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東京地方裁判所 昭和42年(特わ)21号 判決 1967年12月06日

主文

被告人を懲役八月及び罰金二五〇万円に処する。

右罰金を完納しないときは、金五万円を一日に換算した期間、被告人を労役場に留置する。

但し、本裁判確定の日から三年間、右懲役刑の執行を猶予する。<省略>

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、東京京台東区浅草寿町三丁目六番地に本店を置き(昭和三九年一一月五日以降は同都渋谷区富ケ谷一丁目一七番地の三に移転)、同都荒川区町屋七丁目四番二号に製造場を設け、昭和三七年法律第四八号物品税法第一条別表掲記第二種第一類第三号のロに該当するゴルフクラブ用バッグの製造販売を営むタカネ商事株式会社の代表取締役としてその業務一切を統轄していたものであるが、右会社の業務に関し物品税を免れるため、ことさら会社名義の製造開始申告書を提出せず、真実製造をしていない村田和夫、高橋努、有限会社東邦産業の名義を藉り、同人らが前記製造場において右物品を製造する旨の第二種物品製造開始申告書あるいは第二種物品製造業譲受申告書を所轄荒川税務署長宛提出し、さらに原材料の仕入についても他人名義を使用する等し、もつてあたかもタカネ商事株式会社は、右村田らの製造にかかるゴルフクラブ用バッグを同人より仕入れて他へ販売するものであるかの如く仮装したうえ、

第一、別表第一記載のとおり、昭和三七年七月から昭和三九年七月までの間、ゴルフクラブ用バッグ合計一万一、八八九本を代金合計三四、一一一万四、〇〇〇円で前記製造場より移出販売したにもかかわらず、法定の期限内に右タカネ商事株式会社会社名義をもつて物品税法第二九条第二項所定の申告書を提出せず、かつこれに対する物品税も納付することなく、前記村田らの名義で右移出数量、金額の一部しか掲記しない内容虚偽の申告書を提出するとともにこれに応じた物品税を納付し、もつて不正な行為によつてこれに対する物品税合計九七四万六、四〇〇円を免れた。

第二、別表第二記載のとおり、昭和三九年八月中にゴルフクラブ用バッグ三一六本を代金九一万四、六〇〇円で前記製造場より移出販売したにもかかわらず、前同様の方法によりこれに対する物品税二六万一、二八〇円を免れようとしたが、法定の納期到来以前に収税官吏にその事実を発見されたため逋脱の目的を遂げるに至らなかつた

ものである。<中略>

(弁護人の主張に対する判断)

一、弁護人は、(一)、本件公訴事実並びに検察官が冒頭陳述において明らかにした各取引先毎の移出数量及び販売価格のうち、(イ)、新富ゴルフに対する分は、各月四〇本でかつ一本当り二、二〇六円の限度で認定するのが相当であつて、それを越える部分は本件から控除すべきである。(ロ)、森田ゴルフに対する分は、これを認定するに足る証拠はないから全額控除すべきである、(ハ) 長岡スポーツに対する分のうち、国鉄上野及び田端各駅から発送したものはいわゆる表取引の分であつて裏取引ではないから、その分は上記の中から控除すべきである、(ニ)、被告人が村田和夫、高橋務、有限会社東邦産業名義で申告納税した三、六一九、四八〇円は、名義はともかく実質的には被告人が本件に関して申告納税したものであるから、実質課税の原則に基づき、また国家の財政権の侵害の有無という点に鑑み検察官の主張する逋脱税額一〇、八四四、五二〇円から控除すべきである、とそれぞれ主張する。なおこのうち森田ゴルフに対する部分は、既に公訴事実に対する判断の項において明らかにしたので、他の点について当裁判所の判断を示す。

二、<略>

三、他人名義で申告納税した分を控除すべさ旨の主張について。

(一)  まず、荒川税務署長北沢善男作成の東京国税局長宛確認書によると、村田和夫、高橋務、有限会社東邦産業の名義をもつて荒川税務署長に対し第二種物品製造開始申告書あるいは第二種物品製造業譲受申告書が提出されたこと、そしてその後ゴルフクラブ用バックの移出に関し、昭和三七年七月分以降同年一二月分までは村田和夫名義をもつて各月毎の物品税納税申告書を提出し、かつこれに対する物品税計三三五、一六〇円を納付したこと、次で昭和三八年一月分以降同年一二月分までは高橋名義をもつて同じく各月毎の物品税納税申告書を提出し、かつこれに対する物品税計一、〇二七、七二〇円を納付したこと、さらに昭和三九年一月分以降同年八月分までは有限会社東邦産業の名義をもつて同じく各月毎の物品税納税申告書を提出し、かつこれに対する物品税計二、一六六、〇四〇円を納付したこと、従つて本件に関する昭和三七年七月分以降昭和三九年八月分までの間における三者名義をもつて納付した物品税の総額は三、五二八、九二〇円であること、以上の各事実を認めることができる(なお弁護人は、これにつき納税総額は三、六一九、四八〇円であると主張するが、これは本件ゴルフクラブ用バックに対する納税額のほか、誤つて本件に関係のないゴルフクラブに対する納税額を加算したためそのような結果を招来したものと推察される。)

(二)  次に前記三者名義をもつて第二種物品製造開始申告書等及び物品税納税申告書を提出し、かつこれに対する物品税を納付した事情について前掲各証拠を総合すると、判示のように本件ゴルフクラブ用バックを実際に製造していたのはタカネ商事株式会社であるが、被告人は同会社の納付すべき本件物品税を免れようと考え、ことさら右会社名義の製造開始申告書を提出せず、実際にゴルフクラブ用バックの製造をしていない前記村田和夫ら三者名義を藉りて右の手続をなし、もつてタカネ商事としては村田らの製造にかかるゴルフクラブ用バックを仕入れて他に販売することを業とするいわゆる販売会社にすぎないような形態を仮装したものであり、従つて被告人としては右村田ら三者の名義をもつて申告書を提出し、これに対する物品税を納付したのも(しかもその申告額、納税額は、タカネ商事が実際に製造場より移出した数量及びその価格の凡そ三分の一程度にすぎない。)。いわばタカネ商事の物品税を逋脱する一手段としてなしたものであつて、これをもつてタカネ商事自身の申告、納税としての法的効果を期待していたものではない。

(三)  弁護人は、たとえ申告、納税の名義人はタカネ商事以外の第三者であつたとしても、実質的にはタカネ商事の製造、移出にかかる本件物品について、しかもタカネ商事の負担をもつてなされたものであるから、実質課税の原則並びに国家財政権の侵害の有無という観点から、前記村田ら三者の名義をもつてなした申告、納税の分は、タカネ商事の有効な申告、納税と認定すべきであるという。

しかしながら法人税法第一一条、所得税法第一二条等に規定されるいわゆる実質課税の原則は、課税の公平、適正を期するため、その基礎となるべき所得の帰属について表見的な私法上の形式ないし効果にかかわらず実質的な経済効果に着目し、その効果を現実に享受する者をもつて税法上の所得帰属者とするという趣旨であつて、その根底には私法上の行為と経済効果の存在が予定されているのに対し、納税義務者の納税申告及びそれに基づく納税は純然たる行政法上の行為であつて、経済効果の伴う私法上の行為とはその範疇を異にするのみならず、申告納税制度を採用している税法にあつては、納税義務者が第一次的に自ら租税債務の有無及びその額を確定してその義務を誠実に履行することにより、反射的効果としてではあるが自分の負担する租税債務を免れるという利益を享受し得るのであるから、自らその義務を誠実に履行しようという意思を有する者がことさら第三者の名義を藉りてこれを行うことは税法においても予想しないところであると解される。事実本件の如く真実の納税義務者は表面に出ることなく、納税義務のない第三者の名義を藉りて納税義務者の形態をとらしめるのは租税の回避を目的とする以外に通常考えられないところであり、またこれによつてもたらされるものは徴収手続のいたずらな混乱以外には何物もないのであつて、税法の期待する申告納税の趣旨から遠く離れたものということができる。

もつとも村田和夫ら三者は、前示のとおり実際には本件ゴルフクラブ用バックの製造をしていなかつたのであるから物品税法上の納税義務者ではなく、従つて同人らの名義をもつて納付した物品税は還付を受け得るものと解されるが、だからといつて同人らの申告、納税が一見してタカネ商事としての又はそのためになされたものとは認められない本件にあつては、これをもつて直ちにタカネ商事の有効な申告、納税として法的効果の転換を認める根拠はないものといわざるを得ない。このことはその資金をタカネ商事が負担していたとしても同じであつて、それはいわば内部的な資金提供の問題にすぎない。

従つて本件のような申告、納税の実態にてらせばいわゆる実質課税の趣旨を容れるべき余地はないものである。また国家の財政権の侵害の有無については、右のように実質課税の原則を適用する余地がない以上、タカネ商事としては正規の物品税相当額についてこれを侵害しているものといえる。

(四)  右の理由により、たとえ村田和夫ら三者の名義をもつて本件ゴルフクラブ用バックに対する物品税の申告及び納税がされているとしても、これをもつてタカネ商事の有効な申告及び納税と認めることはできず、またタカネ商事自身としては何ら申告、納税をしていない以上、その移出にかかるゴルフクラブ用バック全部について物品税を逋脱したものといわざるを得ない。(近藤暁)

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