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東京地方裁判所 昭和42年(ワ)8576号 判決 1968年12月21日

原告(反訴被告) 株式会社東京相互銀行

被告(反訴原告) 不動産実業株式会社

被告 小俣義彦

主文

被告小俣が原告に対し、別紙<省略>目録記載の各普通預金通帳に記載のある、昭和四二年七月一〇日付、金額合計一億円の普通預金債権を有しないことを確認する。

原告の被告小俣に対するその余の請求ならびに被告不動産実業株式会社に対する請求を棄却する。

反訴被告は反訴原告に対し、一億〇〇一八万円およびうち一億円に対する昭和四二年八月九日から完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

反訴被告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は、本訴反訴を通じ原告(反訴被告)に生じた費用を四分し、その一を原告(反訴被告)と被告小俣との間において被告小俣の負担、その余を原告(反訴被告)の負担とし、本訴反訴を通じ被告(反訴原告)不動産実業株式会社に生じた費用を原告(反訴被告)の負担とし、被告小俣に生じた費用を二分し、その一を被告小俣と原告との間において原告の負担、その余を被告小俣の負担とする。

この判決は第三項に限り、被告(反訴原告)不動産実業株式会社が三〇〇〇万円の担保を供するときは、仮に執行することができる。

事実

第一、当事者双方の申立

一、原告(反訴被告。以下単に原告または原告銀行という。)

(一)  本訴

「(1)  被告らが原告に対し、別紙目録記載の各普通預金通帳に記載のある、昭和四二年七月一〇日付、金額合計一億円の普通預金債権を有しないことを確認する。

(2)  被告らは各自原告に対し別紙目録記載の各普通預金通帳を引渡せ。

(3)  訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決ならびに第(2) 項につき仮執行の宣言を求める。

(二)  反訴

「(1)  反訴原告の反訴請求を棄却する。

(2)  反訴費用は反訴原告(反訴に対する昭和四三年六月二九日付答弁書に反訴被告とあるのは誤記と認める。)の負担とする。」との判決を求める。

二、被告(反訴原告)不動産実業株式会社(以下単に被告会社という。)

(一)  本訴

「(1)  原告の請求を棄却する。

(2)  訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求める。

(二)  反訴

「(1)  原告は被告会社に対し、一億〇〇一八万円およびこれに対する昭和四二年八月九日から完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

(2)  反訴費用は原告の負担とする。」との判決ならびに第(1) 項につき仮執行の宣言を求める。

三、被告小俣

「(1)  原告の請求を棄却する。

(2)  訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求める。

第二、当事者双方の主張

(本訴請求原因)

(一)  被告小俣は、昭和四二年七月一〇日訴外日本中央地所株式会社(以下訴外日本中央地所という。)融資課長代理訴外海老原章二および同資金課長訴外木下光一郎を使者とし、平野勝一および村尾幸三名義をもつて、原告銀行板橋支店に対し、訴外河文商事株式会社振出、額面金額一億円、振出日同年同月二五日、支払人城南信用金庫神田支店なる小切手一通(以下河文小切手という。)による普通預金二口(金額各五〇〇〇万円)の申込をし、原告銀行板橋支店はこれを承諾した上、別紙目録記載の普通預金通帳二通(以下本件預金通帳という。)を作成して訴外海老原に交付した。

(二)  原告は同年同月一一日河文小切手を支払いのため呈示したが、預金不足の故をもつて支払を拒絶された。

(三)  そこで原告は、本件預金通帳記載の普通預金約定の「小切手による預入れの場合、小切手が不渡りとなつた時はその入金を取消す。」旨の条項に基づき、被告小俣に対し、同月一四日到達の書面をもつて、右各預金の入金を取消す旨の通知をした。したがつて右各普通預金契約は結局不成立となつた。

(四)  被告小俣は、同月一八日およびその後数回にわたり、原告銀行板橋支店支店長訴外茂田哲男に対し、本件預金通帳を同支店に持参して返還する旨を約した。

(五)  しかるに被告会社は本件通帳を占有し、原告に対し一億円の普通預金払戻請求権を有すると主張している。

(六)  よつて原告は、被告両名が原告に対し、本件預金通帳に記載のある、昭和四二年七月一〇日付、金額合計一億円の普通預金債権を有しないことの確認を求めるとともに、被告小俣に対しては第(四)項記載の返還約束に基づき、被告会社に対しては前記普通預金約定に基づき入金取消の記入をするために、本件預金通帳の引渡を求める。

(本訴請求原因に対する答弁)

一、被告会社

本訴請求原因(一)の事実のうち、原告主張の日に原告銀行板橋支店において、平野勝一および村尾幸三名義をもつて二口の普通預金(金額各五〇〇〇万円)がなされ、本件預金通帳が作成されたことは認めるが、その余の事実は否認する。同(二)ないし(四)の事実はいずれも不知。同(五)の事実は認める。同(六)は争う。

二、被告小俣

本訴請求原因(一)ないし(四)の事実は否認する。被告小俣は原告に対し、原告主張の普通預金債権を有しない。また本件預金通帳を所持していない。

(被告会社の本訴についての主張ならびに反訴請求原因)

(一)  被告会社は、手形割引、金融等を業とする株式会社であるが、昭和四二年七月一〇日原告銀行板橋支店に対し、村尾幸三名義をもつて五〇〇〇万円、平野勝一名義をもつて五〇〇〇万円、合計一億円の普通預金(以下本件預金という。)をした。

(二)  本件預金の預入れに関する事情は次のとおりである。

(1)  すなわち、訴外佐々木環および被告小俣らは、知り合いの金融業者らに対し、原告銀行板橋支店に対する協力預金を集めたいから、一億円を同支店に預入れてくれる人があれば謝礼金を出す旨の話をもちかけ、この話が数人の間を転々と語り継がれて、かねて被告会社と取引のある大阪の金融業者訴外外海波吉の耳に入り、同人から昭和四二年七月上旬ごろ被告会社に対し、右支店に一億円を三〇日間預入れてほしい旨の申入れがあつた。被告会社はこれを承諾し、右預入れの謝礼金として、同人から一億円に対する日歩四銭の割合による三〇日間分の利息相当額一二〇万円を受領した。

(2)  そこで被告会社は、昭和四二年七月一〇日訴外日本中央地所から一億円を借入れ、訴外住友銀行日本橋支店において、右一億円と引換えに、同支店同日振出、額面一億円の小切手一通(以下本件小切手という。)の振出を受けた。

(3)  そして被告会社代表取締役林田昭彦は、同日訴外日本中央地所の資金課長訴外木下光一郎および同融資課長代理訴外海老原章二と同道の上原告銀行板橋支店に赴き、同支店の普通預金の窓口において、同支店窓口係訴外川田修三に対し、本件小切手を交付し、村尾幸三および平野勝一名義をもつて、預入金額各五〇〇〇万円の普通預金二口の預入れをした。

(4)  その際右林田は、本件小切手は預金小切手であるから現金同様に取扱い、預入れ日から利息を付けるべきことを申入れ、原告もこれを承諾した。

(5)  ところが、右訴外川田は、かねて知り合いの訴外佐々木および被告小俣から、原告銀行板橋支店に額面金額一億円の銀行振出小切手による預金の預入れに来る者がある筈であるから、その際右銀行振出小切手を別の小切手とすりかえるよう依頼を受け、すりかえ用の小切手として河文小切手の交付を受けていたが、同支店窓口において前記林田から預金名義人村尾幸三および平野勝一の印鑑票、右各名義による入金伝票および本件小切手の交付を受けて預金受入れ事務を処理した際、本件小切手を河文小切手とすりかえ、同支店の帳簿上はあたかも河文小切手による預入れがなされたかのような記帳処理をする一方、すりかえた本件小切手を訴外佐々木および被告小俣に引渡し、本件小切手は同人らによつて現金化され、費消された。

(三)  右の事実からすれば、被告会社は、原告銀行板橋支店窓口において、普通預金預入れのための所定の書類とともに、本件小切手を窓口係に交付して預入れ手続をなしたものであるから、これにより被告会社との間に普通預金契約が成立し、被告会社は原告に対し一億円の普通預金債権を有するに至つたことは明らかである。

(四)  しかるに被告会社代表取締役佐藤金作が、同年八月七日原告銀行板橋支店に対し、電話により、翌日本件預金の払戻しを受けるから現金を準備するよう通知したところ、預入れられた小切手が不渡りになつている旨の回答に接したので、林田および佐藤両名が訴外日本中央地所の関係者らと共に同支店に赴き、翌八日に本件預金の払戻しをするようさらに交渉したが、同支店側では、預入れられた小切手は本件小切手ではなく河文小切手であつて、これが不渡りになつたから払戻しには応ずることができない旨主張して本件預金の払戻しを拒絶した。

(五)  したがつて被告会社は原告に対し、本件預金二口の元本一億円およびこれに対する預入れの当日である昭和四二年七月一〇日から右解約申入れの日である同年八月八日までの普通預金約定利率日歩六厘の割合による約定利息一八万円ならびに右合計一億〇〇一八万円に対する同年同月九日から完済に至るまで商法所定年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

(被告会社の本訴についての主張ならびに反訴請求原因に対する原告の答弁)

(一)(1)  被告会社の主張ならびに反訴請求原因(一)の事実のうち、被告会社が手形割引、金融等を業とする株式会社であることは認めるが、その余の事実は否認する。

(2)  同(2) (1) の事実のうち、訴外佐々木環および被告小俣が、知り合いの金融業者らに対し、原告銀行板橋支店に一億円を預入れてくれる人があれば謝礼金を出すとの話をもちかけたこと、この話が数人の間を転々と語り継がれて訴外外海の耳に入り、同人が被告会社主張のころ被告会社に対し、右支店に一億円を預入れてほしい旨申入れ、被告会社がこれを承諾したことは認めるが、その余の事実は不知。ただし、訴外佐々木および被告小俣が原告銀行板橋支店に対する一億円の預入れを依頼したのは、被告会社主張のように同支店に対する協力預金としてではなく、滋賀県下に砂利の採取権を有する訴外東京建設株式会社が同支店に右砂利採掘権(三億六〇〇〇万円相当)を担保に入れており、同支店に一億円の預金をすれば、同支店から二億円の融資を受けられるので、その出資者を探しているとの触込みであつた。

(3)  同(二)(2) の事実は認める。ただし、被告会社は同日、訴外日本中央地所との間の昭和三九年四月一日付手形取引約定書の条項に基づき、本件小切手を譲渡担保として譲渡した。

(4)  同(二)(3) の事実のうち、本件預金の預入れ手続をなしたのが、被告会社代表取締役林田昭彦であつたことおよび訴外川田が原告銀行板橋支店の窓口係であつたことは否認するが、その余の事実は認める。

本件預金を預入れたのは訴外木下光一郎および同海老原章二である。すなわち、訴外木下が所定の印鑑紙および入金伝票に平野勝一の住所氏名を記入して押印し、同人名義の五〇〇〇万円の普通預金申込書類を作成し、訴外海老原が同じく村尾幸三名義の五〇〇〇万円の普通預金申込書類を作成した上、訴外海老原が右申込書類とともに本件小切手を訴外川田に交付し、本件各預金通帳もまた訴外海老原に交付したのであつて、林田は本件預金の預入れ手続には全く関与していない。また訴外川田は、当時原告銀行板橋支店の計算担当の預金係であつて、もつぱら預金に関する日計表、統計等の計算書類の作成に従事しており、預金の受払いに関する職務権限を有していなかつた。

(5)  同(二)(4) の事実は否認する。

(6)  同(二)(5) の事実のうち、本件預金の預入れをしたのが被告会社代表者取締役林田昭彦であつたこと、訴外川田が本件小切手を訴外佐々木に引渡したことおよび本件小切手が訴外佐々木らによつて現金化され、費消されたことは否認するが、その余の事実は認める。

訴外川田が本件小切手を河文小切手とすりかえたのは次のような事情によるものである。すなわち訴外川田は、同年七月八日ごろ、訴外佐々木および被告小俣から「前記砂利採掘権を訴外前田建設株式会社に売却し、その前渡金として一億円を預金小切手で貰うことになつており、その預金小切手を訴外東京都民銀行王子支店に預金し、同支店から、右預金と右砂利採掘権とを担保として、二億円の融資を受けることになつているが、訴外東京建設株式会社のため原告銀行板橋支店に一億円の預金実績を作つてやるから、その預金小切手を他の小切手とすりかえてほしい。そのすりかえた小切手は翌日必ず落ちる」旨虚偽の事実を告げられて、その旨誤信させられていた。そして同年同月一〇日、被告小俣から「今日一億円を預金小切手で預金する。あとで使いの者にその預金小切手を持たせてやるからお願いする」旨の電話連絡を受け、被告小俣の使者として本件預金の預入れをした前記訴外海老原らから交付を受けた本件小切手を、前もつて被告小俣から交付を受けていた河文小切手とすりかえた上、本件小切手を被告小俣に返還したものである。

(7)  同(三)は争う。同(四)の事実は認める。同(五)は争う。

(二)(1)  本訴請求原因および前項(6) で述べたとおり、原告は、被告小俣の使者としての訴外海老原および同木下から本件預金の預入れを受けたものであつて、被告会社から預入れを受けたものではない。

(2) 仮に訴外海老原らが被告小俣の使者でなかつたとしても、前項(3) および(4) に述べたところにより明らかなように、本件預金の預入れは、訴外海老原および同木下または訴外日本中央地所がなしたものであつて、被告会社がなしたものではない。

(3)  仮にそうでないとしても、前記林田、訴外海老原および同木下は、本件預金預入れの際、被告会社のためにすることを示さなかつたから、本件預金は被告会社について効力を生じない。

(4)  仮に右の主張が全部認められないとしても、原告銀行板橋支店においては、河文小切手による預入れがあつたものとして帳簿上の記帳処理がなされ、それに基づいて本件預金通帳が作成されたのであるから、本件預金の預入れは河文小切手によつてなされたものというべきであり、河文小切手が不渡りとなつたことによつて、本件預金契約は不成立となつたというべきである。

(原告の抗弁)

(一)(1)  被告会社は、昭和四二年二月二七日の取締役会において、林田昭彦および佐藤金作の両名を代表取締役に選任するとともに、右両名が共同して被告会社を代表すべきことを定め、同年三月四日その旨の登記を了した。

(2)  したがつて預金の申込等積極的な法律行為は、右両名が共同してこれをなすことを要し、右両名のいずれかが単独でこれをしたとしても無効である。

したがつて仮に本件預金の預入れをなしたのが右林田であつたとしても、右預入れは無効であり、被告会社は本件預金債権を取得し得ない。

(二)  仮に右主張が認められないとしても、本件預金の預入れは他店振出の預金小切手によつてなされたものであるところ、一般に小切手による預入れがなされた場合においては、小切手の取立を受入れ銀行に委任する旨の取立委任契約と、銀行が右委任に基づいて取立を行い、小切手が現金化されて入金(金銭の引渡)があつた場合に、この入金額をもつて預金関係を成立させる旨の条件付預金契約とが成立し、預金者は、右条件が成就して預金関係が確定的に成立した時から預金の払戻しを請求することができるものと解すべきであり、このことは、本件預金通帳に明記されている原告の普通預金約定に「小切手、手形その他の証券でもお預りいたしますが、その取立が済むまではその金額のお支払いはいたしません。もし小切手、手形などが不渡りとなりましたときは、その入金を取消しいたします。」と定められていることからしても、明らかである。

しかして本件の場合、原告は本件小切手を取立てたことも、入金(金銭の引渡)を受けたこともないのであるから、結局前記条件が成就せず、したがつて被告会社と原告との間に預金契約が成立しなかつたというべきである。

(原告の抗弁に対する被告会社の答弁)

(一) 原告の抗弁(一)(1) の事実は認める。同(2) は争う。

(二)  同(二)の事実のうち、原告の普通預金約定中に原告主張の内容の条項があることおよび本件預金通帳に右約定が記載されていることは認めるが、その余は争う。

本件の場合被告会社が預入れたのは、訴外住友銀行日本橋支店振出の自己宛小切手(預金小切手)である。しかして預金小切手は、支払われることが確実であつて、取引界においては通常現金と同様に取扱われているのであるから、かゝる預金小切手による預金の預入れがなされた場合には、現金による預入れの場合と同様、預入れによつて直ちに預金関係が成立するものと解すべきである。

(被告会社の再抗弁)

(一)  共同代表に関する商法二六一条二項の規定の趣旨は、共同代表取締役の相互の抑制によつて代表権の行使を愼重ならしめ、その濫用を防止しようとすることにあり、したがつて特定の行為につき、共同代表取締役の一人が他の共同代表取締役から個別的に委任を受けて、単独で代表行為をすることは右規定に反するものではなく、許されるものと解すべきところ、本件預金の預入れは、共同代表取締役である林田昭彦および佐藤金作の合意に基づき、右林田がなしたものであるから、もとより有効である。

(二)  仮に本件小切手による預入れが、原告主張のように、原告による本件小切手の取立を条件とする条件付預金契約関係を生じさせるにすぎないとしても、本件小切手が取立入金にならなかつたのは、原告銀行板橋支店窓口係の訴外川田修三が本件小切手を横領したためであつて、本件小切手が原告の支配内に移されてからその保管に当る者の故意によるものであるから、このように原告銀行内部における背信的な責任によつて条件の成就が妨害された場合には、民法一三〇条の類推適用により、被告会社は、条件が成就したもの、すなわち本件小切手の取立入金があつたものと看做すことができるものと解すべきである。したがつて本件預金契約は有効かつ確定的に成立したものというべきである。

(被告会社の再抗弁に対する原告の答弁)

(一) 再抗弁(一)の事実は否認する。共同代表取締役に対し、自己の有する代表権の行使を委任することはもとより、特定の行為を委任して代理権を授与することは、共同代表制度の目的と本質に反し、法の認めざるところと解すべきである。

(二) 同(二)は争う。訴外川田は、本件小切手を、原告に対して普通預金として預入れる手続をしないで詐取したものとして、東京地方裁判所に起訴されており、このことからして、原告に対する預金として預入れられたものを横領したものでないことが明らかである。

第三、証拠<省略>

理由

第一、被告会社に対する本訴請求ならびに反訴請求について

一、原告と被告会社との間(以下当事者間という。)に争いのない事実に、当事者間において成立に争いのない甲第二、三号証の各一ないし三、甲第二一号証(たゞし、後記措信しない部分を除く。)、甲第二二、二三号証の各一、二、甲第二四号証の一ないし三、甲第二五号証の一、二、乙第一、二号証の各一ないし三、乙第四、五号証、被告会社代表者林田昭彦本人尋問の結果によつて真正に成立したものと認める乙第七ないし第一〇号証、証人川田修三の証言(たゞし、後記措信しない部分を除く。)、同海老原章二の証言、被告会社代表者林田昭彦本人尋問の結果および弁論の全趣旨によつて認められる事実をあわせると、本件預金に関する事実関係は次のようであつたと認められる。すなわち、

(一)  訴外佐々木環および被告小俣は、知り合いの金融業者らに対し、原告銀行板橋支店に一億円を預入れてくれる人があれば、謝礼金を出すとの話をもちかけていたが、この話が数人の間を転々と語り継がれて、かねて被告会社と取引関係のあつた大阪の金融業者訴外外海波吉の知るところとなり、同人から昭和四二年七月上旬ごろ被告会社代表取締役佐藤金作に対し、原告銀行板橋支店に一億円を三〇日間普通預金として預入れてほしい旨の申入れがあり、被告会社はこれを承諾し、右預入れの謝礼金として、同訴外人から一二〇万円を受領した。

そこで被告会社は、同年同月一〇日、訴外日本中央地所から一億円を、手形貸付の形式により、利息日歩三銭、期間三〇日間、被告会社が右一億円を原告銀行板橋支店に預入れる際交付を受ける預金通帳および右預入れの際使用する印鑑を見返りとして訴外日本中央地所に交付するとの約で借受け、同日訴外住友銀行日本橋支店において、右一億円と引換えに、同支店同日振出、額面金額一億円の小切手一通(本件小切手)の振出を受けた。

(二)  そして被告会社代表取締役林田昭彦は同日、訴外日本中央地所の資金課長訴外木下光一郎および同融資課長代理訴外海老原章二と同道の上、原告銀行板橋支店に赴き、同支店の普通預金の窓口において、同支店預金窓口係訴外川田修三に対し、一億円を普通預金として三〇日間預入れたい旨申入れ、訴外川田から普通預金印鑑紙および普通預金入金伝票用紙の交付を受けて、これに林田の依頼により訴外木下および同海老原が、平野勝一および村尾幸三なる架空の氏名および住所を記入し、予め買い求めた「平野」および「村尾」の印章を押捺して、預入金額各五〇〇〇万円の普通預金申込書類各二通を作成し、林田が右書類とともに本件小切手を訴外川田に交付した。その際林田は訴外川田に対し、右預金は同年八月八日に払戻しを受けるから、同日には現金を準備しておいてほしい旨および右預金の預入れは預金小切手によるものであるから、現金による預入れの場合と同様、預入れ当日から利息を付けてほしい旨申入れ、訴外川田はこれを承諾した。

(三)  ところが訴外川田は、同年七月八日ごろ訴外佐々木環および被告小俣から、原告銀行板橋支店に額面一億円の預金小切手による預金をする者がある筈であることを告げられ、その際に右預金小切手を別の小切手とすりかえるよう依頼を受け、同月一〇日被告小俣の使者訴外安田某から、すりかえ用の小切手として河文小切手の交付を受けていたが、同支店の窓口において右林田から前記預金申込書類とともに本件小切手の交付を受けた後、右窓口付近において本件小切手を河文小切手とすりかえ、爾後はあたかも河文小切手による預入れがなされたかのように装つて河文小切手を出納係に交付し、他の係員をして普通預金元帳等の記帳処理、本件預金通帳の作成をさせた上、本件預金通帳を前記窓口において林田に交付した。なおその際同支店預金係長訴外平山哲治郎も、林田らに対し、本件預金預入れについて謝意を表するとともに、前記利息に関する林田の申入れを承諾する旨述べた。

(四)  しかし林田は、前記約定に基づき、本件預金通帳および前記各印章を直ちに訴外木下および同海老原に交付した。他方河文小切手は、翌日手形交換に付されたが、預金不足の理由により不渡りとなつた。

右認定に反する証人川田修三の証言部分、甲第四号証の一および甲第二一号証の記載は措信できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

二、(一) 右の事実によれば、本件預金の預入れをなしたのは被告会社であることが明らかである。

原告は、右預入れをなしたのは、被告小俣の使者としての訴外木下および同海老原であるとか、右両名自身または訴外日本中央地所であるとか主張するが、右主張はいずれも理由がない。

また原告は、前記林田、訴外木下および同海老原が、右預入れの際被告会社のためにすることを示さなかつたから、本件預金契約は被告会社について効力を生じないと主張する。しかしながら、訴外木下および同海老原は、林田の依頼により前記預金申込書類の作成を代行したにすぎず、本件預金の預入れをしたものでないことは、右に認定したとおりである。また商行為の代理に関していわゆる非顕名主義を定めた商法五〇四条の規定は、会社機関の会社代表行為についても適用されるものと解するのを相当とするところ、被告会社が手形割引、金融等を業とする株式会社であることおよび前記林田が被告会社の代表取締役であることはいずれも当事者間に争いがなく、本件預金の預入れは、被告会社がその営業のためにするものと推定される結果、被告会社にとつて商行為であるというべきであるから(同法五〇三条)、右林田が被告会社のためにすることを示さずしてこれをなしたとしても、被告会社について効力を生ずるものというべきである。原告の右主張は理由がない。

(二) 次に原告の抗弁(一)および被告会社の再抗弁(一)について判断する。

被告会社が、昭和四二年二月二七日の取締役会において、林田昭彦および佐藤金作の両名を代表取締役に選任するとともに、右両名が共同して被告会社を代表すべきことを定め、同年三月四日その旨の登記を了したことは当事者間に争いがない。

ところで、法が株式会社の代表取締役につきいわゆる共同代表の制度を設けたのは、代表取締役による代表権の行使を慎重ならしめるとともに、共同代表取締役相互の牽制によつて代表権の濫用を防止しようとの趣旨に出たものと解される。したがつて、共同代表取締役の一人が、他の共同代表取締役の意思如何にかゝわりなく、単独でした会社代表行為が会社に対して無効であることはもちろんのこと、共同代表取締役の一人が他の共同代表取締役から包括的に委任を受けて代表権を行使することもまた前記制度の趣旨に反し、許されないものといわねばならない。しかしながら、共同代表取締役の一人が他の共同代表取締役から特定の事項につき個別的に委任を受けて、単独で会社代表行為をする場合は別論であつて、かゝる場合には、その代表行為は結局共同代表取締役全員の意思によるものということができ、代表権行使の慎重は保たれ、また共同代表取締役の一部の者の独断専行による代表権の濫用もほとんど防止され、前記制度の趣旨に反するところがないのであるから、このような特定事項についての個別的委任による代表権の単独行使は許されるものと解するのが相当である。

しかして被告会社代表者林田昭彦本人尋問の結果および弁論の全趣旨によれば、本件預金の預入れは、佐藤および林田の合意に基づいてなされたもので、林田は、本件預金の預入れにつき、佐藤から代表権行使の委任を受けていたものと認められるから、右林田が単独で被告会社を代表してなした本件預金の預入れは、被告会社に対して効力を生ずるものというべきである。被告会社の再抗弁は理由がある。

三、ところで、本件預金の預入れは、前記のとおり小切手によつてなされたものである。そして手形、小切手等の証券による預金の預入れに関し、原告と顧客との間の取引約款たる性質を有するものと認められる普通預金約定に、「手形、小切手等の取立がすむまでは預金の払戻しをしない。手形、小切手が不渡りとなつたときは、その入金を取消す。」旨の条項があることおよび右約定が本件預金通帳にも記載されていることはいずれも当事者間に争いがない。

一般に、小切手による預金の預入れがなされた場合における預金者と受入銀行との間の法律関係については、(イ)小切手が銀行に譲渡されたものであつて、銀行が小切手を受領すると同時に、小切手の取立をまたずして預金契約が成立し、預金者はその時から預金払戻請求権を取得するとともに、銀行は小切手上の権利を取得するとする見解と、(ロ)銀行は小切手の取立委任を受けるにすぎず、後日小切手が取立済みとなることを条件とする条件付預金契約が成立するものであり、したがつて右取立前においては預金者は銀行に対し預金払戻請求権を有せず、他方銀行は、小切手の譲渡を受けるものではないから、自ら所持人として小切手債務者に対して償還請求権を行使することはできないとする見解とがある。しかしながら、なるほど小切手は経済的には支払用具たる意義を有するものではあるが、小切手が化体する権利は金銭債権であつて、しかも現実に取立てられて現金化できるかどうかが不確実なものであるから、小切手をもつて本来の給付の目的物たる現金と全く同一視することができないことは、取引の通念に照らして明らかである。したがつて、金銭消費寄託たる預金契約において、小切手自体の交付をもつて要物性を充足したものとして、これにより直ちに預金契約の成立を認める前記(イ)の見解には左袒することができない。それゆえ、小切手による預入れがなされたときには、受入銀行において小切手を取立てるべき旨の取立委任契約がなされるとともに、取立による入金があつたときはその入金額をもつて消費寄託をする旨の停止条件付消費寄託契約がなされるものと解すべきであり、このように解する方が前記普通預金約定に示された当事者の合理的意思にも合致するものというべきである。

被告会社は、本件預金の預入れが銀行振出の自己宛小切手、すなわちいわゆる預金小切手をもつてなされたことをとらえて、預金小切手は支払われることが確実であつて、現金と同視すべきものであるから、預入れと同時に無条件の預金契約が成立するものと解すべきであると主張する。なるほど預金小切手は、通常の場合においては、振出銀行が振出依頼人から支払資金を徴し、これを別段預金として留保した上で振出すものであつて、一般の小切手に比べて支払いが確実視されるものであることは明らかであるが、例外的な場合においては、振出銀行が「被詐取」「契約不履行」の理由により支払いを拒絶する場合があり得ないではない。したがつて必ずしも支払いが絶対に確実とはいえないばかりでなく、預金小切手といえども、交換手続による取立がすむのは銀行がそれを受入れた日の翌日以降になるのであるから、預金小切手の預入れと同時に預金契約が成立し、銀行はその時から払戻義務を負うにもかゝわらず、現実に目的物たる金銭を利用できるのは翌日以降からとなるが如きは、金銭を受取つて利用し、それと同種、同量、同等のものを返還するという消費寄託の本質に反し、当事者の合理的意思にも反するといわねばならない。したがつて、預金小切手による預入れの場合といえども、前記原則にしたがい、預金契約は、取立による入金を停止条件として成立するものと解すべきであつて、被告会社の右主張は採用できない。

なお、本件の場合、被告会社と原告との間に、預入当日たる昭和四二年七月一〇日から利息を付する旨の特約がなされたことはさきに認定したとおりであるが、これは、右停止条件成就の効果をその成就前である預入当日すなわち右同日まで遡らせる合意であると解すれば足り、右の特約がなされたからといつて、本件小切手の預入れと同時に預金契約が成立したものと解すべきではない。

しかして右の小切手の取立委任契約および停止条件付預金契約は、銀行が預金者の申込を承諾して、小切手を受領した時に成立するものと解すべきである。そして銀行の店頭における取引の場合においては、預金の窓口係の行員が右の点についても代理権を有するものと解すべきであるから、本件の場合についてみれば、原告銀行板橋支店の預金窓口係であつた訴外川田が、前記林田から、普通預金申込書類とともに、本件小切手を受領した時に、本件小切手の取立委任契約と五〇〇〇万円ずつ二口合計一億円の停止条件付預金契約が成立したものというべきである。

原告は、原告銀行板橋支店の帳簿上河文小切手による預入れとしての記帳処理がなされ、それに基づいて本件預金通帳が作成されたものであるから、本件預金の預入れは河文小切手によつてなされたものと解すべきであり、河文小切手が不渡りになつた以上、本件預金契約は結局成立しない旨主張するが、被告会社の預入れたのは本件小切手であつて河文小切手ではなく、河文小切手は、訴外川田が予め被告小俣から受領しておき、本件小切手とすりかえたものであることはさきに認定したとおりであるから、河文小切手による預入れがなされたとはとうていいえないばかりでなく、一般に現金または小切手等の預入れがなされた後における元帳等への記帳は、銀行内部における預金預入れの確認行為ないし預金通帳発行の前提たる手続にすぎず、預金契約の成否については何らの影響をも与えないものと解すべきであり、また普通預金通帳は証拠証券にすぎず、何ら設権的な意義を有しないから、その作成、交付もまた預金契約の成否に何らの影響を及ぼすものではない。したがつて、原告銀行内部において原告主張のような処理がなされたことおよび河文小切手が不渡りになつたことは、本件預金関係の成立に関する前記判断に何らの影響を及ぼすものではない。原告の右主張は理由がない。

四、(一)そこで右条件の成否について考えるに、訴外川田が河文小切手とのすりかえに成功した本件小切手を被告小俣に引渡したことは当事者間に争いがなく、弁論の全趣旨によれば、本件小切手が訴外佐々木および被告小俣によつて現金化され、結局原告に取立入金にならなかつたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

したがつて、前記停止条件は結局成就するに至らなかつたというべきである。

(二) しかしながら、本件小切手が取立入金にならなかつたのは、原告の被用者であり、かつその監督下にあつた訴外川田が本件小切手を横領したことによるものである。

ところで民法一二八条は、条件付法律行為の各当事者は、条件の成否未定の間において、条件の成就によつてその行為により生ずべき相手方の利益を害することができない旨規定し、条件成就によつて当事者に生ずべき利益(条件付権利)を、一種の期待権として、法律上保護すべきことを明らかにしている。したがって、相手方当事者または第三者が、故意または過失により、右利益を侵害したとき、その侵害行為は不法行為を構成し、条件成就によつて利益を受くべき当事者(以下条件付権利者という。)は、右侵害行為者に対して損害賠償請求権を取得するものというべきであるが、右条件付権利ないし期待権が、条件が成就してはじめて現実に具体的な内容を有する権利として確定するものであるところから、右損害賠償請求権も、条件の成就により条件付権利者が確定的な権利を取得するに至つてはじめて確定的に発生するものと解される。したがつて条件が不成就に終つたときは、右損害賠償請求権は結局発生しなかつたことになる訳である。しかしながら、このように解するときは、相手方当事者が条件の成就を妨害し、その結果条件が不成就に至つた場合においては(かゝる行為が条件付権利の侵害行為に該ることはいうまでもない)、条件付権利者の保護に薄く、著しく衡平に反するものといわねばならない。そこで法は、条件成就によつて不利益を受けるべき当事者が、条件の成就を妨げる結果になることを知りながら、信義則に違反して条件成就を妨げたときは、条件付権利者に対し条件が成就したものと看做す権利を与え、もつて条件付権利の保護を厚くしているのであつて(民法一三〇条)、民法一三〇条は民法一二八条の特則たる性質を有するものと解するのが相当である。

しからば、条件成就によつて不利益を受ける当事者の被用者が、その事業の執行につき、故意または過失によつて条件付権利を侵害した場合において、条件が成就したときには、右当事者は条件付権利者に対し、民法七一五条によつて損害賠償責任を負うにもかゝわらず、右被用者の行為が条件の成就を直接妨げる行為であつて、右行為によつて条件が不成就に終つたときには、民法一三〇条の責任を負わないものと解するのは、前記各法条の法意に照らして著しく衡平に反するものといわねばならない。したがつて、少なくとも右被用者が、条件の成就を妨げる結果を生じることを知りながら条件成就を妨げる背信的行為をなしたため、条件が不成就に終つた場合において、右行為が使用者たる条件付法律行為の当事者の具体的な監督下においてなされたものであるときは、民法一三〇条の類推適用により、条件付権利者は、条件が成就したものと看做すことができるものと解すべきである。

しかして、訴外川田の前記本件小切手の横領行為は、預金者たる被告会社に対する著しい背信行為であることはいうまでもなく、証人川田修三の証言および弁論の全趣旨によれば、訴外川田は、本件小切手が原告に取立入金にならないこと、すなわち前記停止条件が不成就に至ることを知りながら、右横領行為に及んだことが認められ、また訴外川田の右行為は、営業中の原告銀行板橋支店の店頭において行なわれたもので、原告の具体的な監督下においてなされたものというのを妨げないから、被告会社は、前記停止条件が成就したもの、すなわち本件小切手が原告に取立入金になつたものと看做すことができるものといわねばならない。

そして、条件成就によつて利益を受ける当事者が民法一三〇条に基づいて条件成就の効果発生を主張するには、条件成就によつて生ずべき権利を直接行使すれば足り、ことさらに条件が成就したものと看做す旨の意思表示をすることを要しないものと解するのを相当とするところ、被告会社代表者林田昭彦本人尋問の結果および弁論の全趣旨によれば、後に述べるように被告会社代表取締役佐藤および同林田が昭和四二年八月七日原告銀行板橋支店において本件預金の払戻しを請求した際、右両名は、同支店関係者らから、同支店が受け入れたのは河文小切手であつて、これが不渡りとなつた以上右払戻請求に応ずることはできないとの説明を受け、訴外川田によつて本件小切手が河文小切手とすりかえられたことを推知したことが認められるから、右両名が本件預金の払戻しを請求する旨の意思表示をした右同日をもつて前記停止条件が成就したものというべく、被告会社と原告の間に、本件預金については預入れ当日たる同年七月一〇日から利息を付する旨の特約がなされ、これによつて右停止条件成就の効果をその成就前である右同日まで遡らせる合意が成立したものと解すべきことさきに説示したとおりであるから、右合意により、右停止条件成就の効果が右同日まで遡つて発生する結果、右同日本件預金契約が成立し、被告会社はこの時から本件預金の払戻請求権を取得したものというべきである。

五、そして、被告会社代表取締役佐藤金作が、同年八月七日原告銀行板橋支店に対し、電話により、翌八月八日に本件預金の払戻しを受ける旨申入れ、さらに右佐藤および前記林田の両名が、同日同支店において、口頭により同趣旨の申入れをしたことは当事者間に争いがなく、右各申入れが本件預金を解約する趣旨でなされたことは弁論の全趣旨から明らかである。

したがつて、本件預金契約は同年同月八日に解約されたものというべきである。そして本件預金の約定利率が日歩六厘であることは、原告において明らかに争わないからこれを自白したものとみなす。

しからば、原告は被告会社に対し、元本合計一億円およびこれに対する本件預金預入れの当日である昭和四二年七月一〇日から解約の日である同年八月八日までの間日歩六厘の割合による約定利息一八万円ならびに元本一億円に対する同年同月九日から完済に至るまで商法所定年六分の割合による遅延損害金を支払う義務を負担するに至つたというべきである。

被告会社は、右約定利息一八万円についても同年八月九日から完済までの遅延損害金の支払いを求める旨主張するが、重利の特約があれば格別、民法四〇五条による延滞利息の元本組入れがなされない限り、利息については遅延損害金を生じる余地はないものと解すべきであるところ、重利の特約の存在および右の元本組入れがなされたことについては主張立証がないから、被告会社の右主張は理由がないことに帰する。

六、次に原告は、被告会社に対し、河文小切手の不渡りを理由に、前記普通預金約定の条項に基づく入金取消の記入をするために、本件預金通帳の引渡しを求める旨主張するが、右主張は、本件預金の預入れが河文小切手によつてなされたことを前提とするものであるところ、右の前提自体理由がないことは右に述べきたつたところから明らかであるばかりでなく、本件預金通帳は、被告会社と原告との間に本件預金契約が成立し、被告会社が原告に対して預金払戻請求権を有することを証する書面であるから、河文小切手が不渡りになつたからといつて、これに入金取消の記入をすべきものとはとうてい言えないし、他に原告がその引渡しを求めることができる根拠については何らの主張立証がない。

七、しからば、被告会社が原告に対して、平野勝一および村尾幸三名義による、昭和四二年七月一〇日付、預入金額各五〇〇〇万円合計一億円の普通預金債権を有しないことの確認および被告会社に対し本件各預金通帳の引渡しを求める原告の本訴請求は理由がなく、被告会社の反訴請求は、原告に対し一億〇〇一八万円およびうち一億円に対する昭和四二年八月九日から完済に至るまで年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度において理由があるが、その余の部分は理由がないことに帰する。

第二、被告小俣に対する本訴請求について

一、被告小俣が原告に対し、本件預金通帳に記載のある、平野勝一および村尾幸三名義による、昭和四二年七月一〇日付、金額合計一億円の普通預金債権を有しないことは、被告小俣の自認するところである。

二、原告は、被告小俣が昭和四二年七月一八日およびその後数回にわたり、原告に対し、本件預金通帳を返還する旨を約したと主張し、証人川田修三の証言中には、右主張に符合する供述があるけれども、本件預金通帳が、被告会社が原告に対し一億円の普通預金債権を有することを証する書面であつて、被告小俣はこれにつき何らの処分権を有しないこと、さきに説示したところから明らかであるばかりでなく、弁論の全趣旨によれば、被告小俣が本件預金通帳を返還する旨述べたのは、自己および訴外佐々木の犯行に対する追及を遅らせ、逃走の時間をかせごうとするにあつたことが認められるから、被告小俣が右のような約束をしたからといつて、これにより原告が被告小俣に対して本件預金の引渡請求権を取得するとはとうていいうことができず、そのほかに原告が右請求権を取得する根拠については、何らの主張立証がない。

三、しからば、原告の被告小俣に対する本訴請求中、被告小俣が原告に対し、平野勝一および村尾幸三名義による、昭和四二年七月一〇日付、金額合計一億円の普通預金債権を有しないことの確認を求める部分は理由があるが、被告小俣に対し、本件預金通帳の引渡を求める部分は理由がないことになる。

第三、結論

以上の次第であるから、原告の被告会社に対する本訴請求は全部失当であるからこれを棄却すべきであり、原告の被告小俣に対する本訴請求は、被告小俣が原告に対し、平野勝一および村尾幸三名義による、昭和四二年七月一〇日付、金額合計一億円の普通預金債権を有しないことの確認を求める限度において、正当であるからこれを認容すべきであるが、その余は失当であるからこれを棄却すべきである。

また、被告会社の原告に対する反訴請求は、原告に対し一億〇〇一八万円およびうち一億円に対する昭和四二年八月九日から完済に至るまで年六分の割合による金員の支払いを求める限度において正当であるからこれを認容すべきであるが、その余は失当であるからこれを棄却すべきである。

よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 中田早苗 川上正俊 魚住庸夫)

更正決定

主文

右判決中、主文第四項に「反訴被告のその余の請求を棄却する」とあるのを「反訴原告のその余の請求を棄却する」と、理由第一の一の(一)に「利息日歩三銭」とあるのを、「利息日歩三銭三厘」とそれぞれ更正する。

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