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東京地方裁判所 昭和43年(ヨ)1653号 決定 1970年7月31日

債権者 同和信用組合

債務者 国

訴訟代理人 青木康 外八名

主文

1  本件仮処分申請を却下する。

2  訴訟費用は債権者の負担とする。

理由

第一当事者双方の求める裁判

一  債権者の求める裁判

「1 債務者が東京都千田区大手町第二合同ビル東京国税局内に同局管理のもとに所持する別紙目録(一)及び(二)記載の各物件を謄写した物件のすべてを債権者の申立てにより東京地方裁判所執行官の保管に付する。

2 東京地方裁判所執行官はその保管にかかる右物件を債務者に閲覧または謄写させてはならない。」

二  債務者の求める裁判

「本件仮処分申請を却下する。」

第二当事者双方の主張

一  申請の理由

(一)  申立人信用組合について-別紙(一)の第一記載のとおり。

(二)  本件差押処分-同第三記載のとおり。

(三)  本件差押処分の違法性-同第四記載のとおり。

(四)  ゼロツクスの使用による完全な複写物の作成とその違法性

(1)  債務者国は本件差押処分後、別紙目録(一)目の各物件について、ゼロツクスを使用して完全な複写物を作成し、現に東京国税局内に同局管理のもとにこれを所持している。(なお、本件差押えにかかる別紙目録(一)(二)記載の各物件自体は昭和四三年五月二二日までに順次還付された。)

(2)  債務者が、差押物件のすべてにわたつてゼロツクスにより原本と寸分変らない完全な複写物を作成してこれを保有することは臨検・捜索・差押許可令状による差押処分の範囲を逸脱した違法な行為である。国税犯則取締法第二条に基づく差押えは、収税官吏が犯則事件の証憑となる物件等の占有を強制的に取得する処分であり、それにつきるものである。ところが、債務者は、犯則嫌疑事件と全く無関係な多数の物件を差押えたばかりでなく、その差押物件のすべてについてゼロツクスによる完全な複写物をとつたのである。差押物件について、ゼロツクス等でその原本と全く同一の複写物をとつてこれを保有するということは、差押物件を閲読してその内容を記憶にとどめ、あるいはその必要部分を手写しする等の行為とは全く異質の行為である。後者においては差押物件の内容が人の記憶や手写した人の行為を介して記憶や手写物に移転する。しかるに、前者においては差押物件はそのまま寸分ちがわない内容と形態で当局の手に保有されるのである。とくに銀行帳簿などの差押物件としての意義は、その記載内容それ自体にあるのであつて、物としての帳簿は三文の価値もない。ゼロツクスによつて完全な複写物を保有することは、差押物件そのものをその原形において盗むことであり、帳簿の全価値をその手中におさめることである。それは、差押物件の永久的保有つまり物件の最終的な移転と同じ結果を生むのであつて、単純な占有の一時的移転をはるかにこえている。それは差押許可処分の許容する範囲をこえており、別個の法益を侵害するものと考えざるをえない。ゼロツクスによる複写と複写物の保有は違法である。ましてや、本件犯則嫌疑事件と関連がない差押物件に関するゼロツクス等による複写ならびに複写物の保有が違法であることは多言を要しない。

(五)  本案請求権

そこで、次に述べるように、債権者は、債務者に対し、別紙目録(一)(二)記載の各物件を謄写した複写物の返還または廃棄を求める請求権を有する。すなわち、

(1)  所有権に基づく返還ないし廃棄請求権

信用業務の特徴より見た場合、別紙目録(一)(二)記載の各物件の所有権の円滑な効用は、その内容の秘密が債権者のためにも顧客のためにも保障されるところにある。ところが、前記のとおり、これが違法にもち去られ、ゼロツクスによる完全な複写物を債務者が保有し、右複写物によつて債権者の全顧客との取引の内容の秘密が債務者の手中にあることは債権者の死活が債務者に握られていることと同じである。これら物件の原本それ自体の占有は、すでに債権者に返還されたとはいえ、それはせみの脱けがらに等しく、実体は依然として債務者の手中にあるといつても過言ではない。これは、右物件が通常の不動産、有体動産ではなく、帳簿類であることに鑑み、右物件に対する債権者の所有権を根本的に侵害し、このゼロツクスによる複写物が債権者の手中に戻るかあるいは廃棄されるまで債権者の右物件の所有権の円滑な効用の侵害が継続するのである。

よつて債権者は、債務者に対し、別紙目録(一)(二)記載の物件を謄写した物件の返還ないし廃棄を求める請求権を有する。

(2)  営業上の支配権ないし営業権に基づく返還ないし廃棄請求権

公的信用機関としての債権者の業務は別紙目録(一)(二)記載の帳簿類を骨幹として手形の割引・貸付等の授信業務、預金の受入れ等の受信業務よりなつているが、信用は過去の取引の正確な記録により裏付けられ、過去の取引の記録は、他に漏洩しないという保障のもとに保存・累積されるものである。そして、債権者は右公的業務を支配管理するものである。ところが、債務者は、違法に右帳簿類のゼロツクスによる複写物を作成保持し、もつて債権者の業務上の秘密を侵害し、これによつて債権者の支配する業務の全体系に対する侵害を継続中である。

ところで、債権者は、営業所の使用、帳簿等の所有権、職員との間の雇傭契約、組合員等の顧客等との間の債権債務等々の法律関係の上に統一的に形成された支配権を有するというべきであるが、前記のような営業それ自体に対する侵害に対しては右支配権に基づき物上請求権に準じて妨害排除の請求をなしうる筈である。

かくて、債権者は、営業上の支配権ないし営業権それ自体に基づく妨害排除請求権として、債務者の所持する前記複写物の返還ないし廃棄を求める請求権を有する。

(3)  民法七二三条に基づく引渡ないし廃棄請求権

民法七二三条は、不法行為に対する救済方法は金銭賠償によるという原則に対する例外として、名誉毀損の場合には「名誉ヲ回復スルニ適当ナル処分」つまり原状回復を命じうることを定めている。すなわち、名誉毀損のような不法行為にあつては、金銭賠償のみをもつてしては被害者の蒙つた財産的、精神的損害の十分な填補は不可能な場合が珍しくなく、他面、名誉毀損にあつては、金銭的賠償以外の当該事案に適切な処分によつて最も効果的に損害の回復をなしうる場合が多いことに基づくものである。なお、右に「名誉」とは、「各人が其品性・徳行・名声・信用等ニ付キ世人ヨリ相当ニ受クヘキ声価ヲ云ウモノナリ」(大判明39・2・1民録12、二二六)とされ、要するに人の社会的評価全体を指称するものであつて、営業上の利益・信用等が含まれることは勿論である。

また、法人その他の団体・組合等についてもその社会的評価が考えられ、したがつて、これらに対する名誉毀損が成立することについても異論がないと考える。「名誉ヲ回復スルニ適当ナル処分」としては、従来もつぱら新聞・雑誌等を通じてなす謝罪広告・取消広告等が利用されてきたが、勿論法文上これに限られるものではなく、謝罪状の交付、公開法廷での謝罪その他当該事案の性質上原状を回復するために考えうる最も適切かつ効果的な方法がとられるべきである。

ところで、本件の場合、犯則嫌疑事件とは本来全く無関係なぼう大な差押帳簿・書類のすべてについてゼロツクスによる完全複写物を作成し、これを自己の支配下に掌握した債務者の行為により、債権者が信用を第一義とする金融機関として蒙りかつ蒙りつつある社会的信用の毀損は想像を絶するものがある。債権者が蒙つた金融機関としての信用失墜は想像を絶するものがあり、その損害は莫大なものである。そして、右損害は、金銭賠償のみをもつてはとうてい回復し難いものであつて、公開の謝罪と共にゼロツクスによる帳簿・書類の完全複写物の引渡もしくは廃棄処分が絶対必要であり、極めて効果的な損害回復の手段である。

よつて、債権者は、債務者に対し、民法七二三条に基づき、「名誉ヲ回復スルニ適当ナル処分」として帳簿・書類の複写物の引渡ないし廃棄を求める請求権がある。

(六)  本件仮処分の必要性

債務者の手中に別紙目録(一)(二)記載の各物件のゼロツクスによる複写物が保管されていることにより、全預金者(組合員)や全取引先の秘密が国税当局の掌握するところとなつた結果、債権者の信用は急速に低下し、預金の引出し、出資金の引上げ、取引の解約等によつて、債権者の営業は深刻な危機的な打撃を受けつつある。さらにゼロツクスによる複写を累加して、これを管下の税務署に配布し、もつて具体的な犯則事件と何等関係なかつた多数の組合員、取引先に対し、新たな徴税攻撃を加え、債権者の営業の中心である債権者の信用を現実的に破滅的に低下させるおそれがある。

二  債務者の主張

(一)  本件仮処分の不許性

行政事件訴訟法四四条によれば、行政庁の処分その他公権力の行使にあたる行為については民事訴訟法に規定する仮処分をすることができないとされている。しかるに、債権者が、すでに還付されている別紙目録(一)(二)記載の各物件(かつて本件差押物であつたもの)の複写物(本件差押物の残像)につき返還請求権があると主張することは、とりもなおさず、右原本の本件差押えがいまだ終了せず継続中であるという主張をしていることになるから、本件仮処分申請は、結局仮処分によつて公権力の行使たる差押えの効力の停止を求めることに帰し、不適法である。

また、行政庁の権限行使を予め抑止するような仮処分は右規定によりすることができない仮処分に当たると解される。ところが、国税犯則嫌疑事件についての収税官吏の調査は右四四条にいうところの「公権力の行使に当たる行為」に該当し、いま、本件申請どおりの仮処分が行なわれるとなると、折角収集しえた前記犯則嫌疑事件のための証憑が収税官吏の手から取り去られてしまい、同官吏の前記犯則嫌疑事件に関する調査権の行使が阻害されることになるから、本件仮処分が許されないことはいうまでもない。

(二)  申請の理由について

(1)  申請の理由(一)について

1 前段部分について

債権者が、中小企業等協同組合法に基づいて設立された信用組合であつて、申請の理由(一)記載のように東京都内に本店と七支店を有する法人であることは認めるが、その余は不知。

2 後段部分について争わない。

(2)  申請の理由(二)について

昭和四二年一二月一三日、債権者の本店に対しては東京国税局収税官吏木場初が、債権者の上野支店に対しては東京国税局収税官吏小林一誠が臨検・捜索・差押えの各処分を行なつたことは認めるが、その「経緯と収況」は別紙目債務者の主張第二、第三記載のとおりである。

(3)  申請の理由(三)について

債権者の主張は争う。別紙(二)債務者の主張第四記載のとおりである。

(4)  申請の理由(四)について

本件差押処分後、債務者において別紙目録(一)(二)記載の物件についてゼロツクスをとつたものもあること、同目録記載の物件を既に債権者に返還したことは認めるが、その余は争う。債権者は、債務者の機関のゼロツクスによる差押物件複写行為を違法と主張するけれども、それは適法である。すなわち、

債権者はゼロツクスによる複写と手写しとの間には大きな差異があるというけれども、果たしてそうであろうか。債権者もいわれるように、銀行帳簿などの差押物件としての意義は、その記載内容それ自体にあるのであるからゼロツクスによらずとも手写しによつても差押物件とそのまま寸分違わない内容を他の紙に現出することは十分可能である。そうすると、活字とか筆蹟とかを閲する検証の対象としてならともかく、記載内容の意味そのものを問題にする場合ならゼロツクスによる複写と手写しによる複写との間に差異があるとは到底思われない。債権者は手写しによる複写行為までも違法とはいつていないようであるが、右に述べたように、ゼロツクスによる複写行為も手写しによる複写行為と同視できる以上、債権者の論理からすれば、ゼロツクスによる複写行為もまた違法とはならないであろう。

そもそも、差押物件の複写物を作成することは国税犯則取締法自体禁じていないばかりか、証拠保全の措置として当然容認されるべきである。本件にあつては別紙目録(一)(二)記載の各物件をすべて還付すみであるが、これは、当初から不用なものを差押えしたり差押物件が証拠として無用になつたから還付したのではなく、差押物件を調査の結果、本件犯則嫌疑事件の証拠として差押えを継続する必要のある物件についてのみ特に債権者の営業上の都合と犯則嫌疑事件調査上の必要の双方を考慮し、債務者の機関は、その複写物をゼロツクスによつてとり、その複写物の上に債権者から原本と相違なき旨の証明を得て保管し、原本は債権者に還付する措置をとつた次第である。

以上述べたところよりすれば、ゼロツクスによる複写行為に何らの違法の点も存しないことは明らかであり、また複写が適法である以上、その複写物の保有も違法となることはない筋合である。

(5)  申請の理由田について

(イ) 所有権に基づく返還ないし廃棄請求権-債務者の機関のゼロツクスによる差押物件複写物の保有によつて、債権者は自己の所有権が侵害されていると主張する。しかし、ゼロツクスによる複写の適法なことは先にみたとおりであり、複写は複写物の保有を前提としてなされるものであるから、複写が適法である以上、その複写物の保有も違法となることはない筋合である。債権者はゼロツクスによる完全な複写物を債務者が保有することにより、本件差押物件たりし債権者の帳簿類の所有権の円滑な効用が継続的に侵害されるというが、どのような効用の侵害があるのか債権者の説明では納得できない。返還された差押物件は債権者において自由に利用できるのみならず、複写物は債務者の所有物であつて、複写物の所有は原本の所有利用と矛循するものではない。また、仮に何らかの効用の侵害の継続があるとしても、先にも述べたように債務者の機関がゼロツクスによる複写物を作成し、かつ保有することは国税犯則取締法上の証拠を保全するために必要であり、同法に照らして適法なことであるから、それは債権者の受忍の限界内のことであるといわねばならない。

したがつて、債権者の所有権に基づく物上請求は理由がないものというべきである。

(ロ) 営業上の支配権ないし営業権に基づく返還ないし廃棄請求権-そもそもいうところの営業上の支配権ないし営業権なるものが実定法上の権利として認められるかどうか極めて疑問である。のみならず、本件差押えが適法であり、かつその複写も複写物の保有も適法である以上、債権者としては債務者に対し、複写物の返還も廃棄も請求できるものではない。

(ハ) 民法七二三条に基づく引渡ないし廃棄請求権-債権者は、債務者の機関の行為により債権者の名誉(信用)が毀損されたというが、名誉毀損の内容が明らかでないだけでなく、どのような損害が発生したかを明らかにしていない以上、民法七二三条を援用して債権者主張の複写物件の引渡し・廃棄も求められないと解すべきである。

以上述べたように、債権者主張の本案請求権はすべて存在しない。

(6)  申請の理由(六)について

そもそも、本件のような仮処分申請に対しては民事訴訟法に規定する仮処分が許されないことは先に述べたが、仮にそのような類型の仮処分が許されるとしても、もしも申請どおりの仮処分が行なわれれば前記犯則嫌疑事件の正当な調査が全く妨害されることとなるのに対し、債権者が蒙るという著しい損害ないし急迫な強暴は何等具体性のないものである。債権者の営業上においても、業界の信用面においても、債権者の主張するような「複写物の所持により深刻な危機的打撃をうけつつある」事実は全くないことが明らかである。

したがつて、本件仮処分の必要性は全くない。

第三当裁判所の判断

一  本件仮処分申請の適否-債権者の求める仮処分は行政事件訴訟法(以下行訴法という。)四四条に抵触するから本件仮処分申請は不適法であるという債務者の主張について

(一)  事実関係

昭和四二年一二月一三日東京国税局収税官吏が三和企業有限会社等に対する国税犯則嫌疑事件につき東京簡易裁判所裁判官の許可状を得て債権者の本店および上野支店において別紙物件目録(一)(二)記載の各物件を差押えたこと、しかし、右別紙物件目録(一)(二)記載の各物件は現在すでにすべて債権者に還付されていることは、当事者間に争いがない。

けれども、本件審理の結果によれば、右差押え後還付までの間、右別紙物件目録(一)(二)記載の各物件はすべてゼロツクスにより複写され、現在債務者が複写物を保有していることが一応認められる。

本件仮処分申請は、右ゼロツクスによる複写物につき債権者の求める裁判欄記載の仮処分を求めるものである。

(二)  本件仮処分申請の適法性

1 行訴法は行政庁の公権力の行使に関する不服の訴訟として、直接行政庁の公権力の行使そのものの法適合性ないし効力を争い、これについて裁判所の判断を求める「抗告訴訟」という訴訟形態を認めているが、このことは公権力の行使の法適合性ないし効力を争うためには原則として抗告訴訟にのみよらしめ、民事訴訟ないし当事者訴訟(行訴法四条、三九条-四一条)にはよることができないものとしているとみるべきであり、(但し無効等確認の訴えについては行訴法三六条参照)したがつて、民事訴訟や当事者訴訟と抗告訴訟とは、原則として排他的な関係に立ち、後者の訴訟形態によるべきものとされたものについては、前者の訴訟形態によりえないと解される。

この関係は、公権力の行使にあたる行政庁の行為に対する暫定的救済制度にも反映し、抗告訴訟の対象となる行政庁の行為については、これを対象とする抗告訴訟を提起し、行訴法の定める執行停止の手続によつてのみその効力・執行または手続の続行を停止することができ、民事訴訟(行訴法一三条、一六条にいう関連請求として行訴法の定める手続で審理されるものおよび人事訴訟手続法七条により本来の人事訴訟事件との併合審理が許されている損害賠償請求訴訟を含む)や前記当事者訴訟を本案とする民事訴訟法(以下民訴法という。)の定める仮処分手続によつては本案の訴訟形態のいかんを問わず公権力の行使にあたる行政庁の行為の効力(たとえそれが表見的なものに過ぎないかも知れないとしても)、執行または手続の続行を停止することが許されない。行訴訟四四条は右のことを規定したものである。

2 しかしながら、行訴法四四条の「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為については民事訴訟法に規定する仮処分をすることができない。」という文言と民訴法七五八条1項によれば「裁判所ハ其意見ヲ以テ申立ノ目的ヲ達スルニ必要ナル処分ヲ定ム」べきものとされ、したがつて、債権者が求める仮処分の具体的内容を仮処分申請書等に掲記しても裁判所はこれに拘束されることなく仮処分申請の趣旨の範囲内で相当な内容の仮処分を発令すべきものとされていることをあわせ考えると、仮処分申請の趣旨の範囲内で相当な内容の仮処分を発令するとはいつても行訴法四四条に牴触することなしには保全の目的を達しうる仮処分を発令する余地がない申請であると解される場合は格別、債権者がその求める裁判として申請書等に掲げている仮処分の具体的内容自体がかりに行訴法四四条に抵触し発令を許されないものであつても、直ちに仮処分申請自体が不適法となるわけではないと解すべきである。

3 ところで、本件の場合はどうであろうか。

前に述べたように、別紙物件目録(一)目記載の各物件は、国税犯則嫌疑事件を調査のため差押えられたものであるが、右各物件はすでに債権者の許に還付されている以上、右差押物件を被差押者たる債権者の意思に反してもこれを留めおくことができるという差押えの効力はすでに消滅しているというべきであつて、右各物件のゼロツクスによる複写物につき債権者申請のような仮処分をしても差押えの効力を否定することにならないことは多言を要しない。

また、本件申請どおりの仮処分が発令されれば、収税官吏が右複写物を調査の用に供することができなくなり、その結果調査の方法が事実上制約されることになることは予想できるが、調査権の行使が先に述べた行訴法四四条の「処分その他公権力の行使」に当たるかどうかはしばらくおき、かりに当たるとしても、本件申請にかかる仮処分は調査権の行使自体の効力、執行、手続の続行を停止し調査権の行使を阻止するものではない(したがつて他の方法による調査も可能である)から、債権者の求める仮処分の具体的内容自体行訴法四四条に抵触するものとはいえない。

4 したがつて、本件仮処分申請は適法である。

二  被保全権利の存否

そこで、被保全権利の存否について順次検討する。

(一)  所有権に基づく返還ないし毀滅請求権について

別紙物件目録(一)(二)記載の各物件が債権者の所有であることについては当事者間に明らかな争いがないが、右各物件自体についての所有権の効力がゼロツクスによる右各物件の複写物に及ぶとは解されない(また、右複写物自体の所有権を債権者が取得したという主張も疎明もない)から、債権者がゼロツクスによる右各物件の複写物につき所有権に基づく返還ないし毀滅請求権を有するとは認められない。

(二)  営業上の支配権ないし営業権に基づく返還ないし毀滅請求権について

いわゆる「営業上の支配権」ないし「営業権」なるものも、結局は営業主体の所有権・占有権・債権・人格的権利特許権等個々の権利を総称するものに過ぎず、それ自体物権的支配力を有するものではなく、債権者は「営業上の支配権」ないし「営業権」に基づく妨害排除請求権を有しない(したがつて、営業に対する侵害に対しては右各個別的権利に基づき救済を求めるほか、具体的営業利益の侵害として不法行為に対する救済を求めれば足りる)のではないかという疑問があるのみならず、本件においては、別紙物件目録(一)(二)記載の各物件の差押えにより債権者の業務に支障をきたし、営業上の信用を失墜したことは一応認められるが、右各物件がすでにすべて債権者に返還された(したがつて、これらを債権者の営業の用に供しうることは容易に推認でき、右に述べた意味での業務の支障はなくなつた)現在も、ゼロツクスによる右各物件の複写物が債務者の手中にあることにより具体的に債権者の営業上の信用が害され、営業妨害が存在することを認めるにたりる疎明資料はない。

したがつて、債権者が、「営業上の支配権」ないし「営業権」に基づく返還ないし毀滅請求権を有するとも認められない。

(三)  民法七二三条に基づく返還ないし毀滅請求権について

たしかに、国税犯則取締法による差押えは犯則嫌疑事件の調査を目的としてなされるのであるから、差押処分に違法があれば差押物件をゼロツクスにより写しとつてこれを保有する行為に違法性が受けつがれることになるとみることができよう。

しかしながら、本件差押えが違法、ひいてはゼロツクスによる差押物件の複写物の取得・保有が違法であるかどうかはしばらくおき、債務者が本件ゼロツクスによる複写物の取得ないし保有の違法であることを認識しながらあえてこれを取得ないし保有したことを認めるに足りる疎明資料はないし、また差押処分の違法が差押物件をゼロツクスにより写しとつて保有する行為に受けつがれるかどうかは困難な法律問題であるから、差押えに重大かつ明白なかしがあることが認められる場合はともかく、差押えに重大かつ明白なかしがあるという疎明がない(本件の場合、全疎明資料をもつてしても差押えに重大かつ明白なかしがあることを一応認めるに足りない。)以上、ゼロツクスによる複写物の取得ないし保有の違法性につき認識しなかつたことにつき過失があるということも困難である。

そうすると、その余の点について判断するまでもなく、民法七二三条に基づく返還ないし毀滅請求権成立の余地はない。

三  結論

結局、本件仮処分申請は、被保全権利の疎明がないことに帰し、保証をもつて疎明に代えることも相当でないので、これを却下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 長井澄 小笠原昭夫 根本真)

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