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東京地方裁判所 昭和42年(行ウ)174号の2 判決 1973年4月18日

原告 厚川栄吉

被告 荒川税務署長

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告が昭和四〇年一二月二二日付で原告の昭和三九年分所得税についてした更正のうち総所得金額四一万三七〇〇円をこえる部分および過少申告加算税の賦課決定を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決

二  被告

主文同旨の判決

第二原告の請求原因

一  本件処分の経緯等

原告は、住所地で食料品店を営むいわゆる白色申告者であるが、昭和四〇年三月一二日被告に対し、昭和三九年分の所得税について、総所得金額を四一万三七〇〇円とする確定申告をしたところ、被告は同年一二月二二日付で右金額を九三万三七一四円とする旨の更正(以下「本件更正」という。)および過少申告加算税四二〇〇円の賦課決定(以下「本件決定」という。なお、右両処分を合わせて「本件処分」という。)を行なつた。

二  本件処分の違法事由

しかしながら、本件処分は次のとおり、その手続に違法があり、かつ、所得を過大に認定したものであるから、違法である。

1  国税通則法二四条によれば、税務署長は、その調査より当該申告書にかかる課税標準等を更正すべき旨定められているところ、被告の行なつた本件更正は、なんらの具体的な調査に基づかないものであるから違法である。

2  被告は、申告にかかる税額を納付ずみの原告についてなお納税義務があると認めるべき理由がなく、その他質問検査権行使の具体的必要性もないのに拘らず、かつ、事前の通知もなしに、原告に対し質問検査権を行使したものであるから、右質問検査権の行使は違法である。

3  被告が原告をとくに調査対象として選定し、これに対して所得の調査を行なつたのは、原告の加入している民主商工会の組織破壊を目的としたものであるから、該調査自体違法である。

4  原告の昭和三九年分所得税の総所得金額は、申告額のとおり四一万三七〇〇円であるから、本件更正のうち右金額をこえる部分は、被告の過大認定であつて、違法である。

三  よつて、本件更正のうち総所得金額四一万三七〇〇円をこえる部分および本件決定の取消しを求める。

第三請求原因に対する被告の認否および主張

一  請求原因に対する認否

請求原因一の事実は認めるが、同二の事実は争う。

二  被告の主張

1  被告が調査に基づいて本件更正を行なつたことは、後記3(一)のとおりである。

2  被告が原告を調査の対象として選定し質問検査権を行使したのは、原告の確定申告書に記載された事業所得金額が他の同規模の同業者等に比して著しく過少であつたこと、ならびに、原告が本件係争年度に新たに取得した土地の購入資金の出所等について調査する必要が認められたことによるものであつて、右調査は、原告の民主商工会加入とは全く関係がなく、まして民主商工会の組織の破壊を目的とするものでないことは明らかである。

3  課税の根拠

原告の昭和三九年分の総所得金額は、一六六万五六五八円、あるいは少なくとも九三万三七一四円であるから、その範囲内でされた被告の本件更正に違法はない。

(一) 被告は、本件処分前、原告の食料品店経営による事業所得について調査を行なうため、係員を原告宅に再三派遣したが、原告またはその家人らは、そのつど係員の質問に対し答弁をせず、また、帳簿書類の呈示要求にも一切応じないで、右調査を拒否した。また原告のこのような態度は、本件処分に対する異議申立てについての審理に際しても変らず、わずかに損益計算書を提出したのみで、その内容の釈明要求にも応じなかつた。さらに、原告の審査請求についての審理においても、東京国税局の協議官が原告方に赴いた際、原告は、一日の売上金額と毎月の仕入金額を記入した雑記帳を呈示したが、これを裏づける伝票、現金出納帳、仕入帳等の帳簿類は一切備えつけておらず、また、原告に質問しても仕入先等の内容を明らかにしなかつたのであり、原告の呈示した帳簿は極めて信ぴよう性に乏しいものであつた。そこで、被告はやむなく推計により原告の所得金額を算定せざるを得なかつたのである。

(一次的主張)

(二) 資産負債増減法による推計に基づく総所得金額一六六万五六五八円の算出の根拠

(1) 資産の増加となる金額二五六万三二七七円

(ア) 宅地購入費 一七八万五九〇〇円

原告は、昭和三九年五月二九日原告の住居兼店舗の敷地一九六・四四平方米を代金一七八万五九〇〇円で斉藤小一郎から購入し、同日一〇〇万円を、同四〇年四月二三日残金七八万五九〇〇円を支払つた。

(イ) 店舗拡帳造作費 二九万九三〇〇円

原告提出の損益計算書の減価償却費一万六八四〇円を基礎として算出した。

(ウ) 支出生計費 四七万八〇七七円

総理府統計局「昭和三九年家計調査年報」第三一表「県庁所在都市別一世帯当たり年平均一か月間の収入と支出(全世帯)」の合計額を基礎として算出した。

(2) 負債の増加(資産の減少)となる金額八九万七六一九円

(ア) 普通預金減少額 八万二六一七円

その内訳は次のとおりである。

預金者名義人

期首残高

(三九、一、一)

期末残高

(三九、一二、三一)

増減額

(△は減額を表わす)

厚川栄吉

六二四四円

六二四四円

森下和子

三万四〇三七円

一〇万一四一六円

六万七三七九円

厚川和子

三万三一四〇円

四九九四円

△二万八一四六円

厚川栄一

一九万一八九五円

一二万八四六三円

△六万三四三二円

厚川泰

一九万五四四四円

一三万〇七八二円

△六万四六六二円

四五万四五一六円

三七万一八九九円

△八万二六一七円

なお、右は原告名義以外の普通預金も含めてすべて原告の資産である。

(イ) 普通預金利子収入 一万二二六二円

所得税法では預金利子所得については分離課税となつているので、総所得金額には含まれない。

よつて、資産増加から控除した。

(ウ) 減価償却費 一万六八四〇円

前記(1)の(イ)の店舗拡張造作に対する係争年分の減価償却費相当額である。

(エ) 宅地購入費未払金 七八万五九〇〇円

前記(1)の(ア)で述べたとおり、右金額は係争事業年において支払われていないので未払金に計上した。

(3) 総所得金額 一六六万五六五八円

前記(1)の資産の増加額から同(2)の負債の増加額を控除して算出したもの。

(予備的主張)

(三) 同業者率による推計に基づく総所得金額 九三万三七一四円の算出の根拠

仮に、資産負債減法による推計に基づく総所得金額の主張が正当でないとしても、同業者率による推計に基づき原告の事業所得額を算定すると、九一万三七一四円となる。

(1) 売上金額 九四六万九一六九円

被告の管内の青色申告同業者のうち、原告と近接地域内の同規模程度の六業者を無作為に抽出し、その青色申告決算書に記載された昭和三九年分決算額に基づき、各業者の売上金額の合計額三九二二万九四一八円を、各業者の従事人員合計一四・五人で除して、従事人員一人当たりの売上金額二七〇万五四七七円を算出し、当該金額に原告の従事人員三・五人を乗じて算出したものである。

(2) 販売原価 七六七万〇四七四円

前記同業者の売上金額の合計額三九二二万九四一八円に対する販売原価の合計額三一七七万七六九〇円の割合は八一・〇一パーセントとなるから、これを原告の前記売上金額九四六万九一六九円に乗じて原告の販売原価を算出すると、七六七万〇四七四円となる。

(3) 一般経費 六一万四一一七円

前記同業者の前記の売上金額の合計額に対する一般経費の合計額二三七万〇一三一円および特別経費の合計額一五万六七一六円の合計金額二五二万六八四七円の割合は六・四八パーセントとなるから、これを原告の前記売上金額に乗じて原告の一般経費を算出すると、六一万四一一七円となる。

(4) 雑収入 一万三二五六円

前記同業者の前記の売上金額の合計額に対する雑収入の合計金額五万五七五三円の割合は〇・一四パーセントとなるから、これを原告の前記売上金額に乗じて原告の雑収入額を算出すると、一万三二五六円となる。

(5) 特別経費     一九万七八二〇円

(6) 事業専従者控除額  八万六三〇〇円

(7) 差引事業所得金額 九一万三七一四円

原告には、右事業所得のほか、申告にかかる不動産所得二万円があるから、総所得金額は九三万三七一四円となる。

第四被告の課税の根拠に関する主張に対する原告の認否および反論

一  被告の主張に対する認否

1  被告の主張3の(一)の事実は争う。

2  同(二)の事実のうち、(1)の(ア)の宅地購入およびその代金額、ならびに(2)の(ア)、(イ)、(エ)の各被告主張事実は認めるが、その余の事実は争う。

3  被告の主張3の(三)の事実のうち、(5)、(6)の金額および不動産所得二万円があつたことは認めるが、その余はすべて争う。

二  被告の主張に対する原告の反論

1  原告は、被告の職員に損益計算書等を提出し、必要な説明も行なつているのであつて、原告の所得金額を実額により算定する資料が存在しているのであるから、被告がこれらを無視して推計方法により課税することは許されない。

2(一)  所得金額の推計は、最も合理的な方法によつて行なわれるべきであるから、被告のように二つの推計方法を第一次的、第二次的主張として用いることは許されない。また、被告は本件更正の際には同業者との比軽において収入、支出を推計して所得を算定しながら、本訴訟においては、本件更正の適法性を右推計方法自体の合理性によらないで全く別個の資産負債増減法によつて所得金額を水増しし、その範囲内であることをもつて根拠づけているのであつて、このようなことは許されない。

(二)  被告の主張3の(二)の(1)の(ア)の宅地購入代金のうち当初斉藤に支払つた一〇〇万円は、原告が昭和三七年一一月森下昭吾に貸し付けた一一〇万円および謝礼金一万九〇〇〇円、合計一一一万九〇〇〇円を同三九年三月までに同人から返済をうけたうえ支払つたものであるから、右貸付金の消滅を資産の減少として計上されるべきである。また、同(1)の(ウ)の支出生計費は、一世帯当たりの平均消費支出額によつているが、原告は食料品店であつて、穀類を除く食料品を自家消費することによつてまかなつているから、食品関係の支出は相当差し引かれるべきである。

なお、同(1)の(イ)の店舗拡張造作費は一四万九七〇〇円であり、同(2)の(ウ)の減価償却費は八四二〇円である。

3  被告の従事員数による推計は、次の各点からみて、合理性を欠くものである。

(一) 被告の管内の地域は広範囲で同業者が無数に存するのに、僅かに六業者のみを抽出したのは合理的でない。

(二) 被告は比準者たる六業者の実態を明らかにしないから、これを原告と同規模の同業者と認定した根拠が明らかでない。

(三) 店頭に商品を並べて小売する原告のような業態では、従事員数によつて売上高が決定されることはないから、従事員数による推計は合理的でない。

(四) 原告の店は裏路地に面した小商店であるから、繁華街の商店とはとうてい比較できない。

(五) 原告および妻は老齢かつ病弱であつて、原告の店はもつぱら原告の長男と雇人一人の計二人によつて支えられているのであるから、従事員数を三・五人として推計することは合理的でない。

4  原告の昭和三九年分所得のうち事業所得金額は、次のとおり三九万三七〇〇円である。

(一) 売上金額   五七一万七一五〇円

(二) 仕入金額   四七六万七一八五円

(三) 一般経費    三六万一四四五円

(四) 雑収入        三〇〇〇円

(五) 特別経費    一九万七八二〇円

(六) 差引所得金額  三九万三七〇〇円

第五証拠関係<省略>

理由

一  請求原因一の事実(本件処分の経緯等)は、当事者間に争いがない。

二  そこで、本件処分に違法事由があるか否かについて判断する。

1  更正を行なうに必要な調査の有無について

証人田島久照、同厚川栄一(一部)の各証言によれば、被告の係官田島久照は、昭和四〇年一二月七日および同月九日、原告の昭和三九年分の所得税の申告書について調査するため、原告方に臨店したところ、原告の事業を事実上主宰していた原告の長男栄一は、「今頃になつて調査をされては困る。」といつて調査を断り、帳簿記帳の有無について、「売上帳、仕入帳はつけているが、現金出納帳はどんぶり勘定だからつけていない。」と答えながら、同係官の売上帳および仕入帳の呈示または貸与の求めにも応じなかつたので、同係官は、原告方には所得を直接算出しうる帳簿はないか、仮にあつても呈示を期待することはできないと考え、上司と協議のうえ、原告方の調査を打ち切り、原告のような現金取引が主な業態では取引先調査は困難なので、これは行なわず、被告管内の青色申告の同業者の申告状況を調査し、そのうち数業者を抽出して、従事員一人当りの平均売上金額に原告方の従事員数三・五人を乗ずる等の方法によつて原告の所得を推計し、本件更正を行なつたことが認められ、証人厚川栄一の証言中右認定に符合しない部分は、証人田島久照の証言および弁論の全趣旨に照らして採用できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

してみると、被告が原告の所得について調査を行なつたうえで本件更正をしたことは明らかであるから、調査に基づかない更正であるとの原告の主張は、失当というほかない。

2  質問検査権の行使の適否について

(一)  旧所得税法(昭和四〇年法律第三三号による改正前の所得税法。以下「旧所得税法」という。)六三条によると、収税官吏は「所得税に関する調査について必要があるとき」質問検査権を行使しうる旨定められているから、税務職員の恣意による調査が許されないのはいうまでもないが、一方この調査が申告納税を担保し適正な課税を実現するための行政手続であることにかんがみれば、質問検査権行使のために、犯則調査の場合のような具体的嫌疑があることまでは必要とせず、申告のない場合または申告の適否を審査すべき合理的必要性のある場合には、質問検査権を行使しうるものと解するのが相当である。

そこで、本件についてこれをみると、成立につき争いのない乙第一〇号証および証人田島久照の証言によると、原告の提出した確定申告書の所得金額欄には、専従者控除額および所得金額のみが記載され、収入金額、必要経費の記載がなく、また、原告は係争年中に不動産を取得しているのに、同業者の所得と比較して申告所得額が寡少であつて、右申告の適否につき調査をする必要があつたため、被告は原告を調査対象に選定し、調査を行なつたものであることが認められ、右認定に反する証拠はない。

したがつて被告の質問検査権の行使には、合理的必要性があつたというべきであり、この点に関する原告の主張は理由がない。

(二)  また、原告は、事前通知を欠く質問検査権の行使は違法である旨主張するが、事前の通知は質問検査権行使の要件として税法上要請されておらず、これをすべきか否かは、当該調査の目的等に照らして勘案決定しうるものと解すべきであるから、納税者に対し事前通知することなく税務調査を行なつたとしても、これをもつて違法ということはできない。よつて、この点に関する原告の主張は失当というほかない。

3  調査対象選定の適否について

原告は、被告が原告をとくに調査対象に選定し、調査を行なつたのは、原告加入の民主商工会の組織破壊を目的とするから違法である旨主張する。

証人菊地保、同中島隆治の各証言を総合すると、荒川税務署においては、昭和四〇年ころ、民主商工会、土建組合等に所属する納税義務者等、過去の経緯にかんがみ円滑な税務調査が必ずしも期待できないと思われる者に対する調査を一つの係に主に担当させ、これらの者についての情報交換をはかり、調査の促進を目指したこと、被告は昭和四〇年七月および九月荒川民主商工会々長に対し、文書で被告の税務行政に協力するよう警告したことが認められるが、このような事実があるからといつて、被告が民主商工会の組織破壊を目的としてその加入者たる原告を調査対象に選定し、調査を行なつたものと断定することができないことはいうまでもない。また、証人厚川栄一は、被告の係官が原告方へ来て、栄一に対し、民主商工会を脱会しなければ徹底的に調査するといつた旨供述するが、右は弁論ならびに同証言の全趣旨に照らしにわかに信用し難く、その他本件全証拠によつても原告の右主張事実を認めることはできない。

かえつて、原告には係争年中に不動産の取得があり、同業者の所得と比較して原告の確定申告額が寡少と認められたため、被告は原告を調査対象に選定したことは前記認定のとおりであるから、この点に関する原告の主張も採用するに由ない。

4  課税の実体的根拠について

原告は、本件更正のうち、総所得金額四一万三七〇〇円をこえる部分は被告の過大認定であつて違法である旨主張するので、以下、この点について判断する。

(一)  本件処分のための被告職員の調査にさいし、原告の家人等の協力が期待できなかつたことは、前記1のとおりであり、成立につき争いのない乙第二、第一二号証、証人石川清、同厚川栄一(一部)の各証言および弁論の全趣旨を総合すると、その後、原告は異議申立ての審理において収支計算書を提出したが、これを裏づける帳簿、原始記録等の呈示は一切なく、説明もなかつたこと、さらに、原告は、審査請求の過程でも、単に毎日の売上金額と毎月の仕入金額を記入した雑記帳を呈示したが、これを裏づける領収証、伝票、レジペーパー等の原始記録、あるいは現金出納帳、仕入帳等の帳簿類は全く備えつけておらず、また、仕入先等も明らかにせず、僅かに経費に関する領収証の一部が呈示されたにすぎなかつたことが認められ、右認定に符合しない証人厚川栄一の証言の一部は前掲証拠に対比して採用できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

してみると、本件は、原告の所得額の算定にあたり、収支計算に必要な帳簿の備えつけが十分でなく、かつ、帳簿の記載内容が不正確なため、原告の所得の実額を把握することは不可能な状況にあつたということができる。したがつて、被告が本件について推計により原告の所得を認定することは適法というべきである。

(二)  そこで、次に、被告が原告の昭和三九年分の総所得金額についてした推計について検討する。

いわゆる資産負債増減法は、旧所得税法四五条三項の定める推計方法であるが、本件においては原告の売上げ、および仕入れの把握が困難な状況にあつたことは前認定のとおりであつて、売上げまたは仕入れの金額を基礎とする推計の方法によることが困難であつたから、資産負債増減法により原告の所得等を推計するのは合理的方法として是認されるものといわざるをえない(なお原告は、被告が本訴訟において、本件更正の際に用いた推計方法と全く異なる資産負債増減法による推計を主張するのは許されないと主張するが、更正において考慮されなかつた事実を更正を正当とする理由として訴訟の過程に至つて新たに主張することが制限されるべき理由はないから、原告の右主張は失当というほかない。)。

(1) そこで、まず、資産の増加となる金額について考察する。

(ア) 宅地購入費  一七八万五九〇〇円

原告が昭和三九年五月二九日原告の住居兼店舗の敷地一九六・四四平方米を代金一七八万五九〇〇円で他から購入したことは当事者間に争いがない。

(イ) 店舗拡張造作費 一四万九七〇〇円

弁論の全趣旨により成立を認める甲第三号証によると、原告の固定資産台帳上、店舗拡張造作費は、一四万九七〇〇円であり、その昭和三九年の償却費は同年中の右資産取得後の期間を一年の一二分の六として計算した結果八四二〇円となることが認められる。

もつとも、成立につき争いのない乙第三号証には、右半年分の償却費が一万六八四〇円である旨の記載があり、被告はこれを基礎にして店舗拡張造作費を二九万九三〇〇円と算定していることが窺われるが、前掲甲第三号証に対比すれば、右償却費は一年分のものであることが明らかであるから、被告の主張は採用できない。

(ウ) 支出生計費   四七万七四一二円

成立につき争いのない乙第四号証によると、昭和三九年における東京都の区部の一世帯(平均構成員数四・四〇人、なお、小数点三位以下四捨五入。)当りの平均消費支出額は、七〇万〇二〇五円(月間五万八三五〇円)であることが認められ、また、証人厚川栄一、同厚川泰の各証言および弁論の全趣旨によると、原告の世帯は原告、妻泰および長男栄一の三名によつて構成されていたことが認められるから、原告の世帯の年間消費支出額は、次の計算式のとおり四七万七四一二円と推計することができる。

700,205÷4.40×3=477,412.50

そして、原告についてこのような平均生計費の適用を不合理とするべき特段の事情があつたとの主張、立証はないから、右のような原告の生計費の推計は合理的なものということができる。

ところで、原告は、原告の世帯では自己の商店のたな卸商品を自家消費しているから、その分に相当する金額を生計費から差し引かれるべきであると主張する。しかしながら、旧所得税法施行規則九条の三によると、居住者がたな卸商品を家事のために消費した場合には、その資産の価額に相当する金額は、消費した年分の事業所得の計算上総収入金額に算入する旨定められているから、資産負債増減法による所得の算定においては、当該金額は生計費に含めて、計算するのが相当であるといわなければならない。

よつて、原告の右主張は失当である。

(2) 次に、負債の増加(資産の減少)となる金額について検討する。

(ア) 普通預金減少額   八万二六一七円

(イ) 普通預金利子収入  一万二二六二円

(ウ) 宅地購入費未払金 七八万五九〇〇円

以上(ア)ないし(ウ)の各事実については、当事者間に争いがない。

(エ) 減価償却費       八四二〇円

前記(1)の(イ)の店舗拡張造作に対する係争年分の減価償却費相当額が八四二〇円であることは、前記認定のとおりである。よつて、この点に関する被告の主張は採用できない。

(オ) 債権減少額

原告は、前記(1)の(ア)の宅地購入代金のうち一〇〇万円は、原告が昭和三七年一一月森下昭吾に貸付けた一一〇万円および謝礼金一万九〇〇〇円、合計一一一万九〇〇〇円を同三九年三月までに同人から返済をうけたうえ支払つたものであると主張する。

なるほど、成立につき争いのない甲第二、第五号証によると、厚川和子名義の定期預金残高が昭和三七年一一月四日現在で五〇万円であつたところ、翌五日には右全額が引き出されていることが認められるがが、右が原告の森下昭吾に対する同日付の貸金によるとの点を立証するに足りる書証はない。また、成立につき争いのない甲第四号証、乙第五ないし第九号証、第一一号証および弁論の全趣旨によると、原告の普通預金口座には、昭和三九年一月一〇日に五〇万円、同年三月二八日に六一万九〇〇〇円の入金があり、右のうち六一万九〇〇〇円の分は、森下昭吾が代表者である有限会社森下建材工務店からの約束手形による入金であることが認められるが、これが森下からの貸付金の返済であることを認めるに足りる書証はない。のみならず、前掲乙第五ないし第九号証によつて認められる原告の預金口座の入出金の状況によると、原告の預金口座への右入金は、いずれも、約一か月の間に引き出されていることおよび原告が前記宅地購入の代金を支払つたとされる昭和三九年五月二九日(この点当事者間に争いがない。)の直前に原告の預金口座から引き出された八二万円は、別の資金源から預け入れられたものであることが推認される。さらに、貸金の返済に充てられたという前記約束手形は、借主とされる森下個人のものではなく、有限会社森下建材工務店の受取手形であること、その額面金額と原告主張の貸付金額とが合致しないことは前認定のとおりであるところ、右差額が利息ないしは謝礼金であるとの原告の主張も不自然であつて、必ずしも首肯するに足らない。そして、この点に関する原告の主張に符合する甲第一号証の記載、証人厚川栄一、同厚川泰の各証言は、原告本人尋問の結果、原告と森下との関係および書証が前示程度のものしかないことなどに照らして、にわかに信用し難く、その他本件全証拠によつても右主張事実を認めるに足りない。

(3) してみると、原告の資産の増減の事由につき、他に格別の主張立証のない本件においては、原告の昭和三九年における総所得額は前記(1)の資産の増加額合計二四一万三〇一二円から前記(2)の負債の増加額合計八八万九一九九円を控除した一五二万三八一三円であると推認するのが相当であり、右認定を左右するに足りる証拠はない。したがつて、原告の係争年分の総所得金額が本件更正における被告の認定額をこえることは明らかである。

三  以上判示の次第で、被告が行なつた本件更正およびこれに附帯する本件決定には、原告主張のような違法がないことが明らかである。

よつて、原告の本訴請求は理由がないから、失当として棄却することとし、訴訟費用の負担について行訴法七条、民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 杉山克彦 加藤和夫 石川善則)

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