東京地方裁判所 昭和43年(ワ)1536号 判決
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〔判決理由〕一 原告が本件特許発明<〔編注〕 発明の名称 殺虫性組成物 出願日 昭和三七年一月二九日 出願番号 昭三七―二四七四号 出願公告日 昭和四〇年三月二〇日 出願公告番号 昭四〇―五四三七号 特許登録日 昭和四〇年九月七日 登録番号 第四五五、二五四号> の特許権者であること、本件特許発明の願書に添附した明細書の特許請求の範囲の項には、
「ポリ塩化ビニル、ポリメタクリレート、ポリスチレン、スチレン―アリルアルコール重合体樹脂およびジスアクリル樹脂のうちから選択された分子量一〇〇〇以上の固体かつ非水溶性の熱可塑性巨大分子物質を含有し、そしてジメチル2、2―ジクロロビニルフォスフェート(DDVP)、ジメチル1、2ジプロモー2、2―ジクロロエチルフォスフェート(ジプロム)およびジメチル2―カルボメトキシー1―メチルビニルフォスフェート(ホスドリン)のうちから選択された揮発性の殺虫性燐含有有機化合物を該巨大分子物質中に混入状態で含有する固体の遅放出性殺虫組成物」
と記載されていることについては、当事者間に争いがない。
右の争いのない事実によれば、本件特許発明の構成要件は
(1) ポリ塩化ビニル、ポリメタクリレート、ポリスチレン、スチレン―アリルアルコール重合体樹脂およびジスアクリル樹脂のうちから選択された分子量一〇〇〇以上の固体かつ非水溶性の熱可塑性巨大分子物質を含有するものであること、
(2) ジメチル2、2―ジクロロビニルフォスフェート(DDVP)、ジメチル1、2―ジプロモー2、2―ジクロロエチルフォスフェート(ジプロム)およびジメチル2―カルボメトキシー1―メチルビニルフォスフェート(ホスドリン)のうちから選択され揮発性の殺虫性燐含有有機化合物を含有するものであること、
(3) 右揮発性の殺虫性燐含有有機化合物は、(1)の巨大分子物質中に混入状態で含有されるものであること、
(4) 固体の遅放出性殺虫組成物であること
であることは、明らかである。
被告が本件物件を製造販売していること、本件物件の構成要件が
(1)' 固体の遅放出性殺虫組成物であること、
(2)' 右組成物の担体は、塩素化ポリエチレンを主体とするものであること、
(3)' 右組成物は、殺虫有効成分として、ジメチル2、2―ジクロロビニルフォスフェート(DDVP)を含有しており、担体に混入されていること
であることについては、当事者間に争いがない。
そうすると、本件物件の構成要件のうち右(1)'および(3)'はそれぞれ前記本件特許発明の構成要件のうち(4)ならびに(2)および(3)の要件を充足するものであることは明らかであるが、本件物件の(2)'の要件がそのまま本件特許発明の(1)の要件に該当するものでないことは、原告も自認するとおり、また明瞭である。
二 そこで、原告は、本件物件の担体たる塩素化ポリエチレンは、本件特許発明の前記(1)の構成要件中から選択されたポリ塩化ビニルとその性質、作用、効果等からして、均等であるから、本件物件を製造し、譲渡し、譲渡のために展示することは本件特許権を侵害するものであると主張する。
しかしながら、本件特許発明の特許請求の範囲に表現されたところを、本件特許出願の経過に照して考えてみると、原告の右主張は、結局その理由がないことに帰する。
すなわち、本件特許出願の明細書においては、出願当初の特許請求の範囲の記載は、「固体状有機巨大分子物質及び一般式
〔式中Rはアルキル基、Xは酸素又は硫黄、そしてMは構造
を有する基である。〕
を有する殺虫性有機燐化合物を含有する殺虫性組成物」となつていたことを認めることができる。しかして、発明の詳細な説明中に、右固体の有機巨大分子物質は「一〇〇〇を超える分子量を有することが望ましい。この巨大分子物質は熱硬化性でも又は熱可塑性でもよい……」と説明され、また、適当な巨大分子物質の例として「ポリエナレン、ポリプロピレン及びエチレンとプロピレンとの共重合体のようなポリオレフィン、メチルアクリレー卜、エチルアクリレート、メチルメタアクリレート及びエチルメタアクリレートの重合体及び共重合体のようなポリアクリレート、ポリスチレン、重合されたジビニルベンゼンのようなビニル化合物の重合体、ポリ塩化ビニルのようなポリハロゲン化ビニル、ポリビニルプチラールのようなポリビニルアセタール、ポリ塩化ビニリデンのようなポリビニリデン化合物ヘバ・ブラシリエンシスから得られたゴムのような合成及び天然弾性体、シス―1、4―ポリイソプレン、ポリプタジエン及びSBRゴム、尿素―ホルムアルデヒド及びメラミン―ホルムアルデヒド樹脂、多価フエノールのポリグリシジルエーテルの重合体のようなエポキシ樹脂、酢酸繊維素、酪酸繊維素及び硝酸繊維素のような繊維素プラステック及びポリウレタン」が挙げられ、さらに、望ましい巨大分子物質として、つぎのように記載されている。巨大分子物質は例えばポリ塩化ビニル、ポリ弗化ビニルのようなポリハロゲン化ビニル、ポリメチルアクリレート及びポリメタルメタアクリレートのようなポリアクリレート及びポリメタアクリレート及びポリスチレン及び重合されたビニルトルエンのようなべンゼンの重合体のようなビニル化合物の重合体又は共重合体であることが望ましい。最も望ましい物理的性質及び殺虫性有機燐化合物に対する最良の適合性を兼備する点で、最も望ましい巨大分子物質は塩化ビニルの重合体又は共重合体である。」
その後本件特許発明の特許出願がいかなる経過をとつて出願公告され、さらに登録されたかについては、証拠上これを知ることはできないが、出願公告され、最終的に特許権が賦与された本件特許発明の特許公報掲記の特許請求範囲の記載によれば、揮発性の殺虫性燐含有有機化合物がその中に混入状態で含有されるべき巨大分子物質すなわち、原告のいう担体は、「ポリ塩化ビニル、ポリメタクリレート、ポリスチレン、スチレン―アリルアルコール重合体樹脂およびジスアクリル樹脂のうちから選択された分子量一〇〇〇以上の固体かつ非水溶性の熱可塑性巨大分子物質」に限定されているのである。
右のように、担体は、出願当初の「固体状有機巨大分子物質」という非常に範囲の広いものから、最終的には五種の狭い範囲のものに限定されているのであるが、このように限定した理由をうかがわしめるに足るような証拠はない。原告は、五種の合成樹脂をひとまとめにして掲記したのはそれらがDDVPその他本件特許発明の殺虫性燐酸エステルとよく混合して固溶体を作るという適合性を有する点で共通していたからにほかならないと主張するが、殺虫性燐酸エステルとよく混合して固溶体を作るものが本件特許発明における担体として選ばれるべきことは、発明者が発明の当初から本件特許発明の主眼点としていたところであり、特許出願人はこのことを充分意識したうえで、選ばれるべき担体を、出願の当初「固体状有機巨大分子物質」と表示したものであることは、一読して明瞭である。本件特許出願の当初から、前記五種の担体が特によく殺虫性燐酸エステルと混合して固溶体を作るとされていたわけではない。すなわち、本件特許出願人は、その表示する殺虫性有機燐化合物が「固体状有機巨大分子物質」とよく混り合つて、その可塑剤となりうるとの知見に基づいて本件特許出願をしたものであつて、この技術的思想は、本件特許出願から出願公告に至るまで前後変つていない(発明の詳細な説明中の「この発明の重要な特徴は殺虫性有機燐化合物が又固体の有機巨大分子物質に対する、特にビニル化合物の重合体に対する優れた可塑剤であるということである。との記載は、なんら変更されていない。そうすると、仮に、原告が主張するように、特許出願人が、担体として殺虫性燐酸エステルとよく混合して固溶体を作りうるものについて特許を得ようとするのであれば――それによつて拒絶査定がされるかどうかは別の問題として――なにも当初の「固体状有機巨大分子物質」という表示から前記五種の物質に変更する必要はなかつたはずである。また、前記発明の詳細な説明の項に記載されているような、本件特許発明が殺虫性有機燐化合物が特にビニル化合物に対する優れた可塑剤であるという知見から、担体としてビニル化合物を選択したいとすれば、そのような表現をとれば足りたはずであるし、それが容易にできたはずである(本件特許公報の特許請求の範囲に記載されている五種の担体がその上位概念であるビニル化合物を表現しているものであると解することは、その字句の表現自体からもできない。)
右のように、本件特許出願人は、当初の出願における特許請求範囲の記載中の担体としての「固体状有機巨大分子物質」という表現を捨て、担体を「ポリ塩化ビニル、ポリメタクリレート、ポリスチレン、スチレン――アリルアルコール重合体樹脂およびジスアクリル樹脂のうちから選択された分子量一〇〇〇以上の固体かつ非水溶性の熱可塑性巨大分子物質」に明確に限定し、これに応じて当初の願書の発明の詳細な説明中に、適当な、または望ましい固体状有機巨大分子物質として記載した数多の物質を、右五種の担体を除いて、すべて削除してしまつたのであり、かつ、担体について右五種の物質以外のものにまでわたつてこれを含ましめる意思を明らかにしていないのであるから、出願人が右のように限定した理由はかならずしも明らかではないとしても、右限定は出願人がこれを意識的にしたものといわざるを得ない。しかして、前にも説明したように、本件特許請求の範囲に記載されている五種の担体はこれをもつてその上位概念の種類を表示しているものと解することはできないから、本件特許発明における担体は、厳格に右五種のものに限られるものと解すべきである。約言すれば担体がこの五種のものに該当しないかぎり、その物は本件特許の技術的範囲に属せず、その物と本件五種の担体との均等を論ずる余地はないものといわねばならない。
三 そうすると、本件物件のうちの塩素化ポリエチレンが本件特許発明における塩化ビニルと均等であることを前提とする原告の本訴請求は、その余の点の判断をするまでもなく失当であることが明らかであるから、これを棄却する。
(荒木秀一 高林克己 野沢明)