東京地方裁判所 昭和43年(ワ)3901号 判決 1972年7月19日
原告 新井清美
右訴訟代理人弁護士 神戸章
右訴訟復代理人弁護士 小林弥之助
被告 大正海上火災保険株式会社
右代表者代表取締役 平田秋夫
右訴訟代理人弁護士 伊達利知
同 溝呂木商太郎
同 原田策司
主文
一、原告の請求を棄却する。
二、訴訟費用は原告の負担とする。
事実
≪省略≫
理由
一 原告が昭和四二年四月七日被告との間に原告主張どおりの国内旅行傷害保険契約を締結したことは当事者間に争いがない。
二 原告主張の交通事故の存否について判断する。
(一) ≪証拠省略≫によれば、右事故の態様、受傷の程度、原告の事故後の行動、後遺症等について原告の述べるところは次のとおりである。
(1) 原告は昭和四二年四月一一日午後二時四〇分頃松陰神社横の道路右側を東光寺方面(東方)に向って歩行中、後方から自転車に乗った三~四〇才位の婦人が原告を追い越した。その時前方生垣のカーブの蔭から一八~九才の少年の運転する単車が猛スピードで飛び出して来て、自転車を避けようとして急にハンドルを切り過ぎたため、原告の正面に突込んできた。原告は「危い」と大声で叫び右側によけたところ、少年もハンドルを切り返したので正面衝突は避けられたが、単車の荷台に積んであった大型ダンボール箱が原告の身体にあたり、原告は四メートル位はね飛ばされ溝の石垣に後頭部を打ちつけ失神した。
(2) その後、四~五〇才位の男に助けられ、その男は頭部の出血を絆創膏で止めてくれ、また、原告が転倒したところと、スリップ痕のあるところに目印の枯枝をさしてくれた。また、原告は頭、肩、腰などを打って立つことができなかったが、その男が乗用車で原告を全真会病院に連れて行き、受付の中老の婦人に取りついでくれた。
(3) 右病院では、薬液をつけた黄色いガーゼで頭部の血をぬぐってから、ガーゼをあてて止血してくれた。目まいや吐き気がして苦しいので診察台の上で一時間位い安静にしてから、医師が用意してくれた診断書二通を持って萩警察署へ行った。
(4) 警察官三名とパトカーに同乗して現場に行き、前記枯枝を目あてにして検証した。その際、パトカーは現場から一五〇メートル程離れた場所に駐車したので、その間を歩いて現場に行った。
(5) 足がブラブラして歩けないので車を呼んで貰って宿へ帰ったが、目まい、頭痛、吐き気があってどうしようもないので、そのまま三泊して静養し、四月一四日帰途についたものの、途中また具合が悪くなり鳥取駅前の宿で二泊し、同月一七日朝横浜についた。そのまま車で警友病院に行き外科で診察を受けた。六日間ガーゼを詰めたままだったので血が固まってしまい、医師がガーゼをとろうとすると痛かったので、看護婦にアルコールでよく溶かして貰ってガーゼをとった。
(6) その後も警友病院や労災病院に通院して治療を続けたが事故後一ヵ月位して難聴になった。
(7) なお、原告が最初に単車を発見したときの原告と単車の距離は約一〇メートルであり、実際の事故現場は裁判所の検証時に示した地点より更に東方に三〇〇メートル程行ったカーブの個所である。
(二) ところで、≪証拠省略≫によれば、以下の事実を認めることができる。
(1) 萩警察署司法警察員らは、昭和四二年四月一一日午後三時三五分頃、原告からひき逃げ交通事故にあった旨の届出を受け、同日午後四時三〇分から午後五時までの間原告立会のもとに現場の実況見分をした。その際の原告の説明によると、事故現場は萩市大字椿東椎原、倉重輝男方前路上の別紙図面表示の個所で、事故の態様はおおむね(一)の(1)記載のとおりであり、その位置、距離関係は別紙図面記載どおりであった。しかし、事故現場にはスリップ痕やガラスの破片等事故の存在を窺わせる痕跡は何もなかった。
(2) 萩警察署においては、その後も引続いて聞込捜査や検問等により加害少年や自転車に乗って原告を追い越して行ったと称する婦人の発見に努めたが、発見できなかったばかりでなく、事故そのものの存在を裏付ける証拠も何ひとつ発見できなかった。それで、後日(昭和四二年一〇月二三日付)原告から交通事故証明を求められた際も、交通事故があった旨の証明書ではなく、交通事故にあった旨の届出がなされた旨を証する交通事故届出証明を交付するに止めた。
(三) ≪証拠省略≫によれば、原告は昭和四二年四月一一日午後四時頃、萩市内の全真会病院の受付に一人で行き、頭が痛いと訴えたので受付担当の藤田タマエは原告を大石保医師のもとへ案内したが、その際原告は一人で歩いて行ったこと、原告は、大石医師に「午後二時半頃オートバイにはねられた、そのために右側頭部を打撲し、めまい、吐気があり、頭が痛い。」旨訴えたこと、大石医師は診察の結果右側頭部に血腫(いわゆるたんこぶ)様のものを認めたが、その外にはなんらの外傷もなく血圧も正常であったこと、また、右血腫も、果して血腫であるかどうかよく分らない程度のものであったこと、しかし、頭部外傷の場合は後に頭痛が残ったりして長引くので、診断書には全治約一〇日を要すと記載したこと、処置としては精神安定剤であるバランス一〇ミリグラム三錠を与えただけで、血腫様のものについては何も手当しなかったこと、原告は病院で休養をとることなく帰ったことが認められる。
もっとも、甲第一九号証の一(診療費明細書)によれば原告は昭和四二年四月一七日から同年五月一二日の間五回にわたり横浜市所在の警友病院に通院し、「頭部外傷」という傷病名で内服薬の投薬を受けたり頭部レントゲン撮影をしたりしていることが認められるけれども、当裁判所は原告の申立により右診療期間中のカルテを取寄せたのに、原告はこれを書証として提出しなかったことなど弁論の全趣旨を併せ考えると、右甲号証は豪も前記認定を妨げるものではない。
(四) ≪証拠省略≫と、補聴器を用いることなく原告本人尋問がさしたる障害なしに実施できたことなど弁論の全趣旨によれば、原告は自覚的聴力検査によれば左耳九〇デシベル、右耳一〇〇〇ヘルツの検査音で七〇デシベルの検査成績が得られるけれども、現在その主張するような全聾または難聴ではないと認めるのが相当である。
≪証拠判断省略≫
(五) 前記(一)に掲記した≪証拠省略≫中右(二)ないし(四)の認定事実に反する部分は到底信用できないし、その他の部分も右認定事実に照らすとにわかに信用できない。
してみると、前記(一)に掲記した≪証拠省略≫のみによっては原告がその主張のような交通事故による被害を受けたことを認めることはできず、他にこれを認めるに足る証拠はない。
三 よって、その余の点について判断するまでもなく、原告の本訴請求は失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 篠清)