大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和42年(行ウ)203号 判決 1969年10月29日

原告 田中戸三郎

被告 杉並税務署長

主文

一、被告が、訴外草分信好に対する滞納処分として、昭和四二年三月二七日付を以て別紙物件目録記載の建物に対してなした差押処分が無効であることを確認する。

二、訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一、当事者の求める裁判

(原告)

主文第一、二項と同旨

(被告)

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第二、請求原因

一、訴外草分信好は、昭和三八年分、および昭和三九年分の所得税合計金二四万二、四〇〇円(加算税、延滞税も含む)を滞納したため、被告により昭和四二年三月二七日付を以て滞納処分として別紙物件目録記載の建物(以下本件建物という)につき差押処分を受けた。

二、しかしながら、右差押処分は次の理由により無効である。

(一)  原告は大工を生業としてきたのであるが、昭和二三年六月頃、原告自らの費用で材料を購入したうえ、自力で本件建物を建築した。

従つて本件建物は、当初から原告の所有に属するものであるが、未登記のまゝ放置していた。

(二)  ところが、偶々隣接家屋に居住し、原告の長女登志枝の夫である前記訴外草分信好は、本件建物が未登記であり、かつ、原告が登記手続等に暗いことを奇貨として、昭和三四年一二月一九日自己名義で保存登記手続をしてしまつた。

しかし、右訴外人による本件建物についての保存登記は何ら実体上の権利を伴わない無効な登記である。従つて、訴外草分の滞納国税債権の滞納処分として原告所有の本件建物に対してなした本件差押処分は無効であるといわねばならない。

よつて、右差押処分の無効確認を求めるため本訴請求に及んだ次第である。

第三、被告の主張

(請求原因に対する答弁)

一、請求原因第一項の事実は認める。

二、同第二項の事実中、本件建物につき訴外草分信好名義の保存登記のなされていることは認め、その余の事実は不知。

(被告の主張)

本件訴旨は、本件不動産は原告の所有であるところ、滞納者である訴外草分信好が擅に自己名義に保存登記を了したものであるから、滞納処分のため本件不動産に対してなされた差押処分は無効であるというにある。

しかしながら、被告は本件不動産が原告の所有であることを争うものであるが、仮りに、原告主張のごとき事実が存するとしても、本件差押処分が無効となるものではない。蓋し、本件不動産には昭和三四年一二月に滞納者所有名義の登記がなされており、被告は昭和四二年三月二七日これを信じて滞納者の所有物件として差押えたものであり、事実は原告の所有であつて、被告が所有権者を誤認したとしても、原告自身、滞納者名義の登記の存することを知りながらこれを長年月放置した事情を勘案すればその瑕疵は外形的にも客観的にも明白なものとはいいえないからである。もし、原告の主張事実が真実であれば、原告はおそくとも昭和四二年八月二一日頃までには本件差押処分のあつたことを知つたのであるから法定の期間内に不服申立をなし、当該処分の取消を求むべきであつたのに、これを怠つたものであり、該処分が形式的に確定し、かつ、前述のごとく無効事由のない以上、原告の請求は棄却さるべきである。

第四、証拠<省略>

理由

一、請求原因第一項の事実は当事者間に争いがない。

そこで本件建物が原告の所有であるか否かにつき検討する。

(一)  証人草分登志枝、同中山しげの各証言および原告本人尋問の結果によると次の事実を認めることができる。

原告は、もと北海道において、大工を生業としていた者であるが、同人の妻が死亡し、長男夫婦の亡きあと同人等の子供二人の養育も思うようにいかなくなつたので、昭和二三年春頃、東京都内在住の長女訴外草分登志枝の厚意により同女の家族(夫は訴外草分信好)と同居すべく上京した。原告および同人の孫二人は、上京後しばらく原告の妹である訴外中山しげのもとに身を寄せていたが、まもなく原告は、長女登志枝家族と同居すべき住居を建築することとし、同じく大工業をし、土地の事情にも明るい前記訴外草分信好に借地を捜させたところ、本件建物の敷地を訴外宇田川隆信から賃借することとなつた。さらに、建築資金として訴外中山しげから約一万円を借用し、右金員と原告の手持金約三万七千円を合わせて建築資材を購入したうえ原告らの労働力と大工の技術を投入して本件建物を建築し、完成させた。

右認定事実によると、原告は、本件建物の所有権をいわゆる加工により原始取得したものと解することができる。

もつとも、成立に争いのない甲第六号証の一ないし四、第七号証の一ないし五、第八号証に証人草分登志枝の証言をあわせ考えると、本件建物の建築に際しては、訴外草分信好の名義で建築申請届および臨時建築等制限規則による許可(及び資材割当)申請等がなされ、右申請に対する許可も右草分信好名義でなされていること、また、本件建物の敷地賃貸借契約も、草分信好の名で締結されていることを認めることができるから、訴外草分信好が本件建物を建築し、その所有権を取得したのではないかとの疑問も生じないではない。

しかしながら、前掲各証拠によると、本件建物の建築資金約五万七千円余は、全部原告が準備していること(原告は訴外中山しげから借用した金員はその後自力で分割弁済している)、建築に際して労働力、建築技術は殆ど原告独りがこれを提供していること、原告が北海道から不案内の東京に出てきた直後のこととて、敷地の賃貸借契約の締結、建築許可申請等の手続も娘婿である草分信好に委ねざるを得ない状況にあつたこと、本件建物の敷地所有者である訴外宇田川隆信も、賃借人の名義を訴外草分から原告に変更するについて特に拒否的態度をとつていないこと等の事実が認められ、右事実に鑑みると、前記疑問も、原告が、本件建物の所有権を原始取得した旨の前記認定を左右するに足りないというべきである。

(二)  ところで、本件建物につき、昭和三四年一二月に訴外草分信好の名義で保存登記のなされていることは当事者間に争いがない。

しかしながら、前記認定のとおり、本件建物は、原告がその所有権を原始取得したのであるから、右保存登記が有効であるためには、原告が訴外草分信好に対し本件建物の所有権を移転した事実がなければならないところ、本件に顕われた全証拠を検討するも右事実を認めることはできない。

却つて、前記認定のとおり、本件建物が建築された経緯に鑑みると、かりに、訴外草分信好が原告から本件建物についての所有権を譲り受けたとすれば、その保存登記をするに際しては、原告の了解のもとにこれをなすべきであると考えられるのに、原告と何らかの話し合いをした形跡は全く認めることができないばかりでなく、むしろ、証人草分登志枝の証言によると、右信好は、原告に保存登記をしたことをかくし、右登記の事実を原告に知られることをおそれていたことが窺われるし、さらに、成立に争いのない甲第一、第二号証及び証人草分登志枝の証言によると、昭和三六年頃、訴外草分信好は、本件建物敷地の一部に木造ルーフィング葺平家建一棟(建坪三七・〇二平方メートル)を建設し、翌昭和三七年には、同人の家族だけが、本件建物から右新築家屋に転入していること、而して、右入居は後記のとおり、原告から再三勧告を受けてこれを実行したものであること、また、右信好は、昭和三七年五月九日、右新築家屋につき自己名義で保存登記した後、相次いで金融の担保として買戻約款付売買契約を締結し、あるいは抵当権、根抵当権を設定しているのに、他方、本件建物については、担保として提供したことがないこと(登記簿上昭和三五年七月七日に売買予約による所有権移転登記の記載があるが昭和四二年四月二六日錯誤により抹消されている。)が認められるところ、これらの事実によると、訴外草分信好自らも本件建物の所有者が原告であることを認めていたと推測され得るのである。

(三)  さらに、原告本人尋問の結果により真正に成立したと認める甲第三号証および原告本人尋問の結果によると、昭和三三年六月二〇日、訴外草分信好は、本件建物が原告の所有であることを認める旨の文書を作成したことを認めることができる。もつとも、同訴外人が同文書中、本件建物についてなされた信好名義の保存登記は、これを抹消する旨の文言の記載のあることが認められるところ、右文書の作成された当時は、まだ本件建物の保存登記のなされていないときであるから、右文書の記載内容は一見理解に苦しむものと言わざるを得ない。しかし、原告は、かねてより、本件建物の建築申請届建物敷地の賃貸借契約等が、すべて訴外草分信好名義でなされていることを知つて、不安を感じ、同訴外人に対し、屡々建築申請届の名義を原告に変更すること(もつとも、この点は不必要であり、無意味な要求であつて、原告の誤解に基づくものと解せられる)、また、本件借地人の名義を原告に変更すること、また、同訴外人が、速やかに本件建物の敷地の一部に別棟の居宅を建て、同訴外人の家族全員を新居宅へ移転させるよう要求していたが、同訴外人が、原告の意の如く行動しないばかりか、大酒をのみ、借金をするなど身持ちがよくないので内心不満を抱いていたところ、偶々右文書の作成した日時頃の夜半、同訴外人が酩酊状態で帰宅し、酔余原告に対し暴言をはくので、原告はこのままでは、本件建物は同訴外人の所有になつてしまい、原告の権利がうやむやになつてしまうのではないかというおそれの余り、同訴外人に対し前記内容の文書の作成を命じたものと認めることができるのである。

そうだとすると、右文書のうち、理解困難な部分は、原告の無知により記載されたものと解することができるのであつて、文書の内容全体からすれば原告が同訴外人に対し、本件建物が原告の所有に属することを認めさせ、同訴外人も原告の右主張を認容したものと認めることができるのである。

以上の次第で、本件建物は、登記簿上、訴外草分信好名義の保存登記がなされてはいるけれども、その登記は無効であり、原告の所有に属するものと認めるのが相当である。

二、被告は本件建物が仮に原告の所有だとしても、本件差押処分に際して、被告は、登記簿上、本件建物には昭和三四年一二月に滞納者である訴外草分信好の所有名義で保存登記がなされていることを確認したものであり、従つて、本件滞納処分の瑕疵は客観的にも外形的にも明白とはいえないから右瑕疵を無効事由とすることはできないと主張する。

そこで検討するに、滞納処分の対象となる財産は、滞納処分の第一段階である差押時において滞納者の所有に属する物件であることを要し、第三者の所有財産を処分の対象とすることはできない。徴収職員が差押の対象となる財産が第三者所有の財産であるのに、その認定を誤つて滞納者に帰属する財産として滞納処分手続を進め、公売処分が完結しても、これにより右第三者は、当該差押財産の所有権を喪失するものではなく、競落人は所有権を取得することができないものと解すべきである(もつとも公売処分における競落人が民法第一九二条にいわゆる即時取得により所有権を取得し、その反面として右第三者がその物件の所有権を失う場合は別である。)。そして不動産についていえば、滞納者の所有に絶対に帰属していない第三者所有の不動産を誤つて滞納者の所有として差押え、これに基づいてなされた公売処分は、目的不動産の所有権を競落人に取得させる効果を生じないとする意味において常に無効と解すべきであつて、このような処分の瑕疵は、外見上明白であると否とにかかわらず、また公売処分の完結をまつまでもなく当然に当該滞納処分の右の意味における無効原因を形成するものといわなければならない。

よつて、被告の右主張は採るを得ない。

三、以上の理由により、本件建物が原告の所有に属するにもかかわらず、被告がこれを訴外草分信好の所有物として、同訴外人に対する滞納国税債権の滞納処分として右建物に対してなした本件差押処分は無効というべく、結局原告の本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 緒方節郎 小木曾競 山下薫)

(別紙物件目録省略)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例