屋と向い合つていたが、その借家人は木村方の前あたりから順次左に渡辺某、横村幸三郎、田中敏雄、石川金太郎の順であり、田中方は鈴木方と向い合つていた。山本秀雄は四軒長屋五軒長屋に居住する借家人たちと協議のうえ、川代某は戦時中疎開したまま復帰せず、音信もないので借家人から同人を除外し、四軒長屋の借家人たちの移住する部分を家族構成や各借家の位置関係などを考慮して調整し、結局、木村錦二方の二階は木村鎮一が居住することを認め、川代方の一階部分には石川金太郎、二階には渡辺某、内藤方の一階玄関の二畳間には横村幸三郎、一階のその他の部分と二階は内藤富蔵、鈴木方(本件建物の左隣)の二階は田中敏雄、一階は鈴木熊次郎、本件建物の一、二階は山本秀雄がそれぞれ居住できるということを借家人全員でとり決めた。被控訴人は山本秀雄から右借家人たちの移住の調整がまとまつたことを確め、また、四軒長屋の借家人全員が被控訴人に長屋を明渡したので、右の木村錦二、内藤富蔵、鈴木熊次郎、山本秀雄、渡辺某、横村幸三郎、田中敏雄、石川金太郎らに対し、その代理人である山本秀雄を通じて、本件五軒長屋を贈与することを約し、移転登記手続は山本秀雄に一任した結果、昭和二二年一二月四日ごろ、五軒長屋に従前から居住していた借家人たち(川代某を除く)と一階に移住した者の個人名名義に、各戸ごとの所有権移転登記手続をすませた。なお、田中敏雄は鈴木熊次郎方の二階に居住することを嫌つて、四軒長屋を明渡すと同時に墨田区錦糸町方面へ移転してしまつた。以上の事実が認められ、右認定に反する原審における証人木村ハル、原審および当審における証人木村鎮一の各証言、原審および当審(第一、二回)における被控訴人本人尋問の結果は措信しがたく他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。
(ロ) もつとも、原審証人木村ハルの証言、当審における被控訴人本人尋問の結果(第一、二回)によれば、田中敏雄は昭和二四年ごろに放火事件を惹き起すまで本件建物の二階部分に居住していたことが認められるが、しかしながら、当審証人木村鎮一の証言、原審および当審(第一、二回)における控訴人山本千代子本人尋問の結果によれば、田中敏雄は四軒長屋から直ちに本件建物の二階に移転したのではなく、右認定の贈与契約成立後約六ケ月してから強引にここに入り込んで来たものであることが認められるのであるから(右認定を左右するに足りる証拠はない)、田中敏雄したがつて被控訴人が本件建物について共有持分を有すると解することはできない。
四、なお、右三の(ロ)において認定した事実によつても、前記贈与契約後に田中敏雄が本件建物二階部分につき共有持分権以外の何らかの権利を取得したと速断することも困難であり、他に被控訴人が本件建物二階部分を占有すべき権原を有すると認定できる証拠はない。
五、したがつて、被控訴人の附帯控訴を含む本訴請求はいずれも理由がないので、被控訴人の本訴請求を認容した原判決を取消してこれを棄却するとともに、本件附帯控訴に基く請求も棄却することとし、民事訴訟法第三八六条、第九六条、第八九条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 緒方節郎 定塚孝司 水沼宏)
目録
東京都台東区下谷二丁目二番地四
家屋番号 同町八三番五
一、木造瓦葺二階建居宅 一棟
一階 七坪
二階 四坪