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東京地方裁判所 昭和43年(ワ)13096号 判決 1970年5月20日

原告 株式会社 升喜

右訴訟代理人弁護士 五十嵐七五治

右訴訟復代理人弁護士 岩城武治

被告 株式会社一番街

右訴訟代理人弁護士 高橋勉

同 堀内俊一

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

<全部省略>

理由

一、訴外アイユーストアこと長吉重一が昭和四二年九月六日被告から店舗として、別紙物件目録記載の建物を賃料一ケ月二〇万円の約で賃借し、その敷金を被告に交付したことは右敷金の額の点を除いて当事者間に争いがない。そこで右敷金の額の点について判断するに、<証拠>によれば被告が交付を受けた敷金の額は一〇〇万円であると認められ、証人岡野昇の証言はなんら右認定を覆して原告の主張を認めるには足りず、他に原告の主張を認めるに足りる証拠はない。

二、ところで、証人岡野昇及び同長吉重一の各証言及び右各証言により真正に成立したものと認められる甲第五及び第六号証ならびに本件口頭弁論の全趣旨によれば原告が長吉重一に対して原告主張のような売掛残代金三七万八、八五六円の債権を有することが認められ、そして、原告が右債権を保全するため、長吉重一の被告に対する前記敷金返還請求権のうち三七万八、八五六円につき仮差押決定を得、その正本が昭和四三年三月二三日に被告に送達されたこと、及び原告が右長吉に対する判決の執行力ある正本に基き債権差押命令および取立命令を得、右命令正本が昭和四三年一〇月一一日被告に送達されたことはいずれも当事者間に争がない。

三、よって被告の抗弁について判断するに<証拠>を総合すると、被告は昭和四三年三月一五日長吉重一より前記店舗の賃貸借契約を解除し、敷金を返還して欲しいとの申出を受けたので、これを承諾し、同日右店舗の明渡を受けるとともに、長吉に返還すべき敷金一〇〇万円は同年二月分の賃料の残額七万四、〇〇〇円、同年三月一日から一五日まで半月分の賃料一〇万円、電話料立替金四、〇八六円合計一七万八、〇八五円を合意の上差引き、残金八二万一、九一五円について、金額五〇万円及び三二万一、九一五円の別紙手形目録記載の(一)及び(二)の約束手形を振出し長吉に交付した事実を認めることができ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

ところで被告は右手形は右敷金の残金の支払に代えて振出したものであり、かりにそうでないとしても、右残金支払義務を右手形金支払義務に更改する契約が成立したと主張するが前記各証拠によっても右主張事実を認めるに足りず、右証拠によるとむしろ前記敷金の残金の支払のために振出したものと認めることができる。

してみると、被告の長吉重一に対する敷金の残金八二万一、九一五円の返還債務は右の手形振出によっては消滅せず、手形債務と併存したものということができ、このような場合に手形の原因関係に基く債権のみを差押えることはなんら妨げられないから、長吉重一の被告に対する敷金返還請求権のうち三七万八、八五六円に対し原告がなした仮差押は有効といわなければならない。

しかし、手形の原因関係に基く債権の差押の効力は手形金債権には及ばず、手形金の支払があったときは差押にかかる原因関係に基く債権も亦消滅すると解するのが相当であるところ、前記甲第七及び第八号証の各一、二及び乙第一一号証によると、別紙手形目録記載の(一)の手形は、その後西宮清なる受取人欄の補充、西宮清の白地裏書、杉山和子の城東信用金庫に対する裏書がなされた上、満期である昭和四三年五月二一日に被告により支払がなされ、また別紙手形目録記載の(二)の手形は、伊豆旅行株式会社より株式会社静岡銀行に対する取立委任裏書がなされた上、満期である同年六月二六日に被告により支払がなされたことが認められるので、これにより原因債権たる長吉の被告に対する敷金返還請求権も消滅したものといわなければならない。

もっとも、右各手形は別紙手形目録記載のとおり、いずれも受取人及び振出日を白地とするものであるが、前記認定のようにいずれも被告より長吉重一に対し敷金の支払のために交付されたものであるから、その取得者において白地を補充することを認める趣旨で振出されたいわゆる白地手形であると推認するに十分であり、また更に前記甲第七及び第八号証の各一、二によれば、(一)の手形は振出日が補充されず、(二)の手形は振出日及び受取人欄が補充されず、いずれも白地のまま手形金の支払がなされたことが明らかであり、そして、白地手形はその白地を補充した後でなければこれを行使して手形金の支払を求めることはできないけれども、その補充前であっても手形債務者において任意に手形金の支払をしたときは、その支払は手形の支払として有効であると解するのが相当である。

したがって長吉重一の被告に対する本件敷金返還請求権は原告のなした仮差押にもかかわらず、右仮差押前に被告の振出した手形の支払によってすべて消滅したものであるから、その後になされた差押ならびに取立命令はその効力を生じなかったものと認めるのが相当である。

四、よって被告に対し、本件敷金の返還を求める原告の本訴請求は理由がないものと認めてこれを棄却する。

<以下省略>。

(裁判官 今村三郎)

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