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東京地方裁判所 昭和42年(ワ)12466号 判決 1974年3月13日

原告 田中禮次郎

被告 甲野太郎

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

「被告は原告に対し、金一〇〇万円及びこれに対する昭和四二年一一月二七日から支払ずみまで年五分の割合による金員の支払をせよ。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言。

二  被告

主文同旨の判決。

第二当事者の主張

一  請求原因

1(一)  被告は弁護士であるが、昭和四二年四月一八日、訴外小宮貢(以下「小宮」という。)の代理人として、小宮を債権者、原告を債務者として、東京地方裁判所に対し、原告所有の、千葉県市原市八幡字観音寺一三八番地の一家屋番号八幡仮八九八番木造瓦葺平家建居宅一棟床面積六一・九八平方メートルにつき仮差押の申請をした。

(二)  右仮差押申請の理由は次のとおりである。

(1) 小宮は原告より昭和四〇年九月六日次のような約束手形一通(以下「本件手形」という。)の振出交付を受けてこれを所持している。

(イ) 金額   金五〇万円

(ロ) 満期   昭和四一年八月五日

(ハ) 支払地  東京都新宿区

(ニ) 支払場所 自宅

(ホ) 振出地  東京都新宿区

(ヘ) 振出人  原告

(ト) 受取人  小宮

(2) 小宮は本件手形を満期に呈示したが支払を拒絶された。

(3) 小宮は本件手形金請求のため本案訴訟提起を準備中であるが、原告は前記建物のほかさしたる資産もないので、右手形金債権の執行を保全するため、仮差押申請に及んだ。

(三)  右仮差押申請は東京地方裁判所昭和四二年(ヨ)第四四一二号不動産仮差押申請事件として係属し、同裁判所は同年四月一五日右申請を容れて仮差押決定をなし、原告は同月二六日右決定正本の送達を受け、その頃これが執行がなされた。

2  しかし、右仮差押(以下「本件仮差押」という。)申請当時本件手形金債務はすでに消滅していたものである。

すなわち、原告は小宮より昭和三八年一二月二三日から昭和四〇年九月一七日までの間、前後六回にわたり金一七五万円を利息は月四分として借り受け、昭和三九年七月二五日金二〇万円、昭和四〇年三月二四日から同年四月二〇日までの間合計金一〇六万六一五〇円を弁済し、残額金四九万四〇〇〇円の担保として本件手形を小宮に振り出したものであり、またその他、原告は小宮から昭和四〇年七月三〇日金八〇万円を利息は月四分として借り受け、昭和四一年二月一七日金二〇万円、同年三月一三日金三〇万円をそれぞれ弁済し、残額金三〇万円の担保として昭和四一年六月一日、満期を昭和四二年五月三一日とする金額金三〇万円の約束手形一通を小宮あてに振出、交付していた。

ところで、原告と小宮は、昭和四〇年九月六日右金銭貸借関係について、同日現在において、原告の小宮に対する債務は金一三〇万円であること(本件手形金額と前記金八〇万円の貸金)昭和三九年一一月一八日以降、原告が小宮に支払うべき利息、損害金は年六分とし、これまで支払った分についてこれを超過する分は元本に組み入れる旨の約定をしていた。

原告はその後、昭和四一年一二月二二日金五万円、同月二九日金五万円をそれぞれ元本の弁済として小宮に支払ったほか、別紙清算表記載のとおり、昭和三九年一二月から昭和四一年七月三一日までの間に右清算表のとおりの利息・損害金(同表(2)欄の1ないし32まで)を支払ったので、これを前記約定に従って超過部分を元本に組み入れると元本最終残額金七〇万円に対して金七八万二一二一円を弁済したことになり、したがって本件手形金も支払ずみとなることは明らかである。

3  被告は、小宮から本件仮差押の申請を委任された際右のとおり本件手形金債務が消滅していることを知りながら、或いは弁護士として調査すれば容易に知りうべきであるのになんらの調査をせず、小宮の代理人として本件仮差押申請をなし、前記のとおりその決定を得たものであり、これが不当執行によって原告は多大の精神的苦痛を受けた。右精神的苦痛を慰藉するためには金一〇〇万円をもって相当とする。

よって、原告は被告に対し、右慰藉料金一〇〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和四二年一一月二七日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する答弁

1  請求原因1の(一)ないし(三)の事実は認める。

2  同2、3項の各事実は否認する。

第三証拠≪省略≫

理由

一  請求原因1の(一)ないし(三)の事実は当事者間に争いがない。

二  ≪証拠省略≫を総合すると、原告は昭和三八年一二月頃から小宮より利息月四分の約で金銭を借り受けるようになり、同月金二〇万円、昭和三九年二月頃金二〇万円、同年四月頃金一〇万円、同年八月頃金三〇万円、同月頃金六〇万円、同年九月頃金三五万円合計金一七五万円を借り受け、昭和三九年七月頃、右昭和三八年一二月借受け分の金二〇万円を弁済し昭和四〇年三月から同年四月にかけて合計金一〇六万六一五〇円を弁済し、その残額が金四九万四〇〇〇円になった際その担保として本件手形を小宮に振出交付し、その他右とは別に小宮より、昭和四〇年七月頃金八〇万円を借り受け、昭和四一年二月頃金二〇万円、同年三月頃金三〇万円を弁済し、その残額が金三〇万円になった際、その担保として昭和四一年六月一日、満期を昭和四二年五月三一日とする金三〇万円の約束手形を小宮に振出交付したこと、その後原告は昭和四一年一二月二二日と同月二九日に各金五万円を弁済したことその間、原告と小宮は昭和四〇年九月六日、同日現在において原告の小宮に対する債務は金一三〇万円であること(本件手形金額と前記金八〇万円の貸金)、昭和三九年一一月一八日以降原告が小宮に支払うべき利息もしくは損害金は年六分とし、すでにこれまで支払った分についてこれを超過する分は元本に組み入れる旨の約定をしたこと、そして、原告は右元本弁済分とは別に昭和三九年一月二五日から昭和四一年七月三一日までの間に別紙清算表番号1ないし32各記載の日に同表(2)月四分金員欄記載の金員を月四分の利息ないしは損害金として支払ったことが認められ右認定を左右するに足りる証拠はない。

右事実により、昭和三九年一一月一八日以前に支払われた利息、損害金につき利息制限法所定の制限を超える部分を元本に組み入れ、同日以後支払われた利息、損害金は前記約定により年六分をこえる部分を元本に組み入れると、前記原告の小宮に対する借入金債務は少くとも支払ずみになることは計数上明らかであり、したがって右借入金債務の一部の担保として振り出された本件手形は本件仮差押申請当時はその原因関係が消滅していたものといわなければならない。

三  ところで、原告は本件仮差押申請当時、被告は右事実を知っていたか、或いは弁護士として調査すれば容易に知りうべきであった旨主張するので、この点について判断する。

≪証拠省略≫を総合すると、被告は、小宮より同人が所持している本件手形及び前記金三〇万円の約束手形について振出人たる原告が再三にわたる支払請求に応じてくれない旨、また、原告は本件仮差押の差押物件となった建物を売却して支払う旨言明はしているものの、この売却代金を他に利用される取立も困難になるとして、その解決策の相談を受けたことから、小宮に右各手形金を被保全権利として右建物を差押えることをすすめたところ、同人もこれを了承し、本件仮差押申請に及んだこと、被告は、その際右各手形の原因関係は消費貸借に基づくものであることは小宮より聞き込んだが、弁済関係、利息、損害金の支払関係については同人から説明を受けなかったことなどの事実を認めることができ、右認定に反する証拠はない。

右事実によれば、被告は、原告の小宮に対する本件手形金債務が本件仮差押申請当時すでに弁済されて消滅していたことは知らなかったものというべく、他にこれを覆えして被告が右事実を知りながら本件仮差押に及んだことを認めるに足りる証拠はない。

また、前記認定のような小宮からの相談を受けた経過、また同人が現に前記各手形を所持していることに照らすと、被告がそれ以上弁済関係を調査しなかったとしても弁護士として本件仮差押申請に当ってなすべき事前調査に特に疎漏な点があったということはできず、他にこの点に関し、被告の過失を認めるに足りる適確な証拠はない。

四  以上判示したとおりであるから、損害額の点を判断するまでもなく、原告の本訴請求は前提を欠き理由がないものといわざるを得ない。

よって、原告の本訴請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 松村利教)

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