東京地方裁判所 昭和43年(レ)68号 判決
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〔判決理由〕そこで、控訴人が被控訴人に対してした解約申入につき、正当事由が存したか否かにつき判断する。
まず控訴人側の事情について検討するに、<証拠>によると、次のような事実が認められる。
控訴人は、戦前、当時の東京都荏原区で歯科医を開業しており、昭和一三年ころ、世田谷区玉川奥沢町の借地上に、本件家屋を含む四軒の貸家を建築し、その後その敷地を買取つたが、昭和二〇年五月の空襲により焼け出されたため、郷里の宮崎市に引越し、その後、同所でマーケットの一部を買取り歯科診療所を開業し今日に至つた。しかし、控訴人は明治三一年二月五日生れで、体力的にも技術的にも歯科医としての仕事に難渋し、そのうえ宮崎の診療所に戦後の急造建物ですでに老朽化、外見も粗末なため、患者の数および収入が減少してきた。一方控訴人の長男は東京都内で間借り生活をしながら調理士として働いており、次男忠和は、昭和三九年八月歯科医の国家試験に合格し、日本大学で助手をするかたわら、他の歯科医院に勤めているが、兄と同様都内で間借生活をしているので、控訴人としては、かかる状況のもとにおいて、自己の老体をいたわり、子供達の住宅問題を解決するため、東京に復帰し、自己の所有である本件家屋敷地に歯科医院を新築し、忠和とともに歯科医の仕事をしたいと切望し、忠和もそのことを希望している。以上のように認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。
次に、本件家屋の現状につき検討するに、<証拠>を総合すると、次の事実を認めることができる。
本件家屋は、昭和一三年ころ主要構造材、内部造作材として松、杉の並材、その一部に古材を用いて建築され、その構造、材質よりしてその耐用年数は三〇年ないし三二年と推定され、したがつて建築後三〇年余を経過した本件解約申入当時には耐用年数は尽きていたか、それに近い状態であつた。また、本件家屋の腐朽損傷率は、昭和三一年七月二七日当時においてすら全体の約九〇パーセントに達しており、その主要な点についてみるに、(1)建物脚部、土台については、別紙図面(イ)点、(ニ)点附近の土台および東側部分の(ヘ)点から(ト)点に至る部分の土台が、いずれも腐食損壊し、(2)屋根については、大棟、鬼瓦、平瓦、瓦敷、野地板、雨樋等が破損または滅失し、(3)外壁の下見板張り、窓庇等に損傷個所が多く、また上部小壁の漆塗にも損傷のあとが見られる、そして本件家屋は、建築後今日に至るまで建物の主要構造部の修繕はなされたことがないため、風速三〇ないし四〇メートル程度の暴風、一日一五〇ミリ程度の雨量、震度六以上の地震に対処できるようにするためには、(1)基礎の全部をコンクリート造りとする。(2)土台、床組その他軸組材は約三分の二を取替える。(3)全部の柱三二本のうち二〇本を取替える。(4)屋根は棟木、母屋、束、梁など約三分の二を取替える。(5)内部造作材、縁甲板、床板など三分の二を取替える。(6)外壁の下見板および押縁は全部新規の材料とする。(7)外部内部の左官工事は下地とも全部造作替えする。(8)屋根は瓦を約三分の二を新規として葺き替える等の大規模の工事が必要であり、その費用見積りは金六七七、五〇〇円、工事期間は、居住のままなしうるとして約二ヵ月以上を要することが認められる。かか費用と手数をかけて大修繕を施してみても、なおかつその耐用年数は一五年を延長するにすぎず、一方これを本件家屋の現状と同様の設計により新規の材料をもつて建て直しした場合は、耐用年数は三五年と認められ、修繕した場合の二倍以上であり、右建て直しに要する工事費用は前記修理費用の二倍以下である金一、〇二五、〇〇〇円、工事期間約一ヵ月半と推定され、したがつて右工事費を耐用年数で割つた場合、建て直しの場合が金二九、三〇〇円であるのに対し、修繕の場合は金四五、一七〇円となり、経済的にはもちろん、生活の安定感、災害予防の見地からみても、建て直しの方が適切かつ得策である。以上の事実が認められ、右認定をくつがえすに足りる証拠はない。
また、控訴人が被控訴人に対し、正当事由を補強するため、本件解約申入に際し、本件家屋の昭和三五年三月一日から同四四年一〇月一日までの一一五ヵ月と一日の賃料金計金三四五、〇九六円を免除し、かつ立退料として金二〇〇、〇〇〇円を提供する旨申出たことは、当事者間に争いがない。
ついで、被控訴人側の事情について検討する。
本件家屋の間取りが別紙図面のとおりであり、本件解約申入当時、本件家屋には、被控訴人本人(明治四〇年九月生)、大里旭孝(被控訴人次男、昭和一一年一〇月生、渋谷区東横物産株式会社社員)、大里真美子(六女、昭和一七年一〇月生、横浜市戸塚区善隣館幼稚園保母)、大里勝海(四男、昭和一九年一〇月生、三菱重機株式会社社員、中央大学経済学部四年)、吉間嘉代子(三女、昭和九年三月生、日本橋東急百貨店店員)、吉間永泰(三女の配偶者、昭和一一年九月生、渋谷東急百貨店店員)、吉間泰代(三女の長女、昭和三八年二月生)、吉間幸恵(三女の二女、昭和三九年五月生)の八名が居住し、吉間嘉代子、永泰、その子二女は、被控訴人とは別世帯を構成していることは、いずれも当事者間に争いがない。
ところで、原審における被控訴人本人の供述(第一、二、四回)によると、被控訴人は、昭和二三年家族と共に台湾から引揚げ、前記認定のとおり昭和二五年七月ころから本件家屋に居住していたが、昭和二七年五月に夫が死亡した後、多くの子供をかかえ相当の苦労をしてきたこと、本件家屋に居住している家族が前記のとおり八名であり、別紙図面六畳で被控訴人の家族四人が、四畳半で吉間の家族四人がそれぞれ起居し、板の間は食事の場所、二畳は勝海、真美子の勉強室として使用しており、その居住状況は狭隘であること、吉間の家族四人は、以前調布市深大寺町に住んでいたが、嘉代子と夫の母親との折合が悪く、本件訴訟提起後である昭和四〇年七月ころから本件家屋に同居するに至つたこと、被控訴人は別段の財産、資力を有しないことがそれぞれ認められ、右認定に反する証拠はない。
以上認定の控訴人、被控訴人の双方に存する諸般の事情を比較考量し、正当事由の存否について考える。
控訴人が本件家屋明渡を求める主たる理由が、次男忠和のための歯科医院建築であるが、すでに相当の老齢に達した控訴人が、歯科医の資格を有し開業を希望しながらいまだは間借生活をしている次男のために医院を建て、同人のもとに身を寄せたいとしているのは、無理からぬところということができる。一方、本件家屋は、完全に朽廃したわけではないが、すでに耐用年数に達したか、またはそれに近い状態であり、暴風または地震などによる倒壊の危険を予防するためには、新築に比して経済的に不得策な大修繕が必要であることは、前認定のとおりである。
これに対し、被控訴人の本件家屋の使用状況およびこの必要性は前記のとおりであるから、右家屋を明渡すことは、経済的にも精神的にも多大の負担を伴うものであることを諒し得ないではない。しかし、被控訴人の二男、六女、四男はすでに成人に達し、その年齢等からして近い将来それぞれ結婚して別居する可能性は十分予想されるところである。また本件家屋の居住者のうち吉間嘉代子の家族四名は、本件解約申入前とはいえ、本件訴訟提起後に入居してきたものであり、さらに、被控訴人およびその家族は、昭和二五年中から昭和三三年四月ころまでは、控訴人との間に何らの契約関係なくして本件家屋に居住し、その後比較的低廉な月額金三、〇〇〇円の賃料でその使用を続けてきたものであることは、前認定のとおりである。
以上の諸点を検討し、かつ、控訴人が立退料として金二〇〇、〇〇〇円の提供を申出、昭和三五年三月一日から同四四年一〇月一日までの賃料合計金三四五、〇九六円を免除したという事情をあわせ考慮するときは、控訴人の本件解約申入は、結局正当の事由を具備するものとして、その努力を是認するのが相当である。(中田秀慧 上杉晴一郎 村上光鵄)