東京地方裁判所 昭和43年(ワ)3662号 判決 1969年7月16日
原告
神田公夫
代理人
矢野保郎
被告
金成金属株式会社
被告
小崎政光
代理人
小林辰重
主文
被告らは連帯して原告に対し金六〇五、三〇〇円および内金五八五、三〇〇円に対する昭和四三年四月一四日以降支払い済みに至るまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。
原告の被告らに対するその余の請求を棄却する。
訴訟費用はこれを一〇分し、その一を原告の、その余を被告らの、各負担とする。
この判決は、原告勝訴の部分に限り、かりに執行することができる。
事実
第一、請求の趣旨
一、被告らは連帯して原告に対し六六五、一〇〇円およびこれに対する昭和四三年四月一四日以降支払済みに至るまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。
二、訴訟費用は被告らの負担とする。
との判決および仮執行の宣言を求める。
第二、請求の趣旨に対する答弁
一、原告らの請求を棄却する。
二、訴訟費用は原告らの負担とする。
との判決を求める。
第三、請求の原因
一、(事故の発生)
原告は、次の交通事故によつて傷害を受けた。
(一) 発生時 昭和三九年四月一五日午前八時二五分頃
(二) 発生地 神奈川県横浜市鶴見区下吉町五六八番地先路上
(三) 加害車 自動三輪貨物車(練六す二〇―六一号以下甲車という)
運転者 被告 小崎政光(以下被告小崎という)
(四) 被害車 自家用乗用車(品ぬ三五三五号以下乙車という)
運転者 原告
被害者 原告
(五) 態様
横断者を認めて停車中の乙車に甲車が追突した。
(六) 被害者
原告の傷害の部位程度は、次のとおりである。
頸部腰部打撲等の傷害を負わせ、よつて昭和四二年九月頃全治不能の頸椎間板ヘルニア症に至らしめた。
二、(責任原因)
被告らは、それぞれ次の理由により、本件事故により生じた原告の損害を賠償する責任がある。
(一) 被告金成金属株式会社(以下被告会社という)は、加害者を所有し業務用に使用し自己のために運行の用に供していたものであるから、自賠法三条による責任。
(二) 被告小崎は、事故発生につき、次のような過失があつたから、不法行為者として民法七〇九条の責任。
前方注視義務を怠り、慢然と脇見をしたまま自動車を運転を続けた。
(損害)
(一) 治療費 合計一八八、三〇〇円
(a) 長生堂物療室 昭和四三年二月二二日より同年六月一五日
整体物理療法 四五回 治療費四六、〇〇〇円
(b) 柔道整復師(根岸平八)昭和四三年六月一九日より同月二七日まで 四回 二、九〇〇円
(c) 加藤鉞灸療院 昭和四三年七月一日より同年八月二五日まで医療整形マッサージ、低周波電療、リハビリテーション鉞灸治療 五六、〇〇〇円
(d) 日生健康会 昭和四三年八月三一日より昭和四四年二月末日まで整体矯正、指圧治療六四回 八三、四〇〇円
(二) 交通費 合計三六、八〇〇円
(a) 勤務先より長生堂物療室まで通院回数四五回のうち四〇回分タクシー代二二、四〇〇円(一回往復五六〇円)
(b) 勤務先より日生健康会通院回数六四回中三〇回タクシー代一四、四〇〇円(往復一回につき四八〇円)
(三) 慰藉料
原告の本件傷害による精神的損害を慰藉すべき額は、前記の諸事情および次のような諸事情に鑑み三五〇、〇〇〇円が相当である。
原告に完全に治療し得ない後遺症のあること、未だ賠償を受けていず、現在、今後治療費を要すること。
(四) 弁護士費用
以上により、原告は五七五、一〇〇円を被告らに対し請求しうるものであるところ、被告らはその任意の弁済に応じないので、原告は弁護士たる本件原告訴訟代理人にその取立てを委任し、原告は四〇、〇〇〇円を、手数料として支払つたほか、成功報酬としては認容額の一割である五〇、〇〇〇円が相当である。
四、(結論)
よつて、被告らに対し、原告は六六五、一〇〇円およびこれに対する訴状到達の日の翌日である昭和四三年四月一四日以後支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
第四、被告らの事実主張
一、(請求原因に対する認否)
第一項中(一)ないし(四)は認める。(五)、(六)は否認する。
第二項(二)は否認する。
第三項は不知。
二、(事故態様に関する主張)
本件事故は被告小崎が現場附近の第一通行帯を進行中、原告が第二通行帯を進行しきたり甲車を追抜き、追抜くと直ぐ甲車進路に進入し急停車したため生じたものである。すなわち、原告が甲車の進路に進入するに当り、後方からくる甲車との距離を充分にとらないうちに進路変更し急停車したことにより発生した事故である。
三、(抗弁)
(一) (免責)
右のとおりであつて、被告小崎には運転上の過失はなく、事故発生はひとえに原告の過失によるものである。従つて、被告らは責任がない。
(二) 過失相殺
かりに然らずとするも事故発生については原告の過失も寄与しているのであるから、賠償額算定につき、これを斟酌すべきである。
(三) 時効
かりに、被告らに責任があるとしても、事故の時より三年以上経過しているのであるから被告らは消滅時効を援用する。よつて本件請求は失当である。原告は損害すなわち傷害が二年五ケ月後初めて発生したと主張しているがこの点は否認する。
第五、抗弁事実に対する原告らの認否
(一)(二)は争う。
(三)は否認する。原告は事故後昭和三九年五月四日から松翁会診療所で診療を受けたが、顕著な症状なしとのことで同月二一日通院を止めた。同年秋頃腰に痛みを感じ同年九月一日より昭和四〇年三月二五日まで同診療所に通院治療を行つた。昭和四二年九月一三日ごろ突如として首にひどい痛みを感じ中央総合病院において診察をうけたところ、頸椎間板ヘルニアと診断され同年九月三〇日より同年一〇月一〇日まで入院治療をうけた。右ヘルニアは事故当初からその兆候があつたことが、中央総合病院の診断によつて初めて判り、このころ、余期せぬ損害の発生し、始めて損害を知つたものである。時効はこのときより開始したものといわねばならない。
第六、証拠関係<略>
理由
一請求原因第一項(一)ないし(四)は当事者間に争いがなく、同第二項(一)は被告が明らかに争わないからこれを自白したものとみなす。<証拠>によれば原告は乙車を運転し本件道路の第一車線を通行し前方に横断者を発見したので停車し、二〜三秒たつた頃に後方から来た甲車に追突されたことが認められ、<証拠判断略>。右認定事実によれば被告小崎に前方不注視の過失が存すること明らかであり、原告には運転上の過失は存しなかつたことが認められる。従つて、被告会社は自賠法第三条により、同小崎は民法第七〇九条により連帯して原告の次の損害を賠償すべき義務がある。
二<証拠>によれば次の事実が認められる。
原告は本件事故により、首、腰に鈍痛を感じ昭和三九年五月四日より同月二一日まで松翁会診療所に通院したが、同診療所においてレ線検査においても異常がないとされ軽快した。その後同年九月一日から再び腰痛を感じたので、同診療所で昭和四〇年三月二五日まで通院治療を行つたが病名としては腰痛症と診断された。その後季節の変り目に痛むことがあつたが、昭和四二年九月頃にいたり首が曲らなくなる程度になつたので、同月一六日中央総合病院において医師田中潤の診察を受けたところ頸椎間板ヘルニアと診断され、第四、五頸椎に後湾があり、第四、五、六、七の椎間が狭くなつている等のレ線上の所見がみられた。右中央総合病院の診察によつて、前記松翁会診療所における事故後間もなく撮影したレ線写真にもごく軽い第五頸椎の後湾、第五、六、七の椎間が狭くなつているといつたことが発見された。これらの症状について、証人田中潤は事故によるものと断定はできないが可能性が多分にあると述べている。
右認定事実によれば、本件事故前には特に首等の痛みのあつたことは認められず、かつ事故後昭和四二年九月までの間に前認定の如き症状の発生する原因となる衝撃等の外力の加えられたことが認められない本件においては、昭和四二年九月以降の症状は本件事故によるものと推認せざるを得ない。
三<証拠>によれば、原告は昭和四二年九月三〇日から同年一〇月一〇日まで中央総合病院に入院治療を受け、同年一二月に二、三回同病院に通病治療を受けたが、全治する可能性は殆ど見込みなく軽快する程度と診断された。昭和四三年二月二二日から同年六月一五日まで四五回にわたり長生堂薬物療室に通つてマッサージ等の治療を受け四六、〇〇〇円支払つたこと。同月一九日より同月二七日まで四回柔道整復師根岸平八に治療を受け二、九〇〇円支払つたこと。同年七月一日より同年八月二五日まで加藤鉞灸療院に通い治療費五六、〇〇〇円を支払つたこと。同年八月三一日より昭和四四年二月末まで六四回にわたり日生健康会に通い指圧、整体矯正等の治療を受け八三、四〇〇円支払つたこと。昭和四四年五月頃月に四、五回日生健康会に通つていること。このうち、通院の交通費を要した分は、原告の勤め先より長生堂に四〇回通つた分と、勤め先より日生健康会に三〇回通つた分であると認められる。右事実によれば原告の損害は治療費として合計一八八、三〇〇円、交通費としては、原告の症状からタクシーによる必要性は認められないのであるから、一回につき一〇〇円程度の交通費合計七、〇〇〇円の範囲において相当因果関係を認める。
四前認定の本件事故の態様、原告の傷害の部位、程度、治療期間等の諸事情に鑑み原告の受くべき慰藉料は三五〇、〇〇〇円をもつて相当と認める。
五<証拠>によれば、原告が本件訴訟提起を原告訴訟代理人に委任し、手数料として四〇、〇〇〇円支払い、成功執酬を支払う契約をしたことが認められるが、この弁護士費用のうち被告に賠償を求めることができるのは六〇、〇〇〇円と認めるを相当とする。
六被告の消滅時効の抗弁について判断するに、右二、三認定の事情から昭和四二年九月頃にいたり事故時に予期しない後遺症が発生したものと認められるのであり、時効はこの発生を知つたものと認められる同年九月一六日より進行するものというべきであり、被告の抗弁は採用し難い。
七よつて、被告らは連帯して、原告に対し六〇五、三〇〇円およびこれより弁護士費用中末払分二〇、〇〇〇円を控除した五八五、三〇〇円に対する訴状送達の日の翌日であること記録上明らかな昭和四三年四月一四日以降支払済みにいたるまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があるので、原告の本訴請求は右の限度で正当として認容し、その余は失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九一条第九二条、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して、主文のとおり判決する。 (荒井真治)