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東京地方裁判所 昭和42年(ワ)10862号 判決 1970年7月16日

原告 黒川くみ 外一名

被告 広瀬静一 外三名

主文

原告らの請求はいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の申立

(原告らの申立)

一、被告広瀬静一は、原告黒川くみに対し、別紙<省略>第一目録記載の建物を収去し、別紙第二目録記載の宅地を明渡せ。

二、被告株式会社竹内時計店は、原告黒川くみに対し、別紙第一目録記載の建物中一階一〇一・六五平方メートル裏二階一五・〇一平方メートルより退去して、別紙第二目録記載の宅地を明渡せ。

三、被告日本医科器械株式会社は原告黒川くみに対し、別紙第一目録記載の建物中表二階の

(イ) 階段上つて左側の事務室約二三・六平方メートル、右側後部の一室一一平方メートルおよび

(ロ) 階段、廊下、便所、炊事場(何れも共用部分)約一九平方メートル

より退去して、別紙第二目録記載の宅地を明渡せ。

四、被告株式会社宣通は、原告黒川くみに対し、別紙第一目録記載の建物中表二階の

(イ) 階段上つて右側前部の事務室一室約一八平方メートおよび

(ロ) 階段、廊下、便所、炊事場(何れも共用部分)約一九平方メートル

より退去して、別紙第二目録記載の宅地を明渡せ。

五、被告広瀬静一は、各原告に対し、それぞれ別紙第二目録記載の宅地につき、昭和三六年四月二一日より同四二年五月一〇日まで、一ケ月一平方メートルにつき金一五円の割合による金員を支払え。

六、被告四名は、各自、原告黒川くみに対し、別紙第二目録記載の宅地につき、昭和四二年五月一一日より明渡に至るまで、一ケ月一平方メートルにつき金一〇〇〇円の割合による金員を支払え。

七、訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決および仮執行の宣言を求める。

(被告の申立)

一、原告らの請求はいずれも棄却する。

二、訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決を求める。

第二当事者の主張

(原告の請求原因事実)

一、原告らの実父堀江儀兵衛(以下儀兵衛と称す)は、戦前から自己の所有にかかる別紙第二目録記載の宅地(以下本件宅地という)を、被告広瀬に普通建物所有のため期間二〇年の約定で賃貸していたのであるが、昭和二〇年三月一〇日の戦災による焼失後も引続き従前通り賃貸し、被告広瀬は、別紙第一目録記載の建物を建築し、本件宅地を占有している。

二、儀兵衛は、昭和三六年四月二〇日死亡し、相続が開始した。

三、相続人は被相続人の長女である原告黒川くみ、長男である堀江篤太郎(以下篤太郎と称す)、二女である原告宇野すまおよび二男早川幸治(以下幸治と称す)の四名であつた。

四、昭和三九年四月三〇日、幸治は、被相続人から生前贈与を受けていたため相続財産に対し相続分のないことを認めたので、相続財産は原告両名および篤太郎の共有財産となつた。

五、昭和三九年一〇月四日、共有権者協議のうえ、共有権者原告黒川くみを相続財産管理人に選任した。

六、被相続人儀兵衛死亡当時、本件宅地の賃料は一ケ月一坪につき金一五〇円であつた。

七、原告らは、昭和三六年一〇月一五日、被告広瀬宅を訪問し、相続の事実を通告しかつ共有持分に応じた賃料の支払いを請求した。また昭和三八年六月二〇日、被告広瀬に対し、書面で相続の事実を通告しかつ儀兵衛死亡の時から同年六月分までの各共有持分四分の一の賃料の支払いを請求したが、被告広瀬は故なく右通告書の受領を拒絶した。

八、(イ) 原告らは、昭和三九年一一月六日、被告広瀬に対し、相続財産は、原告両名および篤太郎の共有となつたこと、相続財産管理人に共有権者原告黒川くみを選任したことおよび儀兵衛死亡時より同年一〇月三一日までの賃料の支払いを解除条件付に請求することを東京地方裁判所執行官をして通告せしめた。

(ロ) 原告らは、昭和三九年一二月二三日、被告広瀬に対し、前記(イ)記載の趣旨の解除条件付請求を最高裁判所内郵便局受付乙第三二六号をもつて通告したが、右被告は、その受領を拒絶した。

九、前項(イ)の通告は、同年一一月六日被告広瀬に送達されたので同月一一日までの猶予期間の経過とともに本件宅地賃貸借契約は解除となつた。

仮に前項(イ)の通告による解除の効力が認められないとしても、前項(ロ)の通告は同年一二月二四日被告広瀬に送達されたので、同月末日までの猶予期間の経過とともに本件宅地賃貸借契約は解除となつたものである。

一〇、昭和四二年四月一一日、昭和四〇年(家)第五六九二号遺産分割審判事件の審判が確定し、本件宅地は原告黒川くみの所有となつたので、同年五月一〇日、同人のため遺産分割を原因とする所有権移転登記をなした。

一一、被告株式会社竹内時計店は、被告広瀬を代表取締役とし、別紙第一目録記載の建物の被告広瀬の占有部分を共同して占有して、本件宅地を占有している。被告日本医科器械株式会社および株式会社宣通は、別紙第一目録の建物のうち、原告の申立第三項および第四項記載部分をそれぞれ占有し、本件宅地を占有している。

一二、本件宅地は、文京区本郷三丁目都電停留場より約一〇〇メートルの近距離下電車路に面する地点に位するので、被告らの占有がなければ、自動車駐車場として使用することにより、一平方メートルにつき一ケ月金一〇〇〇円の割合による収益を収むることができる。

一三、以上から、本件宅地は、被相続人儀兵衛死亡の時より昭和四二年五月一〇日遺産分割を原因とする原告黒川くみのための所有権移転登記の時までは本件原告両名および篤太郎の共有であつたので、原告両名は、被告広瀬に対し、右期間中の各共有持分に応じた賃料(儀兵衛死亡の時より第九項掲記の解除まで)および賃料相当額の損害金(第九項の解除以降昭和四二年五月一〇日まで)として原告の申立第五項記載の請求をする。

一四、原告黒川くみは、被告広瀬に対し、別紙第一目録記載の建物を収去して本件宅地を明渡すことを求め、被告株式会社竹内時計店、同日本医科器械株式会社および同株式会社宣通に対し、別紙第一目録記載の建物中原告の申立記載部分からそれぞれ退去して本件宅地を明渡すことを求める。

一五、原告黒川くみは、被告らに対し、各自本件宅地について右原告のため遺産分割を原因とする所有権移転登記がなされた日の翌日である昭和四二年五月一一日より本件宅地明渡に至るまで、第一二項記載の金員を損害金として支払う旨請求する。

(原告の請求原因事実に対する被告の答弁)

第一、第二および第六項の事実、第七項のうち通告書の受領を拒絶した事実、第八項のうち(ロ)の通告書の受領を拒絶した事実、ならびに第一〇、および第一一項の事実は認め、第七および第八項のその余の部分、第三ないし第五項、第九、第一二項は否認し、第九項、第一三ないし第一五項は争う。

(被告の抗弁事実)

一、仮に、相続財産が原告両名および篤太郎の共有財産となり、従つて本件宅地も右三名の共有財産となつたとしても、右原告らは、昭和三九年五月二六日までは、本件宅地につき共有登記を備えていなかつたのであるから、賃借人である被告広瀬に対し、本件宅地の賃貸人であることを主張しえず、従つて相続開始の時より同日までの賃料を請求することはできないといわねばならない。そして、加うるに、

被告広瀬は、儀兵衛死亡後昭和四二年四月分まで、毎月の賃料を相続人の一人である篤太郎に支払つているので、原告らの請求の趣旨第五項は理由がなく失当である。

二、仮に、原告らが二回にわたり解除権の行使をしたとしても、新しい催告をなすことにより前の解除の意思表示は撤回したものと解すべきである。

三、仮に、原告らがその主張内容の解除通知をなしたとしても、次に述べる理由から解除権は発生せずもしくは解除権の行使をなしえないものである。

(一) 被告広瀬は、賃料債務につき履行遅滞に陥つていない。よつて原告らの解除権は発生しない。

被告広瀬は、儀兵衛死亡後昭和四二年四月分まで毎月の地代を相続人の一人である篤太郎へ支払つて来たが、篤太郎ヘの弁済は原告らに対しても有効な弁済である。なぜなら、

(イ) 相続財産の性質については合有と解するのが妥当であり、従つて本件の賃料債権も相続人らの準合有と解すべきだから、準合有者の一人である篤太郎への弁済により被告広瀬の賃料債務は消滅したものである。特に地代債権は、一個の土地を使用収益させる債務、賃貸借終了時には返還をうける権利義務-これは不可分債権債務である-の継続的関係から派生する一支分権であるから、この特色は充分考慮されるべきである。

(ロ) 債権の準占有者に対する弁済として有効な弁済である。

篤太郎は、儀兵衛の生前から、専ら本件宅地の地代取立、賃料増額等の交渉をなしてきた者であり、儀兵衛死後も、被告広瀬に対し「父が死んで私の代となつたからよろしく」と地主たる地位の承継を告げた。

儀兵衛が一緒に居住していたのは長男の篤太郎だけであつたし、原告らは他に嫁してしまつて、被告広瀬は他に共同相続人がいるのかどうか全く知らなかつた。

しかも儀兵衛の死後も、賃料を取立てに来た篤太郎に支払うと、儀兵衛が生前使用していたのと同一の印鑑を押捺した領収書を交付され、儀兵衛の死亡の前後を通じその態様に全く変化はみられなかつたのであるから、被告広瀬が篤太郎を真正な賃料債権者だと誤信したのも当然である。

(二) 仮に、被告広瀬の篤太郎に対する賃料の弁済が原告のに対する弁済として効力を認められず、被告広瀬が、賃料債務につき遅滞に陥つているとしても、請求原因事実第八項(イ)、(ロ)記載の各催告は過大催告で無効である。よつて原告らの解除権は発生しないものである。

なぜなら、右両催告は、儀兵衛死亡時である昭和三六年四月二〇日から同三九年一一月三〇日までの賃料であるが、同三九年五月二六日までは共有登記がないから原告らは、第三者たる賃借人に対し賃貸人たる権利を主張することはできず、同日までの賃料の催告は無効な催告であり、有効な催告は六ケ月分にすぎず、従つて七倍にも達する過大催告であるからである。

(三) 仮に(一)、(二)が認められないとしても、左記諸事実を考慮すれば、原告らの解除権の行使は、権利濫用ないし信義則違反で無効である。

(イ) 被告広瀬は本件賃貸借締結後、数一〇年間にわたり誠実に義務をつくして来たものであり、かつて一度も賃料支払いを怠つたことがない。

(ロ) 被告広瀬が原告らの相続財産の分割をめぐる紛争があるらしいとおぼろ気ながら聞き知つたのは昭和三九年七月ころ原告および代理人藤田弁護士の来訪のときであるが、このときも特に登記簿謄本、戸籍謄本等の資料を提示し説明したわけではなく、従つて法律知識の乏しい被告広瀬は紛争の有無程度について特に関心をもたず、加えて篤太郎から「身内同志の争いだから自分が責任をもつて解決する。今までどおり賃料を支払つておればよい。宇野、黒川から何か言つて来てもとり合わないでくれ。そうでないと却つて迷惑をかけることとなる。」と言われたので、その言を信じて原告らと接して来たのであつて、特にこれを害する意思を持つていたわけではない。

(ハ) 昭和四二年五月一七日、被告らは近隣の同様事例の借地人株式会社三修社の社員から、本件宅地が原告黒川くみの所有となつたようであることの話を聞き、早速登記簿謄本をとりその事実を確認したので、右原告宅および藤田弁護士宅を訪れたが、同弁護士不在のため同月二五日再度訪れ、ここにおいて初めて同弁護士より従来の経過の詳細な説明をうけ、納得するとともに、今までの法的無知識に基く誤解と非礼を詫び、併せて催告金額の受領を促したが、期間経過を理由に受領を拒絶されたので、昭和四二年五月分以降を供託したのである。

(ニ) 賃貸人に対し誠実な賃借人として行動して来たし、また今後も誠実に行動することに疑なく、信頼関係の破壊がない以上契約の解除は許されないものである。

(被告の抗弁事実に対する原告の答弁)

一、第二項および第三項(三)(ハ)を否認し、第一項、第三項(一)、(イ)、(ロ)、(二)、(三)(ロ)(ニ)を争う。

二、昭和三九年五月二七日の共有登記は、同三六年四月二〇日の相続を登記原因とするものであるから、右登記により本件宅地の権利取得は相続開始の日から確定したのであり、本件宅地の権利者は相続開始の時からの賃料の請求をなしうると解すべきである。

三、被告らは、篤太郎の他に共同相続人がいたかどうかおよび相続財産分割をめぐる紛争があるかどうかは昭和四二年五月二七日までは知らなかつたと述べるが、原告らの通告の受領を拒否し、「他人の紛争の御相手は御免ですから」(拒絶日付昭和三八年六月二〇日)、「受取拒絶」(拒絶日付昭和三九年一二月二四日)、「他人の紛争に関係ありませんから受取れません」(拒絶日付昭和四二年五月三日)等郵便物に受領拒否理由を記載したのは、被告らが本件宅地につき原告らの相続開始の事実を認識していたことを証明するに十分である。

四、仮に、本件の賃料債権が不可分であるとしても、相続財産管理人が選任せられ、その権限に基づいて賃料を請求しているのであるから、賃料は右管理人に支払えば足りるのであつて、右管理人に支払わずしてかかる主張をなすは論理を弄ぶ謗りを免れない。

五、被告は請求原因事実第八項(イ)、(ロ)記載の各催告は過大催告で無効だと主張するが、昭和三九年五月二七日の共有登記の登記原因は同三六年四月二〇日の相続であるから、前記登記により本件宅地の権利取得は相続開始の日より確定したのであり、権利者は相続開始の時から賃料の請求をなしうると解すべきである。

仮に、被告主張のごとく昭和三九年五月二七日以降の賃料を請求しうるにすぎないとしても、被告は右以降の賃料の支払いをなすべきである。右賃料の支払いもなさず過大催告だから履行遅滞の責めがなく従つて契約解除の効力もないと主張するのは理由がない。

第三証拠<省略>

理由

原告らの実父堀江儀兵衛が、被告広瀬に対し、自己の所有にかかる別紙第二目録記載の宅地を、戦前から建物所有のため賃貸し、被告広瀬が別紙第一目録記載の建物を建築して本件宅地を占有している事実および右儀兵衛が昭和三六年四月二〇日死亡し相続が開始した事実は当事者間に争いがなく、成立に争いない甲第三および第四号証によれば、相続人は長女原告黒川くみ、長男堀江篤太郎、二女原告宇野すまおよび二男早川幸治の四名であつた事実が認められ、原告黒川くみの本人尋問の結果および同供述により真正に成立したものと認められる甲第一号証によれば、昭和三九年四月三〇日、右儀兵衛の遺産が原告両名および篤太郎の相続による共有財産となつた事実が認められる。

そして、原告両名の各本人尋問の結果および同供述により真正に成立したものと認められる甲第九号証によれば、昭和三九年一〇月四日、共有権者のうち原告両名が協議の上共有権者原告黒川くみを相続財産管理人に選任した事実が認められ、被相続人儀兵衛死亡当時の本件宅地の賃料が一ケ月一坪につき金一五〇円であつたことは当事者間に争いがない。

原告両名の各本人尋問の結果によれば、原告両名が、昭和三六年一〇月一五日、被告広瀬宅を訪問し、相続の事実を通告しかつ共有持分に応じた賃料の支払いを請求した事実が認められ、成立に争いない甲第六号証の一ないし四によれば、昭和三八年六月二〇日、原告らが、被告広瀬に対し書面で相続の事実を通告しかつ儀兵衛死亡の時より同年六月分までの共有持分四分の一の賃料の支払いを請求したことが認められ、被告広瀬が右書面の受領を拒絶したことは当事者間に争いがない。

成立に争いない甲第一二号証の一、二および第一三号証の一ないし三によれば、原告らが、昭和三九年一一月六日、被告広瀬に対し、同日到達の通告書なる文書を以て、相続財産である本件宅地が前記三名の共有となつたこと、相続財産管理人に共有権者原告黒川くみを選任したことおよび儀兵衛死亡時より同年一〇月三一日までの賃料の支払いを右文書到達後五日以内に支払うよう催告し、右期間徒過を停止条件として本件土地の賃貸借契約を解除すべき旨の意思表示をしたことが認められ、この認定に反する証拠はない。

更に成立に争いのない甲第七号証の一ないし三によれば、原告らが、昭和三九年一二月二三日にも、前記通告と同趣旨但し支払期限は意思表示到達後三日内とする催告の書面を同被告あて送付し、同月二四日到達したことが認められ、右被告が右通告書の受領を拒絶したことは当事者間に争いがない。

その後昭和四二年四月一一日東京家庭裁判所による遺産分割の審判が確定し、本件宅地が原告黒川くみの所有となり、同年五月一〇日その旨の所有権移転登記がなされたことならびに被告竹内時計店、同日本医科器械株式会社、同株式会社宣通が別紙第一目録記載の建物のうち原告の請求の趣旨第三項および第四項記載部分をそれぞれ占有することによつて、本件宅地を占有していることは当事者間に争いがない。

そこで、被告の抗弁につき判断する。

原告らが本件宅地について原告両名および篤太郎の共有の登記手続をなしたのが昭和三九年五月二七日であることは当事者間に争いがない。従つて、原告らは、右登記手続をなすまでは、右共有登記を備えていなかつたのであるから、賃借人である被告広瀬に対して対抗できず、本件宅地の賃貸人たる地位に基づく相続開始より同日までの賃料の請求は、賃借人たる被告広瀬において物権変動の対抗要件の欠缺を理由にこれを拒むことができる筋合で、共有権者のうち原告ら二人によつて選任された共有財産管理人によつて請求したとしても、原告らの請求を理由あらしめることにはならず、これに関する原告の主張は理由がない。

原告らは、前認定のごとく二回にわたり賃料の催告と停止条件付契約解除の意思表示をなしている。そして第一回目の催告は昭和三九年一一月一一日に解除する旨、第二回目は同年一二月末日に解除する旨の意思表示である。これらの事実から判断すると、第二回目の催告の意思表示は、第一回目の解除の意思表示を撤回したことを前提としてなされたものと解するのが原告らの真意に沿うものと解せられ、相手方たる被告広瀬が解除の撤回に異議のない以上被告らの主張は理由があるといわねばならない。

民法第五四〇条第二項が解除の撤回を禁じたのは、解除の意思表示によつて、契約はその当初から締結されなかつたのと同様な法律上の状態となるのであり、相手方もそれを信頼するから、一方当事者の意思だけで再び契約の効力を復活さすことは妥当ではないとされるのである。

従つて相手方の承諾があれば解除の撤回も有効になされ、ただ解除の後の第三者に対抗できないにすぎない。本件のように解除に遡及効を認めない契約においても、解除の意思表示後の法律関係について異なるところはない。

よつて、同年一二月末日に解除する旨の意思表示について、解除の効果の発生の有無もしくは解除の効力を考えることにし、合わせて原告らの申立第五項の原告らの被告広瀬に対する賃料請求権の有無についても考えることにする被告広瀬の本人尋問の結果により真正に成立したと認められる乙第一号証の一ないし四および第二号証の一ないし三一によれば、被告広瀬が儀兵衛死亡後昭和四二年四月分まで毎月の地代を篤太郎へ支払つていた事実が認められる。そこで篤太郎への弁済が原告らに対しても有効な弁済となるか否かを判断するに、まず、

相続財産の性質については民法上の共有と解するのが判例の態度であり(最判昭三〇・五・三一民集九巻六号七九三頁)、当裁判所も同見解に立つものである。ところで本件宅地の賃料債権について考えると、原告らに賃料債権が発生するのは、原告両名および篤太郎の共有物である本件宅地を被告に引渡し使周収益させているところこの引渡および使用収益を許す行為は右三名共同の不可分給付によらなければ実現できないのであつて、これは性質上不可分の債務であるといわおばならない。従つて、右債務の対価として発生する賃料債権も性質上不可分の債権であるといわねばならず、被告広瀬が篤太郎になした本件宅地の賃料全額の支払は原告らに対しても有効な弁済となるものである。

よつて、被告広瀬は本件宅地の賃貸人たる原告両名および篤太郎に対する賃料債務につき何ら履行遅滞の責むべきものなく、原告らの解除権は未発生であり、原告らの前示契約解除の意思表示もその効果を生ずるに由ないものである。そうとすると本件宅地についての賃貸借契約は賃貸人が共同相続人たる原告両名および篤太郎である限り、被告広瀬との間に依然として有効に存続しており被告広瀬は賃料債務の履行に欠けるところはない。

次に、昭和四二年四月一一日本件宅地について昭和四〇年(家)第五、六九二号遺産分割審判事件の審判が確定し、原告黒川くみの所有となり、同年五月一〇日、同原告のため遺産分割を原因とする所有権移転登記手続がなされたことは当事者間に争がなく、本件宅地の賃貸人の地位はすべて原告黒川くみに帰し、前示賃貸借契約が既に認定したように有効に存続している以上、同契約は同原告と被告広瀬との間にも存続していると解すべきは当然である。

してみると、原告らの被告広瀬に対する請求は、原告のその余の主張を判断するまでもなく理由がないもので失当として棄却を免れず、また原告らのその余の被告らに対する請求は、原告らの被告広瀬に対する請求が理由があつて認容されることを前提としてなされたものと解すべきであるから、右理由が認容されない以上、これまた失当として棄却すべきである。

よつて、原告の本訴請求は、いずれも理由がないからこれを棄却することとし訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、仮執行の宣言につき同法第一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 長井澄)

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