大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和42年(ワ)12714号 判決 1968年5月23日

原告 原則子

右訴訟代理人弁護士 伊藤末治郎

被告 久保田幸夫

主文

被告は原告に対し金六五万円及びこれに対する昭和四三年三月一一日以降完済迄年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は被告の負担とする。

本判決は原告勝訴の部分につき、原告において金一五万円の担保を供するときは仮にこれを執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は『被告は原告に対し金七五万円及びこれに対する昭和四三年三月一一日以降完済迄年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする』との判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として次のとおり述べた。

(一)  原告は昭和四一年九月一六日被告に対し金一〇万円を弁済期を同年一〇月二六日と定めて貸与し、昭和四一年九月一七日被告に対し金三四万円を弁済期を内金一七万円については同年一〇月一七日、残金一七万円については同年一〇月二五日と定めて貸与し、昭和四一年九月末頃二回にわたり被告に対し計金二一万円を弁済期を各一ヶ月後と定めて貸与した。

(二)  ところが被告は全然弁済しないので、原告は貸金請求の訴の提起を余儀なくされ、弁護士伊藤末治郎にこれを依頼して、本訴を提起したが、その依頼にあたり着手金として金六万五〇〇〇円を支払い、成功したときは別に金三万五〇〇〇円を支払うことを約した。これは被告が約束に反し任意に支払わないため、原告が受けた損害である。なお原告は被告に対し、任意に支払わないときは弁護士費用として金一〇万円を加算請求する旨予め通告している。

(三)  よって原告は被告に対し右の貸金及び損害金合計金七五万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日たる昭和四三年三月一一日以降完済迄年五分の割合による金員の支払を求めるため本訴に及んだ。

(四)  なおさきに『原告は昭和四一年一一月一五日被告に対し金六五万円を、弁済期は内金一五万円については昭和四一年一二月三〇日、内金一五万円については昭和四二年一月三〇日、内金一五万円については同年二月二八日、内金二〇万円については同年三月三〇日と定めて貸与した』旨主張したが、事実は第一項記載の通りこれよりさきに貸与したのであって、原告の度重なる請求に対し、被告は昭和四一年一一月一五日に至り、その支払のため、被告の経営する訴外野村石材有限会社が金額各金一五万円満期日昭和四一年一二月三〇日、昭和四二年一月三〇日、昭和四二年二月二八日と定めた約束手形三通、金額金二〇万円満期日昭和四二年三月三〇日と定めた約束手形一通を振出したものであったから前記の通り訂正する。

当裁判所において陳述したものと看做した被告提出の答弁書によれば『被告は“原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする”との判決を求め、被告が昭和四一年一一月一五日原告より金六五万円を借用した事実を否認する。これを借用したものは訴外野村石材有限会社である。又弁護士費用の如きは、本件の如き貸金請求事件においては損害として請求しうる筋合のものではない。』旨記されている。

立証≪省略≫

理由

≪証拠省略≫によると、『原告は昭和四一年九月一六日被告に対し金一〇万円を貸与し、その支払を受ける方法として、被告より金額一〇万円満期日昭和四一年一〇月二六日と定めた約束手形一通の振出をうけ、昭和四一年九月一七日金三四万円を被告に貸与し、その支払をうける方法として、被告より金額一七万円満期日昭和四一年一〇月一七日、金額金一七万円満期日同年一〇月二五日と定めた約束手形二通の振出をうけ、更に昭和四一年九月末か同年一〇月初め頃被告に金二一万円を貸与したこと、然るに右のうち二通の約束手形が不渡となったので、満期を昭和四一年一〇月二五日と定めた約束手形は満期に呈示するに至らず、専ら被告に対し請求していたところ、被告は昭和四一年一一月一五日に至り訴外野村石材有限会社振出の金額金一五万円の約束手形三通、金額金二〇万円の約束手形一通を原告に交付して暫らくの猶予を申出たこと、被告振出の旧手形は依然原告において保持しており、訴外野村石材有限会社振出の右手形は、金六五万円の被告の債務の支払確保のため振出されたものであって、債務者の肩代りを意味するものではないこと』が認められる。してみれば被告は原告に対し金六五万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日たる昭和四三年三月一一日以降完済迄年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があることは明らかである。

次に原告は、本訴提起に伴う、弁護士費用金一〇万円は、被告の本件借用金債務の不履行による損害であるとしてその賠償を求めるので、この点を検討する。およそ紛争のある場合裁判によってその黒白をつけることは、すべてのものの権利であるから、裁判の結果義務ありとされたものが、応訴したことを以て当然に違法性があると断ずることは許さるべきではない。然し義務者が権利者の権利の実行をことさら妨害する意図の下に応訴し、明白な事実を無視して権利者の真実に合する主張を執拗に争い、或いは理由のないこと明白な抗弁を繰返す等の所為に出たときは、それは応訴に名を藉りた違法性のある所為であって、権利者がこのため訴訟遂行に要した弁護士費用は、損害として不当応訴者に対し請求しうるものというべきである。ところで金銭債務の不履行による損害賠償について、債務者は不可抗力を抗弁となしえない反面、債権者は損害の立証を要せず、法定利率による損害賠償をなしうると同時に、賠償額について特約のない限り、いかにその損害が大きくても法定利率を超えて賠償請求をすることはできないけれども、前記の不当応訴の場合の弁護士費用は、金銭債務の不履行に因る損害というよりは、不当応訴という新たな不法行為による損害と考えられるから、この場合には弁護士費用は損害として請求しうるものといわねばならない。

よってこの観点にたって本件を見ると、原告は始め昭和四一年一一月一五日被告に金六五万円を貸与したと主張したところ、被告の否認にあって、その誤りに気づき、事実欄摘示の通りその主張を訂正したものであり、又『被告個人が借主でなく、訴外野村石材有限会社が借主である』という被告の主張は、昭和四一年一一月一五日被告が代表取締役をしている同訴外会社が原告に対し合計金六五万円の四通の約束手形を振出した事実に依拠するものと推断され、その応訴の態度をみると、被告は答弁書及び準備書面一通を提出したのみで、口頭弁論期日に出頭せず、立証もしていないのであって、その応訴は前記の基準に照らすと未だ違法性があると断ずるには足りない。

以上の次第で、原告の請求は貸金請求の部分は相当であるが、弁護士費用の請求の部分は失当と認めるので、民事訴訟法第八九条第九二条第一九六条の各規定に則り主文のとおり判決した。

(裁判官 室伏壮一郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例