東京地方裁判所 昭和42年(刑わ)2060号 判決
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〔判決理由〕(五) なお、被告人上田の検察官に対する昭和四二年七月二八日付供述調書は、これを被告人大野に対する関係における証拠として採用取調べることが許されるとすれば、同被告人の罪責の認定にかなりの影響があると思われるので、その証拠能力に関する当裁判所の判断をその証拠調請求を却下した際に告げた理由に若干付加してここで述べておこう。右調書の内容は、専ら被告人大野との共謀関係とりわけ三月一四日の電話のことについて詳細に述べたものである。ところで、検察官は、被告人両名に対する本件第一回公判期日後に右調書を作成している。しかも、検察官は、同公判期日には検察請求のいわゆる甲号証(被告人らの供述関係以外の証拠)の大半の取調を終了していたのであるから、次回公判期日に被告人上田に対し(共同被告人として、または被告人大野の関係で分離して証人として)供述を求めることについてなんの支障もなかつたはずであり、その次回(第二回)公判期日は、同年八月七日であつて、右調書の作成日との間にはわずか一〇日しか隔りがなかつたのである。更に、被告人上田は、第一回公判期日から一貫して被告人大野と対立し、第四、五、六回の各公判期日にもややあいまいとはいえ基本的には右調書の内容に沿う供述をしている。このような状況のもとで、検察官が自己の調室において被告人上田を取調べ、被告人大野の当公判廷における供述を反駁するためのみの目的で供述調書を作成することは違法とはいえないにしても、かなり不当というべきである。そして、本件調書の右のような作成経緯を考慮に入れて、刑事訴訟法第三二一条第一項第二号後段に定める「前の供述を信用すべき特別の状況」の存否を検討するに、一方で被告人上田が第四、五、六回各公判期日に供述した際には多少記憶が薄れたことも窺われないではないが、それ以外には当公判廷において真実を述べ難くするような外部事情はなんら存在しないから、もともと任意にかつ真実の供述を行なう場として最も優れている公判廷の供述にこそ信用性の保障があれ、ある意味では右のような事情から逆にその信用性を担保する状況の一つが失われている本件調書にいわゆる特信性を認めえないことは当然というべきである。(松本時夫)