東京地方裁判所 昭和42年(ワ)11429号 判決 1969年12月16日
原告
東京都教職員組合
練馬支部
右代表者執行委員長
高橋文夫
代理人
川島基道
ほか三名
被告
東京都
右代表者知事
美濃部亮吉
指定代理人
安田成豊
外三名
主文
被告は、原告に対し、金一〇四、七〇〇円およびこれに対する昭和四二年一一月五日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
原告のその余の請求を棄却する。
訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
この判決は、原告勝訴部分に限り、仮りに執行することができる。
事実
第一 請求の趣旨
一 被告は、原告に対し、金三〇一、四〇〇円およびこれに対する昭和四二年一一月五日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
二 訴訟費用は被告の負担とする。との判決および仮執行の宣言を求める。
第二 請求の趣旨に対する答弁
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。との判決を求める。
第三 請求の原因
一 原告は、練馬区内の公立学校教職員をもつて組織する職員団体であつて、いわゆる権利能力なき社団である。
二 原告は、昭和四一年一〇月二一日、上部団体である日本教職員組合の全国統一斗争の一環として、給与改訂について人事院勧告の完全実施、超勤手当支給、宿日直廃止等を要求して一斉休暇斗争を行つた。
三 司法警察員警部補大滝実および同人の指揮する数名の警察官(以下大滝らという)。は、翌二二日午前七時ごろから午前一一時四五分ごろまでの間、原告肩書住所地所在の原告事務所(以下本件建物という)。内において、前記休暇斗争に関する地方公務員法違反被疑事件の捜索、差押を執行した。
本件建物は、昭和三〇年に、練馬区立豊玉小学校の物置として、同校構内に新築された練馬区所有の行政財産であるが、昭和四〇年九月原告から使用許可願が提出されたので練馬区教育委員会が地方自治法第二三八条の四第三項、練馬区公有財産管理規則第二三条に基づき、使用目的を「原告組合事務所の用に供するため」と指定して、昭和四〇年一〇月一日から昭和四一年三月三一日まで使用を許可し、更に同年四月一日に同じ条件で同日から昭和四二年三月三一日まで使用を許可し、原告が右使用許可に基づき使用していたものである。
四 大滝らは右執行にあたり、執行を受ける者である原告に対して捜索差押許可令状を示さず、原告の代表者またはその関係者を立会わせず、かつ原告の書記らが金庫等の鍵を提供したのにことさらこれを拒否して、電気ドリル、タガネ、ドライバー等を使用して原告の後記六記載の物件の錠、扉等を破壊した。
大滝らの右執行行為は、刑事訴訟法第二二二条、第一一〇条、第一一四条に違反し、捜索差押の執行方法を誤つた違法な処分である。
五 大滝らは警視庁公安二課および警視庁練馬警察署に勤務する警察官で、いずれも被告から給与を受け、かつ、被告の選任監督を受ける地方公務員である。
六 大滝らが右執行により破壊した物件およびこれにより原告が被つた損害は、次のとおりである。
(一)1 金庫(トーホーT18型片扉式830mm×545mm×560mm)一個金五五、五〇〇円
2 キヤビネット(製品名不詳880mm×880mm380mm)一台金五、〇〇〇円
右は錠付近を電気ドリルで破壊されたため使用不能になつたことによる損害で、損害額は破壊当時の本件金庫およびキヤビネットの価格である。
(二)1 ロッカー(イトーキ三連二号1790mm×900mm×515mm)一台金一六、六〇〇円
2 スチール片袖机(三基製)四台金一四、一〇〇円
3 スチール両袖机(三基製)一台金一〇、二〇〇円
右は引出しまたは扉の錠および錠付近を破壊されたことによるこれの修理に要する費用および修理しても回復しない交換価値の減少による損害である。
七 原告は、大滝らによつて公然と前記違法な捜索差押を強行されたことにより、その名誉を著しく傷つけられた。その損害は金二〇〇、〇〇〇円に相当する。
八 よつて、原告は、被告に対し、国家賠償法第一条、第三条に基づき、大滝らがその職務を行うにつき故意または過失により原告に加えた前記損害金三〇一、四〇〇円およびこれに対する不法行為の日の後である昭和四二年一一月五日から支払済みに至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
第四 請求の原因に対する答弁
一 請求の原因第一ないし第三項の事実は認める。
二 同第四項の事実中、大滝らが右執行にあたり、原告に対し令状を示さなかつたこと、原告の代表者またはその関係者を立会せなかつたこと、電気ドリル、タガネ、ドライバー等を使用して後記四記載のとおり原告の物件を破壊したことは認めるが、その余の事実は否認する。
本件建物は、練馬区が同区立豊玉小学校の物置として同校構内に建築した行政財産である。そこで大滝らは、刑事訴訟法第一一四条第一項に基づき、同条に定める公務所の長である豊玉小学校校長倉本得太郎に対し、あらかじめ本件捜索差押許可令状を執行することを通知して立会いを求め、本件建物入口付近で同人にこの令状を示し、同人の立会いのもとに執行したものである。かりに、右条項に該当しないとしても、本件建物には看守者またはこれに代るべき者が現在せず、立会わせることができなかつたので、原告の隣人であり、地方公共団体の職員としての倉本を同法同条第二項に基づき立会わせたものである。
また、大滝らが錠などを破壊した行為は、本件建物が小学校構内にあることから児童に与える影響を考慮し、早朝に捜索を開始し、短期間に終了する必要があつたこと、早朝であるため原告が大滝らに鍵を提供することが期待できなかつたこと、封印等の方法では執行の目的を達し得ないこと、錠などの破壊は必要最少限のものであること、かりに原告主張のように鍵の提供があつたとしても、それ以前にすべての錠の破壊を終了していたことなどから、適切妥当で、かつ必要やむを得ない措置である。
三 同第五項の事実中、大滝らが警視庁公安二課および警視庁練馬警察署に勤務する警察官で、いずれも被告から給与を受けていることは認めるが、その余の事実は否認する。
四 同第六項の事実中、(一)の1の金庫の扉のダイヤル付近に縦一〇センチメートル、横一二センチメートル位の穴をあけたこと、同2のキヤビネットの錠一個、(二)の1のロッカーの錠二個、同2のスチール片袖机二台の錠各一個、同3のスチール両袖机の錠二個をいずれも破壊したことは認め、その余の事実は否認する。破壊箇所はいずれも修理可能でこれに要する費用は金九、七〇〇円である。
五 同第七項の事実は否認する。
第五 証拠関係<略>
理由
一請求の原因第一ないし第三項記載の事実は、当事者間に争いがない。
二本件捜索差押の執行状況について
大滝らが本件捜索差押許可令状を執行するにつき、原告に対して令状を呈示せず、かつ、執行に立会わせなかつたことは、当事者間に争いがない。
<証拠>によると、大滝は、昭和四一年一〇月二一日夕刻、本件令状の執行を上司から指示され、執行方法を検討した結果、原告に立会いを求めると本件建物付近に原告組合員が多数押かけて来て執行が困難になり、また小学校児童に悪影響を与えるものと判断し、本件建物が豊玉小学校の敷地内にあることから同校校長倉本得太郎の立会いを得て執行することとし、右執行に際し、施錠された物件があればこれを破壊して強行することもやむなしとして同日中に訴外株式会社江原金属製作所(以下江原金属という。)に依頼して、連絡次第捜索現場に赴いて金庫等の開錠または破壊ができるようその準備をさせておいたこと、翌二二日、大滝は、午前六時ごろ倉本の自宅に自動車を差向けて立会いを求め、午前七時ごろ本件建物入口付近で同人に本件令状を示し、同人の立会いを得て本件執行に着手したこと、ところが、本件建物の出入口の戸は、原告によつて施錠されていたので、大滝らは戸を外して内部に立入つたが、本件建物内の金庫、ロッカー、机の引出し等も同様原告によつて施錠されていたので、大滝は江原金属に対して従業員の派遣を求め、午前七時二〇分ごろ到着した同会社の江原祥郎に対し、施錠された金庫等の錠の破壊を依頼し、同人は間もなくドライバーで机の引出しをこじあけ、電気ドリルで机の引出しおよびロッカーの錠を破壊するなどして金庫を除く後記認定の原告の物件を破壊したこと、その後出勤した原告の書記小番淑子が本件執行を目撃し、午前九時ごろ大滝らに対し、鍵があるから金庫等を壊さないようにと申入れたが、同人らはこの申出を無視して執行を強行し、江原祥郎はさらに江原金属から一名の応援を得て午前一〇時過ぎに至りようやく金庫のダイヤル付近を切り取つてこれを開扉したこと、この間原告の代表者黒木兼行をはじめ原告組合員らがしばしば大滝らに対して令状の呈示や執行への立会いを求めたが、同人らはこの申出を拒絶したことが認められる。
<反証排斥>他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
三刑事訴訟法第一一〇条および第一一四条違反について
刑事訴訟法第一一〇条は、差押状又は捜索状は処分を受ける者に示さなければならない旨を規定している。この規定は捜索又は差押の執行の公正とその執行を受ける者の利益が不当に害されないことを担保しようとするためのものであるから、右にいう処分を受ける者とは捜索の対象たる場所又は差押の目的物を直接に占有ないし所持している者を指すものと解すべきである。
ところで前認定によれば、捜索の場所である本件建物は、原告が練馬区教育委員会の使用許可に基づき、原告組合の事務所として使用占有していたものであり、差押の目的物は、原告組合の所持している物である。これによれば、本件捜索差押を受ける者は、原告の代表者又は組合員以外の何者でもない。しかるに大滝は、右代表者らに本件捜索差押令状を示すことなく、全く無縁な小学校長にこれを示しただけで、捜索差押の執行を開始したのであるから、右処分は違法といわなければならない。
刑事訴訟法第一一四条は、差押状又は捜索状の執行をするときは、一定の責任者を立ち会わせなければならない旨を規定している。この規定も、その執行の公正の担保と執行を受ける者の利益の保護を目的とするものであることは、同法第一一〇条のそれと同じである。同法第一一四条第二項にいう人の看守する建物とは、事実上人が管理支配している建物で邸宅でないものをいう。本件建物は、原告が使用占有している原告組合の事務所であるから、右規定にいう人の看守する建物に該当する。また右規定にいう看守者とは、建物を現実に管理支配している者を指すと解すべきであるが、本件建物は前記手続を経て原告が組合事務所として使用占有しているのであるから、その看守者は原告である。
被告は、本件建物は同条第一項に規定する公務所であると主張する。公務所とは、公務員の職務を行う所であるが(刑法第七条第二項)、本件建物は、原告組合が組合事務所として使用している所である。原告の組合員が公務員であるからといつて、組合活動は公務員の職務ではないから、これをもつて組合事務所を公務所ということはできない。その他本件建物が公務員の職務を行う所であることについては立証がない。
そうすると、本件捜索差押状の執行については、原告代表者又はその組合員を立ち会わせなければならないのに、大滝らは、これを立ち会わせず、全く無縁な小学校長の立会いを求めただけでその執行をし、しかも原告代表者らが立会いを求めたのにこれを拒絶して執行を続けたことは違法なものといわざるを得ない。被告は、原告組合の関係者を立ち会わせることができなかつたので、小学校長を立ち会わせたと主張するが、そのような事情の存在を認めるに足りる証拠は全くない。
四金庫等の破壊の違法性について
刑事訴訟法第二二二条で準用する同法第一一一条第一項は差押状または捜索状の執行については、錠をはずし、封を開き、その他必要な処分をすることができると規定している。しかし、法の認める強制処分であつても、その強制力の行使の方法は無制限のものではなく、その処分の目的を達するために必要な最少限度に限られるべきことは、財産権を保障する憲法の原則に照して疑いのないところである。したがつて捜索差押の執行にあたり、施錠された物件があつた場合にはまず鍵の提供を受けてこれを開錠するなど執行を受ける者の最も損害の少い方法によつてこれをすべきである。鍵の保管者がこの提供を拒否し、または鍵の提供をまつていては執行の目的を達し得ないような緊急の事情がある場合は格別、このような合理的な理由が認められない限り、これを破壊して執行することは許されないものと解すべきである。
そこで、かかる事情の存否について検討する。
証人……の証言によると、従来この種の地方公務員法違反被疑事件について、東京都教職員組合およびその支部で行なわれた捜索差押の執行においては、捜査官が組合の関係者に立会いを求め、これらの者から鍵の提供を受けて行われており、そのことによつて執行が妨害されたとかその他の支障が生じたとかの事例は全くなく、本件一斉休暇斗争に関する捜索差押についても同様であつたことが認められる。これらの事実と前認定のとおり小番淑子が鍵の提供を申出ていることからすると、本件においてもあらかじめ原告に鍵の提供を求めたならば原告はこれに応じ、かつ、そのことにより執行に何らの支障も生じなかつたであろうことは容易に推測することができるのであつて、原告があらかじめ鍵の提供を拒否したとか、あるいは鍵の提供が期待できなかつたような事情は全く認められない。
また、被告は、児童への影響を考慮し、早期に執行を開始し、短時間に終了する必要があつたから錠を破壊した旨主張するが、大滝らは捜索差押の執行を前日から予定していたもので、鍵の提供を求める時間的余裕は十分あつたのであり、また鍵の提供を受けさえすれば錠を破壊するより執行が容易であつたことは、前認定の執行の状況から推認されるところであるから、被告のこの主張も牽強付会のものといわざるをえない。
これらの事情と前認定の本件執行の態様から判断すると、大滝らが本件執行にあたり金庫の錠などを破壊した行為は、刑事訴訟法第一一一条第一項の要件を逸脱した違法行為と断ぜざるを得ず、大滝らが右執行にあたり原告から鍵の提供を受けることへの配慮を全く欠いたことは、捜索差押を執行する司法警察員として重大な過失であるといわなければならない。
五被告の責任について
前認定の捜索差押令状の執行は、違法な公権力の行使である。そして、大滝らが警視庁に勤務する警察官であつて、被告が同人らの給与を負担していることは当事者間に争いがないから、被告は、国家賠償法第一条、第三条に基づき、原告に対し、大滝らが本件執行につき原告に加えた損害を賠償する義務がある。
六原告の物損について
大滝らが原告の財産である請求の原因第六項のの記載の金庫のダイヤル付近に縦一〇センチメートル、横一二センチメートルの穴をあけたこと、同2記載のキヤビネットの錠一個、(二)の1記載のロッカーの錠二個、同2記載のスチール片袖机の錠二個、同3記載のスチール両袖机の錠二個をそれぞれ破壊したことは、当事者間に争いがない。右破壊によつてこれらの物品が使用不能または修理不能となつたことを認めるに足りる証拠はない。<証拠>によると、前記大滝らによつて破壊されたことにつき争いない物件のほかに、大滝らは机の引出し三個の上辺にドライバーの傷跡をつけ、金庫の扉裏の鉄板をへし曲げたこと、原告の破壊された物件はすべて修理することによりほぼ現状に回復することが可能であり、右の破壊された錠を取替え、金庫の切断された部分を溶接し、扉裏の歪曲した鉄板を修理する費用として金九、七〇〇円を要し、そのほか金庫の塗装修理費用として金一五、〇〇〇円を要することが認められる。よつて、原告は、その財産を破壊されたことにより修理費合計金二四、七〇〇円と同額の損害を被つたものと認められる。しかしながら、原告がこの額を超える損害を被つたことを認めるに足りを的確な証拠はない。
七名誉毀損による損害について
原告は、権利能力を有しない社団である。権利能力を有しない社団は、権利能力を有しない点において法人とは異なるけれども、これを構成する個々の社員とは全然別個の存在を有し、それ自身が独自の社会的存在を有して活動する団体であることは、法人と同一である。それ自体が独立の社会的存在を有するから、権利能力なき社団においてもその社会において有する地位すなわち品格、名声、信用を有することは、法人又は自然人と異ならない。この品格、名声、信用は名誉に外ならないから、権利能力なき社団も名誉を有する。これが侵害され、社会的評価が低下、減退させられるときは、直ちに非財産的損害を被むることになるから、権利能力のない社団にその賠償を認むべきである。その賠償額の算定は、当該社団の目的、社会的地位、加害者、侵害行為の程度等諸般の事情を斟酌して、金銭評価をすべきである。
本件においては、前認定のような違法な捜索差押令状の執行により、原告の名誉が毀損され、従つて社会的評価が低下したのであるから、原告は被告に対し、これによつて被つた非財産的損害の賠償を請求することができる。
その損害額は、原告社団の構成と目的、その社会的地位と活動範囲、被告の地位、侵害行為の動機、侵害の方法、程度等諸般の事情を考慮して、金八〇、〇〇〇円の金銭評価が相当であると認める。
八結論
よつて、原告の請求は、被告に対し、金一〇四、七〇〇円とこれに対する不法行為の日の後である昭和四二年一一月五日から支払済みに至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で正当であるからこれを認容し、その余を失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条本文を仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用し、主文のとおり判決する。
(岩村弘雄 堀口武彦 小林亘)