東京地方裁判所 昭和43年(ワ)7572号 判決 1970年2月27日
原告 岩田興産株式会社
右代表者代表取締役 岩田泰治
右訴訟代理人弁護士 海地清幸
被告 山口好雄
主文
被告は原告に対し、金一〇万円とこれに対する昭和四三年七月二四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
原告のその余の請求は棄却する。
訴訟費用は全部原告の負担とする。
この判決の第一項は仮に執行することができる。
事実
第一申立
原告訴訟代理人は「被告は、原告に対し金二三七万円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日から完済まで年五分の割合にによる金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求め、被告は請求棄却、訴訟費用原告負担の判決を求めた。
第二主張
(一) 原告 請求の原因
一、原告は被告に対し(一)昭和四二年六月五日金五〇万円を小切手で(翌六日換金)(二)同月一〇日金五〇万円を小切手で(同月一四日換金)各貸付けた。
右金員を貸与するにいたった経緯は別添昭和四三年一〇月二一日付原告準備書面第一項(但し(3)の一〇行目に同月一三日とあるを同月一〇日と訂正する)記載のとおりである。約言すれば、原告は昭和四二年二月二五日頃被告に対し額面金五〇万円の融通手形四通を振出したがそのうち二通を被告は訴外有限会社旭商会と同杉江利雄に裏書した。右訴外人から右手形金支払の請求を受けた原告は、右各手形金額に相当する金員を社団法人東京銀行協会に預託した上、その支払請求を拒絶したが、同年六月五日及び同月一〇日被告と話し合った結果、右訴外人に対する弁済のため、原告は新たに小切手を振出して被告に貸付けることにしたものである。
この外、原告は被告に対し(三)昭和四二年六月一日現金一三七万円を貸付けた。
その経緯は前掲別添原告準備書面第二項記載のとおりである。
二、仮りに、右(一)(二)の金員について原被告間に消費貸借契約が成立しなかったとするならば、原告は前記の如く小切手二通を振出し、昭和四二年六月六日訴外有限会社旭商会に、同月一四日訴外杉江利雄(又は向島信用組合)にそれぞれ右小切手金五〇万円を支払うことにより、被告は右訴外人両名に対して負っていた前記約束手形(原告から貸付をうけた融通手形に裏書したもの)の裏書人としての支払義務を免れたのである。よって原告は被告に対し右各金五〇万円を不当利得金として請求しうる。
三、よって原告は被告に対し右(一)(二)(三)の合計金二三七万円の支払いとこれに対する本件訴状送達の日の翌日から完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
(二) 被告 答弁及び抗弁
原告主張(一)(二)の金員について――
1、原告主張の消費貸借の事実は否認する。原告が貸借の経緯として主張する事実のうち、被告が原告代表者と知り合いであること、原告主張の頃主張のような約束手形四通を受取ったこと、そのうち二通を原告に返還し、二通を被告が訴外有限会社旭商会と杉江利雄に裏書したことは認めるが、その後の右訴外人と原告との間のことは知らない、その余の事実はすべて否認する。被告は原告主張の小切手をみたことさえない。
被告が右約束手形四通を原告から受取った事情は次のとおりである。すなわち、被告は当時設立中の会社であった東伊豆観光開発株式会社の発起人代表岡本良男から同社設立に協力し事業資金の調達に尽力するよう依頼されたので、かねて知り合いであった原告代表者岩田泰治に右設立中の会社の事業計画を説明し融資方を相談したところ、原告は事業に賛同し、右設立中の会社のため融資する目的で原告主張の約束手形を振出したのである。ただ東伊豆観光開発株式会社がまだ未登記であったため、便宜被告が手形の受取人となりうち二通を割引いたうえ、右会社の資金にしたに過ぎない。右手形金は右会社が設立後原告に対し支払う約束であった。従って原告の被告に対する不当利得の請求も争う。
2 仮に被告に右(一)(二)の右金員の支払義務があるとしても、被告はうち金九〇万円を次のとおり原告の代理人訴外沢崎清彦に対し弁済した。
昭和四二年一〇月一一日金二五万円
同年一一月一〇日金一五万円
同年一一月三〇日金五万円
同年一二月二七日金五万円
昭和四三年二月二八日金一〇万円
同年三月二八日金一〇万円
同年四月二八日金一〇万円
同年五月二八日金一〇万円
原告代表者は昭和四二年一〇月三日頃原告の東伊豆観光開発株式会社に対する右約束手形金等融資額の返済方法につき原被告間で協議した際、右訴外沢崎清彦を本件の担当者とする旨言明した。そこで被告は右沢崎清彦を原告の代理人と信じて同人に対し右の如く支払いをしたのである。
原告主張(三)の金員について――
1、原告主張の消費貸借の事実は否認する。
原告が別添準備書面第二項で貸借の経緯として主張する事実のうち、(1)の訴外大和商事株式会社の申立により被告所有の物件に対し強制競売開始決定があったことは認めるが、(2)の事実は否認する。
2、仮りに右競売事件の取下に際し、原告が何程かの金銭を出捐したのだとしても、それについては昭和四二年一〇月三日頃の原告と東伊豆観光開発株式会社代表者岡本良男及び被告との話し合いで、右岡本良男が右原告の出捐分一二五万円の返済の責に任じ、被告はこの分は分担しないことに決った。
(三) 原告 抗弁に対する答弁
抗弁事実はいずれも否認する。
仮りに被告がその主張の金銭を訴外沢崎清彦に対し支払ったとしても、原告は同人に弁済受領の権限を与えたことはないから、原告に対する弁済にはならない。また原告代表者は右沢崎を代理人としたような言動をとったことはないから、表見代理も成立しない。
第三、証拠≪省略≫
理由
(原告主張(一)(二)の各五〇万円の請求について)
一、それが当時設立中の訴外東伊豆観光開発株式会社に融資する目的であったか或いは単に被告に資金を融通してやる目的であったかは別として、昭和四二年二月二五日頃原告が原告主張のような額面各金五〇万円の約束手形四通を被告を受取人として振出し、そのうち二通を被告が訴外有限会社旭商会と杉江利雄に裏書し、いわゆる手形の割引をしたことは、当事者間に争いがない。≪証拠省略≫を総合すると、右手形振出の際の約定によれば右手形金額相当の金員を被告又は岡本良男(前記東伊豆観光開発株式会社発起人代表者)ら東伊豆観光開発株式会社関係の者が支払期日に原告に持参提供するか手形を買戻す予定であったにも拘らず、被告らは右割引をした二通の手形の支払期日たる昭和四二年五月二五日までに右手形の支払資金を原告に提供しなかったので、右手形の割引先である前記有限会社旭商会及び杉江利雄からそれぞれ東海銀行亀戸支店、向島信用組合を通じて振出人たる原告に対してなされた手形の支払請求に対し、原告は「契約不履行」を理由に手形金の支払いを拒絶すると共に、銀行取引停止処分を免れるため、富士銀行方南町支店に対し、不渡異議申立提供金一〇〇万円を預託した。しかしその後間もなく、右有限会社旭商会、杉江利雄と原告との間で話し合いがなされた結果、原告は右手形金を支払うことになり、原告は同年六月五日頃有限会社旭商会に対し金額五〇万円の小切手一通を振出すとともに、翌六日前記異議申立提供金の返還をうけ、同日右有限会社旭商会から右小切手の呈示があったので、即日支払われた。同様、杉江利雄に対しても原告は同月一三日頃金額五〇万円の小切手一通を振出し、翌日呈示を受けて即日支払われた。かような事実が認められる。
原告代表者は別件仮差押異議訴訟においても、本訴においても、右手形支払拒絶後の話し合いは被告のたっての頼みによりなされたのであり、小切手も被告に対し振出し、被告がこれを有限会社旭商会らに持参したのであると供述しているが、被告本人尋問の結果と対立し、にわかに措信できない。
そこで、右認定事実より判断すれば、原被告間に小切手の交付も現金の授受もないから、原被告間に消費貸借の成立を認めることはできないが、原告はさきに被告に対し振出し被告が裏書した融通手形二通につき、手形所持人から請求され、その支払をなしたのであるから、これにより被告は裏書人としこの責任を免れたのである。これは原告の損失において被告が利得したものということができるから、原告は被告に対し右利得金一〇〇万円の返還請求権があることはあきからである。被告は、右融通手形は原告が東伊豆観光開発株式会社に融資するため振出したのであり、右訴外会社が当時まだ未登記であったため、被告が便宜手形の受取人裏書人になったに過ぎず、右訴外会社が原告に対し右手形金を返還する約であったから、原告の右手形支払により利得したのはむしろ右訴外会社であると主張するけれども、被告が右手形に裏書している以上、被裏書人その他その後の手形の取得者に対しては、その者が悪意の取得者ででもない限り、手形裏書人としての責任を免かれないから、前記有限会社旭商会や杉江利雄が右悪意の取得者に該当するなんらの証拠のない本件においては、いずれにしても被告が原告の出捐において右有限会社旭商会らに対する裏書人としての責任を免かれたということができよう。
二、そこで、次に被告の弁済の抗弁を検討する。
≪証拠省略≫によれば、昭和四二年一〇月三日頃、原告代表者岩田泰治、被告訴外岡本良男、沢崎清彦らが原告会社に集り、原告が前記東伊豆観光開発株式会社のために出費(融資)した金二九五万円の返済について協議がなされ、被告はそのうち前記約束手形により融資を受けた分一〇〇万円につき返済の責に任ずることを約したこと、その際原告代表者岩田泰治が沢崎清彦(原告会社の会計責任者であった者)を原告方の担当者とする旨言明したこと、そこで被告は右沢崎清彦に対し昭和四二年一〇月三日から昭和四二年五月までの間八回にわたり被告主張のごとく合計金九〇万円を支払い、その都度引換えに領収書を受取ったこと(右領収書に押捺された原告会社印、代表者印の各印影が真正なものであることは原告の認めるところである)をいずれも認めることができる。
≪証拠判断省略≫
右に認定した事実よりすれば、仮りに沢崎清彦が右金員受領当時原告会社を代理する権限を有しなかったとしても、被告のした弁済は原告に対する弁済として有効なものと解せられる。けだし、右沢崎清彦は原告会社の会計担当者であったものであって、原告代表者が被告に対し同人を担当者とする旨を表示した以上、被告が同人を代理人と信じ同人に弁済した行為は、表見代理の法理により、保護されるからである。(原告主張(三)の一三七万円の請求について)
三、≪証拠省略≫によれば、被告は昭和四一年五月九日頃当時未だ設立前の前記東伊豆観光開発株式会社の事業資金にあてるため、訴外大和商事株式会社から金一五〇万円を借受けたが、その返済ができなかったため、昭和四一年一一月被告所有の渋谷区桜ヶ丘町一六番九所在の土地建物に対し強制競売の手続が開始されたこと、昭和四二年五月二五日頃原告代表者岩田泰治は被告に対し原告が面倒をみようといって被告から右競売物件の権利証、委任状、印鑑証明等の提出を求め、同年六月はじめ頃右大和商事株式会社と話合って原告が右金一五〇万円の一部を弁済し、そのため同月二六日右競売申立が取下られたことをいずれも認めることができるが、右金員は原告が大和商事株式会社に直接支払ったものではなく、被告に交付したのであるという趣旨の原告代表者岩田泰治本人の供述はこれを被告本人の供述と対照し、にわかに採用することができない。そして他に原被告間に原告主張の金銭の授受があったことを証するに足る証拠はないから、原告が代位弁済を主張するならば格別、原被告間に金銭の授受のあったことを前提とする消費貸借の主張はその理由がない。
(なお因みに付言するならば、≪証拠省略≫によると、右原告の大和商事株式会社に支出した金員については、前記認定の昭和四二年一〇月三日頃の話し合いで訴外岡本良男が弁済の責に任ずることに協定されたものである。)
(結論)
四、以上により、原告の本訴請求は原告主張(一)(二)の合計金一〇〇万円のうち被告の未だ弁済していない金一〇万円とこれに対する本件訴状送達の日の翌日であること本件記録上明らかな昭和四三年七月二四日以降支払ずみまで年五分の割合の遅延損害金の支払を求める部分については理由があるが、その余はすべて失当として棄却を免かれない。
よって原告の請求を右金一〇万円とこれに対する遅延損害金の支払を求める限度で認容し、他を棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九二条但書、仮執行の宣言について同法第一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 海老沢美広)