東京地方裁判所 昭和42年(ワ)94号 判決 1970年10月13日
原告 高橋志津江
<ほか五名>
右原告等六名訴訟代理人弁護士 中村生秀
同 横山省治
被告 田中英一
右訴訟代理人弁護士 富岡学
被告 武州城西開発株式会社
右代表者代表取締役 皆川繁三
右訴訟代理人弁護士 岩田豊
被告 松下俊晃
右訴訟代理人弁護士 佐川浩
主文
原告らと被告田中英一との間で別紙目録記載の山林が原告らの所有であることを確認する。
被告田中英一は原告らに対し、別紙目録記載の山林につき、東京法務局立川出張所昭和四一年二月一〇日受付第一、七三六号所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。
原告らの被告武州城西開発株式会社および被告松下俊男に対する請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は、原告と被告田中英一との間においては、原告に生じた費用の三分の一を同被告の負担とし、その余は各自の負担とし、原告と被告武州城西開発株式会社および被告松下俊男との間においては全部原告の負担とする。
事実
第一申立
一 原告ら
1 原告らと被告らとに間において、別紙目録記載の各山林(以下本件山林という)が原告らの所有であることを確認する。
2 原告らに対し、本件山林につき、
(一) 被告田中は、東京法務局立川出張所昭和四一年二月一〇日受付第一、七三六号所有権移転登記の
(二) 被告武州城西開発株式会社は、同法務局同出張所右同日受付第一、七三七号所有権移転登記の
(三) 被告松下は、同法務局同出張所同年八月一九日受付第一三、三六五号所有権移転登記の
各抹消登記手続をせよ。
3 訴訟費用は被告らの負担とする。
二 被告ら
1 原告らの請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
第二主張
一 請求の原因
1 本件山林は、原告らの前主高橋幸一の所有であったところ、同人は、昭和四五年四月一日死亡し、その妻である原告高橋志津江およびその子であるその他の原告らが相続により本件山林の所有権を取得した。
2 本件山林につき、被告田中は、原告らの申立2(一)の登記を、被告武州城西開発株式会社(以下被告会社という)は、同2(二)の登記を、被告松下は、同2(三)の登記をそれぞれ有している。
3 よって、原告らは、被告らに対し、本件山林の所有権の確認と被告田中に対し右2(一)の登記の、被告会社に対し右2(二)の登記の、被告松下に対し右2(三)の登記の各抹消登記手続をすることを求める。
二 請求原因に対する被告らの答弁
1 請求原因1の事実中本件山林がもと高橋幸一の所有であったことは認める。(被告会社および被告田中)高橋幸一が昭和四五年四月一日死亡したことおよび同人と原告らとの身分関係は認める。原告らが本件山林の所有権を取得したことは否認する。
2 同2の事実は認めるが。
三 抗弁
(被告会社)
1(一) 原告は、被告田中と共同して事業を営むため、訴外多摩中央信用金庫から金一、〇〇〇万円を借り受け、その担保として、本件山林に根抵当権を設定していたところ、右債務を返済することができなかったために右抵当権を実行されそうになったので、これを弁済するため、昭和四〇年末頃、被告田中に対し、本件山林を担保として他から融資を受けることを委任し、その旨の代理権を与えた。
(二) 被告田中は、昭和四〇年二月九日、原告の代理人として被告会社から金一、〇〇〇万円を借り受け、右債務の担保とする趣旨で本件山林の所有権を被告会社に移転した。
(三) 右所有権の移転に基づき、本件山林につき、本来原告から被告会社へ直接所有権移転登記をなすべきところ、被告会社は、被告田中をして、一旦原告から被告田中への所有権移転登記手続をなさしめたうえ、次いで被告田中から被告会社への所有権移転登記を経由した。右の登記は、実体的な権利変更の過程には合致していないが、被告会社の所有権取得の点においては実体的な権利関係に合致するものであって有効な登記である。
2 かりに被告田中が右代理権を有していなかったとしても、原告は、右1(二)の契約が締結された頃被告田中を通じて被告会社に対し、原告名義の白紙委任状、印鑑証明書および本件山林の登記済権利証等の書類を提示することにより、被告田中に右1(一)記載の契約につき代理権を授与する旨表示した。
3 右主張もまた認められないとしても、
(一) 原告は、昭和四〇年末頃、被告田中に対し、本件山林に抵当権を設定して他から融資を受けることにつき代理権を与えた。かりに右の事実が認められないとしても、原告は、その頃被告田中に対し、訴外多摩中央信用金庫に対する債務の弁済期の延長を得るにつき代理権を与えた。
(二) 被告田中の前記1(二)の行為は、右代理権の範囲を超えるものであるが、被告会社には、次の理由により、被告田中が右行為をなすにつき代理権を有すると信ずるについて正当の理由があった。すなわち、
(1) 被告田中は、前記1(二)の契約にあたり、被告会社に対し、原告の白紙委任状、印鑑証明書および本件山林の登記済権利証等の書類を示した。
(2) 被告田中は、前述したように、原告との共同事業のために訴外多摩中央信用金庫から金一、〇〇〇万円を借り受け、本件山林に根抵当権を設定していたが、右債務を弁済するためには、本件山林を処分するほかはない状態にあった。
(被告松下)
1 被告会社の抗弁をすべて援用する。
2 被告松下は、昭和四一年八月一八日被告会社から本件山林を買い受け、その翌日その登記を経由した。
四 抗弁に対する答弁
(被告会社の抗弁に対する答弁)
原告が本件山林につき訴外多摩中央信用金庫に対する根抵当権を設定したことおよび被告会社主張の各登記が存在することは認め、その他の事実は否認する。
被告会社は、原告とは面識がなかったのであるから、被告会社主張の譲渡担保契約の締結にあたっては、被告田中に代理権があるかどうかを原告にたしかめるべきであるのに、これをしなかったものである。したがって、被告会社が被告田中に代理権があると信じるについて正当の理由がなかった。
(被告松下の抗弁に対する答弁)
1 被告会社の抗弁に対する答弁をすべて援用する。
2 2の事実中登記の存在を認め、その他の事実は知らない。
五 再抗弁
1 かりに、原告が白紙委任状、印鑑証明書および本件山林の登記済権利証等の交付により代理権授与の表示をしたとしても、被告会社は、被告田中が代理権を有していなかったことを知っていた。かりにそれを知らなかったとしても、原告宅は被告会社から近距離内にあり、電話により容易に代理権の存否について確めることができたのに、被告会社は、それをしなかったのであるから、これを知らなかったことにつき過失があった。
2 かりに、被告田中の権限踰越行為につき正当の理由があったとしても、被告会社は、被告田中の行為が、与えられた権限の範囲を超えるものであることを知っていた。
六 再抗弁事実に対する被告会社および被告松下の答弁
再抗弁事実はすべて否認する。
第三証拠≪省略≫
理由
一 ≪証拠省略≫によれば、昭和一五年二月八日高橋幸一が家督相続により本件山林の所有権を取得したことが認められ、本件山林につき、原告主張の各登記が存在することは当事者間に争いがない。そして、右高橋幸一が昭和四五年四月一日死亡したことおよび原告高橋志津江がその妻であり、その他の原告らがその子であることは原告らと被告田中および被告会社との間に争がなく、被告松下は右事実をあきらかに争わない。
二1 そこで、被告会社および被告松下の抗弁について判断する。
≪証拠省略≫によれば、被告田中英一は、昭和三八年三月頃訴外多摩中央信用金庫から金一、〇〇〇万円を借り受け、高橋幸一が右債務を連帯保証するとともにその担保として本件山林に元本極度額一、〇〇〇万円の根抵当権を設定したこと、ところが、被告田中は、右債務を履行期に弁済することができなかったため、右信用金庫から屡々その返済をせまられていたこと、そこで、被告田中は、他から融資を受けて右債務を弁済することとし、昭和四〇年一二月頃被告会社に対し、本件山林を担保として融資をしてほしい旨の申入をし、昭和四一年二月九日、原告の代理人の地位をも兼ねて、被告会社との間で、被告田中および原告を連帯債務者として金一、〇〇〇万円を三か月後に弁済する約束で被告会社から借り受けると共に、その担保とする趣旨で本件山林の所有権を被告会社に移転する旨の契約を締結し、翌一〇日、被告田中の責任を登記簿上あきらかにしておきたいとの被告会社の希望に従い、本件山林につき、一旦高橋幸一から被告田中に所有権移転登記を経由したうえ、次いで、被告田中から被告会社への所有権移転登記を経由したことが認められ、右認定を左右する証拠はない。
2 被告会社および被告松下は、高橋幸一が被告田中に対し、本件山林を譲渡担保として他から融資を受けるにつき代理権を与えたと主張し、被告田中本人尋問の結果中には右主張に沿う部分があるが、右供述は原告(承継前)高橋幸一本人尋問の結果に照らしにわかに措信し難く、また、証人関田豊次、同平野松吉、同菅原清風の各証言中には、右の点に関する代理権を高橋幸一から授与されている旨を被告田中から告げられたとの部分があるが、右高橋幸一本人尋問の結果に徴すれば、これらの証言によっても直ちに右の代理権授与の事実を認めるに足りない。他に右事実を認めるべき証拠はない。
3 つぎに、高橋幸一が被告田中を通じて被告会社に対し、白紙委任状等を提示して代理権授与の表示をしたとの主張について考えると、前掲高橋幸一および被告田中本人尋問の結果によれば、高橋幸一は、昭和四一年末頃自己名義の白紙委任状および印鑑証明書ならびに本件山林の権利証を被告田中に交付し、被告田中は、これらの書類を被告会社に示したうえ、これらを用いて前述の各所有権移転登記手続をしたことが認められる。しかし、後述のように、高橋幸一は、前記多摩中央信用金庫に対する債務につき履行期の延長を求める目的で、その手続に使用せしめる趣旨で右白紙委任状等を被告田中に交付したものであるから、被告田中が、これらの書類を被告会社に提示したとしても、その提示は高橋幸一の意思に基づいたものということができず、これをもって、高橋幸一が被告田中を通じて被告会社に対し、代理権授与の表示をしたということはできない。
4 そこで、つぎに、権限踰越の表見代理の主張につき検討する。
≪証拠省略≫によれば、被告田中および高橋幸一は、昭和四〇年秋頃、前記多摩中央信用金庫に対する債務につき、同金庫から返済をせまられていたが、被告田中は、右債務の弁済をすることができず、他から融資を受けてその弁済にあてるべく奔走していたこと、そして、被告田中が他から融資を受けられるまでの間右多摩中央信用金庫に対する債務につき弁済の猶予を受けたいというので、高橋幸一は、その頃被告田中に対し、その交渉をしてその弁済の猶予を受けるための権限を与えると共に、その手続に使用せしめる目的で前掲白紙委任状、印鑑証明書および本件山林の権利証を交付したことが認められる。そして、前述の、被告田中が、高橋幸一の代理人として、担保の目的で本件山林の所有権を被告会社に移転した行為は、被告田中が高橋幸一から与えられた右の権限を踰越する行為であることがあきらかである。
そこで、被告会社が被告田中との間で本件山林の所有権移転に関する契約を締結した際、被告会社において被告田中に右の点に関する代理権があると信じるについて正当の理由があったかどうかについて検討する。≪証拠省略≫によれば、被告田中は、当初訴外叶不動産株式会社に対し融資の申入をしたが、その際同会社に対し、高橋幸一から預った前記白紙委任状と印鑑証明書および高橋幸一の名刺を示したうえ、被告田中が、融資を必要とする事情および被告田中と高橋幸一との間柄ならびに本件山林を担保として融資を受けるにつき高橋幸一から一切をまかされている旨を告げたこと、右叶不動産株式会社は、結局右融資の申入に応じなかったが、右の件は、同会社と役員の兼任等により密接な関係にあった被告会社にそのまま伝えられたこと、被告田中は、被告会社に対しても、係員を本件山林の現地に案内する等して融資の希望を伝えたほか、被告会社の希望に応じて、日付を新たにした高橋幸一の印鑑証明書を取得して被告会社に示したこと、その当時本件山林に関する登記簿には、前記多摩中央信用金庫からの債務について被告田中を債務者、高橋幸一を設定者とする抵当権設定登記の記載が存在したことが認められ、右認定を左右する証拠はない。右事実のもとにおいては、被告会社において、本件山林を譲渡担保に供して金員を借り受けるにつき、被告田中に高橋幸一を代理する権限があると信じるについて正当の理由があったといわなければならない。もっとも、前掲各証人の証言によれば、被告会社は、被告田中との間で前記契約を締結するにあたり、代理権の有無につき高橋幸一に問い合わせることをしなかった事実を認めることができるが、前述したように、被告田中と高橋幸一は、かつて被告田中のために高橋が本件山林に抵当権を設定したことのある間柄であることおよび被告田中が所有権移転登記に必要な書類を遺漏なく準備して被告会社に提示したことからみると、被告会社において、右の点を問い合わせなかったことをもって過失があったということはできない。
5 原告は、被告会社の悪意を主張するが、前記譲渡担保契約が締結された当時、被告会社において、被告田中が代理権を有しないことを知っていた事実を認めるべき証拠はない。
6 以上の次第であるから、被告田中が被告会社との間で締結した前記譲渡担保契約の効果は高橋幸一に及び、本件山林の所有権は右契約によって高橋幸一から被告会社に移転したものといわなければならない。そうすると、本件山林の所有権が原告らに帰属することを前提とする原告らの被告会社および被告松下に対する請求は、爾余の点について判断するまでもなく失当であることがあきらかである。
三 被告田中は、高橋幸一または原告らが本件山林の所有権を喪失した事由ないしは高橋幸一から被告田中への所有権移転登記に則応した実体的権利変動の存在につき主張も立証もしない。そして、高橋幸一が昭和四五年四月一日死亡したことおよび原告高橋志津江がその妻であり、その他の原告らがその子であることは原告らと被告田中との間に争いがないから、右当事者間においては、本件山林は、昭和四五年四月一日相続により原告らの所有となったものといわなければならない。そうすると、被告田中に対し、本件山林につき、所有権確認および前掲所有権移転登記の抹消登記手続を求める原告らの請求は理由がある。
四 よって、原告らの被告田中に対する請求をすべて容認し、被告会社および被告松下に対する請求をすべて棄却し、民訴法八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 橘勝治)
<以下省略>