大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和42年(借チ)2011号 決定 1967年12月19日

譲渡許可申立人(買受相手方) 渋谷善吉

譲渡許可相手方(買受申立人) 田中さち子

右代理人弁護士 大房孝次

主文

渋谷善吉は田中さち子に対し、別紙目録記載の建物及び借地権を、代金六七〇万円で売渡すことを命ずる。

右渋谷は右田中に対し、同人から前項の代金の支払を受けるのと引換えに右建物の引渡及びその所有権移転登記手続をなすべく、右田中は右渋谷に対し、右建物の引渡及び所有権移転登記手続がなされるのと引換えに右代金の支払いをなすこと。

理由

一、昭和四二年(借チ)第二、〇一一号借地権譲渡許可申立事件においてその相手方である賃貸人から建物及び借地権について買受けの申立て(同第二、〇三二号)が適法になされたので、賃借人に対しその譲渡を命じなければならない。そこで、その対価を定めるべきであるが、その認定の前提として必要な事実関係を確定する。

本件資料によれば、次のような事実を認めることができる。

1  本件土地の賃借人渋谷は、本件土地の内二六七・七六平方米(八一坪)を昭和二四年一〇月一一日に、九五・八六平方米(二九坪)を昭和二六年四月七日に、いづれも賃貸人田中さち子の父卯之吉から、非堅固建物所有を目的とし、期間を二〇年と定めて借り受け、昭和二四年末本件建物(医院兼居宅)を建築し、以来ここに居住してきた(本件建物は、昭和二六年頃一階二六・四四平方米(八坪)、二階一三・二二平方米(四坪)が増築されている)。なお、渋谷は戦前から本件土地の附近において医院を経営していたものであり、戦災に会って郷里に帰っていたが、戦後再び医院を経営する目的で土地を探していたところ、たまたま空地となっていた本件土地の所有者卯之吉を紹介され、先づ前記八一坪を借り受け、前記のとおり本件建物を建て医院を開業した。その後その隣地二九坪について、卯之吉の希望により追加して借り受けることにし、これを庭の一部としたものである。右の事実からみて、本件借地権は右両土地について一体をなすものとみるのが相当であり、借地権の存続期間は後の賃貸借契約の時から本件土地全部について、二〇年間とした趣旨と解せられる。

2  渋谷は卯之吉に対し、先の契約の時には一坪当り一、三〇〇円(計一〇万五、三〇〇円)、後の契約の際には一坪当り一、四〇〇円(計四万六〇〇円)を権利金として支払っている(この点については当事者間に争いがあるが、甲第四号証及び渋谷本人尋問の結果により、これを認めることができる)。

3  田中さち子は、卯之吉が死亡した(昭和三九年)ので、相続により本件土地の所有権を取得し、渋谷に対する賃貸人の地位を承継した。

4  渋谷は現在老令を理由に医院を廃業しており、本件建物及び借地権を第三者に譲渡した上で、郷里に帰えり隠棲する予定でいる。

5  田中は現在三・五坪の借地上に店舗兼居宅を所有しているが、建物、敷地とも狭隘であり、本件土地の借地権が消滅すればここを使用したいと切望している。なお、本件土地のほかにも若干の土地を所有しているが、いづれも他人に賃貸中であり、近く返還を受けうる見込はない。

以上の事実を認めることができる。

二、本件借地権及び建物の価格について、

1  鑑定委員会の意見は、次のとおりである。

本件土地の更地価格を三・三平方米につき金一二万八、八〇〇円、借地権の価格をその七割金九万一六〇円とそれぞれ認定した上で、本件借地権の残存期間及び賃貸人が買受けをする場合であること等の事情を斟酌して、借地権の対価を右借地権価格の八割五分金七万六、六三六円(合計金八四二万九、九六〇円)を相当とし、建物価格については、その現況、建築年月日、耐用年数等を考慮して、金八〇万九、二〇八円を相当とする。

2  ところで、賃貸人が借地権を買受ける場合の価格を決定するにあたっては、借地契約をした時の事情及びその後の経過、殊に所謂権利金、名義書換料もしくは更新料等の授受の有無及びその金額、残存期間並びに残存期間が比較的短いときは、借地権が第三者に譲渡されることなく継続し、期間が満了する場合において、賃貸人が更新を拒絶する意思があるかどうか、あるとすれば正当の事由が認められる可能性があるか等諸般の事情をも合せて考慮すべきものと解する。

本件において、渋谷は前認定のとおり権利金を支払っているが、この金額を現在の貨幣価値に換算すると(消費者物価指数により約二倍とする)、金一四万五、九〇〇円の約二倍の金三〇万円に相当するとみることができる。この額と現在の借地権価額(鑑定委員会の意見による三・三平方米につき九万一六〇円の割合で合計金九九一万七、六〇〇円)との差額約九六〇万円は、一応借地権設定当時から現在までの間における土地の価額の値上りに伴なう借地権価額の増額分にあたると解することができる。

ところで、近年の土地価額の急騰は主として社会経済事情の変動に基づく大都市の急激な膨脹の結果であって、土地所有者又は借地権者の土地利用の巧拙等によるものとはいいがたい。一方土地の時価といわれるものは、所有者又は借地権者が変動しない限りは潜在的なものにすぎず、いづれも価額の騰貴による利益を直接受けるものではなく(賃料は、必ずしも時価に対応しているとはいえない)、所有権又は借地権が譲渡等により処分されるときに始めて顕在化するものである。従って、少なくとも借地権者が借地権を処分することによって、価額の高騰による利益を受ける際には、所有者との間で衡平をはかるため、その利益の一部を所有者に還元することは、土地の賃貸借関係の現状においては適当とせざるを得ない。これが借地権の譲渡に際して借地権者から所有者に支払われる所謂名義書換料にあたるものと解することができる。このような考え方は、土地所有者が借地権者から借地権を買取るときの価格の決定にあたっても顧慮される必要がある。そこで、前記金九六〇万円を両者の間で、どのように配分するのが衡平に適するか、ということを検討する。

本件借地契約の存続期間は昭和四六年四月六日までであり、田中は期間が満了する際には更新を拒絶する意思を有しており、その場合における正当の事由としては、前記認定の事実を主張している。そこで、先づ存続期間の点を考慮すると、残存期間は三年三月(昭和四三年一月からみて)であり、すなわち、更新がないことを前提としても、約定期間二〇年に対して二〇分の三・二五にあたる利用権が残されているとみることができる。従って、右金九六〇万円の二〇分の約三・二五にあたる金一六〇万円は、まづ借地権者が受けるべき分とする。

次に、本件においては残存期間が少ないので、借地権が第三者に譲渡されないで期間が満了するとして、賃貸人が更新を拒絶した場合における契約終了の可能性を考慮しておく必要がある。仮りに、第三者への譲渡が認められないまま経過し契約が終了すれば、借地権は消滅し、借地権者は建物買取請求権を有するにすぎないこととなるが、第三者への譲渡が認められると、正当事由の有無は譲受人との間で判断されることになり、契約更新の可能性が強くなることが考えられるので、その間の利害の調整を図る必要があるからである。

本件においては、賃貸人に自己使用の必要性があることは一応認められる。借地権者は借地権を譲渡しようとしているのであるから、借地を不要としていることは明らかであるが、このような場合には、譲渡の必要性と賃貸人の必要性とを対比して、利益の分配を考えるのが相当であるというべきである。本件では借地当時に多額の権利金を支払っているのであるが、このように借地利用上相当の資本が投下されているときは、投下資本の回収を図るための借地権譲渡の必要性を否定することはできない。そこで、賃貸人の自己使用の必要性と借地権者の譲渡の必要性とを比較することになるが、本件においてはいづれをもって優先するとすべきかについては、にわかに断定しがたい。とすれば、双方の受けるべき利益の割合は、一応五分五分とみるほかはないというべきである。従って、前記金九六〇万円から金一六〇万円を控除した残額金八〇〇万円はこれを折半し、各半額を受けるものとして計算をするのが相当である。すなわち、借地権の譲渡によって生ずべき利得金八〇〇万円のうち、金四〇〇万円をもって、賃貸人に還元されるべき金額とする。

以上により、本件借地権の価額金九九一万七、六六〇円から右の金四〇〇万円を控除し、端数を切り捨てた金五九〇万円をもって、本件賃貸人が買受ける際の借地権価格とするのを適当と認める。

3  建物の買受価格については、鑑定委員会の意見に従がい、端数を切り捨てた金八〇万円をもって相当とする。

よって、右金五九〇万円と金八〇万円の合計金六七〇万円をもって、本件買受価格と定め、主文のとおりに決定をする。

(裁判官 西村宏一)

<以下省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例