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東京地方裁判所 昭和42年(ワ)6211号 判決 1968年4月27日

主文

被告らは各自原告に対し、二三万円およびこれに対する昭和四二年六月二三日から支払ずみまで年五分の割合による金銭を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを五分し、その一を被告らの負担とし、その余を原告の負担とする。

この判決の第一項は、仮りに執行することができる。

事実

一、当事者の求める裁判

原告ー「被告らは各自原告に対し、一三七万円およびうち一二五万円に対する昭和四二年六月二三日から支払ずみまで年五分の割合による金銭を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決および仮執行の宣言

被告らー「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決

二、原告の請求原因

(一)交通事故の発生と原告の受傷

昭和四一年五月一四日午前八時三〇分頃、東京都目黒区中目黒一丁目八五二番地先の通称山手通りにおいて、原告が第一種原動機付自転車(以下原告車という。)を運転して上目黒方面から下目黒方面に進行中、折柄右側から左側に山手通りを横断しようとしていた被告石毛欣家(以下被告石毛という。)運転の普通自動車(登録番号品五は三七四七号。以下被告車という。)に右側から衝突され、よつて入院一一九日間通院一六九日間の各加療を要する右脛骨・腓骨複雑骨折の傷害を受けた。

(二)被告石毛の過失

右事故は、被告石毛において、狭い道路からこれよりも明らかに広い道路である山手通りに進出し、これを横断して一方通行の規制のある路地に入ろうとしていたのであるから、かかる場合自動車運転者は、進路前方および左右に十分注意を払い、広い道路を直進する車両等の進行を妨げることなく、衝突事故の発生を未然に防避すべき業務上の注意義務があるにも拘らず、これを怠り漫然進行した過失により発生したものである。

(三)被告石毛総鉄株式会社(以下被告会社という。)の地位

被告会社は鉄銅その他各種特殊鋼の磨引抜加工、工作および鉄鋼圧延の製造ならびに販売を業とする者、被告石毛は被告会社の役員兼従業員であるところ、被告会社は被告車を所有し、これを被告石毛に使用させ、もつて自己のために運行の用に供していたものである。

(四)右事故により原告の蒙つた損害は、次のとおりである。

(1)逸失利益 原告は金属加工溶接を業とする者であるが、本件事故発生前は月額平均二万九千円以上の純収益を得ていたのに、前記受傷加療のため入・通院した昭和四一年五月一四日から昭和四二年二月二五日までの二八八日間、その営業をすることができず、合計二五万円以上の得べかりし利益を失い、同額の財産的損害を蒙つた。

(2)慰藉料 原告は本件事故による受傷加療のため、前記のとおり長期にわたる入・通院を余儀なくされたうえ、未だに受傷部位に時折疼痛を覚え、以前の如くには活動しえないのみならず、前記のとおり休業したため、得意先を失う等営業上にも支障を来たし、日夜心痛しているもので、この精神的苦痛の慰藉料としては一二〇万円が相当である。

(3)損害の一部填補 原告は被告らから生活費ないし見舞金として二五万円の支払をうけた。

(4)弁護士費用 原告は右(1)(2)の合計一四五万円から(3)の二五万円を控除した残金一二〇万円の損害につき、被告らにおいて任意に支払をしないため、昭和四二年六月九日東京弁護士会所属弁護士訴外中村了太に対し、本訴の提起と追行方を委任し、その際着手金として五万円の支払をなすとともに、謝金として一二万円を支払うことを約したが、右各金銭も本件交通事故により原告の蒙つた損害である。

よつて原告は被告ら各自に対し、以上合計一三七万円および右謝金を除くうち金一二五万円に対する本件訴状送達の日の翌日である昭和四二年六月二三日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

三、請求原因に対する被告らの答弁および抗弁

(一)答弁

(1)請求原因(一)の事実は、傷害の部位・程度の点を除き認める。

(2)同(二)の事実中、当時被告石毛において狭い道路からこれよりも明らかに広い道路である山手通りに進出し、これを横断して一方通行の規制のある路地に入ろうとしていたことは認めるが、その余の事実は否認する。

(3)同(三)の事実は認める。

(4)同(四)の事実中、原告が金属加工溶接を業とするものであることおよび(3)の事実は認めるが、(4)の事実については知らないし、その余の事実は否認する。

(二)抗弁

(1)無過失の抗弁 本件事故現場はいわゆる変形交差点で、被告石毛は被告車を運転して交差点に徐行進出したのち、左方大橋方面から右方大崎方面へ進来する車両群があつたため、交差点中央部附近に停車してこれら車両の通過するのを待つていたところ、数台の車両が通過し終つたとき、折柄二列に並進してきた車両が、いずれも交差点手前で停止し、被告車に進行を促したので、被告石毛は時速七キロメートル程度で進行し、山手通りの左側部分(幅員七・三メートル)を横断し終えようとした際、山手通りの車道左端を大崎方面に向け高速で進来した原告車と接触したものである。かように山手通りの左側部分の幅員からすれば、二列に車両が並ぶと道いつぱいになり、三並列することはできない状態であるから、当時被告石毛は原告車が停車した並列車両の左側を進来することを予期しなかつたし、また停車中の並列車両とこれに後続する車両の列に視界を遮ぎられたため、進来する原告車を未然に発見できなかつたものであるが、前記のとおり異常事態に際会すれば、直ちに停車しうるよう注意して進行していたものであつて、本件事故発生につき同被告には過失がない。ところが原告は、自車の進路右側方に先行していた二並列車両がいずれも停車して被告車に進路を譲つており、これらの停車車両と前方の進行車両との距離は数一〇メートルになつていたのであるから、該交差点を被告車の如く右方から進入し山手通りを横断する車両があることを予期すべく、交差点手前で一時停止または徐行し、横断する車両との接触事故等を防止すべきであるのに、これを怠り、却つて前記のとおり高速で進行した結果、本件事故に遭つたもので、事故原因は専ら原告の右過失に存する。

(2)過失相殺の抗弁 かりに被告らに本件事故により原告の蒙つた損害の賠償責任があるとしても、右のとおり原告にも重大な過失がある。

(3)弁済の抗弁 なおかりに本件事故により原告が損害を蒙つたとしても、被告らは原告に対し、すでに(イ)治療費五四八、三一〇円、(ロ)附添看護料一二一、五六〇円、(ハ)休業補償費および慰藉料二五万円の合計九一九、八七〇円を支払つたから、その損害はすべて填補されたはずである。

四、抗弁に対する原告の答弁

(3)のうち原告が被告らから治療費五四八、三一〇円を含む合計九一九、八七〇円の支払をうけたことは認める。

五、証拠<省略>

理由

一、請求原因(一)の交通事故が発生し、原告が受傷したことは、受傷の部位・程度を除き、当事者間に争がなく、<証拠省略>によれば、右事故により原告は右下腿両骨複雑骨折、左前腕挫傷、左手背擦過傷、右腓骨神経麻痺の傷害を蒙り、昭和四一年五月一四日から八月二七日までおよび一一月一六日から二八日までの間前後二回合計一一九日にわたつて入院し、さらにこの間およびその後同年九月一日から昭和四二年二月二二日まで概ね週二回位通院し各加療した結果、外傷はほぼ完治したものの、時に右下肢に疼痛を覚える後遺症を残したが、専門医師の所見によれば、通院加療の要をみない程度に至つていたことが認められる。

ところで被告らは本件事故発生につき、被告らに過失はなかつたと主張するので、まずこの点につき検討する。

当時被告石毛において狭い道路からこれよりも明らかに広い道路である山手通りに進出し、これを横断して一方通行の規制のある路地に入ろうとしていたことは当事者間に争がなく、この事実に<証拠省略>を総合すると次のとおり認められる。東京都目黒区内を上目黒から中目黒を経て下目黒に市街地を概ね北南に(北方は大橋方面、南方は大崎方面に至る)縦断する通称山手通りは、両側に約三・六メートルの歩道を有し、車道の幅約一四・五メートルのアスフアルト舗装の幹線道路であるが、中目黒一丁目八五二番地附近において、南東方中三方面から幅約三メートルの小路が、北東方馬喰坂方面からも小路が交差し、さらに西方田道橋方面に至る幅約四メートルの小路(該路は西進のみ許されている一方通行規制道路)が分岐し、変形五差路をなしている。本件事故当朝、被告石毛は被告車を運転して被告会社への通勤途上で、中三方面から山手通りを横断して田道橋方面に赴くべく、山手通りの中央部附近にさしかかつたところ、大橋方面から大崎方面にむけて南進する車両が、ほぼ二列をなして低速で続いていたため、その場に停車して車の流れの途切れるのを待つうち、停車後一、二分すると、南進車列のうち道路中央線寄りを進行してきた乗用車が停止し、その運転者が被告車のために進路を避譲する旨の合図をなし、同時にその左側をこれと並進していた大型トラツクもまた停車し、これらに先行する南進車との間に、車両数台分の余地を生じるに至り、かつ該大型トラツク左側と車道左側端との間隔は約一メートルであつたのに、被告石毛はこの間隔を僅少なものと看取し、この間隔に車両の南進する余地はないものと即断し、被告車を発進させ、時速数キロメートルの低速で、停止車両の前面を横切り、大型トラツクから僅かに車頭を西方に進めた際、南進してきた原告車の側面に接触し、原告はその場に転倒し、被告車も直ちにその場に停車した。一方原告は当時荷台に親指大の真鋳製部品数一〇箇を積んだ原告車を運転して大橋方面から大崎方面にむかつて南進していたものであるが、右側を二列になつて並進する車両は交通渋滞のためのろのろ運転していたが、これらの車列と車道左側端との間隔は約一メートルあり、しかも遥か南方まで先行車両がなく宛然帯状の余地を存していたので、自車を加速し、道路右側部分の交通状況はもとより、渋滞している車列の状況についても殆んど配意することなく、これらを次々に追い抜きながら南進を続け、前記大型トラツクの停車したのにも気付かないまま本件事故に至つた。右事実によれば、本件事故は原告と被告石毛との双方の過失によつて惹起されたものと認められる。すなわち、被告石毛の過失は、被告車のため進路を避譲した南進車列と車道左側端との間には約一メートルの余地があつたのであるから、かかる場合避譲車の前面を横切り西進する自動車の運転者は、原告車の如き二輪車等が、渋滞した車列の左側を追い抜きながら南進することおよびこれら二輪車等とは、互に視界を遮ぎられていることに想を到し、特に左方の交通状況に十分注意を払いながら警音器を吹鳴して自車の進来を警告し、さらに避譲車の陰から出る際には、制動器を操作しながら最低速で進行し、もつて交通事故の発生を未然に防避すべき義務があるにも拘らず、前記のとおり避譲車と車道左側端との余地の目測をあやまり、原告車の進来を全く予期しなかつた点にあり、他方原告の過失は、自車の進路は遥か前方まで帯状に開けているものの、その右前方には渋滞した車列があり、道路の右側部分の見とおしは殆んどきかない状況にあり、さらに山手通りは左右に小路が分岐しているのであるから、このような場合渋滞車の直前または直後を横断し、もしくは分岐した小路から山手通りを横断する人車があることを予期すべく、渋滞車列の状況に注意を払い、かつ安全な速度で進行すべき義務があるのに、これを怠り、かなりの高速で漫然進行した点にあるというべく、双方の過失の割合は、原告六に対し被告石毛四と認めるが、原告車は幹線道路を直進する第一種原動機付自転車であるに比し、被告車はこれを横断中の普通自動車である等諸般の事情を併考し、過失相殺の割合は五割にとどめるのが相当である。

二、被告会社が原告主張のとおりの業を営む者で、被告車を所有し、その役員兼従業員である被告石毛にこれを使用させ、もつて自己のために進行の用に供する者であることは当事者間に争がないから、被告会社は自動車損害賠償保障法三条により、被告石毛は民法七〇九条によりいずれも原告が蒙つた後記損害の賠償責任を負担することは明らかである。

三、賠償額の算定

(1)原告が金属加工溶接を業とする者であることは当事者間に争がなく<証拠省略>を総合すると、原告は本件事故発生前月額平均二万九千円以上の営業純収益を得ていたところ、本件受傷加療のため昭和四一年五月一四日から昭和四二年二月二二日頃まで入・通院し、その間その営業をすることができず、よつて合計二五万円の得べかりし利益を失い、同額の損害を蒙つたことが認められる。

(2)前記のとおり原告が受傷加療のため長期にわたつて入・通院を余儀なくされたうえ、外傷治癒後も軽度の後遺症を残すに至り、さらにその営業を一時中断せざるを得ず、相当の肉体的精神的苦痛を蒙つたものと推認され、この苦痛を慰藉するには六五万円が相当である。

(3)ところが、原告の蒙つた損害の填補のため、被告らが原告に対し、治療費五四八、三一〇円を含む合計九一九、八七〇円を支払つたことは当事者間に争がなく,その他の費目は附添看護料一二一、五六〇円、休業補償費および慰藉料二五万円であることは、成立に争のない乙第二号証、第三号証の一ないし三によつてこれを認める。

(4)右(1)ないし(3)の事実を総合すると、本件事故により原告の蒙つた財産的・精神的損害は、治療費五四八、三一〇円、附添看護料一二一、五六〇円、逸失利益二五万円、慰藉料六五万円の合計一、五六九、八七〇円となるところ、本件事故発生につき原告にも前記のとおり過失があるから、右のうち逸失利益慰藉料についてのみこれを斟酌する(治療費および附添看護料については、本件の如くほぼその割合の等しい双方の過失によつて発生した事故の場合には過失相殺しないのを相当と解する。)とその合計は四五万円になり、これから被告らの支払つた前記二五万円を差し引くと、本訴において原告が被告らに請求しうるのは二〇万円である。(治療費および附添看護料については、被告らの弁済によつてすべて填補された筋合である。)

(5)弁護士費用<証拠省略>を総合すると、原告は昭和四二年六月九日訴外弁護士中村了太に対し本訴の提起と追行方を委任し、手数料五万円を支払うとともに、謝金として取得金額の一割を支払うことを約したことが認められるが、本訴の経過、前記認容額等諸般の事情を考慮し、原告が被告らに本件事故と相当因果関係にたつ損害として請求しうるのは、そのうち手数料の一部である三万円と解するのが相当である。

四、よつて被告らは各自原告に対し二三万円およびこれに対する本件訴状送達の日の翌日であること記録上明らかな昭和四二年六月二三日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払義務があるから、原告の本訴請求は右の限度で正当として認容し、その余は失当であるから棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき、同法一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 薦田茂正)

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