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東京地方裁判所 昭和42年(特わ)85号 判決 1968年12月07日

本籍

千葉県佐原市佐原イ五一三番地

住居

同県船橋市海神町北一丁目五二五番地

会社役員

八木清兵衛

明治三一年七月一三日生

右の者に対する所得税法違反被告事件につき、当裁判所は、検察官小野慶造、弁護人出射義夫出席の上審理して、次のとおり判決する。

主文

被告人を懲役八月および罰金一、四〇〇万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金七万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

但しこの裁判確定の日から二年間右懲役刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、東京都中央区日本橋蠣殻町二丁目一〇番地所在の株式会社和孝および和孝商事株式会社の取締役をするかたわら、昭和三八年ころから個人で手形割引業を営み、取引料収入を得ていたほか、自己保有株式の配当、不動産の賃貸料収入による各所得ならびに雑所得を得ていたものであるが、これら総所得に対する所得税を免れるため、右手形割引業による取引については、自己の名をかくして他人名義を用い、かつその収支に関する記帳を一切行なわず、簿外預金を設定する等して右事業所得の全部を秘匿し、その他の各所得についても、各事業年度の確定申告にさいしその全部または一部を除外する等の不正な方法により、

第一、昭和三八年分の実際課税所得金額が一、三五九万三〇〇円であり、これに対する所得税額は四四二万二、九四〇円であるのにかかわらず、昭和三九年三月一六日東京都中央区日本橋堀留二丁目五番地所在の所轄日本橋税務署において、同税務署長に対し、課税所得金額は五六九万八、八〇〇円でこれに対する所得税額は三二万八、八四〇円である旨の内容虚偽の確定申告書を提出し、もつて右年分の正規の所得税額と申告税額との差額四〇九万四、一〇〇円を法定の納付期限までに納付せず、もつて同額の所得税を免れ、

第二、昭和三九年分の実際課税所得金額が四、八五三万八、九〇〇円であり、これに対する所得税額は二、五七七万八、九七〇円であるのにかかわらず、昭和四〇年三月一五日前記日本橋税務署において、同税務署長に対し、課税所得金額は七二二万三、一〇〇円でこれに対する所得税額は八三万一、八五〇円である旨の内容虚偽の確定申告書を提出し、もつて右年分の正規の所得税額と申告税額との差額二、四九四万七、一二〇円を法定の納付期限までに納付せず、もつて同額の法人税を免れ、

第三、昭和四〇年分の実際課税所得金額が五、三五〇万一、三〇〇円であり、これに対する所得税額は二、九三五万八、七六〇円であるのにかかわらず、昭和四一年三月一五日前記日本橋税務署において、同税務署長に対し、課税所得金額は七三一万九、四五〇円でこれに対する所得税額は八三万四、〇五〇円である旨の内容虚偽の確定申告書を提出し、もつて右年分の正規の所得税額と申告税額との差額二、八五二万四、七一〇円を法定の納付期限までに納付せず、もつて同額の法人税を免れ、

たものである。(判示各事業年度における逋脱所得の明細は別紙一、二、三の修正損益計算書の、税額の計算は別紙五の税額計算書のとおりである。)

(証拠の標目)

事実全般について

1  被告人の当公判廷における供述

2  被告人の上申書七通、大蔵事務官に対する質問てん末書四通および検察官に対する供述調書三通

3  八木保の検察官に対する供述調書

4  白色申告者書類つづり一綴(当庁昭和四二年押第八七九号の11)

事業所得につき

5  証人森島清孝の当公判廷における供述

6  大蔵事務官森島清孝作成の手形割引料収入調査合計表

7  同事務官作成の受取手形期末残高および未経過割引料調査合計表

8  同事務官作成の東京ビルブローカー関係調査書

9  同事務官作成の不渡手形貸倒損失等調査合計表

10  安部良一の上申書および大蔵事務官に対する質問てん末書

11  水越冬夫の大蔵事務官に対する質問てん末書

12  八木保の大蔵事務官に対する質問てん末書七通

13  代金取立手形受託通帳八冊(前同押号の6の1~8)

14  預り証控一綴(前同押号の7)

15  代手メモ帳一綴(前同押号の8)

16  手控帳二綴(前同押号の10の1~2)

配当所得について

17  大蔵事務官森島清孝作成の株式配当金調査合計表

18  同事務官作成の株式の取得金額等調査書

不動産所得につき

19  大矢輝昭の報告書

20  岡田卓雄の上申書

21  八木清の上申書(「八木清兵衛の不動産収入について」)

雑所得(割債償還益)につき

22  大蔵事務官森島清孝作成の割引債券償還益調査書

(弁護人の主張に対する判断)

一、手形割引料収入(別紙一、二、三の勘定科目の各<1>および別紙四)の推計計算の合理性について

弁護人は、「本件における手形割引料収入は合理的な推計によるものでないから、これを逋脱所得に算入すべきでない。すなわち、右期間における個々の手形銘柄が特定されないばかりか、手形の買取日、割引率等割引料収入の算定の要素が合理的に証拠上認定し得ないのに、課税当局において取扱手形の数量、金額を全体として推計し、それに大づかみの平均割引日歩・日数を一方的に認定したものを、被告人に承諾せしめて手形割引料収入合計表を作成し、これを推計の基礎に用いたものである。かかる推計は合理性を欠く。」旨主張するので、関係証拠(とくに前掲2、5ないし8、10ないし16)によつて検討する。

まず弁護人は本件割引手形の銘柄すら特定しないと主張するが、被告人は取得した手形の取立てを取引銀行に依頼していたのであり、該取引銀行の反面調査により、本件各事業年度における被告人の取扱手形の振出人、金額、満期等が個別的に特定されるのである。しかしながら本件においては、各手形につき割引日歩・日数は画一的でなく個々の取引ごとに異つていたものと推察されるのに、これを直接的に明らかにすべき証拠はないから、結局本件手形割引料収入を算出するためには、合理的な推計によらざるを得ない。

ところで大蔵事務官査察官森島清孝は、本件各事業年度における割引日歩・日数を推計算出するにあたり、日歩八銭三厘、日数一一〇日を基本平均線とした。この基本平均値は、東京国税局が昭和四一年四月被告人方より押収した同年分の取立未了手形一二一通(全額合計約一億二〇〇万円)につき個々の手形に符せられた割引日歩日数の暗号を解読して確定し、その算術平均をなした結果である。次に同事務官は、本件各事業年度における個々の手形につき、当時実際上取引に当つていた八木保につき右基本平均値を個々的に修正せしめる等して手形割引料収入調査合計表(証拠6)を作成し、あわせて被告人もこれを承諾し、右合計表に基づいて本件手形割引料収入が推計されるに至つたのである。

右推計表は、およそ以下の諸点にかんがみ本件手形割引料収入の合理的な推計を算出する上に信用し得る資料となるものである。すなわち、

(イ)  前述の基本平均値は、なるほど昭和四一年度分の一部の割引手形に関するものであるが、これらの手形は、本件各事業年度に引続き同一取引形態下において無作為に摘出されたものであること、かつその枚数、金額、右手形の割引行為期間等をあわせ考慮するならば、他にこの点につき特別の資料のない本件では、右基本平均値は、本件における推計の有力な手がかりを提供するものと認められる。

(ロ)  次に前記推計表の作成にあたつては、右基本平均値を個々の手形に無条件にあてはめず、個々的に修正しているが、その修正は査察官の恣意に基づくものではなく、実際取引にあたつた八木保の主張をとり入れたものであつて、その修正値も、両者のいたずらな妥協の成果とみるべきではなく、八木保の記憶に基づきできるかぎり真実に近い数値を得ようと努めた結果のものと認められるのであり、被告人も捜査、公判を通じて右修正値を是認している。

(ハ)  本件各事業年度における割引手形には、被告人が東京ビルブローカー株式会社からいわゆる買取りをした分が含まれているところ、その手形枚数、合計金額、平均割引日歩・日数は、

昭和三八年度 三二枚 二六、三一二、四七八円 一三銭二厘 一二九日

同三九年度 三五六枚 三〇三、四〇四、四六九円 一二銭三厘 一二一日

同四〇年度 三七四枚 三四〇、六六九、五七三円 一二銭六厘 一一七日

となる。これは本件各事業年度における割引手形に相当な比重を占めることは、係数上明らかである。

もつとも仲介人の得る口銭は一人日歩一銭が相場であり、被告人は右買取りにさいし一人ないし三人の仲介人を介したことがうかがわれるから、右買取手形の実際の割引日歩は、右平均より一銭ないし三銭程度下廻るものと推認されるにせよ、その数値はなお前述の基本平均値、前記推計表の各修正値の平均をはるかに上廻つている。このことは右推計表の推計値がむしろ真実の平均値よりも過少に、換言すれば被告人に利益に確定されたことを裏付けるものである。

以上のとおりであつて他に右推計の合理性をうごかす資料は何もない以上、前記推計表に基づく本件割引料収入は、本件逋脱所得を構成するものと認めなければならない。

二、手形割引料収入における期間計算について

弁護人は、「本件手形割引は、通常の手形割引とは性格を異にし、単純な債権譲渡又は商品売買の場合と同様に取扱うべきである。すなわち本件では、手形の買受価格は額面金額(満期支払約束高)より前受利息計算に従つて控除された金額ではなく、当該手形の信用度に応じて額面金額より取引上値引きされた額である。従つて手形の買入れ代金支払分は経費であり、買入れた手形は額面金額いかんにかかわらず棚卸資産に該当し、買入れ価格以上に売れた際に、利益が生ずるものと解さなければならない。」旨主張する。

しかしながら、まず手形は、振出人(又は引受人)に対する一定額の金銭債権を化体した有価証券であつて、その評価はあくまで手形金額によることを原則とするものである。従つてこれを割引により手形金額以下で取得した場合には、その手形金額と取得額との差額について割引料収入が構成されるのである。ところで通常の商品棚卸資産は、その仕入時においては利益(あるいは損失)を構成せず後日それを転売したときに利益(あるいは損失)が生ずるのであつて、税務会計上、割引の対象となる手形は、右商品棚卸資産とは根本的に異る取扱いを受けなければならない。さらに、企業会計上の発生主義の立場からは、主たる営業活動による収益は、それが用役の対価である場合には、時の経過とともに発生すると認識されるのであり、従つて未収収益についても、期間対応分は収益に計上すべきことが原則とされる。税法上継続企業たる法人の未収収益については右会計上の認識基準と同様の基準において把握すべきものと解されるが、所得税法上においても、対価を得て継続して行なう事業については、用益の対価として収入すべき金額は、時の経過とともに確定するものと解すべきである。

本件は、継続的な手形割引業にかかる事案であつて、その手形割引料収入については、前述した観点から、割引以降時の経過とともに日々実現し、期間対応分が当該事業年度分の収入金額となり、未経過分は翌期に繰越されると解さなければならない。

弁護人の右主張は、買入れ手形を商品棚卸資産と同視する誤りに立ち、かつ税務会計における期間計算を顧慮しないものであつて、採用に値しない。

(法令の適用)

第一、第二の事実につき

所得税法(昭和四〇年法律第三三号)附則三五条により改正前の所得税法六九条。

第三の事実につき

所得税法(昭和四〇年法律第三三号)二三八条。

以上につき

情状により懲役刑と罰金刑を併科。

併合罪加重につき

刑法四五条前段、四七条本文、一〇条、四八条二項。

換刑処分につき

刑法一八条。

刑の執行猶予につき

同法二五条一項。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 小島建彦)

別紙一

修正損益計算書

八木清兵衛

自昭和38年1月1日 至昭和38年12月31日

<省略>

別紙二

修正損益計算書

八木清兵衛

自昭和39年1月1日 至昭和39年12月31日

<省略>

別紙三

修正損益計算書

八木清兵衛

自昭和40年1月1日 至昭和40年12月31日

<省略>

別紙四

手形割引料収入の明細について

第一事業年度(昭和38年分別紙一<1>)

割引料収入 4,750,627円

<省略>

第二事業年度(昭和39年分別紙二<1>)

割引料収入 69,286,308円

<省略>

第三事業年度(昭和40年分別紙三<1>)

割引料収入 60,804,139円

<省略>

別紙五

税額計算書

<省略>

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