大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。
官報全文検索 KANPO.ORG
月額980円・今日から使える・メール通知機能・弁護士に必須
AD

東京地方裁判所 昭和42年(ワ)3328号 判決 1968年4月26日

原告 細川正

右訴訟代理人弁護士 畠山国重

右訴訟復代理人弁護士 山田裕四

右訴訟代理人弁護士 星野卓雄

被告 古屋善武

<ほか一名>

右被告両名訴訟代理人弁護士 小木郁也

主文

被告古屋善武は原告に対し、別紙目録(一)記載の土地及び同目録(二)記載の建物について所有権移転登記手続をし、同目録(三)記載の建物を明渡し、かつ昭和四二年四月一〇日から右明渡済みまで一ヵ月金二五、〇〇〇円の割合による金員を支払え。

被告小笠原利明は原告に対し、同目録(二)記載の建物を明渡し、かつ昭和四二年四月一〇日から右明渡済みまで一ヵ月金二〇、〇〇〇円の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は、被告らの負担とする。

この判決は主文第一及び第二項中金員支払の部分に限り、仮に執行することができる。

事実

一  当事者の申立

原告は、被告古屋は原告に対し、別紙目録(一)記載の土地(以下(一)の土地という)及び同目録(二)記載の建物(以下(二)の建物という)につき所有権移転登記手続をし、同目録(三)記載の建物(以下(三)の建物という)を明渡し、かつ昭和四一年一二月一日から右明渡済みまで一ヵ月金二五、〇〇〇円の割合による金員を支払え、被告小笠原は原告に対し、(二)の建物を明渡し、かつ昭和四一年一一月一日から右明渡済みまで一ヵ月金三〇、〇〇〇円の割合による金員を支払え、訴訟費用は被告らの負担とするとの判決並びに建物明渡及び金員支払の部分につき仮執行の宣言を求める。

被告らは、原告の請求を棄却する。訴訟費用は、原告の負担とするとの判決を求める。

二  請求原因

原告は、別紙目録記載の土地及び建物を所有している。(一)の土地及び(二)の建物につき被告古屋のため所有権移転登記がなされている。被告古屋は、昭和四一年一一月初旬から(三)の建物を占有しているが、右建物の賃料相当額は一ヵ月金二五、〇〇〇円である、被告小笠原は、昭和四一年一〇月初旬から(二)の建物を占有しているが、右建物の賃料相当額は一ヵ月金三〇、〇〇〇円である。

よって原告は、被告古屋に対し所有権に基づき(一)の土地及び(二)の建物につき所有権移転登記手続と(三)の建物の明渡しを、(三)の建物の所有権侵害による損害賠償として昭和四一年一二月一日から右明渡済みまで一ヵ月金二五、〇〇〇円の割合による損害金の支払を求め、被告小笠原に対し、所有権に基づき(二)の建物の明渡しを、同建物の所有権侵害による損害賠償として昭和四一年一一月一日から右明渡済みまで一ヵ月金三〇、〇〇〇円の割合による損害金の支払を求める。

三  答弁及び抗弁

(一)  請求原因事実中賃料相当額の点を否認し、その余の事実(但し(一)の土地及び(二)の建物はもと原告の所有であったこと)を認める。

(二)  被告古屋は、昭和四一年一〇月一九日原告の代理人細川かずいから(一)の土地及び(二)の建物の贈与を受けた。

すなわち、原告は、昭和三八年一月一九日脳軟化症で倒れ以来妻かずいに原告の財産管理処分についての包括的な代理権を授与した。昭和四一年頃には、原告の不動産の処分等の一切の代理権を授与した。このことは次の事実によっても窺われる。原告は、昭和四一年頃には言語機能も殆んど停止し意思能力も欠くようになり、実印、権利証、株券等の保管をすべてかずいに託し、医療費の捻出、税金支払等日常家事は一切かずいがして来た。かずいは、昭和四一年六月頃原告所有地二一〇・三三平方米を、同年九月九日原告所有地八三・七七平方米を原告の代理人として他に売却し、また原告の代理人として坂本工務店と請負契約をして原告が現に住居している建物を建築した。これらはいずれも、かずいがその保管する原告の実印、権利証等を用い、代金を受領し、又は代金を支払い等して行ったものである。

(三)  かりに右代理権の授与が認められないとしても、原告は表見代理の規定により責を負う。

すなわち細川かずいが原告の実印、権利証等を保管していたこと及び原告を代理して原告の不動産を売却したりしたこと前記のとおりであるが、同人は、原告の代理人であるとして(一)の土地及び(二)の建物を被告古屋に贈与する旨の意思表示をなし、原告の実印、権利証を持参して、同被告と共に登記所に赴き同被告への移転登記手続をしたのであるから、同被告において同人に代理権ありと信ずべき正当の理由がある。

(四)  被告古屋は、昭和四一年九月原告の代理人細川かずいから(三)の建物の無償使用を許諾され、また(二)の建物が原告の所有であるとすれば、被告小笠原は、同年一〇月初旬原告の代理人細川かずいから(二)の建物の無償使用を許諾され、右各建物の引渡を受けてこれに居住しているものである。

前記のとおり原告の病状は悪化する一方でありまた妻のかずいも眼病をわずらい、生活は極めて不自由であったが、養子との間が不仲のため、かずいは将来のことを心配していた。

そこで同人は、昭和四一年九月頃被告古屋に原告ら夫婦と同居して原告らの世話をしてもらいたいと懇請して来たので同被告はこれを承諾し、初めは(三)の建物の階下に原告らと共に居住するようになり、同年一一月からはその二階にある(三)の建物に居住するようになったのである。なおその際被告古屋は、かずいに同被告の妻が病身で原告らの世話が十分できないから、被告小笠原夫婦も一緒に来て原告らの世話をしたいと申し出て、かずいが同被告夫婦が(二)の建物に居住して原告らの世話をすることを承諾したので、同被告は昭和四一年一〇月初旬から(二)の建物に居住しているのである。

四  抗弁に対する認否及び再抗弁

(一)  抗弁事実中原告が昭和三八年一月一九日脳軟化症で倒れ、昭和四一年頃には言語機能を殆んど停止し、妻の細川かずいが原告の実印、権利証等を保管し、医療費の捻出、税金の支払等の家事一切を処理して来たことを認めるが、その余の抗弁事実を否認する。

(二)  かりに原告代理人かずいが被告らにその占有建物の無償使用を許したとするならば、同代理人は、昭和四一年一一月中には被告らに対し、右各建物を明渡すべきことを請求して、使用貸借を解除したし、また本訴において右各建物の明渡を求めているのであるから、いずれにしても使用貸借は解約告知により終了した。被告らは同年一一月中に原告らの世話をすることをやめてしまったのである。

五  再抗弁事実に対する認否

否認する。

六  証拠≪省略≫

理由

一  賃料相当額を除くその余の請求原因事実は、当事者間に争いない。証人細川かずいの証言によれば、(二)の建物の賃料相当額は一ヵ月金二〇、〇〇〇円、(三)の建物の賃料相当額は一ヵ月金二五、〇〇〇円であることが認められ、右認定に反する証拠はない。

二  抗弁について

(一)  贈与について

≪証拠省略≫中には、同被告が病身の原告とその妻かずいの面倒をみることを承諾したので、かずいは昭和四一年九月同被告に対して(一)の土地と(二)の建物を贈与する旨の意思表示をし、同被告がこれを承諾した旨の供述がある。

しかし、証人細川かずいの証言によれば、かずいは、被告古屋夫婦に原告の世話をしてもらうために(三)の建物の階下のうち八畳、六畳、三畳、サンルームの四部屋を同被告に無償で使用を許し、しかも原告を世話する報酬として一ヵ月金四〇、〇〇〇円を同被告に支払うことを約したことが認められるのである。一人の病身の老人の身辺の世話をするためならば、右のような条件は被告古屋にとっては相当有利な条件であると考えられるところである。それなのに同被告本人尋問の結果によれば、(一)の土地と(二)の建物の時価は当時金二、六〇〇、〇〇〇円から金二、七〇〇、〇〇〇円程度のものであったことが認められるのであるから、かずいが右の条件の外にこれらの土地建物を無償で同被告に譲渡することは、他に特段の財産や収入の目当ても認められない原告夫婦にとっては、いかにも不自然なことである。このことと証人細川かずいの証言に照せば、前記証人小笠原和子の証言及び被告本人尋問の結果は措信できないのであり、その他細川かずいが被告古屋に対し(一)の土地及び(二)の建物を贈与する旨の意思表示をしたことを認めるに足りる証拠はない。

従って、細川かずいの代理権又は表見代理の成立の有無について判断するまでもなく、被告らの右抗弁は失当である。以上によれば、原告は、所有権に基づき同被告に対し、(一)の土地と(二)の建物につき所有権移転登記手続を請求することができる。

(二)  使用貸借について

≪証拠省略≫によれば、原告は昭和三八年一月脳軟化症で倒れてそれ以来病床にあり、その妻かずいも眼病をわずらい、その生活が不自由であったこと、そこでかずいは被告古屋に原告らと同居して原告の面倒をみてもらいたいと依頼し、同被告はこれを承諾して、昭和四一年一〇月二三日から前記のとおり(三)の建物の階下に居住するようになったこと、その際同被告はその妻が病弱なので同被告夫婦だけでは原告の世話ができないから、被告小笠原夫婦を(二)の建物に住まわせて一緒に原告の世話をしたいと言ったところ、かずいがこれを承諾したので、被告小笠原もその妻と共に同日(二)の建物に居住するようになったこと、その後間もなくかずいと被告古屋夫婦との間にいさかいを生じ、同被告は同年一一月初旬(三)の建物に移り住んだことが認められる。

右認定によれば、原告代理人細川かずいと被告らとの間にそれぞれ被告らが原告を世話することを条件として、当該建物を目的として、期間の定めのない使用貸借が成立したものと認められる。

ところで右使用貸借は居住を目的とするものであるから、被告らがその目的に従った使用収益を終ったときに返還時期が到来するのが原則である。しかし原告が被告らに右使用貸借を許諾したのは、被告らが原告の世話をすることが条件となっているのであるから、被告らがこの条件を履行せず、かつ将来もその条件を履行しないことが確実となった場合においても、右使用貸借の継続を強いることは原告に酷であって著しく公平を害する。したがって、このような使用貸借には負担附贈与の規定を類推して、借主側の条件の履行の不能が確定的となったと見られるような状態が到来したときは、貸主は使用貸借を解約することができるものと解するのが相当である。

前記各証拠によれば、かずいと被告らとの間は、被告らが前記のとおり建物に入居してから約半月にして不仲となり、それ以来被告らは入居の際の条件である原告らの世話をしていないし、また将来もしようとしないし、一方かずいも被告らに世話になる期待を全く捨ててしまったことが認められるのである。これによれば、対人的信頼を基礎とする本件使用貸借に於いて借主の果すべき条件の履行は、その不能が確定的なものになったものと認めなければならないから、原告は解約告知によって右使用貸借を終了させることができる。原告が昭和四一年一一月中に被告らに対し、建物の明渡を求めたことを認めるに足りる的確な証拠はないが、原告は本訴により被告らに対し、建物の明渡を求めているのであり、建物の明渡を請求する旨の訴状には、使用貸借の解約の意思表示を包含するものと解される。従って原告と被告らとの使用貸借は、昭和四二年四月九日訴状の送達により終了した。

以上により被告古屋は(三)の建物を、被告小笠原は(二)の建物を占有する権原を失ったから、原告に対しこれを明渡し、かつ昭和四二年四月一〇日から右明渡済みまで一ヵ月前認定の割合による賃料相当額の損害金を支払う義務がある。

三  よって原告の請求を右の限度で認容し、その余の請求を失当として棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条第九二条但書第九三条第一項本文、仮執行の宣言について同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。建物明渡の請求に対する仮執行宣言の申立は却下する。

(裁判官 岩村弘雄)

<以下省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例