東京地方裁判所 昭和42年(行ウ)86号 判決 1971年4月21日
原告 星侑
右訴訟代理人弁護士 田平宏
同右 渡辺隆
同右 原慎一
被告 国税庁長官 吉国二郎
右指定代理人検事 高橋正
<ほか四名>
理由
第一当事者双方の申立
(原告)
「被告が原告に対し昭和四一年三月二四日付官総七―六六をもってなした税理士懲戒処分を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求めた。
(被告)
主文と同旨の判決を求めた。
第二原告の主張
(請求の原因)
一 原告は昭和三三年八月八日税理士の登録を受けて同年九月頃東京税理士会に入会し、その後東京都北区滝野川四丁目において税理士の業務を営むものであるが、被告は原告に対し昭和四一年三月二四日付官総七―六六号をもって四ヶ月間税理士の業務を停止する旨の懲戒処分をなし、同年四月二日その通知書を原告に送達した。
原告は右処分を不服として同年五月二〇日付をもって被告に対し異議の申立てをしたが、被告から昭和四二年三月三一日付をもって右異議の申立てを却下する旨の決定があり、同年四月六日その通知書を受領した。
二 しかしながら、右懲戒処分は事実の誤認に基づくものであって、違法な瑕疵がある。
(抗弁に対する答弁)
一 被告主張一の(一)の事実のうち、原告が小町園において酒食をともにしたことは認めるが、その経費の点は不知、その余は否認する。
原告が小町園において酒食をともにしたのは東京エアゾル化学株式会社(以下、東京エアゾルという。)の経理担当黒丸幸治の電話連絡により東京エアゾルが従前から税務署職員の定期異動の際に行なう恒例の歓送迎会であるとして出席を乞われ、世間一般に行なわれる会合のこととて、特段に拒否する理由もなかったばかりでなく、むしろ、これに出席した宮川晃および清水政孝が旧知の間柄にあったからにすぎない。被告は右会食が税務署職員に東京エアゾルの物品税の課税標準の調査、決定等に関し将来とも便宜有利な取扱いを託する趣旨でなされた旨を主張するが、東京エアゾルが物品税と必然的に関連を有する法人税を措いて物品税だけについて税務署職員から有利便宜な取扱いを受けられるはずがなく、また、物品税自体についても製造業者、販売業者等に法律上詳細な記帳義務が課され、これに違反したときは罰金または科料をもって臨むことになっていて、その違反摘発のためには各国税局、各税務署が常に検査資料の蒐集に努め、全国的規模で相互に通報しあって随時に照合検査をするほか、検査項目全般にわたる検査をするので、税務署職員の目こぼしによる脱税の余地は全くないのであって、原告は税務署に三八年間在職した経験から右のような実情を十分に知っていたから、被告主張のような趣旨の会合をともにするわけがない。のみならず、原告は当時東京エアゾルの税務顧問として税務通達等を基礎とした経理方法の指導に当り、納税上の通常事務には一切関与していなかったうえ、人物が堅すぎるとの理由でその経理担当の黒丸幸治らから敬遠されていたこともあって年二、三回しか出社しなかった位であるから、税務署職員を供応する意思などありようがなかったものである。なお、物品税課税のため納税義務者に対する調査、決定をなす権限は国税収納金整理資金事務取扱い規定による「国税収納命令官または代理国税収納命令官」にだけ認められているものであるから、税務署の間税課員に対しては物品税に関する請托が成立するいわれはない。
二 被告主張の一の(二)の事実は告認する。
三 被告主張の二の点は争う。
第三被告の主張
(請求の原因に対する答弁)
原告主張の一の事実は認めるが、二の事実は否認する。
(抗弁―処分の根拠)
原告主張の懲戒処分は以下の理由を備えるものであるから、適法である。
一 原告には次の非行があった。すなわち、原告は、
(一) 東京エアゾルの経理担当黒丸幸治とともに目黒税務署の新旧間税課長歓送迎会の名目で昭和三四年七月二八日頃同税務署間税課長(大蔵事務官)清水政孝および同課消費税係職員全員(九名)ならびに東京国税局間税部酒税課勤務の大蔵事務官宮川晃および世田谷税務署間税課勤務の大蔵事務官鈴木賢吉を東京都品川区所在料停「小町園」に招待し、東京エアゾルの物品税の課税標準の調査、決定等に関し将来とも便宜有利な取扱いを托する趣旨で芸妓接待を伴う一人当り約六、二〇〇円(車代を含む。)相当の酒食の供応を行ない、
(二) 同年八月一〇日頃東京エアジゾルの物品税調査を担当した目黒税務署間税課勤務の大蔵事務官佐瀬盛義、同岡部和恒および同川野智男に便宜有利な取扱いを托する趣旨で同人らを小町園に誘い、一人当り約二、二〇〇円(車代を含む。)相当の酒食の供応を行なった。
二 そして、原告の右各所為は税理士の信用または品位を害するものであって税理士法三七条に違反するから、被告は同法四六条一項、四四条二号に基づき原告を右懲戒処分に付したものである。
なお、税理士法三七条が禁止する「税理士の信用又は品位を害するような行為」の概念は税理士の職責ならびに社会的地位に照らし(同法一条、四条、二四条等参照)、社会通念によって判断さるべきであって、単に税理士法その他の法規に直接違反する行為に限定されるものではない。
第四証拠関係≪省略≫
理由
一 原告が昭和三三年八月八日税理士の登録を受けて同年九月頃東京税理士会に入会し、その後東京都北区滝野川四丁目において税理士の業務を営むものであること、被告が原告に対し昭和四一年三月二四日付官総七―六六号をもって四ヶ月間税理士の業務を停止する旨の懲戒処分をなし、同年四月二日その通知書を原告に送達したこと、原告が右処分を不服として同年五月二〇日付をもって被告に対し異議の申立てをしたが、被告から昭和四二年三月三一日付をもって右異議の申立てを棄却する旨の決定があり、同年四月六日その通知書を受領したことは当事者間に争いがない。
二 そこで、右懲戒処分の適否を判断する。
≪証拠省略≫をあわせ考えると、以下の事実を認めることができる。
(一) 原告は永年税務署に勤務して昭和三三年六月品川税務署長を最後に退官したものであるが、税理士開業後同年八月には東京エアゾルの税理顧問となり、税務会計指導のため月二、三回位出社していた。
そして、東京エアゾルにおいては、その経理担当の社員黒丸幸治が納税事務を円滑に進める目的でかねてから所轄の目黒税務署の職員と懇意となるため、その異動等の機会をとらえて歓送迎会等の会合を催して、その接待に努めていたが、昭和三四年七月同税務署の間税課長が交替することとなったので、同税務署職員との懇親を深め、併せて物品税調査等に関し便宜の取扱いを托する趣旨で、かつては後記新旧両課長の上司であった原告の同席のもとに、右両課長の歓送迎会を催すこととし、役員の承諾を得たうえ、同月二八日右税務署間税課の新任課長清水政孝および旧任課長宮川晃に消費税係の現職員(大蔵事務官)九名および旧職員一名を加えた合計一二名を東京都品川区所在の料亭「小町園」に招待し、同所において芸妓接待を伴う一人当り約六、〇〇〇円相当(手土産代および車代を含む。)の酒食の供応をした。
原告は黒丸の依頼により、右歓送迎会の趣旨を知りながら税理士たる立場を省みず、これに出席して右酒食の供応に加担した。
(二) 原告は同年八月一〇日頃、目黒税務署間税課勤務の大蔵事務官佐瀬盛義、同岡部和恒および同川野智男が物品税調査のため東京エアゾルに赴いた際、税理士たる立場にありながら、同人らを小町園に案内し、同所において昼食として社会的儀礼の限度を超える一人当り約二、〇〇〇円(車代を含む。)相当の酒食を供応した。
そして、≪証拠判断省略≫、右に認定した原告の各行為はこれを税理士法一条の規定する税理士の職責に照らし、健全な社会通念にしたがって判断するときは同法三七条の禁止する「税理士の信用又は品位を害するような行為」に該当する。もっとも、原告の右各行為は税理士としての特定の業務に直接関係があるわけではないが、さような点はこの場合問題とするに足りない。
なお、原告は右(一)の新旧間税課長歓送迎会に出席したのは世上一般に行なわれる会合のこととて、出席を拒否する理由がなく、また、両課長が旧知の間柄にあったからにすぎない旨を主張するが、かりに、原告の右会合出席の理由がその主張のとおりであったとしても、さようなことで、原告の右会合出席が正当化されるいわれはない。
また、原告は東京エアゾルが物品税につき税務署職員から有利便宜な取扱いを受け、もしくは目こぼしに与る余地はないからこれを知っている原告が前記認定の趣旨で右(一)の会合に加わるわけがなく、また東京エアゾルの納税上の通常事務に関与せず、東京エアゾル出社の回数も少なかった原告が税務署の職員を供応する意思などありようもなかった旨を主張するが、この点に関する前記認定を覆して原告の右主張を採用し難いことはさきに説示したとおりである。そして、この場合、税理士の信用又は品位の失墜行為の存否を確定するについては右供応による前記趣旨の請托が客観的に意味を有するか否かは、さして問題にならない(なお、この点に関連して、原告は税務署の間税課職員には物品税課税のため納税義務者に対する調査決定をなす権限を有しなかった旨を主張するが、当時税務署間税課の職員たる大蔵事務官は収税官史として物品税の納税義務者に対し質問検査をなす権限を付与されていた。旧物品税法((昭和三七年三月三一日法律第四八号による改正のもの))一七条参照。)
以上の次第であるから、原告の右各行為につき税理士法四六条一項、四四条二号を適用してなされた本件懲戒処分は適法であるというほかない。
三、よって、これに瑕疵があることを前提に、その取消しを求める原告の本訴請求は理由がないものとしてこれを棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 小木曽競 裁判長裁判官駒田駿太郎裁判官山下薫は転補のため署名押印をすることができない。裁判官 小木曽競)