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東京地方裁判所 昭和42年(ワ)1734号 判決 1974年12月03日

原告 神坂政章

右訴訟代理人弁護士 日笠博雄

被告 相和不動産株式会社

右代表者代表取締役 箕輪脩

右訴訟代理人弁護士 三谷穣

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一申立

(原告)

一  主位的請求

1 訴外東京証券土地株式会社が訴外浜一興業株式会社(旧商号・株式会社正喜商会)との間で別紙物件目録記載の建物についてなした昭和三一年一二月一三日付代物弁済はこれを取消す。

2 被告は訴外東京証券土地株式会社に対し、右建物を返還せよ。

3 被告は訴外東京証券土地株式会社に対し、右建物について所有権移転登記手続をせよ。

4 訴訟費用は被告の負担とする。

二  予備的請求

主位的請求の趣旨2ないし4項と同旨。

(被告)

主文と同旨。

第二主張

(原告)

一  主位的請求原因

1(一) 原告は、昭和三〇年一〇月末頃訴外東京証券土地株式会社(以下東京証券という)に対し、別紙物件目録記載の建物(以下本件建物という)の改築費用の一部として金二〇〇万円を貸付けた。

(二) 原告は、東京証券振出にかかる別紙小切手目録1および2記載の小切手(以下本件小切手という)を所持し、右各小切手を支払場所に呈示して支払を求めたが拒絶された。

2(一) 東京証券は、昭和三一年一二月一三日訴外株式会社正喜商会(現商号浜一興業株式会社。以下正喜商会という)に対し、原告ら一般債権者を害することを知りながら、訴外株式会社レインボー(以下レインボーという)の正喜商会に対する金一、三五五万一、〇〇〇円の債務の代物弁済として本件建物を譲渡し、東京法務局昭和四一年一二月一三日受付第二四六六〇号をもって右代物弁済を原因とする所有権移転登記を経由し、

(二) 正喜商会は、右代物弁済が詐害行為として取消されることを恐れて被告に対し、東京法務局昭和四一年一二月二三日受付、第二四六六一号をもって同月二二日付譲渡担保を原因とする所有権移転登記を経由した。

3 東京証券は、前項(一)記載の代物弁済のなされた当時、多額の負債を有し支払不能の状況にあり、本件建物が唯一の財産であったのであるから、東京証券の右行為が、原告の前記各債権をして完全な弁済を得られなくし、もって右債権を害するものであること明らかであり、右代物弁済は民法四二四条一項にいわゆる詐害行為にあたる。

4 よって、原告は被告に対し、昭和三一年一二月一三日東京証券と正喜商会との間で本件建物についてなされた代物弁済を取消し、かつ、本件建物の返還および東京証券に対する所有権移転登記手続を求める。

二  予備的請求原因

1 原告は、東京証券に対し、主位的請求原因1記載の債権を有しているところ、東京証券は、同3記載のごとく無資力である。

2(一) 前記代物弁済は、東京証券と正喜商会との間において未だ成立していないものであるのに、正喜商会が擅に作出したものである。

(二) 仮に、右代物弁済が成立したとしても、つぎの理由により無効である。

(1) 正喜商会のレインボーに対する債権は金一、三五五万一、〇〇〇円であるところ、本件建物の価格は、代物弁済が成立した日である昭和三一年一二月一三日当時において金三、〇〇〇万円、所有権移転登記を経由した日である昭和四一年一二月二三日当時において金二億〇、三八九万二、二七五円と評価されるべきものであるから、右代物弁済は、債権額に比しいちじるしく不均衡な暴利行為といわなければならず、民法九〇条により無効である。

(2) 東京証券にとって本件建物は唯一の資産であり、他に見るべき財産はなく、これを失えば事業遂行が不可能になるのであるから、本件建物を無償でレインボーの債務のために代物弁済として譲渡することは、営利を目的とする株式会社の目的を超えるものであって無効である。

(3) 右代物弁済は、正喜商会代表取締役片山哲雄が東京証券との間でなしたものであるところ、昭和三一年当時の正喜商会の代表権は共同代表であったのであるから、代表取締役の一人である片山哲雄が単独でなした右代物弁済は無効である。

3 よって、原告は、東京証券に代位して被告に対し本件建物の返還と東京証券に対する所有権移転登記手続を求める。

(被告)

一  主位的請求原因に対する答弁

1 主位的請求原因1(一)は否認し、同1(二)は不知。詐害行為取消の基本となる債権は、詐害行為以前に発生したものであることを要するところ、本件小切手債権は、原告主張の詐害行為後である昭和四〇年五月九日に発生したものであるから、右債権をもって詐害行為の取消を請求しえない。

2 同2(一)のうち、東京証券と正喜商会との間でなされた代物弁済および正喜商会に対する所有権移転登記がなされたことは認める。

同2(二)のうち、被告に対して譲渡担保を原因とする所有権移転登記がなされたことは認め、その余は否認する。

3 同3は不知。

二  予備的請求原因に対する答弁

1 予備的請求原因1については、主位的請求原因に対する答弁1および3記載のとおりである。

2(一) 同2(一)は否認する。正喜商会は、レインボーに対し、昭和三一年一二月六日現在金一、三五五万一、〇〇〇円の貸金債権を有していたが、同月一三日東京証券は、正喜商会に対し右レインボーの債務に対する代物弁済として本件建物を譲渡するとともに昭和三二年二月二八日まで買戻ができる旨約したが、右期日を経過するも買戻をなさなかったものである。ところが、東京証券は、右代物弁済を原因とする所有権移転登記手続に応じなかったので、正喜商会は東京証券に対し、所有権移転登記手続等の請求訴訟を提起し、昭和四一年一二月二三日確定判決をもって右所有権移転登記を経由したものである。

(二)(1) 同2(二)(1)は否認する。当時における本件建物の価格は、金三、〇〇〇万円位のものであり、相当額の抵当権が設定されていたのであるから金一、三五五万一、〇〇〇円の債権の代物弁済として譲渡を受けたとしても何ら暴利行為に当らない。

(2) 同2(二)(2)について、東京証券の親会社であるレインボーの金融を得るために会社所有物件である本件建物を代物弁済として提供しても何ら無効ではない。

(3) 同2(二)(3)は否認する。昭和三一年当時の正喜商会の代表取締役は、片山哲雄および栄木一郎であるが、いわゆる各自代表である。

三  抗弁

1 消滅時効

本件小切手債権は、支払呈示期間後六か月を経過した昭和四一年四月九日をもって時効により消滅した。

2 主位的請求について

被告は、本件建物を譲渡担保としてその所有権を取得した当時、それが債権者を害することを知らなかったものである。すなわち、被告は、正喜商会が昭和三九年一月頃から計画した神奈川県三崎市諸磯の分譲マンション並に娯楽施設を中心とする通称「諸磯シーサイドセンター」に協力投資することとなり、総合計金一億三、一二三万二七三一円を出資した。しかるに、右事業の成績は芳しくなく、結局昭和四一年三月頃被告は右事業から脱退することとなり、正喜商会が被告に対し金一億二、〇〇〇万円を交付して右事業に関する総ての施設等を引取ることとし、同月三〇日正喜商会は被告に対し、右金員の支払のため額面金一億二、〇〇〇万円、支払期日同年九月三〇日とする約束手形を交付したが、正喜商会は、右期日に右金員を支払うことができなかった。折しも、偶々、正喜商会と東京証券との間の本件建物をめぐる訴訟(東京高等裁判所昭和三六年(ネ)第五八三号建物所有権移転登記請求控訴事件)において、正喜商会は、東京証券から右控訴の取下の条件として示談金一、五〇〇万円の交付を要求されたのでそれに応ずることとし、被告に対し右示談金一、五〇〇万円、弁護士費用、延滞地代および地主の承諾料合計金三、〇〇〇万円の融資を求めたので、被告は、右示談によって正喜商会が完全に所有権を取得する本件建物を前記金一億二、〇〇〇万円の債権の担保として提供するよう要求し、正喜商会は右要求を承諾したので、被告は、正喜商会に金三、〇〇〇万円を貸渡し、正喜商会は右金員をもって東京証券との間で示談を成立せしめ、本件建物の所有権移転登記を経由し、被告に対し前記金一億二、〇〇〇万円の債務の担保として昭和四一年一二月二三日譲渡担保を原因とする所有権移転登記をなしたものであり、右示談成立以前の正喜商会と東京証券との間の訴訟については何ら関係なく、その内容を知る由もなかったものであり、したがって債権者を害することは全く考えてもみなかった。

3 予備的請求について

債権者代位権は、債務者において権利行使をなさない場合に、債権者が自己の権利保護のため行使し得るものであるところ、本件において債務者の地位にある東京証券は、正喜商会が東京証券を被告として提起した東京地方裁判所昭和三三年(ワ)第二、七一一号建物所有権移転登記請求事件に応訴し、右事件に敗訴するや控訴して抗争し、あるいは東京地方裁判所に仮処分異議を申立て、その控訴事件においても、さらに東京地方裁判所昭和四二年(ワ)第一〇四五号請求異議事件を提起し、右事件の控訴事件においても、本件停止条件付代物弁済を原因とする本件建物の所有権の帰属について抗争し、いずれも敗訴判決を受けて確定しているのであるから、原告において東京証券に代位して行使することは許されない。

(原告)

一  抗弁に対する認否

1 抗弁1は認める。

2 同2のうち、正喜商会と東京証券との間で訴訟が行われたことは認め、示談については不知、その余の事実は否認する。被告主張の譲渡担保設定契約は存在しない。仮に右契約がなされたとしても右譲渡担保によって担保されるべき被告主張の債権は存在しない。故に譲渡担保は無効である。

3 同3について、被告主張の各訴訟の効力は、本件建物の所有権の帰属自体に及ぶものでないから本訴請求が許されない理由はない。

二  再抗弁

時効の中断

東京証券は、本件小切手債権を確認し、支払の猶予を求めている。また、時効は当事者が、援用すべきものであって第三者である被告に時効の援用権はない。

第三証拠≪省略≫

理由

一  主位的請求について

1  原告の東京証券に対する昭和三〇年一〇月末頃の貸付金二〇〇万円の存否について検討するに、≪証拠省略≫には原告の主張に副う供述部分があるが、弁論の全趣旨からすると右供述だけでは未だその存在を肯認するまでの心証を惹起しがたく、他に右事実を認めるに足る証拠はない。

2  ≪証拠省略≫によると、原告は東京証券に対し、昭和四〇年五月二九日振出にかかる別紙小切手目録1および2記載の小切手二通を所持していることが認められる。

ところで、詐害行為取消権を取得する債権は、当該詐害行為の以前に発生したものであることを要し、右債権が詐害行為以後に発生したものであるときは、たといその行為に基づいてなされた登記が債権発生の後であっても、右債権で当該行為を取消すことはできないものと解すべきである。これを本件についてみるに、原告の本件小切手債権は、原告が詐害行為として主張する昭和三一年一二月一三日の代物弁済より後に発生したものであることは明らかであるから、原告は右小切手債権をもって右行為の取消を請求し得ない。

そうすれば、原告の主位的請求は、詐害行為取消請求の基礎をなす債権が存在しないことに帰するのであるから、その余の点につき判断するまでもなく理由がない。

二  予備的請求について

1  請求原因事実について判断するに先立ち、まず抗弁3について検討する。

≪証拠省略≫によると、正喜商会は、東京地方裁判所に対し、東京証券を被告として本件建物につき昭和三一年一二月一三日代物弁済による所有権取得を原因とする所有権移転登記および明渡請求の訴(昭和三三年(ワ)第二七一一号)を提起し、東京証券はこれに応訴し、東京証券の正喜商会に対する代物弁済にもとづく所有権の取得の成否を主たる争点として抗争した結果、昭和三六年一〇月三〇日正喜商会の勝訴判決、すなわち「東京証券は正喜商会に対し本件建物について、所有権移転登記手続をせよ。東京証券は正喜商会に対し本件建物を明渡せ。」との判決がなされ、東京証券は、右判決を不服として控訴したが、昭和四一年一二月二二日結局右控訴を取下げて右判決は確定したこと、後日、東京証券は、右控訴の取下げが代表取締役早川慎一の意思に基づかず何人かによって控訴取下書が作成提出してなされたものであるから控訴取下の効力がないと主張して口頭弁論期日の指定を求め、東京高等裁判所昭和三六年(ネ)第二五八三号事件として審理されたが、同裁判所によって、控訴の取下は右早川の意思に基づきなされたものであり、取下書も右早川の意思に基づいて作成されたものであると認定され、結局、昭和四四年一月三一日「本件訴訟は控訴の取下により終了した。」との判決がなされ、さらに東京証券は右判決に対し上告した(昭和四四年(ネオ)第五七号)が、東京高等裁判所は同年四月二八日上告却下の決定をなし、もって右判決が確定した事実を認めることができ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

ところで、債権者が民法四二三条によって債務者の権利を代位行使できるのは、債務者が自己の権利を行使できるにも拘らず自らそれを行使しない場合に限られる。

本件において、原告は、債務者たる東京証券の被告に対する所有権移転登記請求権及び返還請求権を代位行使するというのであるが、これら請求権は、原告の主張に明らかなように、東京証券と正喜商会間の昭和三一年一二月一三日の本件建物についての代物弁済が不成立ないしは無効であるから、東京証券から正喜商会への所有権の移転はなく、従って正喜商会から所有権を取得したという被告も所有権を取得していない無権限者であるというのであって、東京証券から正喜商会への右代物弁済による所有権の移転が否定され、依然として東京証券の所有権がその儘存続していることが認められて始めて是認され得るものである。

ところが、東京証券は、前示認定のように、正喜商会からの前記昭和三一年一二月一三日代物弁済による所有権取得を原因とする所有権移転登記請求及び明渡請求の訴に応訴し、所有権の帰属について主張立証を尽した結果敗訴して終局判決の確定に至っているのであるから、東京証券が正喜商会に対し本件建物の所有権に基づいてする請求権は、所有権移転登記請求権及び返還請求権も含めて、すでに余すところなく行使されているというべきである。

而して、本件において被告とされているのは相和不動産であって正喜商会ではないけれども、東京証券の立場に立ってみれば、ここで原告が代位するという東京証券の請求権は、前示のとおり、東京証券と正喜商会間の代物弁済が不成立ないしは無効であって、本件建物の所有権は正喜商会へ移転せず、依然として東京証券に帰属しているということを根拠にするもので、その内容は、本件建物所有権の帰属を争う点において前示確定判決の内容と異るところがないのであるから、東京証券の本件各請求権はすでにこの終局判決の確定に至る過程において行使されているといわなければならない。

よって原告の予備的請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

三  以上の次第で原告の本訴請求は、いずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決した。

(裁判長裁判官 藤井俊彦 裁判官 佐藤歳二 松山恒昭)

<以下省略>

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