大判例

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東京地方裁判所 昭和43年(ワ)10555号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

<事実> 三、被告らは、それぞれ次の理由により、右の負傷に基づく原告の損害を賠償する責任がある。

(一) 被告日本チェスタットの自賠法三条による運行供用者責任

〔判決理由〕三、請求原因第三項の責任原因事実中、(一)の事実関係は争いがない。従つて、被告日本チエスタットは、本件事故に因り、原告に生じた損害を賠償する責任がある。もつとも、右被告は、原告が出口守人となした和解の際に、右被告に対する請求権が放棄されたと主張するのであるが、これを容れることはできない。<証拠>によれば、被告主張のような和解(示談)がなされ、出口守人が原告に対して負うた八九万七一六二円の割賦払債務を栗林績俊が連帯保証したことが認められるが、右栗林の証言によれば、出口は同人の娘婿であつて、その関係から連帯保証したものであり、会社の債務については何ら意思表示されなかつたことが認められるのであり、その他、右被告の抗弁事実を認めるに足りる証拠はない。

四、請求原因第三項の(二)の事実中(1)については争いがないが、(2)以下については争いがあるし、(1)についても、被告はその由来について主張するところがあるので、以下これについて証拠を按じるに、<証拠>を総合すると、チエスタットというのはプラスチック製建材の名称で栗林がその製法の特許を持つていること、昭和四一年七月栗林と松井太久郎とでチエスタット工業株式会社を設立し、世間的に知名な松井を社長として建材取扱いと内装工事の事業を開始したが、不渡手形を出して四二年初頭倒産に立ち至つたこと、そこで、下請の藤原宮次郎を通じ、不渡手形の債権四〇万円を有する飯島精工の社長である飯島要に出資と応援を求め、結局、同年四月日本チエスタットという資本金二〇〇万円の新会社を設立し、飯島が六〇%の出資をして社長となり、栗林が専務となつて、事実上チエスタット工業の事業を引き継ぐこととなつたこと、常勤の役員は栗林一人であり、経理関係は小口の現金は経理係が飯島精工まで出かけ社長飯島から受領してくることにし、手形や小切手や印鑑も社長飯島が持つていたが、社長決裁にかかるのは大きい問題だけで、通常の業務は栗林が専行し、営業日報を一週間分まとめて事後的に社長に報告するに過ぎなかつたこと、飯島精工はプレス加工の下請工場で、建材や内装の仕事とは関係ないが、日本チエスタットの材料を飯島個人の所有建物に置かせたことはあること、出口は栗林の娘婿ということで日本チエスタットに入社したもので、飯島は採用に当り面接したことはないこと、日本チエスタットの経営状態は不良で、栗林は給料八万円を貰つたが、飯島は取らず、役員報酬もなく、設立に当つて飯島が自己の出資分以外、栗林らに貸し付けて出資せしめた分も結局回収できないまま倒産状態に立ち至つたこと、以上の諸事実を認定することができる。これらを総合して判断すると、被告日本チエスタットと被告飯島精工とは、たまたま社長を同じくするだけで、事実上のつながりは何もなかつたと認めるべきであるから、本件事故車につき被告日本チエスタットが運行供用者であるからといつて、被告飯島精工もそうであるということはできない。従つて、被告飯島精工に対する請求は失当である。

五、請求原因第三項の(三)の事実については、被告飯島が両社の代表取締役であることは前認定のとおりであるけれども、被告飯島個人に代理監督者責任を肯定するためには、単に代表取締役であるというのみでなく、事故車の運行という事業の執行を監督する立場にあつたと認められることを必要とするところ、前段認定の諸事情からは、これを肯定することができない。従つて、被告飯島個人に対する請求も失当と言わざるを得ない。(倉田卓次)

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