東京地方裁判所 昭和43年(ワ)11002号 判決 1972年3月23日
原告 西山光子
右訴訟代理人弁護士 盛川康
楼井明
被告 小倉まさを
右訴訟代理人弁護士 石橋護
主文
一 被告は原告に対し、別紙物件目録(三)の建物の内、同目録(二)の土地上の部分を収去して、同目録(二)の土地を明け渡し、昭和四三年七月一四日より右明渡済に至るまで、一か月二一五〇円の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを四分し、その三を被告、その余を原告の負担とする。
四 右第一項中金銭の支払を命ずる部分にかぎり、原告が二万五〇〇〇円の担保を供するときは、仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は原告に対し、別紙物件目録(三)の建物を収去して、同目録(一)及び(二)の土地を明け渡し、昭和四三年七月一日より右明渡済に至るまで、一か月三五〇〇円の割合による損害金を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言。
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1(1) 原告は、別紙物件目録(一)(二)の土地(以下本件(一)(二)の土地という)を所有している。
(2) 被告は、本件(一)(二)の土地上に別紙物件目録(三)の建物(以下本件建物という)を所有して右土地を占有している。
2(1) 原告は、さきに本件(一)の土地を被告の亡夫小倉義春に対し賃貸し、同人は同地上に約九坪の木造木羽葺平家建バラックの店舗を建築所有していたが、同バラックは朽廃同様となって昭和三六年六月五日取りこわされ、同年一二月一五日その旨の登記もなされた。
その結果、本件(一)の土地の右賃借権はその頃消滅した。
(2) また、原告は、昭和三〇年一月一日、被告に対し本件(一)に隣接した本件(二)の土地を賃料一月二一五〇円、期間二〇年の定めで賃貸し、被告は同地上に木造スレート葺二階建店舗兼居宅一階九坪二階九坪(以下旧建物という)を建築所有していたが、その後、被告は昭和三六年一二月一五日旧建物を増築し、前記バラックが取りこわされた後の本件(一)の土地と本件(二)の土地にまたがる本件建物とした。
(3) ところで、被告は、右増築に要する資金を住宅金融公庫から融資を受けるに当って、昭和三六年六月同公庫へ提出した土地賃貸承諾書と題する書面に、原告の承諾なく、本件(二)の土地の賃借名義人が前述のとおり被告であるのにかかわらず夫小倉義春と記載し、また、地主たる原告の印顆を偽造し、右書面に原告の記名押印をなして、原告が昭和三六年六月本件(二)の土地の賃借人小倉義春に対し同人が本件(二)の土地上に建築する建物に抵当権を設定することに異議はなく、また、そのような本件(二)の土地の利用を承諾する旨の土地賃貸承諾書を偽造し、これを提出し、その融資をうけた。
これは、右賃貸借の基礎たる契約当事者相互間の信頼関係を裏切り、右賃貸借関係の継続を著しく困難ならしめる不信行為である。
(4) よって、原告は、昭和四三年七月一二日、被告に対し同月一三日同被告に到達した内容証明郵便をもって、右賃貸借契約解除の意思表示をした。
それで、被告は、右賃貸借契約解除による原状回復義務の履行として本件(二)の土地上の本件建物部分を収去し、右土地を明渡す義務を免れず、また、原告所有の本件(一)の土地上に本件建物の一部を所有し、同土地を占有するものとして、原告に対し右建物部分を収去し、同土地を明渡す義務を免れない。
3 つぎに、本件(一)(二)の土地の賃料相当額の合計は一か月三五〇〇円であるから、原告は被告に対し、昭和四三年七月一日から右建物収去、土地明渡ずみに至るまで、一か月三五〇〇円の割合による賃料相当の損害金の支払いを求める。
4 そして、三の抗弁1、2の事実を否認した。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の(1)(2)は認める。
2 同2の(1)の事実中、本件(一)の土地上の建物が朽廃同様となって取りこわされ、本件(一)の土地の賃借権が消滅したことを否認し、その余の事実を認める。
同(2)の事実中、原告が被告に対し本件(二)の土地を賃貸したことは認めるが、右賃貸借は昭和三二年三月に約定され、その後に至って原被告間でその始期、期間等を原告主張どおりに改めることに合意した。また、原告主張の賃料もその後に増額された額である。さらに、被告が本件(二)の土地上に旧建物を建築所有し、昭和三六年一二月一五日旧建物を増築し、本件(一)(二)の土地上に本件建物を所有するに至ったことは明かに争わない。
3 同(3)の主張中、被告が原告主張の書面を作成したことは認めるが、記載の内容は争う。また、原告の印顆を偽造したことや、右作成書面が偽造文書であることを否認する。従って、それによって、原被告間の信頼関係が破られたことを争う。
同(4)の主張中、原告主張通り、賃貸借契約解除の意思表示のあったことは認めるが、その余の主張を争う。
また、本件(一)(二)の土地の賃料相当額が原告主張通りであることを認める。
三 抗弁
1 訴外亡小倉義春が本件(一)の土地について有した原告主張の借地権は被告において相続した。従って、被告が本件(一)の土地上に本件建物の一部を所有することは右権限に基くものである。
2 前記土地賃貸承諾書の作成は原告の承諾によるものである。同書面中の本件(二)の土地の賃借人名義を小倉義春とすることも、その了承をえていた。
第三証拠≪省略≫
理由
請求原因1の(1)(2)の事実は当事者間に争いがない。
また、原告がさきに本件(一)の土地を被告の亡夫小倉義春に対し賃貸し、同人が同地上に約九坪の木造木羽葺平家建店舗を建築所有し、同店舗が昭和三六年六月五日取りこわされて同年一二月一五日その旨の登記がなされたことも当事者間に争いがない。
原告は右店舗は朽廃により取りこわされた旨主張し、右登記や≪証拠省略≫には右主張にそう部分があるが≪証拠省略≫にてらして右登記や書証の記載部分から直ちに同店舗が当時朽廃に至っていたものとは認めがたく他に朽廃の事実を認めるに足る証拠はない。従って、同店舗の朽廃を理由とする本件(一)の土地についての借地権消滅の主張を採用することはできない。
つぎに、原告が被告に対し本件(二)の土地を賃貸したことは当事者間に争いがなく、被告が同地上に旧建物を建築所有し、昭和三六年一二月二五日旧建物を増築して本件(一)(二)の土地上に本件建物を所有するに至ったことも被告の明かに争わないところでその自白があったものとみなす。被告は右賃貸借は昭和三二年三月に約定されたが、その後、原被告間でその始期、期間等を原告主張通り改めることに合意した旨主張するので、原被告間の右賃貸借は始期昭和三〇年一月一日期間二〇年であることは争いがないものと認める。
さらに、被告が昭和三六年六月住宅金融公庫へ提出した土地賃貸承諾書と題する書面を作成したことは当事者間に争いがなく、弁論の全趣旨から右書面であることが認められる乙第二号証の四には原告が昭和三六年六月その所有土地の賃借人小倉義春に対しその借地上に建築する建物に抵当権を設定することに異議はなく、また、そのような土地の利用を承諾する旨の記載と原告の記名押印のあることが認められる。
被告は右土地賃貸承諾書は原告の承諾に基づいて作成された旨主張し、≪証拠省略≫中には右主張にそう供述部分があるが、≪証拠省略≫にてらして、同供述部分をすぐ信用することができず、他に被告の右主張を認めるにたる信用できる証拠がない。そうすると、被告が前記書面を偽造したこと、また、同書面の原告押印に使用された印顆も偽造したことを推認せざるをえない。
さて、一般に土地の賃貸借で賃借人にその人格的信頼関係を失わせるがごとき行為があった場合に、賃貸人がそれを理由に土地賃貸借を解除できるかは問題である。しかし、その行為がその借地に関するものであることから賃貸借契約の履行が信義に従ってなされることについて賃貸人に対し重大な不安を与えているのみでなく、諸般の事情からそのような賃貸借関係をひきつづき継続することが賃貸人にとって酷に失すると認められるような場合には、賃貸人は賃貸借関係における信頼関係の失われたことを理由に催告を要せず賃貸借を解除することができるものといわねばならない。
それで、被告が前記土地賃貸承諾を偽造し、また、同書面に押印の原告の印顆を偽造したことが推認される以上、原告が被告に対する人格的信頼を失うに至ることは容易に推認できる。ところで、同承諾書に前記認定の趣旨の記載があることから、被告はその抵当権の実行があった場合に対し原告が予め建物競落人に対しその敷地使用について異議を述べない旨表明したことを虚構したことになるので、それは原告の所有土地について有する権限を不当に侵害したものといわねばならない。もっとも、そのこと自体は厳格な意味で被告の債務不履行に関する行為とは直ちにいいがたいかもしれないが、原告が被告のかかる行為によって被告と賃貸借をさらに継続することに重大な不安を感じることも容易に推認できる。
また、≪証拠省略≫によると、被告家では本件(一)の土地上の建物がすでに老朽のうえ手ぜまとなっていたので、かねて被告名義で借り受けた右土地に隣接する本件(二)の土地上に建物を新築し、かつ、右老朽化した建物を改築してこれらを連結して一体として本件建物とすることを計画していたので、被告はその資金の一部を住宅金融公庫から調達するに当って前記偽造にかかる承諾書を作成し、これを資金借入申込書に添付して同公庫に提出したこと、しかも、右申込書には本件(二)の土地は本件(一)の土地の空地部分の如く誌して、同空地上に間口二間奥行四間半の二階建建物を新築するに要する資金の融通を求める旨記載しているにかかわらず、前記承諾書中にはその作成時に同空地の借地人名義を小倉義春としてその借地人名義を偽っていること、そして、被告は右新築建物について前記旧建物の所有権保存登記をなし、その後、早早にその増築構造変更を登記して本件建物の登記としたことが認められる。
そうすると、被告は、前記承諾書を偽造したのみでなく、本件(二)の土地の借地人名義を偽って融資をうけんとしたものであり、また、当初から本件建物の建築資金にあてるものであるのに、あえて本件(二)の土地上の建物の新築資金といつわり前記公庫へ申込みをしたもので、原告にとっては油断しがたい借地人というべく、原告に対し本件(二)の土地をかかる被告にひきつづき賃貸することを求めるのは酷に失するものというべきであるから、原告は前記信頼関係の喪失を理由に右賃貸借を解除することができるものと解さざるをえない。
そして、原告が昭和四三年七月一二日被告に対し同月一三日同被告に到達した内容証明郵便で本件(二)の土地の前記賃貸借を解除する旨意思表示したことは当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫から右解除は前記承諾書の偽造を理由としたことが認められるので、本件(二)の土地の前記賃貸借は昭和四三年七月一三日限り解除されたものというべく、被告は原告に対しその原状回復義務を履行しなければならない。
それで、被告は原告に対し本件建物中本件(二)の土地上の建物部分を収去し、同土地を明渡すとともに本件(二)の土地の賃料が一ヶ月二一五〇円であることは当事者間に争いがないので、右解除の日の翌日である昭和四三年七月一四日からその明渡ずみに至るまで右賃料相当の損害金を支払わねばならない。
なお、本件(一)の土地について同地上の建物の朽廃による借地権の消滅が認められないことは前記認定のとおりであるから、原告の右借地権消滅を前提とする本件(一)の土地の所有権に基づくその請求はさらに判断をすすめるまでもなく、いずれも理由がない。
よって、原告の本件請求は、本件(二)の土地上の建物部分の収去と同土地の明渡しおよび前記損害金の支払を求める限度でこれを認容し、その余を棄却し、訴訟費用について民事訴訟法第九二条に則りこれを四分してその一を原告、その余を被告の負担とし、仮執行の宣言の申立は同法第一九六条により右認容部分中金銭の支払を命ずる判決部分にかぎり原告が金二万五〇〇〇円の担保を供するときは仮りに執行できるものとし、その余は相当でない場合と認めてこれを却下し、主文のとおり判決する。
(裁判官 西岡悌次)
<以下省略>