東京地方裁判所 昭和42年(ワ)7530号 判決
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〔判決理由〕逸失利益 九〇万円
前記一の争ない事実に<証拠>を総合すると、原告は大正一〇年八月二七日生まれの健康な男子で慶応義塾大学医学部を卒業後、同大内科医局に入り昭和二六年頃から済生会中央病院に勤務し、この間昭和三三年頃医学博士の学位を授与され、昭和三五年頃から同会品川病院に転勤し、昭和三八年一一月頃から肩書住所で内科小児科を専門診察科目とする医院を開業し、本件事故発生当時は、原告車を運転して往診したりして月間五〇ないし六〇万円の収入をあげ、これから経費を控除すると、少くとも一五万円の程度の純収入を得ていたところ、本件受傷直後安田病院に収容され応急手当をうけたものの、長期間入院加療を要する重傷であつたため、数日後かねて知り合いの済生会中央病院に転じたところ、すでに縫合され概ね治療していた左眼瞼部挫創のほか、軽症ながら頭部打撲をうけ、右膝蓋骨に重篤な開放性骨折、左膝蓋に閉鎖性骨折、右距骨にも骨折をうけていることが判明し、引き続き約三週間にわたつて入院加療をうけたが、骨折部手術の余後も良好に経過したため、癒合になお四週間位を要する見込であつたものの、ギプス固定のまま退院し、その後は自宅で安静療養をなし、一週に一度宛往診を求め、または電話による指示をうけた結果同年五月四日頃ギプスを除去しうるまでになり、爾後毎日マツサージ療法を続けたが、同年六月下旬頃までは、全く就業できなかつたので、三か月間は訴外森医師に月額一〇万円の報酬で代診療を依頼し、六月下旬頃からは松葉杖を使用し、椅子に坐つて専ら宅診のみを半日間位だけなしたが、右膝蓋部骨折は後遺症として固定し、凡そ二〇ないし三〇度位屈曲しうるにすぎず(この状態は終生持続し、正常機能に回復する見込はない)、正坐はもちろん、長距離の歩行もきわめて困難となり、また時に頭痛を覚えること、このため昭和四一年六月下旬頃から同年末までは、従前に比し収入半減し、一方いわゆる経費は半減するに至らなかつたことが認められる。右事実によると原告が本件受傷のため、昭和四一年中に就業不能および就業制限により蒙つた財産上の損害は、少くとも九〇万円であると認める。
(3) 慰謝料
前認定のとおり、原告は本件事故により重篤な傷害をうけ、長期間にわたつて加療を余儀なくされ、その間患者らの期待をも失つたものであるが、外傷は概ね治療したものの、終生不治の後遺症をとどめ、車両運転によることはもちろん長距離歩行もきわめて困難になつたため、往診の需めに応ずることができなくなつたものであつて、これら原告が蒙る精神的苦痛はまことに甚大であると推認されるから、その慰謝料としては四〇〇万円が相当である。(薦田茂正)