大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和42年(行ウ)209号 判決 1973年6月26日

原告 大口サク

被告 目黒税務署長 岩淵正紀 外三名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  原告の昭和三九年分所得税について、被告が昭和四〇年八月九日付でした更正および過少申告加算税の賦課決定を取り消す。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

との判決

二  被告

主文同旨の判決

第二原告の請求原因

一  本件処分の経緯

1  原告は、住所地でうどん、そば等の飲食店を営むいわゆる白色申告者であるが、昭和四〇年三月一五日被告に対し、昭和三九年分の所得税について、総所得金額を三一万三、九六九円、税額を六、四〇〇円とする確定申告をしたところ、被告は、同年八月九日右総所得金額を一二〇八、三一五円、税額を一八万三、〇五〇円とする更正(以下「本件更正」という。)および過少申告加算税八、八〇〇円の賦課決定(以下「本件決定」という。)をした(以下、右両処分を合わせて「本件処分」という。)。

2  原告は、本件処分について異議の申立ておよび審査請求をしたところ、裁決によつて、本件更正のうち総所得金額一〇六万七、〇一一円、税額一四万六、七〇〇円をこえる部分および本件決定のうち税額七、〇〇〇円をこえる部分は取り消された。

二  本件処分の違法事由

しかしながら、被告の本件処分は、次の事由により違法である。

1  税務署長の行なう納税者の所得調査は、納税者に対する具体的納税義務の確定権が税務署長にあることを前提とするが、申告納税方式をとる所得税法においては、納税者に自主申告による納税義務の確定権が与えられているのであるから、税務署長が確定権を取得するのは、納税者が該確定権を適法に行使しなかつたときに限られる。したがつて、税務署長の右確定権を前提とする調査権も、確定申告書の提出期限前には存在しないから、かかる時期に行なわれた調査は違法である。本件において、被告は、原告の昭和三九年分所得税につき、確定申告期限前の昭和四〇年二月中に所得の調査を行なつたから、この調査は違法であり、したがつて、このような違法な調査に基づいてされた本件処分も違法なものというべきである。

2  被告の行なつた質問検査権の行使は、旧所得税法(昭和四〇年法律第三三号による改正前の所得税法、以下「旧所得税法」という。)六三条所定の要件を欠き、違法なものであつて、このような違法な調査に基づく本件処分も違法である。すなわち、

(一) 質問・検査の対象となる者は、同条各号所定の者であることを要し、納税者本人については、同条一号に該当する者であることを要するところ、同号にいう「納税義務者」とは、申告または賦課決定によつてすでに具体的納税義務が確定し、かつ、納付等によりこれがいまだ消滅するにいたらない者を指し、「納税義務があると認められる者」とは、抽象的納税義務が発生し、いまだ確定しない者、すなわち法定申告期限を経過したのに申告せず、または、申告が過少である者を指すものと解すべきであり、また、納税者の取引先等については、同条三号に該当する者であることを要し、同号によれば、第一号に掲げる者に金銭や物品の給付をする義務があつたと認められる者等でなければならないから、結局、質問検査権は、納税者に対しても、その取引先等に対しても、法定申告期限後でなければ行使することができない。

本件において、被告は、申告期限前にこれを行使したのであるから、該質問検査権の行使は、違法である。

(二) また、同条によれば、質問・検査は「所得税に関する調査について必要があるとき」に限り行なうことができる旨定められているところ、右の「調査について必要があるとき」とは、申告期限までに納税者による申告がない場合または申告が適正でない合理的な疑いのある場合をいうものと解される。本件において被告が申告期限前に行なつた原告に対する質問検査権の行使は、かかる要件を欠くことが明らかであるから、違法である。

3  納税者に対する所得調査を全面的に行なうことができるのは、申告期限までに申告のない場合に限るのであつて、申告のある場合には、該申告が不適法であると疑うに足りる合理的な理由のある範囲内でのみ、かつ、かかる理由を被調査者に告知したうえで行なわれるべきものであるところ、被告は、原告に対して、申告期限前に全面的調査をしたうえ、前記のような理由の告知もしなかつたのであるから、このような調査は違法であり、かかる違法な調査に基づき行なわれた本件処分も違法である。

4  調査に基づかない更正および更正通知書に調査に基づく更正である旨の附記を欠く更正は、いずれも違法というべきところ、本件更正は適法な調査に基づかず、かつ、その更正通知書に同更正が調査に基づくものである旨の附記がないから、いずれにしても違法である。

5  本件処分は、憲法二一条によつて保障されている原告らの結社の自由を侵害するものであるから、違憲、違法である。すなわち、被告は、原告の所属する目黒民主商工会を敵視し、これに介入して組織の破壊または弱体化を図り、中傷、脱退工作、調査、更正・決定等により右意図を実現しようとした。原告に対する本件処分も、被告が右意図を実現するためにとつたさまざまな行為の一環として行なわれたものであつて、まさに原告および前記商工会の結社の自由に対する侵害行為にほかならない。

6  本件処分において、被告は、後記のとおり原告の売上金額を過大に、経費を過少に認定しているから、本件処分には総所得金額の認定を誤つた違法がある。

三  よつて、本件処分の取消しを求める。

第三請求原因に対する被告の認否および主張

一  請求原因に対する認否

1  請求原因一の事実はすべて認める。

2  請求原因二の事実のうち、被告が、原告の昭和三九年分の所得税について、その申告期限前である昭和四〇年二月中に調査を行なつたことおよび原告が目黒民主商工会に所属することは、いずれも認めるが、その余の点はすべて争う。

二  被告の主張

1  事前調査の適法性

(一) 申告納税制度は、納税者の善意・誠実を前提とし、かつ、納税者自身が信頼し得る会計帳簿をもち、法に従つて適正な課税標準を計算し申告することができることを前提とするところ、原告のように、法定の帳簿書類の作成保存義務のない白色申告者で、かつ、現金商売を行なう納税者については、必ずしも適正な確定申告書の提出を期待できないこともあるから、そのような場合には、確定申告書の提出期限前であつても、将来提出される確定申告書の当否について検討すべき資料等の調査を行ない、その結果に基づいて当該申告が法規に適合するよう指導相談が行なわれる必要があり、そうすることによつて始めて申告納税制度は補完され、維持され得るのである。また、国税通則法および旧所得法は更正の基礎となる調査をする時期についてなんら規定せず、調査の手続、基準、範囲、方法等についても制限する規定を設けていないが、これは、税務調査の対象となる課税要件事実が、多種多様の企業あるいは人々に年間を通じて連続して、あるいは断続的に発生する無数の法律的あるいは事実的行為ないし現象であり、また、その認識方法が極めて専門技術的性質を有し、かつ、税務調査を現在の課税庁における限られた人員と時間の下に大量的、回帰的に行なう必要があることに鑑みて税務調査の時期が当該課税庁の合目的的裁量に委ねられていることを示すものにほかならないと解される。したがつて、課税庁は、申告期限前であつても必要のあるときは、税務調査を行ない得るものというべきである。

(二) 被告は、本件においては、次のような事情により、申告期限前に原告およびその取引先等の調査を開始したものである。すなわち、

(1)  原告の昭和三八年分の所得について、原告が東京都から支払いをうけた収用補償金の申告もれが認められたので、これを調査する必要があつたが、右調査と並行して、現金商売である原告の営業の帳簿・書類の記録や保存状況がどうなつているかを把握しておく必要があつた。

(2)  原告の昭和三九年分の所得税については、すでに歴年は経過していたので、原告の帳簿記録等の保管状況、営業の態様等からみて、なるべく早い時期に正確な所得金額を把握しておく必要があつた。

2  更正の基礎となるべき調査の存在

被告所属の係官は、原告の昭和三八年分および三九年分所得税の調査のため、昭和四〇年二月三日以降数回にわたり原告の店舗に臨み、収支の内容および帳簿書類の記帳の有無等につき質問検査を行なつたが、原告は、これに対して終始応ずることなく、調査を拒んだので、被告はやむえず、原告の取引銀行および仕入先を調査して仕入金額を把握し、これから同業者の平均的差益率によつて売上金額を推計し、また、雑収入および特別経費は調査によつて把握した結果、右売上金額に同業者の平均的所得率を乗じて所得金額を算出し、右金額に雑収入を加算し、特別経費および事業専従者控除を減算して原告の事業所得金額一二〇万八三一五円を算定して、本件更正を行なつた。

3  課税の根拠

(一) 納税義務者の会計帳簿の備付けが不十分なことなどのため、所得の把握が著しく困難もしくは不可能な場合には、推計課税が許されるものというべきところ、原告は、所得認定の資料として出前帳(一部欠帳の期間がある。)、取引先よりの納品書、請求書、領収書、当座小切手帳控、当座預金入金帳、普通預金通帳を提出したにとどまり、所得の実額の算定に必要な諸帳簿、原始記録等の資料を提出しなかつたので、被告は、原告の昭和三九年分の所得金額を推計により算出したものである。

(二) 原告の昭和三九年分の総所得金額は、次のとおり一五一万二、七三九円である。

(1)  売上金額 八九八万五、八九五円

(ア) 麺類 四〇一万三、三四〇円

麺類を原告方で製造し販売するために使用したそば粉、各種小麦粉の数量は、別表の「消費袋数」欄記載のとおりであり、これによる製造食数は、同表の「製造食数合計」」欄記載のとおり五万四、二六〇食である。また、原告方で製造せず、他から仕入れた麺類の売上量は、冷麦五〇〇食、うどん一、一五五食(うち一二月分は六〇食)、中華麺二五五食であり、その合計は一、九一〇食である。したがつて、麺類総売上食数は五万六、一七〇食となる。

原告所持の出前帳には一部欠帳の期間があるが、それによると、麺類の売上食数は、三万七、一四一食、売上金額は二六五万三、九六〇円であるから、麺類一食当たりの平均単価は七一円四五銭である。

したがつて、麺類売上金額は、右平均単価に前記総売上食数を乗じて算出すると、四〇一万三、三四〇円となる。

(イ) 米飯類 二四三万五、二五〇円

昭和三九年中に販売の用に供した米の数量は、一万七、三六五合であり、米一升から米飯類一一食がとれる(審査請求における原告の申立てによる。)から、前記米の数量からは、一万九、一〇〇食とれることになる。

ところで、原告所持の前記出前帳によると、米飯類の売上食数は九、六九八食、売上金額は一二三万六、九三〇円であるから、米飯一食当たりの平均単価は一二七円五〇銭である。

したがつて、米飯類売上金額は、右平均単価に総売上食数を乗じて算出すると、二四三万五、二五〇円となる。

(ウ) 酒類清涼飲料 二八万〇、六八〇円

当年中の仕入本数に売上単価を乗じて算出すると、原告の酒類清涼飲料の売上金額は、次のとおり二八万〇、六八〇円となる。

表<省略>

(エ) 酒、ビールの肴 五万五、六二〇円

原告所持の前記出前帳に記載された昭和三九年八月分の売掛実績によると、酒類の肴の売上金額は、酒二二本に対し六二〇円、ビール三五本に対し一、〇六〇円であり、いずれも一本当り約三〇円となる。また、当年中の仕入本数は、酒八七〇本、ビール九八四本であるから、酒類の肴の売上金額は、右仕入本数に前記の一本当り肴売上金額を乗じて、算出すると、五万五、六二〇円となる。

(オ) 煙草 二一七万七、二七〇円

(ワ) 煙草附属品 二万三、七三五円

(2)  売上原価 四八六万一、七五〇円

右は、原告が審査請求において主張した金額であるが、仮に右金額が認められないとしても、原告の売上原価は、次のとおり五〇六万〇、三一七円である。

項目      金額

期首たな卸額   一万九一〇〇円

仕入     五一四万九二七四円

期末たな卸額  一〇万八〇五七円

差引売上原価 五〇六万〇三一七円

(3)  必要経費 二四六万三、六二〇円

右は、原告が審査請求において主張した金額であるが、仮に、右金額が認められないとしても、原告の必要経費は、次のとおり金二一三万七、二四五円である。

項目       金額

公租公課         六五三五円

水道光熱費     四一万三三二七円

旅費通信賢      三万〇〇〇〇円

広告宣伝費      七万八四〇〇円

接待交際費     一〇万七四九二円

火災保険料      一万四六四〇円

修繕費        六万九一四〇円

消耗品費      二八万九四二五円

福利厚生費      四万九〇二〇円

諸会費        五万七七八〇円

器具備品費      一万九〇三〇円

支払手数料        七〇〇〇円

雑費         九万一五六〇円

建物以外の減価償却費 九万二六〇五円

雇人費       五六万八七五〇円

建物減価償却費    三万八七三七円

地代家賃       六万三〇〇〇円

支払い利息     一四万〇八〇四円

合計     二一三万七二四五円

(なお、以上の数値は、いずれも原告の審査請求のさい添付された収支計算書および原告の申立てに基づいたものである。)

(4)  雑収入 二万四八一四円

(5)  専従者控除額 一七万二六〇〇円

(6)  所得金額 一五一万二七三九円

原告の総所得金額は、前記の(1) から(2) 、(3) 、(5) を各控除し、(4) を加算して算出すると、一五一万二、七三九円となる。

仮に、前記の(2) 、(3) について被告の予備的主張によるとしても、原告の所得金額は、一六四万〇、五四七円となり、いずれにしても、右課税標準の範囲内で行なわれた本件処分は適法というべきである。

第四被告の主張に対する原告の認否および反論

1  被告の主張1および2は争う。

2  被告の主張3の(一)は争う。

3  被告の主張3の(二)の事実(総所得金額)について

(一)  同(1) の(ア)のうち、そば粉、小麦粉の消費袋数、他から仕入れた冷麦、中華麺、一二月分のうどんの各売上量は認めるが、その他の点は否認する。

なお、麺類の製造食数は、一袋につき、そば約一八〇食、うどん約二〇〇食、中華約一八〇食であるから年間製造食数は四万八九六〇食をこえることはなく、仕入製品についても、一月にうどんを仕入れたことはないから、売上食数は、仕入れたそば粉、小麦粉を完全にロスなく使用し尽くしたとしても最大限四万九、七七五食である。しかも、製造されたうどん、そばの中には、そば玉、うどん玉で売られる部分があつて、当時そば玉は一個二〇円、うどん玉は一個一五円で売られており、かつ玉売りは現金売りのため出前帳には記載されないから、これを含めて計算すると、麺類一食あたり七一円四五銭の平均単価は過大である。さらに、製品中屑や売れ残り等として一日平均一〇食、年間営業日数三二四日分三、二四〇食が廃棄されるほか、うどん粉のうち天ぷら衣用として使用されるものが一日平均約五玉分、年間一、六二〇食分に達するから、被告主張の売上食数は誤りである。したがつて、原告の麺類の売上金額は、年間二九三万七、三七九円をこえることはない。

(二)  同(1) の(イ)のうち、販売の用に供された米の数量、米飯一食当たりの平均単価は認めるが、米一升から米飯類一一食がとれるとの点、したがつて、これに基づく米飯類売上食数、売上金額はいずれも否認する。

一升の米からとれる米飯は、たかだか一〇・五食であるから、米一万七、三六五合からは一万八、二三三食がとれ、一食平均一二七円五〇銭とすると、米飯類の年間売上金額は二三二万四、七〇七円である。

(三)  同(1) の(ウ)のうち、酒、サイダー、ジユースの売上金額は認めるが、ビールについては否認する。

ビールの仕入れは年間三六箱にとどまるから、その売上金額は一二万九、六〇〇円である。したがつて、酒類清涼飲料の売上金額は二六万二、六八〇円となる。

(四)  同(1) の(エ)の事実は資料がないため不明、(オ)、(ワ)の事実は認める。

(五)  したがつて、原告の昭和三九年中の総売上金額は七七八万一、四五四円をこえない。

(六)  同(2) 、(3) 、(6) の事実は争い、同(4) 、(5) の事実は認める。

なお、同(2) 、(3) 中の売上原価、必要経費に関する被告の予備的主張は、(1) 原処分におけるそれとは異なる金額の主張であり、また、(2) 被告の故意または重大な過失により時機に後れて提出された攻撃・防禦方法であつて、このため訴訟の完結を遅延させるものであるから、却下されるべきである。

第五右に対する被告の反論

原告は、売上原価、必要経費に関する被告の予備的主張は、時機におくれて提出されたものであつて、訴訟の完結を遅延させる旨主張するが、被告の右主張は、売上原価および必要経費についての従前の主張額を補足したに過ぎないものであるから、時機におくれた主張とはいえないうえ、すでにその一部(期首・期末たな卸額、主材料・煙草の仕入金額)については原告の認否が終了しており、争いのある部分についても書証(乙第八ないし第一〇号証)によつて容易に立証できるのであるから、被告の右主張を審理することにより本件訴訟の完結が遅延するとはとうてい考えられないものである。また、仮に、右の主張・立証が時機におくれたものとしても、この点につき被告に故意または重過失のないことは従前からの訴訟経過に照らして明らかである。

第六証拠関係

本件訴訟記録中の書証録中の書証目録<省略>および証人等目録<省略>記載のとおりである。

理由

一  請求原因一(本件処分の経緯)の事実は、当事者間に争いがない。

二  そこで、本件処分に違法事由があるか否かについて判断する。

1  事前調査等の適否について

申告納税方式を採る所得税については、質問検査権は、法定の申告期限後に行使されるべきことを本則とするが、調査についてとくに必要があるときは、例外的に申告期限前にもこれを行使し得るものと解するが相当である。

思うに、旧所得税法六三条は、質問検査権の行使の時期をとくに限定することはなく、「所得税に関する調査について必要があるとき」にはこれを行使し得るものと規定しており、実際にも、例えば、納税者の帳簿書類の作成・保存が期待できないため、申告期限後ではその所得の把握が困難となる場合や、季節的営業とか現金取引を主とする営業において、その取引当時の現況を調査しないと営業の実体や帳簿書類の正確性を把握し得ない場合もあることは否定できないから、いかなる場合にも法定の申告期限後でなければ質問検査を行ない得ないものとすることは相当でない。したがつて、同条は、質問調査の時期の点を含めて、これをすべき合理的必要性のあるとき、その行使を許す趣旨に解すべきであり、ただ、納税者の申告により税額が自主的に確定されることを原則とする申告納税方式のもとにおいては、自主的課税を行なうための当然の前提として、いわゆる白色申告の場合も、納税者がみずから所得を算出するに足るある程度の帳簿書類を作成・保存することが期待されているのであるから、課税庁としては、申告期限前には質問検査権行使の必要性を欠くのを通常とし、これを許すべき場合は例外に属するといえよう。

また、同条は、質問検査権の行使の対象となる者を「納税義務者」「納税義務があると認められる者」等と定めており、原告は、この規定の文言を根拠として申告期限前の質問検査は許されないと解すべきであると主張する。しかしながら、同法における「納税義務者」の文言は、同法一条の納税義務者に関する規定の趣旨に副つて解釈するのが法解釈の常道であるばかりでなく、この質問検査の対象に関する規定は、明治三二年法律一七号による改正後の所得税法三四条に淵源を有する規定であつて、同条に「納税義務アリト認ムル者」のほかにとくに「納税義務者」の文言が挿入されるに至つた立法の経緯(第一三回帝国議会貴族院特別委員会速記録第一号、昭和三二年一月一二日参照)および前記のように事前調査を必要とする場合があることに鑑みるならば、旧所得税法六三条の「納税義務者」、「納税義務があると認められる者」は、これを、旧所得税法の定めるところにより所得税を納める義務があり、または、あると認められる者、すなわち、所得税の課税期間たる暦年中の所得が同法の課税最低限を越えることにより、その年分の所得税の納付義務があり、またはあると認めるべき相当の理由のある者を指称すると解すべきであつて、この文言の故に申告期限前の質問検査がすべて排除されているものと考えるのは相当でない。したがつて、また、取引先等に対する質問検査権の行使も申告期限前にはすることができないとする原告の見解も失当である。

そこで、これを本件についてみると、被告が原告の昭和三九年分の所得税に関して原告ないしその取引先等に対する調査を法定の申告期限前に行なつたことは、当事者間に争いがないところ、<証拠省略>によると、原告方では、そば、うどん類の飲食店の営業の性質上、日々現金による販売が大きな部分を占め、また、店舗における売上げは、大口昭子が毎日レジペーパーを集計してノートに記載するほか、出前による売上げは、出前帳に記載し、経費については領収証、納品書等を保存していたが、原告らは、右ノート等の帳簿書類は、確定申告が済んだのちは保存する必要はないものと考え、その保存について配慮しておらず、現に、昭和四一年二月以降に行なわれた原告の審査請求についての審理のさいにも、原告は、昭和三九年分の売上げ算定の資料となるレジペーパーおよびこれを集計したノートをすでに紛失して係官に提出することができず、僅かに、出前帳の一部と領収証類を提出し得たにとどまつたこと、前記調査に当たつた税務係官は、原告の前年分の所得税申告に所得の計上もれの疑いがあつたことからみて、本件年分についても原告に正しい申告は期待できないものと考え、両年分あわせて調査したことを認めることができ、右認定に反する証拠はない。してみると、原告の昭和三九年分の所得金額を実額により把握することは、その申告期限後の調査をもつてしては帳簿書類の散逸のため成果を期待できないことが明らかであるから、申告期限前に調査を行なう合理的必要があつたものということができる。

もつとも、<証拠省略>中には、同係官がいわゆる事前調査を行なつたのは、当時過年分の所得の調査を行なうさいには、申告期限の到来しない翌年分の所得調査をも合わせて同時に行なうのが一般的であつたことによる旨の部分があるが、右は上司の指示により調査を担当した一係官の認識にすぎないことは<証拠省略>により明らかであり、調査に当たつた係官の内心の動機がそうであつたとしても、原告には客観的に前記のような事前調査の必要性が存在したのであるから、これをもつて前記判断の妨げとなるものということはできない。

そして、このように、原告の本件年分の所得全般について調査の必要性がある以上、原告主張のように、調査の範囲が限定されるべき理由はない。また、税務係官が調査の必要性について被調査者に告知すべき義務があると解すべき根拠もない。

よつて、法定の申告期限前の質問検査権の行使による調査を違法とする原告の主張は失当というほかない。

2  更正を行なうに必要な調査の有無等について

(一)  被告が原告の昭和三九年分の所得税に関して、原告およびその取引先等に対する調査を行なつたことは、当事者間に争いがないところ、<証拠省略>によると、被告は右調査に基づき本件更正を行なつたことが認められ、右認定に反する証拠はない。よつて、本件更正が調査に基づかないとの原告の主張は、理由がない。

(二)  次に、原告は、被告が行なつた本件更正の更正通知書には、同更正が調査に基づくものである旨附記されていないから違法であると主張する。しかし、国税通則法二八条二項により、更正が国税庁または国税局の職員の調査したところに基づいて行なわれた場合に、その旨更正通知書に附記すべきことが要求されているほかは、調査に基づく更正である旨の附記を必要とすると解すべき根拠はないから、原告の右主張は、失当というほかない。

3  結社の自由に対する侵害の無有について

原告が目黒民主商工会(以下「目黒民商」という。)に所属することは、当事者間に争いがない。そして、<証拠省略>を総合すると、被告は、昭和三八年二月ころ、目黒民商の各会員に対し、同会の事務局員等が被告の調査を妨げたことなどを理由に、同会員たる納税者が今後同会の事務局を介さずに、みずから被告に対し納税相談を行なうよう要望する旨の文書を送付したほか、同三九年九月、目黒民商会長宛に、同会が以後調査の妨害を行なわないよう文書で警告するとともに、同会々員に対し、目黒民商が調査妨害等を行なつているが、その言い分にまどわされることなく調査に協力してほしい旨要望する文書を送付したこと等の事実が認められる。しかしながら、原告の昭和三九年分の所得税に関し被告の調査が必要であつたことは前記認定のとおりであり、また、本件処分には、後記認定のように処分をすべき実体上の根拠があつたことに鑑みるならば、以上認定のような被告と目黒民商との間の経緯があつたというだけでは、被告が目黒民商の破壊ないし弱体化を意図して原告に対する前記調査ないし本件処分を行なつたということができないのはいうまでもない。

なお、<証拠省略>中には、被告が目黒民商会員に対し同会の脱退を勧告したり、同会会員に対しとくに入念な調査や高圧的な態度をとつた旨の部分があり、また、<証拠省略>中には、被告係官が原告の取引先に対し、原告が目黒民商会員だから調査をしたり更正をしたりした旨述べたと聞いたとの箇所があり、さらに、<証拠省略>中にも、被告の係官が同女に対し、民商会員はどうせでたらめな申告をするから事前調査をするのだと云つた旨の供述部分があるが、以上は、いずれも、その証言および弁論の全趣旨ならびに<証拠省略>に照らして採用することができない。その他、この点に関する原告の主張を認めるに足りる証拠はない。

よつて、原告の結社の自由侵害の主張は、採用するに由ないものである。

4  課税の実体的根拠について

原告は、本件更正における原告の総所得金額の認定は過大であつて、違法である旨主張するので、以下この点について判断する。

(一)  <証拠省略>によると、被告の係官岡田幸は、昭和四〇年二月三、四日ごろから同月末日にかけて数回にわたり原告方を訪れ、原告ないし家人らに対し昭和三九年中の原告の営案内容、取引先等について質問し、帳簿書類の呈示方を求めたが、原告らは、右調査が申告期限前の違法なものであることなどを理由にこれを拒んだことが認められ、右の帳簿の呈示要求等の点についての認定に反する<証拠省略>は前掲各証拠および弁論の全趣旨に照らして採用できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。また、<証拠省略>ならびに弁論の全趣旨を総合すると、その後、原告は審査請求の審理において収支計算書を提出したが、これを裏づける帳簿、原始記録としては、一部欠帳のある出前帳、取引先からの納品書、請求書、領収書の各一部、当座小切手控帳ぐらいしかなく、レジペーパー等の原始記録あるいは現金出納帳等の帳簿類は全くなかつたことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

してみると、本件については、原告の所得額の算定にあたり、収支計算に必要な帳簿、書類の備えつけ、保存が十分でないうえ、原告の所得税の調査について原告の協力が得られないため、原告の所得の実額を把握することが不可能な状況にあつたということができる。したがつて、被告が本件について推計により原告の所得を認定したことは適法というべきである。

(二)  そこで、原告の総所得金額について検討すると、次のとおりに認められる。

(1)  売上金額 八八六万二、九八一円

(ア) 麺類 三九六万四、〇四六円

原告が麺類を製造して販売するために消費したそば粉および各種小麦粉の数量が、別表の「消費袋数」欄記載のとおりであることは、当事者間に争いがない。

そこで、まず、これらの粉一袋から何食分が製造されるかについてみると、<証拠省略>を総合すると、控え目にみて、そばは、そば粉と小麦粉とを同割合で混合した場合、そば粉ないし小麦粉一袋(二二キログラム。以下同じ。)当たり二〇〇食(そば粉のみを基準とすれば一袋当たり四〇〇食)、うどんは小麦粉一袋当たり二二〇食、中華そばは小麦粉一袋当たり二一〇食製造できること、

右は製造過程等で出る肩や廃棄分を差引いた数字であること、麺類では料理の種類によつて麺の使用量に差をつけることは通常しないことを認めることができ右認定に反する<証拠省略>は、前掲各証拠に対比して採用できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。そこで、原告が昭和三九年中に消費した前記袋数に右の一袋当たりの製造食数を乗じて原告の総製造食数を算出すると、五万五、一九〇食となる。しかし、<証拠省略>を総合すると、原告方では前記の消費小麦粉のうち、一日当り五食分程度を天ぷらの衣用として消費していたことが認められるところ、弁論の全趣旨によると、原告の営業日数は、年間三二四日であつたことが認められるから、結局一年間で天ぷら衣用に消費した小麦粉は、一、六二〇食分となる。したがつて、原告方における麺類料理の総製造食数は、右の天ぷら衣用分を控除すれば、五万三、五七〇食と推計するのが合理的である。

また、原告の仕入れによる冷麦、うどん、中華麺の売上量のうち、冷麦、一二月分のうどん、中華麺の各売上量がそれぞれ五〇〇食、六〇食、二五五食であつたことは当事者間に争いがなく、<証拠省略>によれば、原告が昭和三九年一月四日から同月三一日までの間に合資会社南京軒から一、〇九五食のうどんを仕入れたことが認められ、右認定に反する<証拠省略>は前掲証拠に対比して採用できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はないから、原告の仕入れによる麺類の売上量は一、九一〇食である。したがつて、原告の麺類の総売上食数は、製造によるものと仕入れたものとを合算すると、五万五、四八〇食となる。ところで、原告の出前帳によると、麺類の売上食数が三万七、一四一食、売上金額が二六五万三、九六〇円であつて、麺類一食当たりの平均単価が計算上七一円四五銭であることは、弁論の全趣旨に鑑み当事者間に争いがない。ところが、原告は、原告の売上げの中にはうどん玉、そば玉で売られる部分があり、これらは出前帳には記載されないから、前記の出前帳の平均単価を売上げ全体について及ぼすことは相当でない旨主張し、右主張に副う証拠として、<証拠省略>があるが、右は、弁論および証言の全趣旨ならびに原告が前認定のとおり他店よりうどん玉、そば玉等の仕入れをしていることなどに照らしてにわかに措信し難く、他に右事実を認めるに足る適切な証拠はない。

したがつて、麺類の総売上金額は、右平均単価に前記の総売上食数を乗じて、三九六万四、〇四六円と推計するのが合理的である。

(イ) 米飯類 二四三万五、二五〇円

原告が昭和三九年中に販売の用に供した米の数量が一万七、三六五合であること、米飯一食当たりの平均単価が一二七円五〇銭であることは、当事者間に争いがない。

そして、<証拠省略>によると、原告は、米一升から米飯一一食分をとつていたことが認められ、右認定に反する<証拠省略>は前掲証拠に対比して採用できず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。してみると、前記の販売用の米の数量からは、おおむね被告主張の一方九、一〇〇食とれることになるから、前記の平均単価をこれに乗じて、米飯類売上金額を二四三万五、二五〇円とした被告の推計は合理的ということができる。

(ウ) 酒類、清涼飲料 二六万二、六八〇円

原告の昭和三九年の酒、サイダー、ジユースの各売上金額がそれぞれ八万七、〇〇〇円、一万九、二〇〇円、二万六、八八〇円であつたことは当事者間に争いがない。

原告の同年のビールの売上金額については、一二万九、六〇〇円の範囲で当事者間に争いがないが、同売上金額が右金額を上廻り、一四万七、六〇〇円であるとの被告の主張事実は、本件全証拠によつてもこれを認めることはできない。

よつて、原告の酒類、清涼飲料の売上総額は、二六万二、六八〇円となる。

(エ) 酒、ビールの肴

被告は、原告の昭和三九年における酒、ビールの肴の売上金額、が五万五、六二〇円である旨主張するが、本件全証拠によつても右事実を認めることはできない。

(オ) 煙草およびその附属品 二二〇万一、〇〇五円

原告の昭和三九年中の煙草の売上金額が二一七万七、二七〇円であり、その附属品の売上金額が二万三、七三五円であることについては、当事者間に争いがない。

(2)  売上原価 四八六万一、七五〇円

<証拠省略>によると、原告の昭和三九年中における売上原価は四八六万一、七五〇円であることが認められ、<証拠省略>をもつてもいまだ右認定を左右するに足らず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

(3)  必要経費 二一一万五、六六七円

<証拠省略>を総合すると、原告の昭和三九年中の必要経費、は、次のとおり二一一万五、六六七円であることが認められる。

公租公課         六五三五円

水道光熱費     四〇万一三八九円

旅費通信費      三万〇〇〇〇円

広告宣伝費      七万八四〇〇円

接待交際費     一〇万七四九二円

火災保険料      一万四六四〇円

修繕費        六万九一四〇円

消耗品費      二八万九四二五円

福利厚生費      四万九〇二〇円

諸会費        五万七七八〇円

器具備品費      一万九〇三〇円

支払手数料        七〇〇〇円

雑費         八万一九二〇円

建物以外の減価償却費 九万二六〇五円

雇人費       五六万八七五〇円

建物減価償却費    三万八七三七円

地代家賃       六万三〇〇〇円

支払利息      一四万〇八〇四円

合計      二一万五六六七円

(なお、原告は、被告の必要経費に関する予備的主張は原処分における認定と異なるから違法である旨主張するが、原処分において考慮されなかつた事実を原処分を正当とする理由として訴訟の過程にいたつて新たに主張することが制限されるべき理由はないから、原告の右主張は失当である。また、原告は、被告の同主張が時機に後れて提出された攻撃・防禦方法である旨主張するが、被告の同主張は、昭和四六年一一月二日の第二一回口頭弁論において提出されたものであつて、本件弁論の経過に鑑み、いまだに時機におくれたものということはできないばかりでなく、このため訴訟の完結を遅延させるべきものということもできないから、原告の右主張も採用するに由ない。)

(4)  雑収入     二万四八一四円

(5)  専従者控除額 一七万二六〇〇円

原告の雑収入および専従者控除額がそれぞれ二万四、八一四円、一七万二、六〇〇円であることは、当事者間に争いがない。

(三)  してみると、原告の昭和三九年中における総所得金額は、前記(二)の(1) から(2) 、(3) 、(5) を各控除し、(4) を加算して算出すると、被告主張の一五一万二、七三九円を上廻り、被告の本件処分における認定額を下らないことは明らかであるから、本件処分には、原告の総所得金額を過大に認定した違法はないものといわなければならない。

三  以上判示の理由により、被告が行なつた本件更正およびこれに附帯する本件決定には、原告主張のような違法がないことが明らかである。

よつて、原告の本訴請求は理由がないから、棄却することと

訴務月報十九巻一二号 二〇八

し、訴訟費用の負担について行訴法七条、民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 杉山克彦 加藤和夫 石川善則)

別表<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例