東京地方裁判所 昭和42年(ワ)1895号 判決 1968年5月08日
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一申立
一 原告
1 被告は原告に対し金八六四万円およびこれに対する昭和四二年三月八日から支払ずみまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
との判決と仮執行の宣言を求める。
二 被告
主文と同趣旨の判決を求める。
第二請求の原因
(原告の実用新案権)
一 原告はつぎの実用新案権を有していた。
登録番号 第四五八、一六五号
考案の名称 噴霧器
出願 昭和三〇年七月二二日
公告 同三一年九月一二日
登録 同三二年二月二八日
本件実用新案の登録請求の範囲は、別紙実用新案公報の該当欄に記載のとおりである。
(本件考案の構成)
二(一) 本件考案は、噴霧器の構造に関するもので、(イ)、蓋1に止体2を挿入しこれをシリンダー3を螺着し止体2から通孔4´を具有するロツド4をシリンダー3内へ挿入しこれにピストン5を設置し、(ロ)、蓋1を手掛部イに設けた壜11に定着して成るものである。
(二) 本件考案は、前記(イ)の構成をとり、止体とシリンダーとを蓋を介して螺着し両者をもつて蓋を緊圧している点に考案の要点がある。
これに対し、前記(ロ)の壜に手掛部を設けることは付随的な要件にすぎない。およそ、壜口を朝顔型ないし鍔型の突縁状に形成し壜に手掛部を設けることは、壜の持つている通有性であるばかりでなく、本件実用新案より先願にかかる実用新案権登録第四四五、〇一一号の登録請求の範囲にも壜に手掛部のあるものが記載されているのであつて、噴霧器において壜に手掛部を設ける構造は公知の技術に属する。してみれば、前記(ロ)は付随的な要件にすぎない。
(本件考案の作用効果)
三 本件考案による噴霧器は、壜の手掛部に指を掛けて把持し、ロツドの頭部に指頭を当てて螺旋発条の弾力に抗しロツドを上下すれば、壜内の液体は吸上孔からシリンダーの内部へ吸上げられ通孔を経て噴霧口から噴霧状に噴出するものであるが、つぎのような効果を有している。
(1) 頭部を指頭をもつて押圧開放するとき、手掛部に指を掛けて壜を把持できるので、壜を取りつけたまま噴霧器を各所に移動し、液を撒布するのに好適であり、諸所へ消毒薬等を撒布するのに便利である。
(2) シリンダーは止体に螺着されているから噴霧器全体の着脱分解が自在であり、一部が破損したとき修繕知識のない需要者でも容易にこれを取り換えることができる。
(被告製品)
四 被告は別紙目録記載の噴霧器を製造し、これを販売した。
(本件考案と被告製品との対比)
五 被告製品を本件考案と対比すると、被告製品が本件考案の(イ)の要件を備えていることは明らかである。
つぎに、本件考案の(ロ)の要件は前記のように附随的な要件であるが、その上、本件考案において手掛部を壜と一体に設けるという限定はないから、壜口の部分を別体とし、その壜口に手掛部を設けたものを壜と螺着させたものは本件考案にいう壜に手掛部を設けたものと区別しなければならない理由はないから、被告製品の蓋に手掛部のあるものは、本件考案の壜に手掛部のあるものと均等のものというべきである。
以上のとおりであるから、被告製品は本件登録実用新案の技術的範囲に属する。
(損害賠償請求)
六 被告製品は本件登録実用新案の技術的範囲に属し、その製造販売行為は原告の実用新案権を侵害するものであるが、被告は原告の再三の警告を無視して故意にこれを製造販売し原告に損害を被らせた。被告は昭和三九年三月一日から原告が本訴を提起した昭和四二年二月二八日まで三年にわたり一年につき平均一八万個を一個当たり平均二〇〇円で販売したから、販売価格は総計一億八〇〇万円に達する。
ところで、製造販売の実施について実用新案権者が通常受けるべき実施料額は販売価格の八%の額をもつて相当とするから、被告製品に対する実施料額は総計八六四万円となる。これは原告が被つた損害額であるから、原告は被告に対し同金員の支払いと本件訴状送達の翌日である昭和四二年三月八日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
第三被告の答弁
(認否)
一1 請求原因第一項の事実は認める。
2 第二項(一)の事実は認めるが、(二)の事実は否認する。
3 第三項および第四項の事実は認める。
4 第五項のうち被告製品が本件考案の(イ)の要件を備えていることは認めるが、その余は争う。
5 第六項の事実は否認する。
(本件考案の構成)
二 本件考案の構成を究明すれば、不可欠の要件としてつぎの三つのことを挙げることができる。
(A) 原告主張の(イ)の構成(噴霧部分の構成および蓋との関係)
(B) 壜に手掛部を設ける(壜の構成)
(C) 蓋を壜に定着する(壜と蓋との関係)
このうち(C)の要件が本件実用新案出願前の噴霧器に通有不可欠の構造であつたことは物品の性質上明らかであり、(A)の要件も出願前公知の構造として広く用いられていたばかりでなくむしろ噴霧装置には通有不可欠の構造である。してみれば、本件考案は、従来周知の壜と蓋と噴霧部分をそのまま使用した噴霧器において手掛部を壜に設けたところに新規性がある。そして、このように解するのが正当であることは、本件実用新案の出願当初に提出された説明書には専ら噴霧部分について記載されていたが、公知例を引用して拒絶理由通知を受けた後に「蓋1を手掛部イを設けた壜11に定着する」旨挿入訂正されて漸く出願公告されるに至つた経過に徴しても明らかである。
(本件考案と被告製品との対比)
三 被告製品は、従来公知公用の噴霧器と同一構造のものであり、手掛部を蓋に設けている点において本件考案の不可欠の要件を備えていないから、本件実用新案の技術的範囲に属しない。
(損害賠償請求)
四 被告製品は本件実用新案の技術的範囲に属しないから、原告の損害賠償の請求は理由がない。なお、被告の年間製造販売個数は一〇万個から一二万個であり、一個の販売価格は八五円である。
証拠(省略)
理由
(原告の実用新案権)
一 原告が本件実用新案権を有していたことは当事者間に争いがない。
(本件考案の構成)
二 本件考案がつぎのことを要件として構成される噴霧器であることは、当事者間に争いがない。
(1) 蓋に止体を挿入しこれにシリンダーを螺着し、止体から通孔を具有するロツドをシリンダー内へ挿通し、これにピストンを設着すること
(2) 壜に手掛部を設けること
(3) 蓋を壜に定着すること
原告は(1)の構成により止体とシリンダーとを蓋を介して螺着し両者をもつて蓋を緊圧した点に考案の要点があり、(2)の構造は附随的な要件にすぎないと主張する。
しかしながら、成立に争いのない乙第五号証および同第七号証によれば、噴霧器において前記(1)、(3)の構造は本件実用新案の出願前から公知公用の技術に属したことが明らかである。原告は手掛部を壜に設ける構造が公知公用であつたと主張し成立に争いのない甲第四号証の一によれば登録第四四五、〇一一号実用新案の公報には、手掛鍔を壜に設けた噴霧器が記載されていることが認められる。しかし、同号証によると、この実用新案は本件実用新案の先願ではあるが、これは公告されたのは本件実用新案の出願以後のことであり、しかも、その考案者は本件実用新案の考案者である原告自身であることが認められる。したがつて、この資料によつては、本件考案出願当時噴霧器において手掛部を壜に設ける構造が公知公用の技術になつていたとはいえないし、他に原告のこの主張を認めるに足りる証拠はない。さすれば、本件考案は、壜に手掛部を設けるという構成を噴霧器に採用した点に新規性があるとみるのが相当である。したがつて、この点は本件考案の重要な要素であることは、疑をいれない。
(被告製品および本件考案との対比)
三 被告製品が別紙目録記載の構造のものであることは、当事者間に争いがない。
そこで、被告製品を本件考案と対比すると、被告製品がその(1)の要件を備えていることは被告の認めるところであり、(3)の要件を備えていることも明らかである。
しかしながら、被告製品では蓋に手掛部が設けられているから、この点において本件考案の (2)の要件を備えていないものといわなければならない。しかも、成立に争いのない乙第一号証の一、二および同第八号証によれば、手掛部を蓋に設けた噴霧器は、
本件実用新案出願の当時公知公用であつたことが認められるから、前記(2)の要件との均等を考慮する余地もあり得ない。
したがつて、被告製品は本件考案の技術的範囲に属しない。
(結論)
四 よつて、被告製品が本件実用新案の技術的範囲に属することを前提とする原告の本訴請求は、その余の点について判断を加えるまでもなく失当であるから棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 古関敏正 吉井参也 小酒礼)
(別紙)
目録
蓋1に止体2を挿入し、これにシリンダー3を螺着し、止体2から通孔4´を有するロツド4をシリンダー3内へ挿通し、ロツド4にピストン5を設け、かつ蓋1に手掛部イを形成し、この蓋1を壜6の開口部外側に螺着した噴霧器であつて、7はシリンダー3に透設した吸上孔、8はその球弁、9は螺旋発条でピストン5を押上げる。
10はロツド4の頭部11は噴霧口12は空気孔である。
<図面省略>