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東京地方裁判所 昭和42年(ワ)12484号 判決 1974年7月26日

原告

鷲見美雄

右訴訟代理人

芦田浩志

外二名

被告

東京都

右代表者

美濃部亮吉

右指定代理人

安田成豊

外三名

主文

一  被告は原告に対し金二〇万円およびこれに対する昭和四二年一一月三〇日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを五分し、その一を被告、その余を原告の負担とする。

四  この判決は原告勝訴の部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し金一〇〇万円およびこれに対する昭和四二年一一月三〇日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

(一)  原告は、昭和三四年四月から昭和四二年三月まで東京都立深川商業高等学校専任講師の職にあつて、社会科(倫理・社会)の授業を担当していた者である。

(二)  訴外小尾逓雄、同佐藤正憲、同大森晃は昭和四一年一月から昭和四二年四月ころまでの間、それぞれ東京都教育委員会教育長、東京都教育庁(東京都教育委員会事務局)総務部長、同指導部長として、いずれも被告の公権力の行使にあたる公務員であつた。

2(一) 訴外佐藤は、昭和四一年一月一四日、東京都議会公明党議員控室において同党所属都議会議員訴外井上某から、「原告の定時制課程三年社会科(倫理・社会)の採業における指導内容に創価学会批判が含まれているため、その宗派に属する生徒が授業に出にくくなつているという訴えがあるので、教育委員会として十分調査して指導してほしい。」旨の要請を受けた。

(二)  右訴外佐藤は、同党所属都議会議員らに原告を叱責させ、原告をしてこれに対する恭順の態度をとらせることにより、事態を収拾しようとして、右同日、深川商業高等学校長訴外羽賀靖を通じての職務命令をもつて、原告に対し、同月一七日午前一〇時に東京都教育庁に出頭するよう命じた。その結果、原告は右同日、東京都教育庁に出頭したところ、同庁佐藤総務部長室において、同党所属都議会議員訴外小泉隆、同藤井富雄に会うこととなり、同人らから、「(原告は)倫理の授業中に創価学会を誹謗した。これは憲法違反である。」旨抗議を受け、かつ叱責された。

3(一) 更に、訴外小尾、同佐藤、同大森は、原告の罷免を要求する同党所属都議会議員らからの圧力に屈し、左記(二)ないし(四)記載の各行為を行つた。

(二)  訴外大森は、訴外羽賀に対し、同年二月一九日、原告に授業停止を命ずるよう、又、同年七月二三日、右採業停止を解除するようそれぞれ指示し、右指示により、訴外羽賀は、原告に対し、それぞれの日に授業の停止およびその解除を命じた。その結果、原告は、右授業停止期間中授業を行うことができなかつた。

(三)  訴外大森は、同年七月二三日、訴外羽賀に対し、原告に自宅研修を命ずるよう指示し、右指示により、訴外羽賀は、同日、原告に対し、新たに自宅研修を命じた。その結果、原告は、同日以降後記転勤発令までの間、授業を行うことができなかつた。

(四)  訴外小尾、同佐藤、同大森は、同年四月以降昭和四二年八月までの間、原告に対し東京都立駒場高等学校への転勤を執拗にすゝめ、昭和四二年四月一日、原告の応諾のないまま、東京都教育委員会をして原告の右高等学校への転勤の辞令を発せしめた。その結果、原告は、同年九月一日、その意に反して右高等学校に赴任せざるを得なかつた。

4 原告は、本件違法行為により、その教育活動に不当な党派的圧力を加えられ、教育者としての良心を著るしく傷つけられると共に、心労により高血圧症、不眠症に陥つた。これらにより原告は精神的に多大の苦痛を蒙つたが、右苦痛は金一〇〇万円をもつて慰謝されるべきである。

よつて、原告は被告に対し、国家賠償法に基づき、慰謝料金一〇〇万円およびこれに対する本件不法行為の後である昭和四二年一一月三〇日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1(一)、(二)記載の各実は認める。

2(一)  同2(一)記載の事実は認める。

(二)  同2(二)記載の事実のうち、訴外佐藤が原告に対し教育庁への出頭を命じ出頭させたこと、および昭和四一年一月一七日東京都教育庁総務部長室において原告と訴外小泉らが会つたことは認める。

その余は否認する。

(訴外佐藤は、訴外井上から原告主張のとおりの要請を受けたので、正確な事実を把握し、公正な判断をするため直接原告から事情を聴取する必要があると思料し、原告主張のとおり出頭を命じたのである。原告は、当日午前一〇時前に出頭したが、その頃、都議会文教厚生委員である訴外小泉らが訴外小尾に対する所用のため来庁した。しかし訴外小尾が不在であつたので訴外佐藤が代つて応待したが、その際、原告が事情説明のため出頭していることが明らかとなり、そこで訴外佐藤は訴外小泉らを事情聴取の席に同席させることが原告に弁明の機会を与えることにもなり、かつ、原告の主張を公明党議員らに適確に伝達することができるものと判断して、訴外小泉らに対し、事情聴取の席に同席することを求めた。その結果、訴外小泉らと原告とが直接話合うに至つたものである。)

3(一)  同3(一)記載の事実は否認する。

(二)  同3(二)記載の事実は認める。

(訴外羽賀が原告に対し授業停止を命じたのは次の理由による。

(一) 即ち、訴外井上から原告主張の前記要請を受けた後、教育庁指導部において原告の担当する授業に関し調査したところ、次の事実が判明した。

(1) 原告は、その担当する倫理・社会の授業の中で、特定の宗教(創価学会)の教義批判をしており、しかも、その批判には行き過ぎが見られること。

(2) 授業中、創価学会の会員である生徒に挙手を命ずる等、宗教に関する事項の取扱いにおいて慎重な配慮を欠いていること。

(3) 教師である原告自身に、宗教に関する寛容の態度に欠けるところが見られること。

(4) 授業において、単位の修得につき宗教的信条が決定的な関係をもつているかのように受けとられる発言をしていること。

(二) 以上に見られるような原告の授業態度は、宗教に関する事項の取扱いについて慎重な配慮に欠けるものであるので、この点につき原告と指導主事または学校長との間で何度か話合いが行われ、原告の反省を求めたが、原告はかたくなに自己の正当性を主張した。そこで、訴外羽賀は、原告に対しその授業態度について更に十分な反省を求める必要があり、また、原告と生徒との関係において円滑な教育活動が期待できない状態のままで授業を継続することは生徒に対する教育指導上適当でないと判断し、教育委員会の指示にもとづき、原告に対し、当分の間、授業に出ないようにして貰いたい旨申し渡したものである。)

(三)  同3(三)記載の事実のうち、訴外大森が訴外羽賀に対し原告に自宅研修を命ずるよう指示したとの点を否認し、その余は認める。(但し、自宅研修を命じた日は、昭和四一年九月一日である。)

(四)  同(四)記載の事実のうち、昭和四一年五月一九日訴外佐藤が、同年六月一五日訴外大森が、同年八月一三日、同月二五日、同年九月三日訴外小尾が、それぞれ原告に対し他の高等学校への転勤を勧めたこと、教育委員会が昭和四二年四月一日付で転勤の辞令を発したこと、および原告が同年九月一日、駒場高等学校に赴任したことは認める。その余は否認する。

(原告に対する授業停止の措置がとられた後も、引続き、指導主事および学校長によつて原告に対する指導助言が行われていたが、原告がそのまま深川商業高等学校にとどまつて授業を続けるならば従来の授業態度を急には改めにくく、また、生徒に対する教育指導の効果も期待できないので、従来の環境を変えることにより原告が心機一転して教育にあたることができるよう配慮し、かつ、原告がその指導方法等を改める機会を与えるため、原告の転勤が検討されるに至り、原告の希望にそつて、駒場高等学校への転勤が発令されたのである。)

4 同4記載の事実は否認する。

第三 証拠<略>

理由

一請求原因1(一)、(二)記載の各事実は当事者間に争いがない。

二1  同2(一)記載の事実は当事者間に争いがない。

2  同(二)について判断する。

訴外佐藤が原告に対し教育庁への出頭を命じ、その結果昭和四一年一月一七日に都教育庁総務部長室において原告と訴外小泉らが会つたことは当事者間に争いなく、又、<証拠>を総合すれば、原告は昭和四一年一月一五日、訴外羽賀から、出頭命令を伝達された際、同人より「右出頭は原告の倫理の授業時間における創価学会批判に対する公明党都議会議員の抗議を受けるためのものであるから聞き流すように。とにかく穏かにやつてこい。」と告げられたこと、右伝達を受けた直後、原告は訴外伊藤康圓に対し、「創価学会に謝れと教育庁から校長が言われ、それを今、伝達されて憤然として帰つてきた」旨話したこと、同月一七日、総務部長室においては、訴外佐藤の挨拶の後にまず最初に訴外小泉が原告に対し、「倫理の授業中に創価学会を誹謗した。これは信教の自由を認めた憲法に違反する。創価学会の生徒の提出したレポートでは卒業できないというのでは困る。これについては自分達あてに生徒本人の提出した手記もある。」などと発言したこと、訴外羽賀は同日正午ころ、成行を案じて都教育庁に出かけていること、訴外黒澤龍雄は、同年四月二二日ころ、原告の転勤受入の依頼に来た訴外羽賀から、訴外佐藤が原告を都教育庁へ出頭させたのは公明党所属議員らと原告とを和解させる意図であつたように思われる旨聞いたこと、以上の事実が認められ、右諸事実を綜合すると、請求原因2(二)記載の事実を推認することができる。

(被告は、この点につき、訴外佐藤が原告から事情を聴取するため原告を教育庁に出頭させたところ、偶然にも同時刻に訴外小泉らが来庁し、そこで訴外佐藤は訴外小泉らを事情聴取の席に同席させることが原告に弁明の機会を与えることにもなり、かつ、原告の主張を公明党議員らに適確に伝達することにもなると判断して、訴外小泉らに同席を求めた旨主張し、証人佐藤正憲は右主張に添う供述をするが、右供述は前記認定事実に対比して考えるとたやすく措信することができない。)

3  ところで、教育は不当な支配に服すべからざるものであり、教育行政は、この自覚のもとに、教育の目的を遂行するに必要な諸条件を整備するべきものであることは、教育基本法一〇条一項の明定するところであるが、特定の教員に対する特定の政党の党派的圧力が不当な支配に該当することは明らかである。従つて、公明党都議会議員から請求原因2(一)記載の如き要請を受けた訴外佐藤としては、事情を調査し、原告に反省を求むべき点があれば教育委員会としての独自の立場からの指導助言によりこれを是正すべきであつて、公明党議員と原告との直接の接触を避けるべきである。それにもかかわらず、前記認定のとおり、右のような方法をとることなく、不用意に訴外小泉らに原告を非難叱責する機会を提供し、同訴外人らをして、原告の教育活動に関して、原告に党派的立場からの圧力を加えるに至らしめたことは、少くとも同人の過失に基づく違法行為であると言うべきである。

三請求原因3について判断する。

1  一般に、学校における教育活動を円滑に運営するため、教育委員会が身分上の監督権を有する教員に対し転勤を命じ、また、校長が上司の指示又は自らの判断により自校の教員に対しその授業の停止または自宅研修を命ずることは、現行法上その自由裁量権の範囲内にあるものと解すべきである。従つて、請求原因3(二)ないし(四)の各事実は、当事者間に争いない部分のほか当事者間に争いある部分が立証されたとしても、それ自体では何ら違法行為を構成するものではない。

しかし、右の裁量権は決して無制限なものではなく、原告主張の転勤等の各行為が著しく公正を欠き、あるいは専ら不当な動機にもとづいてなされたものである場合は、裁量権の濫用となり、違法行為を構成するものというべきである。

2  そこで、同(一)について判断する。

確かに、一方において、訴外佐藤が公明党所属都議会議員である訴外井上某の要請を受け、同都議会議員らの非難叱責を受けさせる意図で原告を都教育庁に出頭させたことは前記二2認定のとおりであり、更に、<証拠略>を総合すれば、訴外羽賀はそのころ公明党所属都議会議員らに対し、校長として一応の事情説明をしたところ、同議員らから、「これは謝らせて済む問題ではない。罷免しなければならない問題だ。」と言われたこと、訴外井上某に対し請求原因2(一)記載の訴えをしたのは原告の授業を受けた生徒で、創価学会の会員であり、かつ原告が教材に用いた「歎異抄入門」の読後感想文を原告から不合格とされた訴外漆畑鈴夫であり、原告が昭和四一年二月一六日の倫理の授業において右読後感想文の不合格者らに対し再提出を督促したところ、その三日後である同月一九日に訴外羽賀から、教育庁からの指示であるとして授業の停止を申し渡されたこと、以上の事実を認めることができる。

しかし、他方において<証拠略>を総合すれば原告は倫理の授業において創価学会の会員である生徒に挙手を命じ、また、前記「歎異抄入門」の読後感想文の講評として創価学会は民主主義の原理に反する等の添書をしたこと、そしてそのために右宗教を信奉する生徒らが原告に反感を抱くに至り、原告と右生徒らとの間にわだかまりが生じたこと、訴外大森は、昭和四一年一月一七日以後、訴外羽賀、指導主事訴外横田らを通じ事情を調査したところ、以上のような情況であることが判明したこと、原告もまた、教頭である訴外篠嘉典に対し、「三年二組の授業はやりたくない。不愉快だ。」等と教師と生徒の間の信頼関係が既に破壊されている状態であることを訴えていたこと、そこで訴外大森および同羽賀は、原告にその授業態度について再考させ、また、原告と生徒との関係を改善するためには、当分の間、原告に授業をさせない方が適当だと判断した結果、原告に対して授業の停止を命じたこと、また、訴外佐藤、同大森らは、右事情にかんがみ、原告が深川商業高等学校に勤務する限り、教育効果は十分上がらないと判断し、昭和四一年四月ころから原告に転勤を勧めていたこと、原告も駒場高等学校ならば転勤してもよいとしてこれに同意していたので、転勤に備えて授業停止の措置を解き、原告の希望にもそつて自宅研修の措置をとつていたこと、しかし原告は、転勤するについて、授業停止の理由を明示すること、訴外漆畑を説諭すること、訴外羽賀が原告に陳謝すること等の諸条件を付したため、転勤の手続は円滑に進行しなくなり、結局、転勤実現までに一年余の期間を要したこと、以上の事実が認められる。

以上の各事実を綜合して判断すると、原告主張の前記各処分は、深川商業高等学校における原告の授業が現に円滑に行われ得ない状況に対処してとられた措置であるとともに、原告の授業態度につき反省を求め、かつ原告の勤務環境を整える目的をもつてなされたものであることが認められ、原告主張のように単に公明党議員らの圧力に屈してなされたものであることは認められず、従つて、著しく公正を欠き、あるいは専ら不当な動機にもとづくものであるとはいい難い。そこで、請求原因3記載の各事実が不法行為に該るとする原告の主張は理由がないことが明らかである。

四請求原因4について判断する。<証拠>によれば、原告は前記認定のとおり訴外小泉らに叱責されたことにより相当の精神的苦痛を蒙つたことを認めることができる。そして原告の右精神的苦痛は金二〇万円をもつて慰謝されるのが相当である。

五以上のとおりであるから、原告の本訴請求は損害賠償金二〇万円およびこれに対する不法行為の後である昭和四二年一一月三〇日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるから棄却し、訴訟費用につき民事訴訟法九二条、仮執行宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(武藤春光 石井義明 野崎弥純)

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