東京地方裁判所 昭和43年(ワ)8509号 判決 1973年10月09日
原告 土橋良介こと土橋克巳
右訴訟代理人弁護士 斉藤隆
同 黒田隆雄
被告 唐木三郎
右訴訟代理人弁護士 竹沢哲夫
主文
一 被告は原告に対し八〇〇万円とこれに対する昭和四三年八月二五日以降完済迄年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを二分しその一づつを原・被告の各負担とする。
四 この判決の第一項は三〇〇万円の担保を供したとき仮に執行することができる。
事実
第一申立
一 原告
「被告は原告に対し二、〇〇〇万円とこれに対する昭和四三年八月二五日以降完済迄年五分の割合による金員を支払え。」との判決と仮執行宣言を求める。
二 被告
請求棄却の判決を求める。
第二原告の主張
(請求原因)
一 被告は昭和三七年七月二四日その所有の東京都板橋区徳丸本町二七二番宅地九一二坪二六および同区徳丸一丁目三一六番四宅地五九四坪(以下これらを徳丸土地という)を訴外佐藤富男に対し代金五、七六八万四、〇〇〇円で売渡し同日所有権移転登記をなした。
然るに佐藤は右代金のうち二五〇〇万円を支払ったのみで残金三、二六八万四、〇〇〇円の支払をしなかった。
被告は右残金支払の担保として佐藤より同年一〇月二五日付売買により訴外株式会社第一商事所有名義に係る船橋市坪井町一、〇八六番原野三反八畝、同市飯山満町三丁目一五三番一山林二反八歩、同番四山林一畝二〇歩(以下これらを船橋土地という)を譲受けていたが、その時価は合計一、五〇〇万円程度に過ぎなかった。
一方、被告が佐藤に売却した徳丸土地の所有権登記は残代金支払未了のまま佐藤より訴外豊田摩耶子へ次いで訴外矢尾板勝弘(実質は訴外森脇文庫)へと移転されており、被告は残金の取立に苦慮していた。
二 昭和三八年二月八日原・被告は前記残金の取立等に関し左記内容の委任契約を締結した(以下本件委任契約という)。
(1) 被告は原告に対し佐藤より徳丸土地売買残代金の取立を委任する。
(2) 原告は佐藤より船橋土地が確定的に被告の所有に帰した旨の確認を取りつけ、同物件価額を控除した残金についてのみ請求すること。
(3) 原告は佐藤より取立てた金額のうち一、〇〇〇万円を被告に引渡し、これを控除した残金は原告が報酬として取得すること。
三 原告は本件委任に基き昭和三八年二月一二日、当時徳丸土地の登記名義人であった矢尾板に対する処分禁止仮処分申請および所有権移転登記請求訴訟の提起を旧知の上野久徳弁護士に依頼し、その結果被告は原告の費用で右申請事件(東京地裁同年(ヨ)第一一二五号)と本案訴訟事件(同庁同年(ワ)第一四四一号)を同弁護士に委任した。
そして原告は本件委任に基く事務処理として
(一) 上野弁護士に対し訴訟費用一六万五、〇〇〇円を支払った。
(二) 当時行方をくらましていた佐藤を探し出し、同人より船橋土地が確定的に被告の所有に帰したことを確認しその返還を請求しない旨の書面を取りつけ上野弁護士に交付した。
(三) 徳丸土地には佐藤が訴外旭建設株式会社に請負わせた宅地造成工事がなされていたが該工事が不完全なため土砂崩壊の危険が生じていたので、訴外三豊建設株式会社に依頼し土砂を除去して土地を平坦にする等の改修工事をなした。
(四) 徳丸本町区画整理組合は徳丸土地の中央部に道路二本を敷設する旨決定していたが、原告は同組合と交渉して徳丸土地の左端に一本の道路を通すよう変更させた。
(五) 徳丸土地に第三者が入り込みバラックを建てたり駐車場としていたのを排除した。
(六) 前記旭建設は佐藤に対する宅地造成工事費についての紛争から徳丸土地の一部につき処分禁止仮処分をしていたが、原告は同社と交渉し右仮処分執行の取消をさせた。
(七) 以上のほか原告は徳丸土地の登記名義人矢尾板と徳丸土地の売却等につき種々交渉し上野弁護士の訴訟事務を補助した。
四 ところで昭和三八年八月二九日原・被告と上野弁護士は徳丸土地の事件処理および費用、報酬等につき左記内容の合意をした。これは本件委任における被告の取り分および原告の報酬額を変更したものである。
(1) 被告と原告は上野弁護士が矢尾板に対する訴訟事件を和解によって終結させることを承認し、その場合解決の方法として金員の支払を受けるか徳丸土地を買戻しこれを売却して金銭の回収を図る方法によるかは同弁護士に一任する。
(2) 上野弁護士は回収した金額のうち一、三〇〇万円を被告に引渡すこと。
(3) 被告は上野弁護士が回収した金額から一、三〇〇万円と左の金員を差引いた残額を直接原告に交付するも異議なきこと。
(イ) 和解成立に伴う諸費用(約三〇〇万円以内)
(ロ) 徳丸土地になされている旭建設等の仮処分解決の費用(約二五〇万円以内)
(ハ) 弁護士報酬および手数料(徳丸土地の時価または処分価格の八分五厘)
五 その後八尾板との訴訟事件は昭和四一年三月七日「徳丸土地は矢尾板(持分一〇分の六)と被告(持分一〇分の四)の共有であることを確認し、矢尾板は被告に対し右持分につき所有権移転登記手続を行う。」旨の和解成立によって終了し、被告は同年四月一一日右の登記を受け、昭和四三年六月七日訴外丸三商事株式会社に右持分を代金五、〇〇〇万円で売却し同日移転登記と引換えに右代金を自ら受領した。
六 以上によって原告の本件委任契約に基く原告の事務は完全に遂行されたので、原告は被告に対し前記代金五、〇〇〇万円から左記金額を控除した残金三、二七五万円の報酬請求権を取得した。
(1) 被告が取得すべき一、三〇〇万円
(2) 和解成立に伴う諸費用 〇円
(3) 旭建設等の仮処分解決の費用 〇円
(4) 弁護士報酬と手数料 四二五万円
以上合計 一、七二五万円
よって原告は被告に対し本件委任契約に基く受任者の報酬として右三、二七五万円のうち二、〇〇〇万円とこれに対する昭和四三年八月二五日(本件訴状送達の翌日)以降完済迄民法所定の遅延損害金を支払うよう求める。
(抗弁に対する認否)
被告主張第一ないし第三項の条件ないし合意解除を否認する。第四項の解除通知を受けたことは認めるが、事務完了後のものであるから理由がない。第五項は争う。
第三被告の主張
(答弁)
一 請求原因第一項認める。
二 同第二項認める。
三 同第三項、被告が上野弁護士に対し原告の費用負担の約で矢尾板に対する仮処分と本案訴訟を委任したことは認めるが、その余はすべて否認する。
原告は当初上野弁護士に対し訴訟費用として一六万五、〇〇〇円を交付しながら、その後六万五、〇〇〇円の返還を受け、残金一〇万円は借用金名下に取戻してしまった。従って原告は訴訟の費用を全く負担していない。なお仮処分保証金一〇〇万円は被告が支払った。
四 同第四項、主張の合意がなされたことは認めるが、それが本件委任契約における被告の取り分と原告の報酬額を変更したものであることは争う。主張の合意(3)項は原告に対する報酬を取り決めたものではない。
五 同第五項、徳丸土地持分の売却代金額を否認し、その余は認める。右代金は三、二〇〇万円である。
六 同第六項、すべて争う。当然のことながら報酬は委任事務を遂行した者に支払われる。矢尾板に対する訴訟を遂行し和解を成立させ徳丸土地の問題を解決したのは上野弁護士であって原告ではない。従って原告は報酬請求権を有しない。
(抗弁)
一 本件委任契約は早期且つ成功裡に取立を完了することを条件としたものであったが、この条件は不成就に終った。
二 本件委任契約は被告が上野弁護士に仮処分および訴訟を委任した段階で合意解除された。
三 原告主張の合意は本件委任契約を変更したものでも、またそれ自体原告に対する報酬約定を含むものでもないが、仮に原告主張のとおりであるとしても、原告に対する報酬支払は原告が仮処分および訴訟の費用を負担することを条件としてなされたものであるのに、原告はこれを全く負担しなかったのであるから、原告の報酬請求権は不発生に終った。
四 なお被告は昭和四三年六月一日原告に到達した書面で本件委任契約および原告主張の合意をすべて解除する旨の意思表示をした。
五 仮に以上のすべてが理由なしとするも、元来報酬は遂行された委任事務との関係において社会的に相当と認められる範囲の額でなければならない。単に上野弁護士を紹介したに過ぎない原告が主張の如き莫大な報酬を得る旨取り決めた本件委任契約と主張の合意は右社会的相当範囲を超える暴利行為として公序良俗に反するから無効である。
第四証拠関係≪省略≫
理由
(請求原因について)
一 原・被告間の債権取立委任と報酬約定について
(一) 昭和三八年二月八日被告が原告に対し徳丸土地売買残代金の取立を依頼し両者間で原告主張の如き内容の本件委任契約を締結したこと、同年同月一二日原告は費用原告負担の約で旧知の上野弁護士に右取立についての訴訟事務を依頼し、その結果同弁護士は被告の委任を受け当時徳丸土地の所有登記名義人であった矢尾板に対する仮処分(当庁同年(ヨ)第一一二五号)および本案訴訟(同(ワ)第一四四一号)を提起したこと、同年八月二九日原・被告と上野弁護士の三者間で原告主張の如き内容の合意がなされたこと、以上の事実は当事者間に争いがない。
(二) そして≪証拠省略≫によれば、右三者間の合意は矢尾板に対する訴訟を和解によって終結させることを同弁護士に一任したことのほか、本件委任契約において定められていた被告の取り分を一、〇〇〇万円から一、三〇〇万円に増額し、これと原告主張(イ)、(ロ)、(ハ)の諸費用を控除した残額を報酬として原告が取得する旨定めたものであると認められ(る。)≪証拠判断省略≫
二 原告の受任事務遂行と結果について
(一) 前記矢尾板に対する訴訟中の昭和四一年三月七日当事者間において徳丸土地を被告の持分一〇分の四、矢尾板の持分一〇分の六とする裁判上の和解が成立したこと、被告は同年四月一一日右持分の移転登記を受け後にこれを丸三商事に売却しその代金を自から受領したこと、以上の事実は当事者間に争いがない。
(二) そして≪証拠省略≫を総合すれば、原告は昭和三八年六月頃当時行方をくらましていた佐藤を探し出し同人より船橋土地が確定的に被告の所有に帰したことを確認しその返還を請求しない旨の書面を取りつけこれを上野弁護士に交付したこと、その結果矢尾板との訴訟は急転直下和解に向かい、前記三者間の合意がなされた同年八月二九日当時において和解はすぐにでも成立する情勢にあったが、国税局が徳丸土地を矢尾板の所有でなく森脇の所有として差押をしていたところから和解成立が延引し約二年六月後の昭和四一年三月七日となったこと、以上の事実を認めることができ、この認定に反する証拠はない。
以上の認定事実と弁論の全趣旨を総合すれば、原告が佐藤より徳丸土地売買残代金の担保となっていた船橋土地につき前記確認書面を取りつけたことは徳丸土地問題の解決に極めて重要な意味を持ち、これが機縁となり矢尾板との訴訟において双方に互譲の余地が生まれ和解成立に至ったものと認められるから、原告が右書面を取りつけたことは徳丸土地問題解決のため原告がなした最も重要な事務処理で和解と因果関係があり且つその成立が主として訴訟代理人であった上野弁護士の手腕によるものとしても、原告がこれに寄与したところは極めて大であったと評価し得る。
その他原告のなした事務処理としては、≪証拠省略≫によると、原告は昭和三八年二月二二日前記仮処分および本案訴訟の費用として少くとも一〇万円を支出したほか、和解成立が延引中の昭和四〇年から昭和四一年にかけて徳丸土地の管理につき原告主張(三)ないし(五)の事務処理をなし、且つ(七)の矢尾板との直接交渉をも行ない徳丸土地の換価処分に努力したことが認められる。なお原告主張(六)の仮処分取消については、≪証拠省略≫中にその主張にそう供述もあるが、≪証拠省略≫にはこれと異なる点もあり、右仮処分の取消をもって原告のなした事務処理と迄は認め難たい。
(三) ところで前記争いのない三者間の合意によれば徳丸土地の被告持分は上野弁護士において処分し対価を受領する趣旨であったと認められるが、その後被告において自からこれを処分し対価を受領したことは当事者間に争いがない。その経過は証拠上つまびらかでないが、然し被告の右処分、対価の受領によって徳丸土地問題は最終的に解決されたものということができる。
そして被告の持分譲渡価格については、≪証拠省略≫により三、二〇〇万円であったと認められる。≪証拠省略≫中には右持分価格を四、八〇〇万円とする供述部分もあるが裏付を欠き採るを得ない。
三 原告の報酬額について
(一) 前記処分価格三、二〇〇万円を基準として原告主張の計算を行うと被告の取り分は一、三〇〇万円、上野弁護士の手数料と報酬は二七二万円、原告の報酬は一、六二八万円となる。
(二) 然し原告が佐藤より前記確認書を取りつけ徳丸土地問題の解決に大きく寄与したからといって、本来の権利者である被告の取り分を上わ回わり、且つ訴訟代理人として和解を成立させた上野弁護士の報酬に数倍する報酬を取得するというのは如何にも過大であり社会的に相当な範囲を超えるとの感を否定し得ない。
原・被告が本件委任契約締結の際、或いは三者間合意の際、原告の報酬が実際にどの程度の額になると予測していたのかは証拠上明らかでないが、然し少くとも本件委任契約締結の際は残代金三、二六八万円、当事者間に争いのない船橋土地の時価一、五〇〇万円を控除した請求金額一、七六八万円、そのうち被告の取り分を一、〇〇〇万円とすれば原告の報酬額は七六八万円を超えることはなかった筈であり、原告はこの最大額を予定して本件取立を受任したものと解される。
そして前記の如く上野弁護士が訴訟上の事務処理を、原告が訴訟外の事務処理を担当し、その結果矢尾板との訴訟において成果を納め、被告が船橋土地を確定的に自己の所有としたほか徳丸土地持分の処分によって残代金にほぼ相当する三、二〇〇万円を取り戻したことを考慮しても、原告に対する報酬額は前記(一)の約五〇パーセントにあたる八〇〇万円をもって相当とし、これを超える額については裁判所の裁量により減額するのが妥当と考える(注釈民法(16)一九四頁参照)
(被告の抗弁について)
一 被告の抗弁第一ないし第三項は先に述べた三者間合意の趣旨に照らしてすべて採るを得ず、この点に関する≪証拠省略≫はすべて措信できない。
二 同第四項の解除に関する主張はそれ自体失当である。
三 同第五項の公序良俗違反の主張も採るを得ない。報酬額の取り決めが過大であるからといって委任契約のすべてが無効になるわけのものではないし、更に前記の如く過大な報酬は裁判所において適切妥当な限度に減額し得ると考えるからである。
(結び)
以上述べたとおりであるから、原告の本件請求は被告に対し八〇〇万円とこれに対する昭和四三年八月二五日(訴状送達の翌日)以降完済迄民法所定の遅延損害金の支払を求める限度において理由がある。
よって右の限度において認容し、その余を失当として棄却することにし、訴訟費用の負担につき民訴法九二条、仮執行宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 井野場秀臣)