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東京地方裁判所 昭和42年(ワ)10071号 判決 1968年10月08日

原告

高島貞江

ほか一名

被告

志村交通株式会社

主文

一、被告は原告高島貞江に対し金三八〇万円、原告高島秀明に対し金六四〇万円および右各金員に対する昭和四二年三月六日から完済に至るまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。

二、原告らのその余の請求は、いずれも棄却する。

三、訴訟費用はこれを三分し、その一を被告の負担とし、その余を原告らの連帯負担とする。

四、この判決は原告ら勝訴の部分に限り、仮りに執行することができる。

事実

第一、当事者の求める裁判

一、原告ら――「被告は原告高島貞江(以下原告貞江という。)に対し九六五万二三五五円、原告高島秀明(以下原告秀明という。)に対し一五二九万四七一二円および右各金員に対する昭和四二年三月六日から完済に至るまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決および仮執行の宣言

二、被告――「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決

第二、請求原因

一、(事故の発生)

昭和四二年三月五日午前六時三〇分頃、東京都板橋区大山金井町二六番地先交差点において、訴外工藤実(以下工藤という。)が運転する普通乗用自動車(練馬五い一〇六二号、以下甲車という。)と、訴外高島捨治(以下捨治という。)が運転する原動機付自転車(以下乙車という。)とが衝突し、捨治は脳挫傷等の傷害を負い、翌日午後三時五五分頃、右傷害により死亡した。

二、(被告の地位)

被告は甲車を所有しこれを自己のために運行の用に供する者であつた。

三、(損害)

(一)  捨治の失つた得べかりし利益

捨治は当時満三一才の男子で、東京都豊島区池袋において、牛乳、ジユース等の飲料販売業を営んでおり、月平均二一万二二五一円の収入を得ており、その収入を得るための諸経費として月三万六八一二円(その内訳は、店舗賃料二万円、電話料金六二九五円、電気料金七五一七円、ガソリン代三〇〇〇円)および生活費月二万円の計五万六八一二円を支出していた。従つて同人の得ていた純収益月額は一五万五四三九円となり、その年額は一八六万五二六八円となる。捨治は本件事故に遇わなければ、満六三才に達するまでの三二年間程度の収入を挙げたであろうから、右金額を基礎にして同人の死亡時における現価をホフマン式(単式)計算法により年五分の中間利息を控除して算出すると二二九五万七〇六七円(円未満切捨)となり、同額の損害を蒙つたことになる。

(二)  原告らの相続

原告貞江は捨治の妻であり、原告秀明はその子であるが、捨治の死亡により前記逸失利益の損害賠償請求権を各相続分に応じ、相続により承継した。その結果原告貞江の取得額はその三分の一にあたる七六五万二三五五円、原告秀明の取得額はその三分の二にあたる一五三〇万四七一二円となる。

(三)  原告らの慰藉料

原告らは捨治の死亡によりそれぞれ多大の精神的苦痛を味わつたが、これに対する慰藉料としてはいずれも二〇〇万円が相当である。

四、(結論)

よつて、被告に対し、自賠法三条により、原告貞江は以上合計九六五万二三五五円、原告秀明は以上合計一七三〇万四七一二円の内金一五二九万四七一二円、および右各金員に対する事故発生の日の翌日である昭和四二年三月六日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

第三、請求原因に対する答弁

一、請求原因第一項中、捨治の傷害の内容について不知、その余は認める。

二、同第二項中、被告が甲車を所有していたことは認め、その余は争う。

三、同第三項中

((一)に対して)商人として商業帳簿がないこと自体不可解であるが、少なくとも販売実績について明白にならない限り純利益の計算は不可能である。また経費の面についていえば労賃が最も重要な部分を占めるのにその実態すら明白でない。又乙車の償却代も経費として計上されるべきである。又牛乳販売店経営に必要な設備投資として冷蔵庫、冷凍機、自転車、備品、什器等も経費として償却されるべきであり、約二〇〇万円の借入金も当然経費として取り扱われるべきである。

((二)、(三)に対して)不知。

第四、過失相殺の抗弁

本件事故発生については捨治の左記重大なる過失が起因している。すなわち本件事故現場は、交通整理の行われていたい交差点であるから、該交差点に進入する場合、既に他の道路から交差点に進入している車両がある場合には、停止もしくは徐行するなどして当該車両の進行を妨げてはならない義務(道交法三五条一項)があるのに、捨治は甲車が先に交差点に進入していたにもかかわらず、右義務および運転者一般に要求されている安全運転義務(道交法七〇条)に違反して制限速度をはるかに超過した速度で交差点に進入してきたため本件事故が発生したのである。

第五、抗弁に対する原告らの認否

否認する。

第六、証拠 〔略〕

理由

一、(事故の発生)

請求原因第一項の事実中、捨治の傷害の内容を除き当事者間に争いがなく、〔証拠略〕によれば、捨治は本件事故によつて頭蓋骨骨折、脳挫傷等の傷害を負い、これが同人の死因となつたことが認められる。

二、(被告の責任)

被告が甲車を所有していたことは当事者間に争いがないので、被告は運行供用者として自賠法三条の責任があり、原告らの蒙つた後記損害を賠償する責任がある。

三、(過失相殺)

いずれも〔証拠略〕によれば次の事実が認められる。

(一)  事故現場の状況

事故現場は、ほぼ南北に走る幅員五・九米のアスフアルト舗装道路(北は東上線踏切方面に、南は川越街道方面に走つている。)とほぼ東西に走る幅員六・二米のアスフアルト舗装道路(東は山手通り方面に、西は大山金井町方面に走つている。)とがほぼ直交する、信号機も一時停止の標識も設置されていない、見通しの悪い交差点内であり、二つの道路の最高制限速度は昼夜とも時速四〇粁と指定されている。

(二)  事故発生の状況

工藤は甲車を運転して幅員五・九米の道路を北進し、捨治は乙車を運転して幅員六・二米の道路を東進して来て、交差点に進入し、各車の進入した交差点入り口(各道路の西南角から道路端の線を延長した線)から北に二・九米、東に二・九米入つた地点で甲車の左側面に乙車が衝突した。甲車のスリツプ痕は衝突地点に南北に左二・九米、右四・二米にわたり、乙車のスリツプ痕は衝突地点に至るまで五・一米にわたりそれぞれ路面に跡をとどめていた。そして甲車は衝突地点から一一・三米ばかり進行して停車していた。衝突地点の二―三米北方に乙車に積んでいた牛乳ビンの破片が散乱し、内容の牛乳がこぼれ、またその付近に捨治の頭部から出血したと認められる血痕があつた。

工藤は、甲車の先頭部分が交差点まであと約三米の地点まで進行したとき、交差道路の左方から乙車が進来するのを発見したが、甲、乙車の間隔は約四〇米あると誤信し(同人の指示した地点を測定の結果約二〇米であつた。)右方にのみ注意して交差点に甲車を一・五―二米進入させたとき、乙車が既にスリツプ状態にあるのを発見しあわててブレーキを踏んだが既に間に合わず本件事故になつた、と実況見分時に指示説明し、警察署、検察庁でも同様に供述している。甲車の速度は前認定のスリツプ痕の長さ、停車位置等から見て時速四五粁程度であつたと考えられるのであるが、この甲車がわずか六米位を走行する間に、ハンドルの両側にも後部荷台の両側にもそれぞれ牛乳ビンの一杯入つた袋をぶら下げ、その上荷台にも牛乳ビンの入つた箱を二段にして積んでいた原付自転車である乙車(前出乙第八号証により認められる。)が、一七―一八米(実況見分調書添付図面の<ア>と衝突地点との距離)もの距離を走行しえたものとは考えられない。従つて甲車の時速が約四五粁であつたことを前提とする限り、乙車は工藤の指示する地点よりもつと近くまで接近していたものと考えざるを得ない。従つて被告が主張する程乙車が高速であつたと認めるに足る証拠はない。

(三)  過失割合

右認定事実によれば、本件交差点は甲、乙車双方にとつて見通しの悪い交差点だつたのであり、双方ともに十分交差道路の交通の安全を確認して該交差点を通過すべき義務があつたのに、双方右義務を怠つて本件事故を惹起させたのである。甲、乙車の衝突の態様から考えて甲車の方が本件交差点に先に進入していたものと認められ、捨治としては甲車の優先権を無視した点に重大なる過失がある一方、工藤としても法定最高制限速度を約五粁超過していた上前記安全確認義務に違反しているのであつて、双方の過失の割合は、捨治につき六割弱、工藤につき四割強程度と考えるのが相当である。

四、(損害)

(一)  捨治の失つた得べかりし利益

〔証拠略〕によれば、捨治は昭和一一年一月二日生まれの当時三〇才一〇か月余りの健康な男子で東京都豊島区池袋において牛乳等の小売販売業を営んでいたこと、同人は昭和四一年三月頃から右営業の開業準備を始めたが、資金不足のため同人の兄から一〇〇万円、弟から二〇万円、原告貞江の弟から三〇万円を借りた上、店舗を月二万円で借り受け、冷蔵庫を三二万五〇〇〇円で、什器備品等を二〇―三〇万円で購入したこと、牛乳等売買取引に関する契約を訴外保証牛乳株式会社(以下訴外保証牛乳という。)との間で締結し、又訴外株式会社ピロナ製品販売との間でも締結した後、同年四月から営業を開始したこと、その営業形態は捨治が中心となり、原告貞江と同女の弟が牛乳配達を手伝い、それぞれ一日一〇〇本程度の配達をしていたこと、経営の方は捨治が事故に遇うまでの一一か月間順調に営まれ、訴外保証牛乳との取引によつて少なくとも一八五万円の利益を挙げる一方(販売価格から買入価格を控除した昭和四一年四月の利益は七万余円となる。)、訴外株式会社ピロナ製品販売との取引によつて少なくとも四五万円の利益を挙げていたこと(右二つの金額は販売実績が一〇〇パーセントであるとした場合の数値である。)、訴外保証牛乳との取引は一月単位ではあつたが、一五日までを上期、それ以後を下期として請求書が提出される仕組となつていたこと、牛乳配達等の間に破損する割合は配達するビン数の大体二パーセントであること、売れ残り品については牛乳販売業者すなわち捨治の負担となること、前記借金については捨治が生前返済していたこと、捨治死亡後は営業が不能となり、原告貞江は営業に関する一切の物件を訴外西村光夫に売り渡してしまつたこと等が認められる。

右事情に基づいて捨治の純収益を考えるに、二つの訴外会社との取引によつて挙げていた利益の合計額は二三〇万円となるところ、被告が指摘するように商業帳簿が存在しないため販売実績を確たる証拠により把握することができない。しかし訴外保証牛乳についていえば、取引の形態は一五日を小単位としており、請求本数も夏期には増加しているが、その他の季節では大体安定していることを考えると、売残り品が多数生じたとは考えられない。さりとて全然なかつたものとも考えられないので、この売残りによる損失と前記破損による損失とを考慮しても、前記二三〇万円の利益から約五分を控除した二二〇万円程度の営業収入は確保されていたであろうと推認できる。ところで右収入は、捨治一人の働きでなく同人の妻である原告貞江の協力の下に得られたものであることを考慮すると、同人の得ていた収入は右額から一割を減じた一九八万円程度に見積るのが相当である。

右収入を得るための諸経費は、前記月二万円の店舗賃料、原告らが目認する額を超えると認めるに足る証拠もないので同程度要したであろうと考えられる電話料、電気料、ガソリン代、捨治の生活費の月額計三万六八一二円、原告貞江の弟に対するアルバイト料一万円および什器備品等の原価償却費月五〇〇〇円(耐用年数は一〇年と考える。)の計七万五〇〇〇円程度と推認される。なお被告は二〇〇万円の金利についても経費として控除すべきであると主張するが、捨治は死亡前に既に返済していたことが原告貞江本人尋問の結果認められるのであつて、死亡による逸失利益算定上何ら考慮の対象とならないものである。

そうすると捨治の平均純収益月額は一〇万五〇〇〇円となり、年額は一二六万円となる。右純収益は、収入の算定資料が捨治の開業時からの約一一か月間を対象としていることから見ても、増加することこそあれ減少することはないと考えられるので、捨治は満六〇才に達する頃までの二九年間右収益を得続けたものと見てよい。そこで右金額を基礎にして同人の死亡時における現価をホフマン式(複式、年別)計算法により年五分の中間利息を控除して算出すると、二二二一万円(一万円未満切捨て)となり、同人の前示の過失を斟酌するときは、そのうち被告に賠償を求めうる額としては九〇〇万円が相当である。

(二)  原告らの相続

前出戸籍謄本によれば、原告貞江は捨治の妻、原告秀明は捨治の子であり、その他には捨治には相続人のいないことが認められる。従つて捨治の死亡により、原告貞江は右逸失利益の損害賠償請求権の三分の一にあたる三〇〇万円を、原告秀明は右請求権の三分の二にあたる六〇〇万円をそれぞれ相続により承継したことになる。

(三)  原告らの慰藉料

原告らは捨治の突然の死亡により多大の精神的苦痛を蒙つたことが認められるが、前示捨治の過失等諸般の事情を考慮すると、右各苦痛に対する慰藉料としては、原告貞江につき八〇万円、同秀明につき四〇万円が相当である。

五、(結論)

以上により、被告に対する原告貞江の請求中以上合計三八〇万円、同秀明の請求中以上合計六四〇万円および右各金員に対する本件事故発生の日の翌日であること記録上明らかな昭和四二年三月六日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を、各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 倉田卓次 荒井真治 原田和徳)

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