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東京地方裁判所 昭和42年(ワ)4845号 判決 1976年1月29日

原告 ケイ・コツク・サ

被告 丸一シツピング株式会社 外一五名

主文

原告と各被告との間で、各被告が、それぞれ別紙物件目録の船舶上に船舶先取特権を有しないことを確認する。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  主文第一項と同旨

2  被告らは、各自原告に対し、金八、二四〇、三一四円とこれに対する昭和四二年六月一二日から支払いずみまで年五分の金員を支払え。

3  2項につき、仮執行宣言

4  訴訟費用は、被告らの負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は、原告の負担とする。

第二当事者の主張

(請求の趣旨1に関して)

一  請求原因

1 別紙物件目録の船舶(以下本件船舶という)は、もと訴外オセアニア・インダストリアル・コーポレーシヨン・リミテツド(以下オセアニアという)の所有であつたが、訴外エシア・シツピング・エンタープライゼズ・リミテツド(以下エシアという)が訴外オセアニアより買受け、その後更に原告が訴外エシアより買受けて現にこれを所有している。

2 被告らは、昭和四二年二月七日本件船舶が千葉港に入港した際、右船舶上に船舶先取特権を有すると主張し、千葉地方裁判所に対し右船舶につき競売の申立をし(千葉地方裁判所昭和四二年(ケ)第一五号)、同日競売開始決定を得た。

3 しかるに、被告らは、本件船舶上に何ら船舶先取特権を有するものではない。 よつて、原告は、被告らに対し、同被告らが本件船舶上に船舶先取特権を有しないことの確認を求める。

二  請求原因に対する答弁

1 請求原因1のうち、原告が現に本件船舶を所有していることは認めるが、その余の事実は不知。

2 同2の事実は認める。

3 同3は否認する。

三  抗弁

1 訴外チヤイナ・サウス・シー・カンパニー(以下チヤイナという)は、本件船舶の元所有者である訴外オセアニアとの間で、右船舶(なお、当時の船名はシヤウキン号といい、英国船籍であつた。)につき、いわゆる裸傭船契約(船舶賃貸借契約)を締結し、右船舶を運行させていた。

2 被告丸一シツピング株式会社(以下丸一という)は、昭和三八年八月三一日訴外チヤイナとの間で日本国法を準拠法とし、同訴外人運航にかかる船舶が同国に寄港した際、その船舶に関し同訴外人の代理人として船主業務を代行する旨の船舶代理店契約を締結した。

3 (被告丸一を除く他の被告ら)

被告丸一は、本件船舶が昭和三九年七月ころから同年一二月ころにかけて日本国に寄港した際、前記船舶代理店契約に基づき、訴外チヤイナの代理人として別表Iのとおり、他の被告らとの間で日本国法を準拠法とし、右船舶に関する水先案内、曳船、その他各種の船舶サービス供給につきそれぞれ契約を締結した。

4 (被告丸一)

(一)(1)  被告丸一は、本件船舶が昭和三九年七月ころから同年一二月ころにかけて日本国に寄港した際、前記船舶代理店契約に基づき、訴外チヤイナの代理人として、船舶サービス供給業者らとの間で日本国法を準拠法とし、右船舶に関する各種船舶サービスの供給につき契約を締結しこれにより訴外チヤイナが負担するに至つた債務、その他右期間中に同訴外人が右船舶に関し負担するに至つたトン税その他の公租公課等を別表IIのとおりそれぞれ弁済した。

なお、別表II中、船長の立替金及び船用費立替金とは、右船舶の船長が航海継続の見地から海員の給料、食糧、日常必要とする修理のために費用を立替えた場合に被告丸一においてこれを償還し、あるいは右船長が右目的のために費用を出資する場合または出費する場合に備えて同被告において右船長に手交した資金をいう。

(2)  被告丸一は、訴外チヤイナの船舶代理店という地位に照らし、前記各弁済に対して正当な利益を有する。

(3)  仮りに、被告丸一が前記各弁済に対し正当な利益を有しないとしても、同被告は、右各弁済と同時に訴外チヤイナに対する各債権者より代位することにつき黙示の承諾を得た。そして、同被告は、訴外チヤイナより右代位につき予め承諾を得ており、しからずとするも昭和四〇年六月二二日ころには承諾を得た。

(二) 仮りに、被告丸一が弁済による代位により訴外チヤイナに対する別表IIの各債権の移転を受けないとしても、同被告は、同訴外人に対する各債権者より右各債権を譲受けたものである。

5 (船舶先取特権の成立に関する法律上の主張等)

(一)(1)  国際私法上法定担保物権として認められる船舶先取特権は、被担保債権と密接な関係を有するが、その準拠法については専ら物権の問題として考えれば足り、それは、船舶の移動性という特性に鑑み、船舶の旗国法であるべきである。

そして、本件のように被担保債権の発生の後に船籍国に変更のあつた場合は、被担保債権発生時の旗国法による。

従つて、本件の場合は、英国法のみが準拠法となる。

(2)  英国法上のmaritime lien (以下MLと略する)は、(a)海員の給料債権、(b)船舶衝突その他これに類する事故による損害賠償請求権、(c)救助料債権、(d)船長の給料債権及び立替金債権、(e)冒険貸借債権、(f)難破遺棄された船舶の残骸を管理する者の手数料債権及び立替金債権、(g)船舶に対し陸上から救助がなされた場合、土地所有者もしくは土地占有者がこれにより蒙つた損害に対する賠償請求権をそれぞれ被担保債権として成立し、同じくstatutory right in rem(以下SRと略する)は、(a)曳船料債権、(b)ネセサリーズ提供者の債権、修繕、造船艤装に関する債権、(c)積荷の滅失毀損その他運送または傭船契約違反による損害賠償請求権、(d)人の生命または身体に加えられた損害に対する賠償請求権、(e)特殊契約に基づく海員の給料債権、(f)船舶の所有権または占有権、(g)船舶モーゲージ、(h)水先料債権をそれぞれ被担保債権として成立するところ、これらは、いずれも国際私法上法定担保物権としての船舶先取特権に該当し、本件の場合、別表I、IIのとおり被告らの訴外チヤイナに対する各債権につきそれぞれ成立する。

(3)  英国法上、船主以外の者(傭船者、船長等)との契約により生じた船舶債権につきMLまたはSRの船舶先取特権の成立が認められるのは、これらの者が船主より右の船舶先取特権により担保される船舶債権を成立させる権限を授与されているときに限られる(但し、海員の給料債権及び船長の給料債権は例外である。)。

しかし、同国法上、船主以外の者が通常の用法により使用する目的で船舶を占有支配することを船主より許された場合は、船舶の通常の使用過程において成立する債権は、MLが付従していても、これを成立させる権限が授与されているものと推定されると解されている。

従つて、訴外チヤイナは、MLにより担保される船舶債権を成立させる権限を授与されていたものと推定される。

また、同訴外人は、SRにより担保される船舶債権を成立させる権限を外見上有していたものである。

(4)  (被告丸一)

英国法上、第三者は裁判所の許可を得たうえでMLの付従する債務を弁済したのでなければ、弁済による代位により、MLは右第三者に移転しないとされているが、右の点をそのまま日本国において適用することは、同国法が右のような許可手続を規定していない関係上、弁済者にとり酷な結果となるから法例三〇条によりその適用が排除されるべきである。

また、英国法上、第三者がSRの付従する債務を弁済したとき、または債務者の弁済を可能にするために資金を交付したときは、SRは右第三者に移転するとされており、その場合、右弁済ないし資金の交付につき裁判所の許可は不要であるが、仮りに裁判所の許可が必要だとしても、その点は法例三〇条により同様に適用が排除されるべきである。

(二) 仮りに、国際私法上法定担保物権としての船舶先取特権に関し、船舶の旗国法のみならず被担保債権の準拠法をも累積的に適用すべきだとすれば、それは成立の点に限定されるべきであり、右により法定担保物権として成立の認められた船舶先取特権の内容、効力及び消滅原因等については専ら船舶の旗国法を準拠法とすべきである。

本件の場合、被告らの別表I、IIの各債権の準拠法は日本国法であるが、同国法上右各債権につき船舶先取特権の成立が認められているので、結局(一)と同じ結論となる。

四  抗弁に対する答弁

1 抗弁1の事実は認める。

2 同2の事実は認める。但し、被告丸一が前記船舶代理店契約により訴外チヤイナの代理人になるとの事実は否認する。同被告は、あくまでも自己の名と責任により船主業務を代行すべきものである。

3 同3の事実は認める。但し、被告丸一は、訴外チヤイナの代理人としてではなく、自己の名と責任において他の被告らとの間で契約を締結したものである。

4(一) 同4(一)(1) の事実は認める。但し、被告丸一は、訴外チヤイナの代理人としてではなく、自己の名と責任において船舶サービス供給業者らとの間で契約を締結したものであり、また、船長立替金は、同被告が訴外チヤイナの指示に従い、本件船舶の運航費用の一部(船員に与える小遣い、船長の交際費等)として右船舶の船長に交付したものにすぎない。

(二) 同4(一)(2) については否認する。

5 (船舶先取特権の成立に関する法律上の主張等)

(一)(1)  国際私法上法定担保物権としての船舶先取特権は、債権担保のために法律で特に認められた権利であるから、当事者の予期しない不利益を与えないために、その成立、存否につき被担保債権の準拠法と物権の準拠法である船舶所在地法の双方を累積的に適用すべきである。そして、これにより成立、存続の認められた法定担保物権としての船舶先取特権の内容、効力については専ら物権の準拠法である船舶所在地法が適用されるべきである。

(2)  しかし、本件の場合、被告らの別表I、IIの各債権の準拠法は日本国法であり、また、本件船舶は右各債権成立当時日本国に所在していたのであるから、物権の準拠法も日本国法であり、結局同国法のみが適用される。

しかるときは、被告丸一を除く被告らの別表Iの各債権中船舶先取特権の成立するのは、水先料及び曳船料だけであり、また、被告丸一が弁済による代位により船舶先取特権の移転を受けたとしても、それは別表II中同被告が弁済したトン税、水先料及び曳船料に限られ、他の債権については一切船舶先取特権は成立しない(なお、商法八四六条六号の「航海継続の必要に因り生じた債権」にいう航海継続の必要とは、航海が直ちに中断するかまたは船舶が到達港に到達しえない状況をいう。しかるに、被告らの債権は、そのような状況を解消させるために生じた種類の債権ではない。)。

また、右により成立した船舶先取特権も、発生のときより一年以上経過しているので、商法八四七条一項によりいずれも既に消滅している。

なお、仮りに、別表I、II中水先料、曳船料及びトン税以外の各債権についても船舶先取特権が成立するとしても、右同様に発生のときより一年以上経過しているので、いずれも既に消滅している。

(二) 仮りに、(一)(1) において物権の準拠法が被告らの別表I、IIの各債権発生当時の本件船舶の旗国法である英国法であるとしても、

(1)  英国法上SRは、差押のあるまでは債権的効力しか有せず、しかも第三者に対する追及効を有しないから、物権的効力があるとはいえず、そもそも国際私法上法定担保物権としての船舶先取特権とは認められない。

(2)  仮りに、英国法上のSRが物権的効力を有するとしても、右は日本国法上の船舶先取特権とは内容を異にするから、物権法定主義の見地より日本国内における行使は許されるべきでない。

(3)  仮りに、右のようにはいえないとしても、英国法上のSRの被担保債権の一である「ネセサリーズ提供者の債権」にいうネセサリーズとは、ごく限られた航海必需品を指し、被告ら主張のように広範囲のものはこれに包含されない。また、水先料債権については、SRの成立は認められていない。

(4)  また、英国法上のMLには国際私法上法定担保物権としての効力があるが、被告丸一主張の船長立替金とは、同被告が本件船舶の運航費用の一部として右船舶の船長に交付したものにすぎず、このようなものについては、MLの成立は認められていない。

(5)  しかし、いずれにしても、被告らの別表I、IIの各債権の準拠法である日本国法上、商法八四七条一項により船舶先取特権は発生のときから一年の経過により消滅するとされているので、結局本件の場合、英国法上のMLまたはSRは問題にならない。

(三) 仮りに、本件の場合に、英国法上のMLまたはSRの成立が認められるとしても、次の諸点が考慮されるべきである。

(1)  MLまたはSRは、期間経過を理由として、それ自体が消滅することはない。他方、日本国商法上、船舶先取特権は、発生のときから一年で消滅する。従つて、日本国法が認める以上に存続期間の長い船舶先取特権の存在を認めることは妥当でないので、法例三〇条により、存続期間についてはやはり日本国商法八四七条一項が適用されるべきである。

(2)  英国法上、船主以外の者(傭船者、船長等)との契約により生じた船舶債権につきMLまたはSRの成立の認められるのは、これらの者が船主から船舶上に先取特権を成立させる権限を授与されたときに限られる。

(3)  英国法上、第三者は、裁判所の許可を得たうえで債務者にかわりMLまたはSRにより担保された債務を弁済したのでない限り、右MLまたはSRは、弁済による代位により右第三者に移転しない。

五  再抗弁

1 仮りに、被告丸一が訴外チヤイナに対して別表IIの各債権を有するとしても、同被告は、昭和四〇年ころ同訴外人に対し立替金並びに代理店手数料請求訴訟を提起し(東京地方裁判所昭和四〇年(ワ)第八五二八号、以下前訴という)、別表IIの各債権が発生したのと同じ期間内に発生した各債権の内容として別表IIとは異る主張をして勝訴判決を得たのであるから、同被告は、前訴における右主張に拘束され、もはや別表IIの各債権を主張することは許されないと解すべきである。

2 仮りに、右主張が認められないとしても、訴外チヤイナは、被告丸一に対する別表IIの各債務を弁済した。

また、同被告は、同訴外人の他の被告らに対する別表Iの各債務を弁済した。

3 仮りに、弁済したのでないとしても、被告らの訴外チヤイナに対する各債権のうち別表I、IIに○印を付したものは、民法一七三条または一七四条所掲の債権に該当するから、それぞれ債権発生のときより一年の経過をもつて時効により消滅した。

4 仮りに、時効により消滅していないとしても、訴外チヤイナは、前記船舶代理店契約に基づき、被告丸一に対して金二〇、一三三、九四四円の債権を有していたところ、同被告は、前訴の係属中に同訴外人に対する別表I、IIの各債権と対等額において相殺する旨の意思表示をなし、右意思表示は、その後間もなく同訴外人に到達した。

5 本件船舶の元船主であつた訴外オセアニアは、船舶賃借人である訴外チヤイナとの裸傭船契約において、訴外チヤイナ及び右船舶の船長は船員給料及び救助料以外のいかなる債権についてであつても、右船舶上にいかなる船舶先取特権をも成立させる権限を有しない旨合意し、かつ被告らは、右合意の存することにつき悪意であつた。英国法上、右のような場合、被告らの別表I、IIの各債権につきMLまたはSRは成立しないものとされている。

6 仮りに、被告らの別表I、IIの各債権につき英国法上のSRが成立するとしても、同国法上、SRは、第三者が船舶を有償で取得した場合には消滅するとされているところ、訴外エシアは、昭和三九年一二月一二日本件船舶を元所有者である訴外オセアニアより買受けたものである。

六  再抗弁に対する答弁

1 再抗弁1の事実は認める。しかし、被告丸一の別表IIの債権内容が前訴において主張したそれと異つていても、これは、その後の事実調査の進行及び法律構成の変更等によるものであつて、訴訟における通常の事態であり、また、前訴においては債権の内容は何ら実質的な争点とならなかつたうえ、前訴の当事者と本件訴訟の当事者は同一でないから、同被告は、前訴における主張に拘束されるものではない。

2 同3の事実は否認する。被告らの別表I、IIの各債権は、商行為によつて生じた債権に該当し、消滅時効期間は五年である。

3 同4の事実は否認する。

4 同5のうち、被告らが訴外オセアニアと訴外チヤイナとの間の船舶先取特権の成立制限に関する合意につき悪意であつた事実は否認する。

5 同6の事実は不知。なお、英国法上、SRは、悪意の船舶取得者に対しては追及効を有すると解すべきであり、訴外エシアは悪意であつた。

(請求の趣旨2に関して)

一  請求原因

1 被告らは、昭和四二年二月七日本件船舶が千葉港に入港した際、右船舶上に船舶先取特権を有すると主張し、千葉地方裁判所に対し右船舶につき競売の申立をし(千葉地方裁判所昭和四二年(ケ)第一五号)、同日競売開始決定を得た。

2 しかるに、被告らの申立にかかる前記競売手続は次の事由により不当ないし違法である。

(一) 被告らは、請求の趣旨に関し主張したように、本件船舶上に船舶先取特権を有しない。

(二) 仮りに、被告らが本件船舶上に国際私法上法定担保物権として認められる英国法上のMLまたはSRを有するとしても、訴訟手続は法廷地法を準拠法とすべきだから、日本国裁判所に対し競売を申立てうる船舶先取特権者は同国法上のそれを有する者に限ると解すべきである。

3(一) 右(一)を理由とする競売手続の不当性に関する被告らの故意または過失は次の諸事由に鑑み推定されるというべきである。即ち、船舶先取特権は、何ら公示されている権利でないから、その存在が事実上でさえ推定されるものではないこと、裁判所においては、船舶先取特権による競売申立があつた場合、船舶の移動性という特質を考慮し、実際上疎明資料のみによる簡易迅速な審理によつて競売開始決定をしていること、しかも、債権者は何ら保証金をたてずに競売開始決定を得ることができるのに対し、債務者は一旦競売開始決定を受けると莫大な損害を蒙ること。

(二) 仮りに、被告らの故意または過失が推定されないとしても、被告らは前記競売手続の不当性ないし違法性を知つていたから故意があり、そうでなくとも、知りうべきであつたから過失がある。

4 原告は、被告ら申立てにかかる前記競売手続により、次のとおり損害を蒙つた。   (一) 前記競売開始決定により、本件船舶が差押えられ、千葉港に碇泊させられた結果、原告は、少くとも三週間にわたり滞船を余儀なくされ、その間の得べかりし傭船料として金五、八九八、八一六円

(二) 原告は、本件船舶に対する差押えに関し被告らと交渉するために、香港より日本国に代理人二名を派遣したが、その旅費及びホテル宿泊費として、金七四一、四九八円

(三) 本件船舶に対する差押の解放と本件訴訟の提起のための弁護士費用として金三、〇〇〇、〇〇〇円

5 本件訴状は、昭和四二年六月一一日までには被告ら全員に送達された。

よつて、原告は、共同不法行為者である被告ら各自に対し、右損害金の内金として金八、二四〇、三一四円とこれに対する本件訴状が被告ら全員に送達された日の翌日である昭和四二年六月一二日から支払いずみまで民法所定年五分の遅延損害金の支払いを求める。 二 請求原因に対する答弁

1 請求原因1の事実は認める。

2 同2については、

(一) 被告らは、請求の趣旨1に関し主張したように本件船舶上に船舶先取特権を有する。

(二) 日本国裁判所に対し競売を申立てうる先取特権者は、同国法上の先取特権を有するものに限られるものではない。国際私法上法定担保物権である船舶先取特権としてMLまたはSRの成立が認められた以上、それらは日本国競売法の定める手続により実行できるものである。

3(一) 同3(一)の主張は争う。仮りに、故意または過失が推定されるとするならば、法定担保物権としての船舶先取特権の機能は著しく阻害されることになり、妥当でない。

(二) 同3(二)の事実は否認する。

4 同4の事実は不知。

第三証拠<省略>

理由

第一請求の趣旨1について

一  請求原因1のうち、原告が現に本件船舶を所有していること及び同2の事実は、当事者間に争いがない。

二  原告は被告らが本件船舶上に何ら船舶先取特権を有するものでないと主張するので、まず被担保債権となるべき債権が訴外チヤイナに対し発生したか否かについて考察する。

1  抗弁1の事実は、当事者間に争いがない。

2(一)  また、同2のうち、被告丸一が、昭和三八年八月三一日訴外チヤイナとの間で日本国法を準拠法とし、同訴外人運航にかかる船舶が同国に寄港した際、その船舶に関し船主業務を代行する旨の船舶代理店契約を締結したこと、同3のうち、被告丸一が、本件船舶が昭和三九年七月ころから同年一二月ころにかけて日本国に寄港した際、前記船舶代理店契約に基づき、別表Iのとおり他の被告らとの間で日本国法を準拠法とし右船舶に関する船舶サービス供給契約を締結したこと、同4(一)(1) のうち、被告丸一が、本件船舶が昭和三九年七月ころから同年一二月ころにかけて日本国に寄港した際、前記船舶代理店契約に基づき、別表IIのとおり船舶サービス供給業者らとの間で日本国法を準拠法とし右船舶に関する船舶サービス供給契約を締結しこれにより発生するに至った債務を弁済したこと、以上の各事実は、当事者間に争いがない。

(二)  しかるに、前記船舶代理店契約により被告丸一が訴外チヤイナより船主業務の代行に関する代理権を授与されたものであるか否か、従ってまた、同被告が同訴外人の代理人として他の被告らをはじめとする船舶サービス供給業者らと間でそれぞれ契約を締結したか否かについては当事者間に争いがあるところ、証人渡辺隆及び同逸見暉生(第一、二回)の各証言により右船舶代理店契約に関し真正に作成された契約書であると認められる乙第一号証には、(イ)代理店は、船主の業務と関係を有しうる全ての者に対し、船主のために船主に代って行為していることを知悉させるものとすること、(ロ)代理店は、船主の全業務を代理に関する一般的に承認された適法な手続のもとに、かつ船主が適宜発する指示に基づき、船主の計算において遂行すべきものとすること、概ね以上のような記載のあることが認められ、また、証人渡辺隆の証言によれば、被告丸一は、同被告において船舶サービス供給業者に対し代金を支払った場合、経理上これを立替金として計上していること、船舶サービス供給業者の中には、同被告に対し代金の支払いにつき保証を求めるものがあり、同被告においてもこれに応じる場合もあること、以上の各事実が認められるのである。右認定したところによれば、被告丸一は、右船舶代理店契約により、訴外チヤイナから船主業務の代行に関する代理権を授与されたものというべきであり、従つて同被告は、同訴外人の代理人として他の被告らをはじめとする船舶サービス供給業者らとの間でそれぞれ契約を締結したものと解され、右各契約により発生した債務は直接訴外チヤイナが負担することとなる。

なお、証人渡辺隆及び同虫明丈治の各証言によれば、船舶サービス供給業者にとって、外国船主の信用は必ずしも明らかでなく、従つて船舶代理店の信用により船舶サービス供給契約を締結せざるを得ないという事情のあることが認められるが、他方、右各証人の証言によれば、被告丸一をはじめとする船舶代理店としては、商慣習的に、船舶サービス供給業者に対し代金の立替払いをする取扱をしている事実が認められるのであつて、訴外チヤイナが債務者としても、被告ら(被告丸一を除く)には何らの不都合もない。

3  また同4(一)(1) のうち、訴外チヤイナが、本件船舶が昭和三九年七月ころから同年一二月ころにかけて日本国に寄港した際、右船舶に関し別表IIのとおりトン税その他の公租公課等を負担するに至ったことは、当事者間に争いがない。

三  かくして、被告らの訴外チヤイナに対する被担保債権となるべき各債権(なお、被告丸一については、弁済による代位により同被告に移転すべき債権がこれに該当する。)は、一旦は訴外チヤイナに対し発生したということができるので、次に右各債権につき船舶先取特権が成立するか否かにつき考察する。

1  法定担保物件としての船舶先取特権は、一定の債権を担保するために法律により特に認められた権利であり、いわば被担保債権の効力として認められる権利といいうるから、国際私法上それが有効に成立し存続するには、物権の準拠法により有効に成立し存続するだけでは十分でなく、被担保債権の準拠法によっても有効に成立し存続していなければならないと解する。そして、右にいう物権の準拠法とは、船舶の特性(船舶は法制の異る地域間を絶えず移動すること、船舶には必ず船籍国があること)に鑑み、その旗国法をいうものと解するのが相当であり、さらに、船籍国に変更のあった場合は、法的安定性ないし既得権保護の見地より旧旗国法と解するのが相当である。

これを本件についてみるに、被告丸一と他の被告らをはじめとする船舶サービス供給業者は日本国法を準拠法として契約を締結したこと、右契約締結当時における本件船舶の船籍国は英国であったことは前記認定のとおりであるから、結局日本国法及び英国法の双方により有効に成立し存続することが認められていなければならない。

なお、別表II中、トン税は契約債権でないが、日本国の税法により発生したものであることが明らかであるから、適用されるべき準拠法は右と同一であり、その他同表中の公租公課ないしこれに準ずべきものについても同様のことがいえる(但し、同表8番の領事査証料は日本国法に基づいて収納されるものでないので、右のことはあてはまらない。)。

2  被告らの被担保債権となるべき各債権がいずれも昭和三九年七月ころから同年一二月ころにかけて発生したものであり、他方、被告らが千葉地方裁判所に対し競売の申立てをなし、競売開始決定を得た日時は昭和四二年二月七日であることは、前記認定のとおりであるが、右各債権の準拠法である日本国商法第八四七条第一項は船舶先取特権の除斥期間を規定し、船舶先取特権はその発生後一年を経過したときは消滅するとしているので、仮りに、被告らの右各債権が同国商法第八四二条のいずれかの号に該当し、それらにつき一旦は船舶先取特権が成立したとしても(例えば、電話料、郵便代、印紙代、葬儀代のように、同国法上船舶先取特権の発生する余地のないものがいくつかあるが、その点はさておく。)、結局は、右条項により、一旦成立した船舶先取特権はその後消滅し存続が否定されているものにほかならないことになる。

3  従つて、本件の場合その余の点について判断するまでもなく、被告らは本件船舶上に船舶先取特権を有しないこととなる。

また、別表II、8番の領事査証書料は日本国法に基づいて収納されるものでないことは前記のとおりであるが、当裁判所の調査したところによれば、右については英国法上もSRの成立は認められていないから、被告丸一は、やはり右船舶上に船舶先取特権を有しえないこととなる。

第二請求の趣旨2について

一  請求原因1の事実は、当事者間に争いがない。

二  同2については、被告らが本件船舶上に船舶先取特権を有しないことは、前記判示のとおりである。

三  不当な競売手続に関する競売申立者の故意または過失が推定されるべきである旨の原告の主張は、独自の見解であつて、相当でない。

四  そこで、被告らに、本件船舶上に船舶先取特権を有しないことにつき、故意または過失があるか否かを判断するに、

1  まず、被告らに故意のあることは、本件全証拠によつても、これを認めることはできない。

2  法定担保物権としての船舶先取特権の準拠法につき、いまだ必ずしも確固とした判例の形成されていない我が国の現状においては、被告ら主張のような見解もあり得べく、また、被告らが準拠法と主張する英国法上、MLまたはSRの成立につきどのような公権的解釈がなされているかは必ずしも判然としないが、仮りにMLまたはSRの成立に関する被告らの主張が右公権的解釈から逸脱しているとしても、被告らに対し右の点を十分に明確にさせたうえで競売の申立をすることを要求するのは、その性質上酷に失するし、右の点に関する被告らの主張に明白な誤りがあるということもできないから、結局、被告らに過失のあることは、本件全証拠によつても、これを認めることができない。

五  従つて、その余の点について判断するまでもなく、原告の被告らに対する損害賠償請求は失当である。

第三結論

以上の次第で、原告の本訴請求中、被告らが本件船舶上に船舶先取特権を有しないことの確認を求める部分は理由があるので、これを認容し、その余は失当であるので、これを棄却し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 柏原允 小倉顕 向井千杉)

別紙 物件目録<省略>

別表 I・II<省略>

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