東京地方裁判所 昭和43年(ワ)6488号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
〔判決理由〕ところで、原告は、本件においては精神的損害に対するいわゆる慰藉料を請求するのみなのであるが、当時の収入等に言及していることに鑑み、その訴旨は、本件事故による損害中、財産上の損害を留保除外して精神的損害のみにつきその賠償を求めるというのではなく、むしろ、財産上損害をも合せた本件事故による損害全部につき、内金としてでなく総損害の賠償を慰藉料名下に求めるにあると解されるのであり、一個の人身事故による損害は、精神的損害と然らざるものとで二個の訴訟物を構成するのでなく、損害全部を合して一個の訴訟物を成すと見るべきものであるから、右のような原告の態度を誤つているとすることはできない。そこで、この訴旨に即して、いわゆる逸失利益額をも慰藉料算定の事情として考察することとする。
<証拠>によれば、次のような事実が認められる。
(1) 原告は、事故直後市川診療所に入院し、六月五日退院するまでの期間中約三ケ月は附添人を必要とする容態であつた。六月に一旦退院後八月末再入院して、昭和四三年三月四日まで同診療所におり、入院期間は合計三一四日に達する。その間国立東京第二病院にも診断と治療に通つた。退院後は、初め一週間に二回位、現在は一ケ月に一回位通院しているが、後遺症は固定しており、労災保険級別は七級である。右手が肘から先が麻痺しているほか、左手も親指が変形し、また右の後頭部に圧迫感があり、右の耳に耳鳴がある。右の視力も右脚の歩行力も十分でない。また健忘や目まいの症状もある。
(2) 事故前の職歴は、昭和二六年以来一二年間月賦デパートの訴外丸井本店に勤務し、支店長職を経て後、昭和三八年一〇月傍系会社丸井林の本店長になり、更に訴外丸安に移つて昭和四一年二月その営業部長になり、将来は重役となることを約束されていた。当時の基本給は月七万六〇〇〇円、諸手当を合せ、税込み手取り額は月一二万円ほどであつたが、事故後給料は支給されず、昭和四三年三月までは調査役として休職の扱いであつたが、その後訴外丸安は倒産した。
(3) 原告は、現在四一歳で、家庭は二〇歳、一七歳、一五歳の娘三人と妻およびその母親との六人暮しであるが、現在は原告が全然外に出て働くことができないので妻が国鉄の事務職員として稼いでいる。
右のような事実関係に基づいて、慰藉料を勘案するに、入院期間と通院の実態とだけでも、一五〇万円を相当とし、また後遺症は少なくとも一二五万円以上を相当とする。そして、前示の理由で、逸失利益額をも斟酌すると、月額七万円として計算しても、今後六一歳まが働きえたとして二〇年間の逸失利益額は、年五分の中間利息を控除して優は一一四三万余円に達すること、算数上明らかである。もつとも、勤務先である丸安自体の倒産という事実があるので、直ちに右金額を原告が将来得べかりしものと断ずることは一応疑問なしとしないけれれども、原告の丸安における地位は営業部長という要職であつて、原告の事故による休職自体が会社の業績悪化に影響したことも十分考えられるところであるのみならず、前認定にかかる原告の職歴は、かりに、勤務先が倒産したとしても、別に就職先を見付けて同額の収入を獲得しえたであろう稼働力の持主であることを推認せしめるに足るので、結局会社倒産の事実は、右のような逸失利益額を慰藉料算定上に斟酌する妨げとなるものではない、というべきである。
そうすると、前記入院および後遺症に基づくものを併せ、総合的に、従つて本件に関する損害賠償としては最終的なものとして、五〇〇万円の慰藉料および事故の翌日である昭和四二年二月一日以降完済まで民法所定の年五分の遅延損害金の支払いを求める原告の請求は、原告が今後多少の稼働力を回復する可能性もあることや、記録上明らかな一部和解の事実――すなわちはじめ本件被告に対する請求と並んで訴外高田誠の運行供用者責任が訴求され、一五〇万円の賠償額が分割支払いされることとなつた事実――等を考慮しても、すべて正当であるというべきである。(倉田卓次 並木茂 小長光馨)