東京地方裁判所 昭和43年(ワ)4619号 判決 1973年6月09日
原告 横井嗣寿
右訴訟代理人弁護士 真田禎一
同 平井嘉春
被告 共同鉄工建設株式会社
右代表者代表清算人 嘉戸明雄
被告 株式会社朝日新聞社
右代表者代表取締役 中川英造
右訴訟代理人弁護士 芦苅直巳
右訴訟復代理人弁護士 稲村建一
同 関根攻
右訴訟代理人弁護士 久保恭孝
同 池谷昇
被告 株式会社同盟広告社
右代表者代表取締役 鍋島茂雄
右訴訟代理人弁護士 富田喜作
右訴訟復代理人弁護士 川村延彦
右訴訟代理人弁護士 高橋正則
右訴訟復代理人弁護士 表久雄
右訴訟代理人弁護士 広江武彦
主文
一 被告共同鉄工建設株式会社は、原告に対し、金二八五万一八二五円およびこれに対する昭和四五年四月三日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払い、かつ、別紙物件目録(二)記載の建物を収去して同目録(一)記載の土地を明渡せ。
二 原告の被告共同鉄工建設株式会社に対するその余の請求および被告株式会社朝日新聞社、被告株式会社同盟広告社に対する各請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は、原告と被告共同鉄工建設株式会社との間においては、これを一〇分し、その九を原告、その余を右被告の負担とし、原告と被告株式会社朝日新聞社および被告株式会社同盟広告社との間においては全部原告の負担とする。
四 この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。
事実
≪省略≫
理由
一 請求原因一について
1 請求原因一1の事実は、≪証拠省略≫によりこれを認めることができる。
2 同一、2の事実につき判断する。
原告と被告共同鉄工との間においては、原告主張の期間に被告朝日新聞主催のホーム・ショウが開催され、被告共同鉄工がプレハブモデル住宅(本件モデル住宅)の建築施工業者としてこれに参加したことは争いがない。
原告と被告朝日新聞との間においては、すべて争いがない。
原告と被告同盟広告との間においては、被告朝日新聞が毎年の例にならって原告主張の期間ホーム・ショウを主催したこと、被告共同鉄工は、ホーム・ショウに展示されたプレハブモデル住宅の建築施工業者としてこれに参加したことは争いがない。
前記争いのない事実と、≪証拠省略≫を総合すると、次の事実を認めることができる。≪証拠判断省略≫
被告朝日新聞は本来の報道事業のかたわら、右事業による利益を社会に還元する趣旨で、社内に企画部を設け、種々の行事を行っているが、その一環として消費者と生産者双方に対し、商品について検討と対話の場を提供することを目的として、企画部内に「ホーム・ショウ事務局」を置いて毎年一回、東京国際ホーム・ショウを主催してきた。
東京国際ホーム・ショウは昭和四三年度には、その第五回が、東京晴海の国際貿易センターで、同年六月九日から同年同月一八日までを会期として、開催されることになったが、例年多数の業者が参加し、ホーム・ショウ事務局の少数の担当者では出品業者を精選することができないところから、事務局では「食生活の改善と合理的な住生活」という総合テーマを決定し、そのテーマのもとで具体的にいかなる企画、出品を行うかについては、それぞれの分野で相応の知識を有する広告代理店に決定させてそれを承認するという形式を採ることにし、そのようにして決定された具体的企画に参加する個々の業者は、その広告代理店に選定させることにした。
右の「合理的な住生活」というテーマに対応する企画の一部は、建築業者関係に専門的知識を有する広告代理店である被告同盟広告に委ねられたが、被告同盟広告はその企画の一つとして、被告朝日新聞の承認のもとに、屋外展示場にプレハブ住宅を組立ててこれを展示することを企画し昭和四三年二月ごろ早稲田大学理工学部の教授武基雄に設計を依頼して承諾を得るとともに、プレハブ住宅を構成する鉄骨材、建材、家具等の部分品の生産販売業者を選定し被告朝日新聞との間で、これらの出品契約について代理業務を行うほか、これらを組立、総合したプレハブモデル住宅は独立の展示として自らの名でホーム・ショウに出品することとして、被告朝日新聞との間で出品展示契約を締結した。
被告同盟広告は、武教授との間で設計契約を締結するにあたっては、当該プレハブ住宅は単にホーム・ショウ限りの仕事ではなく、これを量産化し、販売するところまで発展するものであり、そのための業者も紹介する旨説得して締結したものであり、また、このようにして設計された三階建の本件モデル住宅のホーム・ショウにおける建築施工を担当する建築業者を勧誘するについても、本件モデル住宅がホーム・ショウで評判になれば、その実用型の量産販売を担当することによって大きな利益を得ることができる旨告げてこれを行い、この勧誘に被告共同鉄工が同年五月ごろ応募し、本件モデル住宅の建築施工を担当することになった。
本件モデル住宅は、数種の基本ユニットと付属ユニットおよびアクセサリーを組み合わせることによって注文者の好みに応じた構造を作出することができるようになっている武教授の設計になるユニットハウスの一組立例であって右ユニットハウス量産・実用化にはなお数か月の研究を要するものであったが、武教授は被告同盟広告の仲介によって被告共同鉄工とホーム・ショウ開催の少し前から右ユニットハウスの量産実用化について交渉を始めていた。
武教授は、被告共同鉄工については元来鉄骨の専門メーカーであってプルハブ住宅建設についての実績はないが、指導如何によってはユニットハウスの量産実用化を担当することも十分できるものと見込んでいたものであり、被告共同鉄工も当初は熱心に交渉に参加し、研究期間や研究費の負担につきかなり話合いは進展していたのであるが、ホーム・ショウが終了して後は、熱意を失ってしまい、また武教授も被告共同鉄工の技術上の実力や意欲に失望したため交渉は不調に帰し、ユニットハウス量産実用化計画は、そのころ実現されずに終った。
二 請求原因二(被告共同鉄工の詐欺)について
原告と被告共同鉄工との間においては、原告が昭和四二年六月一二日被告共同鉄工と本件実用型住宅の建築請負予約を締結し、手付金として金三〇万円を支払い、同年七月一二日右予約に基づく本契約を締結し、内金として金一〇〇万円を支払ったこと、および被告共同鉄工が昭和四二年九月ころ、原告に対しその注文にかかる建物を完成したとして本件建物の受取を求めたことは争いがない。
原告と被告朝日新聞との間においては昭和四二年六月六日付朝日新聞夕刊紙上にホーム・ショウ開催の紹介記事が掲載されたことは争いがない。
右争いのない事実および≪証拠省略≫を総合すると次のとおり認めることができ、これに反する証拠はない。
被告朝日新聞は、朝日新聞昭和四二年六月六日付夕刊紙上に、ホーム・ショウの予告記事を掲載し、本件モデル住宅をその「最大の呼びもの」の一つとして紹介した。
原告は右予告記事を読み、本件モデル住宅がかねてから考慮中の個人医院用建物として適当か否かを検討するためホーム・ショウの初日である同月九日、母横井松枝(以下、松枝という。)とともにホーム・ショウ会場に赴き、本件モデル住宅を見分するとともに、被告共同鉄工の担当者の説明をうけた。
被告共同鉄工の説明担当者は、本件モデル住宅と同一構造の建物を建築したいとの原告の希望に対し、本件モデル住宅は、武教授の設計にかかるユニットハウスの一組立例であって、数種の基本ユニットと付属ユニットおよびアクセサリーの組合せによって注文者の好みの構造の建物を造ることができ、すでに量産実用化が現実化しており、基本ユニット等の製作、組立施工、販売は被告共同鉄工が担当するとの合意が武教授と被告共同鉄工間で既に成立しているから、被告共同鉄工と請負契約を締結すれば、本件モデル住宅と同一構造の実用型ユニットハウスを建築することができる旨説明し、右武教授の設計にかかるユニットハウス量産計画が既に実用化され、その製作、施工、販売を被告共同鉄工が担当するものとしてその構造、価格等の記載がされている被告共同鉄工作成の「ユニットハウス―住宅、別荘、共同住宅に」と題するパンフレットおよび被告共同鉄工がホーム・ショウに建築技術の出品をし、本件モデル住宅と同種のユニットハウスの施工、販売を同被告が担当する趣旨の広告を掲載した「プレファブ・セカンドハウス―これからの住い」と題する被告同盟広告作成のパンフレットを手渡した。
同月一二日被告共同鉄工の担当者の一員である伊藤文男は原告方を訪れ、原告に対し会場での担当者と同様の説明をしユニットハウスの建築請負契約の締結を勧誘したので、原告は伊藤に対し本件モデル住宅と同一構造の実用型ユニットハウスの詳細な設計図の提示を求めたところ、伊藤はそのような設計図はいまのところないが、再度ホーム・ショウ会場に来てもらったうえで、本件モデル住宅を検討しながら建築すべき建物の構造を説明し、その仕様をパンフレットに記入することで代用したい旨回答した。そこで、原告は、会場における担当者や右伊藤の右説明どおり、既に本件モデル住宅を一例とするユニットハウスの量産実用化が現実化し、基本ユニット等の製作、組立施工、販売は被告共同鉄工が担当するとの合意が設計者である武教授と被告共同鉄工との間で成立しているものと考えて、被告共同鉄工が本件モデル住宅と同一構造の実用型ユニットハウスを建築する法律上の権限や技術的能力を有することについては何の懸念も抱かずに、同日後記本契約とほぼ同内容の建築請負予約を結び、手付として金三〇万円を交付した。
その後、同月一七日に至って原告は、伊藤の言に従って、松枝とともに再びホーム・ショウ会場に赴き、建物の構造の詳細およびその仕様等につき、被告共同鉄工の担当者と交渉し、その内容を被告共同鉄工の前記パンフレットに記入させまたホーム・ショウ終了後である同年七月一二日、被告共同鉄工本社において、その代表者である嘉戸明雄や、伊藤から種々の説明をうけ、被告共同鉄工に対する前記の信頼をますます深め、結局同日、被告共同鉄工代表者嘉戸明雄との間で工事に着手する前に武教授作成の約定建物の設計図、建築確認申請書写およびその添付図面の交付を受けるとの約束のもとに次の内容のユニットハウス建築請負契約(本件請負契約)を締結し、工事代金の内金として金一〇〇万円を支払った。
(イ) ホーム・ショウに展示された重量鉄骨造、鉄骨入布コンクリート基礎の三階建本件モデル住宅と同一構造の武教授設計にかかる実用型ユニットハウスに、バルコニー位置の修正、浴室の排水設備の増設、風呂用換気孔、湯沸器の設置をした床面積各階約二三・一四平方メートルの建物を建築すること。
(ロ) 工事代金は総計金三二一万九八〇〇円とし、手付金三〇万円はその一部に充当し、本契約成立時に金一〇〇万円、建物の完成引渡日(昭和四二年九月一日)に残金をそれぞれ支払うこと。
伊藤は、同年八月七日に松枝に対し、建築確認申請書添付図面であるとして建物の図面を示したが、同図面に示された建物は約定と異り窓の数が少ないものであったため松枝は不信をいだき修正を求めたが、被告共同鉄工はその後も原告に対し、本件請負契約の趣旨に合致した建物の設計図の交付をすることなく、工事現場に早稲田大学の武教授の設計のユニットハウス建築工事である旨の立札を掲げて同月八日建築工事に着手し、同年九月始めころ原告に対し注文の建物が完成したとして本件建物の受取を求めた。
しかし、同建物は、武教授がその設計を担当する前記ユニットハウス量産、実用計画の一適用として同教授作成の設計図に基づき建築されたものでなく、被告共同鉄工の技術担当者が本件プレハブ住宅を模倣して作成した設計図により建築されたものであって、使用鉄骨は約定の重量鉄骨ではなく、また基礎が約定の鉄骨入布コンクリートで強固にかためられたものではなかった。そのため、建築基準法第二〇条所定の構造耐力を具備していないと認められ、建築確認申請は保留されたままで将来確認される見込はなくこれに居住することができないばかりか、バルコニーの位置が約定と異り、内外装壁材が約定より粗悪であるなど、本件請負契約で定められた条件に満たないこと甚しいものであった。
右認定事実および前記一で判示した被告共同鉄工と武教授との間のユニット量産実用化計画の交渉経緯ならびに弁論の全趣旨を総合すると、被告共同鉄工代表者嘉戸明雄はホーム・ショウに参加するにあたって説明担当者らに対し武教授との間で行われていたユニットハウス量産実用化計画がまもなく合意に達するであろうとの見込の下に、右量産実用化計画がすでに現実化しており、基本ユニット等の製作施工、販売は被告共同鉄工が担当する旨の合意が、設計者である武教授との間で既に成立しているものとして、その請負契約締結を一般入場者に勧誘すべきことを指示しその趣旨のパンフレットを作成させ、広告を掲載させ、またホーム・ショウ終了後、武教授との交渉が不調に終り、被告共同鉄工が量産、実用化を担当する法律上の権限も、事実上の能力もそなえる可能性がもはやなくなった後においても、右事実を十分認識しながら、担当者をして依然として同様の説明を原告に対しするよう指示し、かつ自らも原告に対し同様の説明をし、原告の被告共同鉄工に対する前記信頼を継続、深化させ、これを利用して本件請負契約を締結するに至らしめたことが確認され、これに反する証拠はない。
以上の認定事実によると、被告共同鉄工代表者嘉戸明雄がホーム・ショウの当初から既にユニットハウス量産実用化計画の実現につき何らの成算もないのに一般入場者を欺罔する意図のもとに従業員に指示して欺罔行為に及んだ旨の原告主張事実は、当時の武教授との間の交渉の経緯に照らすと認めることはできがたいが、右交渉が不調となったホーム・ショウ終了後まもなくのころ(おそくとも、昭和四二年七月一二日の本件請負契約締結時より前)から、右被告共同鉄工代表者は、部下の説明担当者をして、または自ら、前記内容の説明をして原告を欺罔したものということができるから、これにより原告が蒙った損害を賠償する義務があると言わなければならない。
三 請求原因三(被告共同鉄工の詐欺に対する被告朝日新聞の幇助)について
前記二において認定した事実および≪証拠省略≫を総合すると次の事実を認めることができ、これに反する証拠はない。
原告は昭和四二年七月一二日被告共同鉄工との間で本件請負契約を締結したが、被告共同鉄工の担当者は右約定に反し、注文建物の設計図および建築確認申請書添付図面を原告に交付しないので、心配した松枝は、同年八月三日ころ被告朝日新聞に対し、文書をもって事情を訴え、被告朝日新聞の協力を要請した。そこで、被告朝日新聞の担当者が被告同盟広告を介して善処を促したところ、被告共同鉄工は前記伊藤をして、同月七日、松枝に対し建築確認申請書添付図面を示させたが、同図面に記載された建物は約定より窓の数が足りない等当初の合意と異る点があったので、松枝は伊藤に対しその修正を求めるとともに、同月八日被告朝日新聞東京本社を訪れ、企画部内のホーム・ショウ事務局員武岡幹夫(同人が被告朝日新聞の従業員であることは当事者間に争いがない。)に対し、被告朝日新聞がホーム・ショウ主催者として、原告に対して注文建物の設計図を交付し、かつ建築確認申請書を閲覧させることを被告共同鉄工に善処させるよう要請し、武岡は、被告共同鉄工は一流とは言えないものの一応信頼に足る会社である旨述べながらも松枝の要請に協力することを約した。そして、武岡およびホーム・ショウ事務局長惣郷正明は、企画部次長太田治雄から、松枝の要請について被告同盟広告に連絡して善処させるよう指示されたため、そのころ、被告同盟広告代表取締鍋島茂雄に対し、被告共同鉄工が原告の苦情につき考慮し、適当な措置を講ずるように連絡すべきことを伝えた。
その後、原告は被告共同鉄工の施工ぶりに疑問を抱き、松枝をして、同月一二日、文書をもって被告朝日新聞企画部に対し、右建築工事の施工監督者として適当な建築士の紹介方を要請させたが、武岡は電話でこれに答え、建築工事については被告共同鉄工を信頼してまかせ工事完了後、不満な点を修正させる方が良い旨忠告した。さらに武岡は惣郷の指示により同月三一日、原告らとともに建築中の本件建物を見分し、原告らの苦情を聴き、その旨を被告共同鉄工に伝達する旨述べ、その措置をとった。
同年九月はじめ、被告共同鉄工から前記二で認定したとおり本件請負契約の約定に満たないこと甚しい本件建物の受取を求められた原告は、松枝を介して、惣郷の後任事務局長北村三郎および武岡に対して、同年一一月ころまで数回にわたり、被告共同鉄工に対する苦情を述べ、善処方を要請し、北村はこれに対する措置として、前記鍋島に事情を説明して、被告共同鉄工に対して相当の対応措置をとるべきことを伝達するよう依頼した。
被告共同鉄工は同年一二月に至って不渡手形を出して倒産し、昭和四三年一月ころ本件請負契約に基づく債権を被告同盟広告に譲渡した(≪証拠判断省略≫)ため、その後は原告と被告同盟広告または原告と被告朝日新聞との間で本件紛争を調整すべく交渉が持たれようとしたが、結局不調に終った。
右認定事実によると、被告朝日新聞の従業員は、被告共同鉄工についての原告らの苦情について相談に応じ被告同盟広告を介して被告共同鉄工に対し種々善処を促したものということができるに過ぎず、≪証拠省略≫によると右武岡は原告らに対して被告共同鉄工に対し損害賠償請求をするときのために証拠を保全するよう忠告したことさえも認められるのであるから、右認定事実からしては、被告主張のごとく被告朝日新聞の担当従業員が、前記二で認定した被告共同鉄工代表者の原告に対する欺罔行為を認識し、これが発覚して被告朝日新聞に責任が及ぶことを恐れ、これを隠ぺいする意図のもとに右各行為に出て、前記欺罔行為を幇助したとの事実を推認するのは相当でなく、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。
そうすると、その余の点を判断するまでもなく、原告の被告朝日新聞に対する詐欺幇助を原因とする請求は理由がない。
四 請求原因六(被告共同鉄工の詐欺により原告の蒙った損害)について
1 前記二において判示したように、原告は被告共同鉄工に対し、本件請負契約による内金として昭和四二年六月一二日に金三〇万円、同年七月一二日に金一〇〇万円をそれぞれ交付したものであるところ、前者の金三〇万円は、右交付当時、被告共同鉄工代表者に原告を欺罔する意思があったものと推認するのが相当でないことは二において判示したとおりであるから、これを騙取されたものということはできないが、後者の金一〇〇万円は、二において判示したとおりその交付当時、被告共同鉄工代表者に原告を欺罔する意思があり、かつその欺罔行為により原告を誤信せしめてこれを交付させたものであるから、被告共同鉄工代表者に騙取されたものというべく、原告は同額の損害を蒙ったものということができる。
2 前記二認定事実と≪証拠省略≫を総合すると、請求原因六・2の事実(ガス工事のための支出金四万四〇〇〇円の損害)を認めることができ、これに反する証拠はない。
3 前記二の認定事実と≪証拠省略≫を総合すると次の事実を認めることができ、これに反する証拠はない。
原告は、被告共同鉄工が本件請負契約に基づき、昭和四二年九月一日の期日までに約定建物を完成、引渡すものと信じ、同年八月ごろ、それまで居住していた横浜市富岡所在の居宅を、同年九月八日限り明渡す約で、第三者に譲渡したところ、被告共同鉄工が同日までに約定建物の完成引渡をすることができなかったので、やむなく同日から松枝とともに鎌倉市所在の七里ヶ浜ホテルに宿泊して、その完成を待つことにした。ところが、そのころ被告共同鉄工が原告に受取を求めた本件建物が前判示のとおり当初の約定を満たしていないものであったので、原告はその後も被告朝日新聞を介するなどして、被告共同鉄工に対し当初の約定どおりの建物を建築するよう要求していたが、ホテル住いを続けると経費もかさむので同年一一月下旬、本件土地上に仮住居として仮設小屋を建築し、同年一二月四日、松枝とともに右仮設小屋に移転して居住することにした。
原告は、右のとおり同年九月八日から同年一二月三日まで松枝とともに七里ヶ浜ホテルに宿泊し、同ホテルに宿泊代金として合計金一九万四三六〇円(一日、一人あたり宿泊代金一〇〇〇円、奉仕料金一〇〇円、税金三〇円合計金一一三〇円)サノヤ産業株式会社に対し仮設小屋建築の工事代金として、同年一一月三〇日に金一〇万円、同年一二月七日に金一九万二〇〇〇円合計二九万二〇〇〇円、川名電気商会に対し仮設小屋の電気設備工事代金として、同月五日に金一万二〇〇〇円、大倉設備工業株式会社に対し、仮設小屋の給排水設備工事代金として同月一二日に金九四六五円をそれぞれ支払った。
右認定事実によると原告は被告共同鉄工代表者の前記詐欺行為により、右のとおり宿泊代金および仮設小屋の設置費用(附帯工事を含む。)として支払った金員合計五〇万七八二五円と同額の損害を蒙ったものということができる。
4 ≪証拠省略≫によると、前判示3の経緯で原告が居住するに至った仮設小屋は、六畳程度の広さしかなく、応急的な便所、炊事場、浴槽のほかにはこれといった設備もない粗末な建物であり、その生活環境も劣悪で同処で長期生活することは極めて不愉快なものであることが容易に認められる。
前記二において判示したような被告共同鉄工代表者の詐欺行為の形態および右認定事実によると、原告は右仮設小屋に長期間居住することを余儀なくされていることで相当の精神的苦痛を与えられたものというべく、原告の右苦痛を慰藉するためには金一〇〇万円をもって相当と判断する。
5 次に、原告は、本件建物を個人医院として用いた場合の得べかりし利益およびこれを個人医院として用いることができなかったことによる精神的苦痛に対する慰藉料を被告共同鉄工代表者の前記詐欺による損害として請求している。
これらの損害は、本件建物を個人医院として利用することを前提とするものであるから、所謂特別損害として被告共同鉄工において原告が本件建物を個人医院として用いるであろうことを予見し、または予見することができた事情を推認するに足る事実関係を立証することができた場合にのみ、その請求が正当とされるものであるところ、本件全証拠によっても、右事実関係を証するに足りる証拠は存しないから、原告の右請求はこの点において既に失当であるのみならず、原告主張の得べかりし利益相当の損害発生の事実は、次に判示するとおり本件全証拠によってもこれを確定することができない点でも理由がないというべきであり、また、慰藉料の請求も同じく、個人医院を開業しなかったことによって損害が発生したか否か確定できない以上これを肯認するに由ないものと言わなければならない。
原告の個人医院開業計画については既に一1で判示したとおりであり、また≪証拠省略≫によると、右計画によれば、原告は開業当初は慈恵会医科大学の勤務とも兼ねるため夜間のみ診療に従事し、相当期間経過後、個人医院を専業とするつもりであったことが認められ、この事実に≪証拠省略≫を総合すると、原告のような医師が、個人医院を開業すれば専業の場合は勿論、当初の計画のとおり、夜間のみ診療に従事した場合であっても、最低一か月金一〇万円以上の純利益を得ることができたこと、原告は約定建物の引渡を受けた後可及的すみやかに皮膚科ならびに内科の診療を開始するつもりであったこと、約定建物の引渡を受けるはずであった昭和四二年九月当時には、本件土地付近の地域に病院もしくは個人医院は開業していなかったものであるが、被告共同鉄工が約定建物の完成、引渡をしない間に、三名の医師が開業するに至り、原告は医院開業計画を断念したことがそれぞれ認められる。
しかしながら、右三名の医師の診療科目、その各医院の本件土地との距離関係も全く明確となっておらず、医師という職業の特殊性を考慮すると、右の諸事実のみをもってしては、せいぜい原告が最初に開業した場合得られたであろう利益をある程度減額する要素となるであろうことを推認させるに止まり、それによっていかほど収入が減ずるかは全く算定できず、右の状況下で原告が敢えて個人医院を開業した場合、なお一か月金一〇万円以上の純利益を得ることができたか、又は金一〇万円以下のいかほどかの純利益を得るに止まるのか、あるいは全く利益をあげることができないのか、そのいずれとも確定することができない。
すなわち、右の状況下において、原告が個人医院開業を断念したことから原告主張の損害が発生したと速断することはできない。≪証拠判断省略≫
五 請求原因七(被告共同鉄工の債務不履行)について
1 被告共同鉄工が昭和四二年九月ごろ、原告に対して約定の建物が完成したとして本件建物の受取を求めたことは当事者間に争いがない。
また、本件建物が本件請負契約の約定に甚しく反するものであることは前記二において判示したとおりである。
このように、基礎および使用鉄骨という建物の重要部分において約定を全く満たしておらず、かつ建築基準法第二〇条所定の構造耐力に欠けていて建築確認が得られず、そのため居住使用することが不可能というべき本件建物は、たとえ最後の工程まで終了していたとしても、未だ完成したものということはできないものと解するのが相当である。
そして、≪証拠省略≫を総合すると、被告共同鉄工は昭和四二年一二月に倒産し、本件建物を約定どおりのものにして完成する能力はもはやないことが認められる。
そうすると、本件請負契約上の被告共同鉄工の約定建物を完成して引渡すべき債務は、社会通念上履行不能となったものということができる。
2 請求原因七2の事実(契約解除の意思表示およびその到達)は記録上明らかである。
3 従って、被告共同鉄工は原告に対し、本件請負契約の履行不能による損害を賠償する責任があるものというべきところ、これを求める原告の本訴請求は、被告共同鉄工代表者の詐欺による損害賠償の請求についての判断において認容された限度では判断の必要がなく、また排斥された部分のうち、次に判示する以外は、同一の理由で排斥を免れない。
被告共同鉄工が昭和四二年六月一二日、原告から本件請負契約の手付金三〇万円の交付を受けたことは当事者間に争いがない。そして、本件請負契約が解除されたことは既に判示したとおりであるから、被告共同鉄工は原状回復として右金員を原告に返還する義務がある。
六 請求原因八(被告共同鉄工の建物収去、土地明渡義務)について
請求原因八・1は当事者間に争いがなく、同八・2は≪証拠省略≫によりこれを認める。
もっとも、本件建物は原告と被告共同鉄工間の本件請負契約にもとづき被告共同鉄工がその建築に着手したものであることは前記二で判示したとおりであるが、原告が被告共同鉄工に対し、原告主張のとおり本件請負契約を取消し、もしくは解除する旨の意思表示をしこれが被告共同鉄工に到達したことは記録上明らかである。
そうすると、被告共同鉄工は原告に対し、本件建物を収去して本件土地を明渡す義務がある。
七 請求原因四(ホーム・ショウ主催者としての被告朝日新聞の不法行為)について
被告朝日新聞が、ホーム・ショウ開催に先立つ昭和四二年六月六日朝日新聞夕刊紙上において「合理的な住生活」をテーマとするホーム・ショウの出品展示物として武教授の設計にかかる本件モデル住宅を紹介し、ホーム・ショウに参加した出品商社は内外の優秀メーカー四五〇社である旨の記事を掲載したことは当事者間に争いがない。
≪証拠省略≫によると、右の紹介記事は、被告朝日新聞の記者が、設計者である武教授から直接取材し、資料の提供を受けて記事にしたものであるところ、ホーム・ショウの「最大の呼びもの」として、トレーラーハウスとともに大きな紙面をさいて本件モデル住宅をとりあげており、これからのプレハブ住宅についての一般的特徴のほか、本件モデル住宅の用途、構造にふれ、建築する場合の工期が一棟あたり一週間であること、量産単価は一平方メートルあたり一〇万円程度が予定されているとし、本件モデル住宅の実用型についての企画がかなり具体化している感じを与える表現のものであることは否定できず、「内外の優秀メーカー四五〇社」との記載も、被告朝日新聞の大きな信用を背景にあるものとして考慮すると、一般読者に対し、卒然として読めば、あたかも被告朝日新聞がその責任において、出品業者を推奨するかのような印象を与えかねないものであることも否めないところである。
また、被告朝日新聞は、前記一2で判示したような趣旨のもとに例年ホーム・ショウを主催しているが、≪証拠省略≫によると、その最終的収支は赤字とはいえ、出品業者と一般入場者から相当額の収入を得ており、毎年広告代理店を通じて出品業者を募るときも、例年行われた取引の成果を一つの勧誘の手段としていたので、ホーム・ショウ会場内で出品業者が展示商品の即売や、売買契約の締結をすることを禁止せず、むしろ、商品の即売や予約をする出品業者は事前にその旨をホーム・ショウ事務局まで届出ることを指示し、被告同盟広告はこの指示に従って、出品展示契約において、予約即売がある旨届出をしており、従って、被告朝日新聞のホーム・ショウ事務局の担当者は、その具体的態様はともかく、本件モデル住宅に関連して何らかの契約締結の勧誘が行われるであろうことを、ホーム・ショウ開催に先立って予見していたものであることが認められる。
しかしながら、前記紹介記事は、≪証拠省略≫において、ホーム・ショウの他の一つの主要出品展示物とされているトレーラー・ハウスが、ホーム・ショウ終了後発売されることを明記してあるのと対比して仔細にみれば、本件モデル住宅については未だ量産化が実現していないことが看取できるような表現がとられているし、「内外の優秀メーカー四五〇社」なる文言も、見出し文字として用いられているのではなく、冒頭の紹介文中の一言に過ぎず、しかも、被告朝日新聞が自ら出品商社につき、独自の信用調査を行ったとか、その信用性を被告朝日新聞において担保するとかの趣旨のものでないことは、新聞社の機能に即して考えれば、ことがらの性質上、これを察知することも一般に難きを強いることではないというべきである。現に≪証拠省略≫によれば、右記事は右のような趣旨で書かれたものではなく、前記一2で判示したような事情のもとに被告朝日新聞から出品業者の選定を委託された被告同盟広告が、その専門の知識を生かして通常の調査を行ったうえ、選定すれば、被告朝日新聞の信用を害するような不良業者は参加する余地はないであろうとの考えから書き入れられたものであることが認められる。
そのうえ、被告朝日新聞のような大きな信用を有するものが、たとえ、自ら出品業者を選定しなくとも、一般消費者と生産業者の双方のために、ホーム・ショウのような大規模な所謂見本市を企画し、開催することの社会的意義の大きなことは言うまでもないから、このような有意義、大規模な企画を、被告朝日新聞が自ら個々の出品業者を選定するのでなければ催すべきでないとすることは過大な要求であって、むしろ、前記一2で判示したように、広告代理店の専門的知識を利用して出品業者を選定する方法をとってでも催すことの方こそかえって次善の策であるにせよ相当ということができる。
そして、右のようにして出品業者の選定を委ねられた被告同盟広告の担当者は、本件モデル住宅について、その組立施工担当者として、被告共同鉄工を前記一2で判示したように勧誘し、建築施工担当契約を締結したのであるが、≪証拠省略≫によれば、右合意に至るまでの間、昭和四〇年ころ、被告共同鉄工と取引を開始した際の銀行調査の結果およびその時以後の毎月の取引状況等から判断して、被告共同鉄工の一般的信用については疑問を抱かず、また、前記一2で判示したように武教授と被告共同鉄工の量産実用化計画についての仲介をした関係もあって、本件モデル住宅組立施工についての技術的能力についても心配しなかったものであることが認められ、被告同盟広告の担当者が右判示のような点を考慮しつつ被告共同鉄工を本件モデル住宅の建築施工担当者に選定したことについても、被告共同鉄工の信用ないし能力を当時疑うべき証拠がなく(≪証拠省略≫によると、被告共同鉄工が昭和四二年一二月ころ倒産した事実を認めることができるが、倒産の原因は本件全証拠によっても不明というほかなく、ホーム・ショウ開催当時、被告共同鉄工の信用を疑うべき事情のあったことを、右倒産の事実から推認することはできない。)、専門家である武教授が被告共同鉄工を一応能力のあるものとして評価し、前記量産実用化計画の交渉を継続していた事情に照らすと、過誤があったものということはできない。
さらに、もともと本件請負契約は、原告と被告共同鉄工との間でその責任において締結されたものであり、被告朝日新聞の前記紹介記事やホーム・ショウ自体は、契約締結に至る必然的要因をなすものではなく、単なる動機をあたえたに過ぎないものというべきものである。
以上認定のような事情を彼此勘案すると、前記紹介記事の掲載からホーム・ショウ開催に至るまでの被告朝日新聞のとった行為をもって違法と目するには足りないものというのが相当である。
のみならず、原告の被告朝日新聞に要求する注意義務は、つまるところ、被告共同鉄工の一般的信用が悪化していたことや、武教授と被告共同鉄工の間に量産実用型ユニットハウスの完全な製作販売契約が成立していない等その主張のような事由からして、被告共同鉄工をホーム・ショウに参加させるべきでないというに帰するのであるが、右主張のように、当時被告共同鉄工の一般的信用が悪化し、被告朝日新聞がその事実を知っていたというのであれば格別、そのような事実の認められないことは前示のとおりであるし、また武教授との契約関係に関していうところも、ホーム・ショウの前示趣旨、目的、および右契約についての前示認定の交渉の経緯に徴すれば、失当な要求であって採用できないというほかはない。
そうすると、その余の点について判断をすすめるまでもなく、原告の請求は理由がないといわざるを得ない。
八 請求原因五(ホーム・ショウ企画者としての被告同盟広告の不法行為)について
被告同盟広告が武教授の設計にかかる本件モデル住宅をホーム・ショウの展示物として出品したことは当事者間に争いがない。
ホーム・ショウ開催に関する被告朝日新聞、被告同盟広告、被告共同鉄工および武教授の間の相互の事実関係は前記一2で判示したとおりであり、≪証拠省略≫によると、前記七で認定したとおりの経緯によって被告同盟広告が被告共同鉄工を本件モデル住宅建築施工担当者に選定するに至った事実、およびホーム・ショウ会場において被告共同鉄工の説明担当者が一般入場者に対し本件モデル住宅に関して請負契約締結を勧誘する行為に出るであろうことは被告同盟広告の予見するところであったことを認めることができる。
しかし、本件全証拠によっても、原告主張のごとき、ホーム・ショウを契機として被告同盟広告が本件実用型住宅(実用型ユニットハウス)の建築を行うことを自ら企画し、その具体的な建築請負は被告共同鉄工をして直接担当させることとして、ホーム・ショウ会場において被告共同鉄工が一般入場者に対して、本件実用型住宅を建築することを目的とする請負契約締結のための勧誘行為を行うことを許容したとの事実は未だこれを認めることができない。
もっとも、≪証拠省略≫によると、被告同盟広告が被告朝日新聞ホーム・ショウ事務局に対し、「予約・即売有」と届出ていることが認められるが、これは前記一2で判示したとおり、被告同盟広告が本件モデル住宅について自ら出品者になるとともに、それを構成する個々の物品の出品業者に対しては広告代理業務をも併せ行っていたことによるものであって、被告同盟広告が自ら「予約即売」にあたることを意味するものではなく、個々の出品業者がそれを行うことを意味するものであるから、この事実から被告同盟広告が自ら本件実用型住宅の建築を行うことを企画したことを推認することはできず、また、ホーム・ショウ会場において被告共同鉄工が一般入場者に対して勧誘行為に出るであろうことを被告同盟広告が予見していたからといって、そのことから直ちに被告同盟広告が右企画の実行行為として、被告共同鉄工が、右行為に出ることを許容していたものと推認することも相当でない。かえって、前記一2に判示したように、被告同盟広告は、武教授と被告共同鉄工との間の本件モデル住宅の量産実用化計画の交渉については、単なる仲介の役を果したに過ぎず、本件実用型住宅については、武教授との間でも、被告共同鉄工との間でも、何の契約関係も存在しなかったのである。
また、前記七において述べたと同一の理由により、当時の事実関係を前提とすると、被告同盟広告が本件モデル住宅の建築施工担当者として被告共同鉄工を選定したことには過誤があったということはできず、被告同盟広告担当者の行為には右の点においても違法はない。
そうすると、原告の被告同盟広告に対する請求は、その主張する注意義務の前提を欠くことに帰するから、その余の点にまで判断を進めるまでもなく、理由がないというべきである。
九 以上の次第で、原告の被告共同鉄工に対する本訴請求のうち金二八五万一八二五円およびこれに対する不法行為の後である昭和四五年四月三日(但し、原状回復請求による金三〇万円に対しては昭和四五年三月一九日付請求の趣旨拡張申立書送達による催告の後である同日)から完済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払と、本件建物収去、本件土地明渡を求める部分は正当として認容すべきであるが、原告の被告共同鉄工に対するその余の請求および被告朝日新聞、被告同盟広告に対する各請求はいずれも失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 内藤正久 裁判官 田中壮太 裁判官佐久間重吉は、転補につき、署名押印することができない。裁判長裁判官 内藤正久)
<以下省略>