東京地方裁判所 昭和43年(ワ)14648号 判決 1972年3月02日
原告 日本耐火宝庫株式会社
被告 国
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一申立て
(原告)
「京橋税務署長が原告に対し昭和四二年四月二七日付をもつてした更正および過少申告加算税賦課処分による租税債務のうち、原告の昭和三八年一二月一日から昭和三九年一一月三〇日までの事業年度分法人税一一八、七〇〇円、過少申告加算税七、九〇〇円および昭和三九年一二月一日から昭和四〇年一一月三〇日までの事業年度分法人税四五、二〇〇円、過少申告加算税三、五〇〇円の租税債務が存在しないことを確認する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求める。
(被告)
主文同旨の判決を求める。
第二原告の請求原因
一 京橋税務署長は、原告の昭和三八月一二月一日から昭和三九年一一月三〇日までの事業年度(昭和三九年度という。)および昭和三九年一二月一日から昭和四〇年一一月三〇日までの事業年度(昭和四〇年度という。)の各法人税につき、昭和四二年四月二七日付で更正および過少申告加算税賦課処分(両者を合わせて本件処分という。)をした。
右処分による租税債務のうち、次の金額は、原告がその従業員である野中正造に対し右両年度中に支給した月額三〇、〇〇〇円の給料につき、同署長がその損金算入を否認し、これを野中の妻美代子に対する寄付金とみなして、原告の所得を計算したことによるものである。
(1) 昭和三九年度分のうち、所得金額三五九、八〇〇円、法人税額一一八、七〇〇円、過少申告加算税額七、九〇〇円
(2) 昭和四〇年度分のうち、所得金額三六七、五五七円、法人税額四五、二〇〇円、過少申告加算税額三、五〇〇円
二 しかし、本件処分には次のとおり重大かつ明白な瑕疵があり、無効というべきである。
(一) 野中は、原告に嘱託として勤務中昭和三八年夏ごろから行方不明となり出勤しなくなつたが、原告は、同人が会社にとつて是非とも必要な従業員であつたため、近い将来かならず帰来して出勤するものと信じて、昭和四一年七月二一日に退職の手続をとるまでその給料を支給し、代理人である同人の妻にこれを渡していた。一般に、会社の従業員が行方不明等のため労務を提供しなくなつた場合でも、当然に従業員としての身分を失うわけではないから、会社が労務管理等の必要に基づき、その給料を支給することは、なんら違法または不当なことではない。雇用契約においては、従業員が労務に服さないときは、使用者は報酬を支払わないことができるとされているけれども、これは従業員が正当の理由なく労務を提供しなかつた場合の報酬支払拒絶権を定めたものであつて、使用者に右権利の行使を強制したものではない。
しかるに、本件処分は、野中の労務不提供という一事をもつて、同人に対して支給した給料の損金算入を否認したものであり、その違法であることは明らかである。
(二) のみならず、原告が野中に支給した右給料についてはすでに源泉所得税が徴収されているから、本件処分が右給料の損金算入を否認し、これに法人税を課することは、二重課税の違法を犯すものというべきである。
三 よつて、本件処分による前記一項(1)(2)の租税債務が存在しないことの確認を求める。
第三被告の答弁
一 請求原因一項の事実は認める。ただし、原告は野中に対し給料名義で毎月三〇、〇〇〇円のほか、毎年二〇、〇〇〇円を支給していたので、本件処分においては、その全額を野中の妻に対する寄付金と認定し、昭和三九年度分については、旧法人税法(昭和二二年法律第二八号)九条二項、同法施行規則七条により計算した寄付金の損金算入限度額二〇、二〇〇円、昭和四〇年度分については、法人税法三七条二項、同法施行令七三条一項により計算した寄付金の損金算入限度額一二、四四三円をそれぞれ超える部分につき損金算入を否認したものである。
二 同二項冒頭の主張は争う。
同項(一)のうち、野中が昭和三八年夏ごろから行方不明となり、原告に出勤しなくなつたこと、原告が昭和四一年七月二一日まで野中に対する給料名義で前記金員を同人の妻に渡していたことは認めるが、その余の主張の趣旨は争う。
同項(二)のうち、右給料名義の金員の支給について源泉所得税を徴収したことは認めるが、本件処分が二重課税であるとの主張は争う。右源泉所得税の徴収は誤りであり、原告はその返還を請求しえたものである。
三 法人税法上給料とは、従業員の法人に対する労務提供の対価として支払われるものをいうところ、本件においては、原告が野中の妻から、夫が行方不明となつたので子供が大学を卒業するまで面倒をみてほしい旨頼まれたため、野中に対する給料名義で前記金員を支給したものであるから、右金員を労務提供の対価ということはできず、同人の妻に対する経済的利益の無償供与すなわち寄付金と認めるべきものである。
原告は、雇用契約が消滅しない以上、給料を支給しうることは当然であると主張するが、かりに原告と野中との雇用契約がなお存続していたとしても、労働基準法等に特別の定めがある場合のほかは、現実に労務を提供しない従業員に対して給料を支払うべき理由はないし、また、右給料は原告が当該年度の所得を得るために必要とした経費ではないから、これを損金に算入することは認められないのである。
さらに、従業員が雇用の途中において行方不明となつたような場合には、その時点において、暗黙の意思表示によりまたは死亡の場合に準じて、雇用契約が終了するものと解すべきであり、この点からも原告の前記主張は失当である。
第四証拠<省略>
理由
一 請求原因一項記載の事実は当事者間に争いがなく、弁論の全趣旨によれば、原告が昭和三九年度および四〇年度中に野中正造に対する給料として支給した金額は、毎月三〇、〇〇〇円のほか毎年二〇、〇〇〇円ずつがあり、本件処分においては、右全額を寄付金と認定して係争税額を算出したものであることが認められる。
二 ところで、法人がその従業員に支給する給料は、法令または契約等により、従業員たる地位を有すること自体に基づいて支払われる保障的賃金部分のほかは、当該従業員の労務の提供に対する対価として支払われるものであつて、法人所得の計算上損金に算入される。これは、従業員が法人の事業活動のために労務を提供するものであるから、その対価としての給料は、法人が収益を獲得するために必要な支出であり、損益計算においては収益に対応する費用となるものだからである。したがつて、従業員に対し給料名義で支給した金員であつても、それが前記の法令等に基づく保障的賃金もしくは労務提供の対価たる性質のいずれをも有しないときは、これを給料として損金に算入することはできないものというべきであつて、形式的に雇用契約があるとの一事により、右給料名義の支出が税法上すべてその名義どおりのものとして是認されるわけではない。もともと雇用契約における報酬請求権は、労務の提供があることを条件として発生するものであり、従業員の責に帰すべき事由により労務を提供しなかつた場合には、法令または契約等に別段の定めがないかぎり、その報酬を請求しえないものと解すべきであるから、それにも拘らず使用者の支給した報酬名義の金員が、本来の報酬と法律上の取扱いを異にすることはむしろ当然というべきである。もつとも、雇用は継続性を有する一種の人的結合関係であるところから、実際には、従業員の責に帰すべき事由により労務の提供がない場合においても、使用者がある程度の期間引続き給料を支給するという事例は十分ありうるけれども、それが労務に対する反対給付たる意義を有せず、かつ、使用者の義務に属さない支出である以上、税法上の取扱いとしては、これを相手方に対する寄付金と認めるほかないものというべきである。
三 そこで、本件についてみると、野中が昭和三八年夏ごろから行方不明となり(これは同人の責に帰すべきものであることが証人山地靖之の証言および本件弁論の全趣旨から推認される。)原告に出勤しなくなつたが、原告はその後も昭和四一年七月二一日まで同人に対する給料として前記金員を同人の妻に渡していたことは当事者間に争いがなく、この事実によれば、昭和三九年度以降に支給された右給料名義の金員は、他に特段の事情がないかぎり、野中の労務の提供と対価関係を有するものとは認められず、また、右金員の支給が法令、契約等により原告に義務づけられていたことを認めるべき証拠もない。
してみると、右支給期間中原告と野中との雇用契約がなお存続していたとしても、右金員を原告の損金に算入しうべき給料ということはできず、現実の受給者である野中の妻に対する寄付金として取り扱うのが相当である。
原告は、野中が重要な従業員であつたため、労務管理の必要から給料を支給したものであると主張するが、そのような事実があるとしても、それだけの事由によつて右結論を左右しえないことは前記のとおりである。
よつて、本件処分が、昭和三九年度および四〇年度中の右支給額全部を寄付金と認定して、法定の損金算入限度額を超える部分につき損金算入を否認したことは正当である。
四 次に、原告の二重課税の主張について判断する。野中に対する前記支給額につき源泉所得税が徴収された事実は当事者間に争いがない。しかし、前項説示の判断からすれば、被告も認めるように、右徴収は誤りであつたことに帰するわけであるから、それについて救済方法を講ずるべきであり、そのために本来なすべき本件処分をなしえなくなるいわれはない。
五 以上により、本件処分に原告主張の無効事由はない。よつて、本件請求を失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 高津環 内藤正久 佐藤繁)