大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和43年(ワ)11240号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

〔判決理由〕

三、(損害)

(一) 休業損害

<証拠>によれば、原告は昭和四二年七月一日から昭和四三年二月末日までは全く稼働できず、その間の収入は無かつたこと、その後は徐々に軽労働を始め、昭和四四年九月には月収四万円をあげ得る程度にまで労働能力を回復していることが認められる。したがつて、昭和四三年三月から四四年二月までの間は平均して月収二万円程度は得ていたものと認められる。

ところで、事故前の原告の収入について按ずるに、<証拠>によれば、事故当時原告は屑鉄を購入してこれを転売し、又電球を売買し、更に時間に余裕のあるときはいわゆる車持ちで働くなどしていたこと、原告の家族構成は、原告の義母、原告とその妻、および子供三人で、子供三人はいずれも小学校、高等学校に在学中であつたこと、土地は借地であるが家屋は原告所有であることが認められ、証人小林輝雄の証言によれば原告の生活程度は中より少し下の程度であつたことが認められる。右の事実に照らすと月収が少くとも一二万円あつた旨の<証拠>は措信し難く、原告の職業および生活程度家族構成に照らし、月収は八万円と認められる。

したがつて、昭和四二年七月から昭和四四年二月までの原告の休業損害は、昭和四二年七月から昭和四三年二月までの八ケ月間は一ケ月八万円の割合で計六四万円、昭和四三年三月から昭和四四年二月までの一二ケ月六万円の割合で計七二万円、合計一三六万円となる。(篠田省二)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!