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東京地方裁判所 昭和43年(ワ)9154号 判決 1970年5月29日

原告

佐々木満郎

右訴訟代理人

山根晃

外一名

被告

株式会社間谷製作所

右代表者

間谷久夫

右訴訟代理人

酒巻弥三郎

外二名

主文

1  原告が被告に対し、雇用契約上の権利を有することを確認する。

2  被告は原告に対し、金一一一万七、一八〇円を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  この判決の第二項は、仮りに執行することができる。

事実(省略)

理由

一、被告が東京都目黒区および神奈川県綱島に工場を有し、自動車部品の製造等を業とする会社であること、原告が昭和三九年八月五日会社に機械工として雇用され、その綱島工場第二工作課板金熔接係で機械工の労務に従事していたこと、会社が原告に対し昭和四〇年七月三〇日解雇の意思表示(本件解雇という。)をしたことは当事者間に争いがない。

二、そこで、本件解雇の効力について判断する。

(一)  被告会社の就業規則第五九条には、「従業員は社内で政治を目的とした活動をしてはならない。」旨、第三五条には、「従業員が次の各号の一に該当するときは懲戒解雇する。但し、情状により諭旨解雇、出勤停止、又は格下げに止むることがある。(2)他人に対し暴力脅迫を加え、その業務を妨げたとき、(4)正当な理由なく業務命令を拒んだとき、(9)社内において政治活動を行つたとき、(11)その他前各号に準ずる行為のあつたとき」と定められていることは当事者間に争がなく、成立に争のない乙第六号証の記載によれば、右就業規則は昭和三八年二月から施行されているものであることが認められる。

原告は、右就業規則第五九条、第三五条第九号の社内における政治活動禁止の各規定は、憲法第一四条、第一九条、第二一条、労働基準法第三条、第三四条第三項の各規定に違反し、民法第九〇条にいう公序に反し、無効である旨主張する。憲法第二一条が国民に保障する言論の自由ないし政治活動の自由は、民主主義国家における最も重要なる基本的人権であることは、多言を要しないところであり、この基本的人権の保障は、私法領域においても、民法第九〇条にいう公の秩序として私人相互間の関係を律する効力を有するものと解すべきである。しかし、この基本的人権も絶対的のものではなく、私人がその自由意思に基づいて特定の私法関係に入り込むことにより、当該私法関係上の義務によつて制限を受けるものであり(昭和二六年四月四日最高裁大法廷判決参照)、言論、政治活動の自由も、それが使用者の所有ないし管理に係る施設内においてこれを利用して行われるものである以上、企業利益との調整の面から、一定の制限に服すべきものであることは、当然の理である。労働者は、使用者との労働契約に基づいて、労働義務の履行のため使用者の管理に係る施設または構内に立ち入ることを許されているものであつて、就業時間中は誠実に労務に従事すべき義務を負うものであるから、使用者の施設管理ないしは企業秩序維持のために行う合理的な指示、命令に服すべき関係にあるものといわなければならない。労働者の企業施設内における政治活動は、就業時間の内外を問わず、企業施設の管理を妨げる虞があり、それが就業時間中に行われるときは、当該労働者のみならず他の労働者の労働義務の履行の妨げとなる虞があるばかりか、たとえ休憩時間中に行われるときでも、他の労働者の休憩時間の自由な利用を妨げ、ひいては作業能率の低下を招く虞のあることは、容易に予想し得るところである。したがつて、使用者が就業規則によつて労働者の企業施設内における政治活動を禁止することは、企業運営上の必要に基づくものであつて、社会通念に照し、合理的理由が存するものというべきである。以上の趣旨において、社内における政治活動を禁止した被告会社の就業規則の前記規定は有効であつて、憲法第二一条、労働基準法第三四条第三項または民法第九〇条にいう公序に違反した無効のものであるということはできない。また、前記就業規則の規定は、被告会社の全従業員を対象として社内における政治活動を一般的に禁止しているものであつて、特定の思想、信条に基づく政治活動だけを禁止している趣旨のものとは解らされないから、右規定をもつて憲法第一四条、第一九条、労働基準法第三条に違反し、民法第九〇条にいう公序に反するとなす原告の主張は採用できない。

(二)  会社主張の解雇理由(被告の主張(二)1の(1)ないし(13))の存否について

(1)  <証拠>によれば、原告は昭和四〇年六月一〇日ごろ(以下昭和四〇年中の事実を示すときは、年次を省略する。)工場内において、昼休み時間中の午後零時四〇分ごろから、休憩中の従業員森田宏ら三名に対し、「今度の参院選挙では、労働者の味方である政党を選ばなければならない。自民党は資本家の味方である。労働者の味方である共産党の野坂参三を支持してくれ」と説いた上、午後零時五〇分作業開始のベルとともに職場につこうとして歩き出した森田を引きとめて、「さつき話したことを頼む、野坂参三に投票してくれ」などと言つて投票の依頼をしたこと、およびそのため森田は自己の職場につくことが約五分遅れたことを認めることができ、この認定に反する証拠はない。しかし、原告の右行為により森田宏らの休憩が著しく妨げられ、同人らに精神的動揺を与え、多大の迷惑をおよぼしたとの事実を認めるに足りる証拠はない。

(2)  原告が被告主張の日時ごろ工場内で従業員森田宏に対し、参院選挙の候補者野坂参三への投票方を依頼したことは当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、原告が右投票依頼をしたのは、就労時間中であつて、熔接作業中の森田に対し小声で、約二、三分間、「選挙を頼む、野坂参三に入れてくれ」と話しかけたものであること、森田はこのために作業を中断されるということはなかつたが、同人は共産党に好感を寄せていなかつたため、その後、原告から選挙の投票依頼をされることを嫌い、休憩時間中や便所へ行く際にも原告と会うのを避けるようにしていたことを認めることができ、<証拠判断省略>

(3)  原告が六月上旬ごろ工場内で従業員金子正紘に対し、「政治のことを勉強せよ。われわれの味方となる政党はどれか。政治が労働者に対して如何なる影響を与えるものか知らなければならない」と説いたことは当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、原告の右説得は原告が作業中、その傍で金子が製品の測定検査をしていた際、数分間に亘つてなされたものであつたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

(4)  原告が六月二四日工場内で前記金子正紘に対し、野坂参三候補への投票を依頼したことは当事者間に争いがなく、右事実に<証拠>を合せ考えれば、原告は作業時間中、数分間に亘り、その傍で製品の測定検査をしていた金子に対し「共産党は、われわれ労働者の味方だ。共産党の野坂参三候補に必ず投票してくれ、おれも支援しているだ。」などと話して野坂参三への投票を依頼したのであることおよびそのため金子正紘がいささか困惑したことを認めることができる。しかし、右原告の行為により金子が作業に落着いて従事することを妨げられたとの被告主張の事実については、右証言によつてもいまだこれを認めるに十分でなく、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

(5)  原告が六月二二日工場内で前記金子正紘に対し紙包の本を渡したことおよびその読後感を聞いたことは当事者間に争いがなく、<証拠>を総合すると、右紙包の授受は、朝の始業時間前、工場内の更衣室でなされたもので、その際原告は金子に対し、「誰にも見せないでくれ」と言つたこと、右紙包の中には、民主青年新聞、日韓問題などに関する書物が入つていたこと、および読後感を聞いたのは同月二六日ごろ工場内において作業時間外に、金子より右書物等の返還を受けた際であることを認めることができ、この認定に反する証拠はない。

(6)  原告が六月二四日工場内で前記金子正紘に対し、日韓会談反対のデモに参加するよう勧誘説得したことは当事者間に争いがなく、右勧誘が作業時間中になされたものであることを認めるに足りる証拠はない。そうして、<証拠>を総合すると、金子は原告から政治関係のことについて話しかけられて困る旨を上司の木庭第二工作課長に報告したため、後記(9)で認定のとおり、七月五日ごろ、同課長において原告に対し、社内における政治活動を止めるよう注意を与えたところ、原告は同月一一日ごろ工場内で金子に対し、原告の政治に関する行動を上司に報告したのではないかと詰問したことを認めることができ、この認定に反する証拠はない。

(7)(イ)  <証拠>によると、原告は三月終りごろ工場内において残業中、隣り合つてボール盤作業をしていた従業員菅原政二郎に対し、「労働者の味方は共産党である、われわれ労働者は共産党を支持すべきである」と話しかけ、さらに五、六月ごろ数回にわたり、いずれも工場内において残業中、その隣で作業していた右菅原に対し、「自民党は労働者の味方ではない、われわれ労働者の味方である共産党を支持すべきである」などと説得したことが認められる。しかしその説得の時間がどれ位であつたについては、これを明らかにするに足りる証拠がない。

(ロ)  <証拠>によると、原告は六月二二日ごろ工場内で残業中、その隣で機械の故障を修理していた前記菅原に対し、約一〇分にわたり、参院選挙の候補者野坂参三の経歴を話したうえ、「自民党は労働者の味方をしてくれないが、共産党は労働者の味方をしてくれる。」旨話して共産党の野坂参三候補への投票を依頼したことを認めることができる。しかし、その際、原告が菅原に対し野坂参三候補へ投票することを約束せよと迫つたとの被告主張の事実を認めるに足りる証拠はない。

(ハ)  <証拠>によれば、原告は七月ごろの始業時間前、工場内の更衣室において右菅原に対し民主青年新聞一部を渡して読むことを勧めたことを認めることができる。

(8)  <証拠>を総合すると、原告は、四月一〇日会社の慰安旅行の際、バス内で同行の従業員多数に、「うたごえ」の歌詞を記載したガリ版の印刷物を配布したことがあり、このため他の従業員の一部から原告は特定の政治的立場をもつものであるとみられるに至つたが、前記参院選挙が近づくにしたがつて、五、六月ごろから作業時間中に同僚に話しかけることが多くなつたことが認められ、<証拠>によると、原告は四月二五日ごろ会社から二時間の残業を命ぜられ、これを拒否したに拘わらず、その二、三日後に会社に対し、今日は暇だから残業させてくれと要求し、上司の木庭課長において右要求を断るや、班長に向い「自分が残業したいというのにやらしてくれない。今後一切残業しない。」旨述べ、木庭課長に対する不満の意を表明したこと、会社は六月末ごろ生産増強のため、工場第二工作機械班の従業員を二組にわけ、その作業時間を第一組は午前七時三〇分から午後六時まで、第二組は午前一一時から午後九時までと定め、従業員に時差出勤させることとし、組の編成を行つたこと、原告は当初第二組に組み入れられたところ、これに応じ難い旨を述べたので、会社は、これを容れ第一組に組み入れたところ、家が遠いことを理由に、これにも応じ難いと申し出たため、木庭課長の説得により、漸く二週間づつ交替に各組に順次組みかえるということで会社と折り合いがついたのであるが、このため会社は各組の編成替を三度にわたつてすることを余儀なくされたこと、を認めることができる。右各認定を動かすに足りる証拠はない。しかし、「原告が、右慰安旅行が終つたころから、就業ベルが鳴つても、五、六分は作業につかなかつた」との点については、証人富田富司の証言中これに副うかのような供退部分は、たやすく措信しがたく、右供述部分を措いては、他にこれを認めるに足る証拠はなく、また、「原告が製品に不良品を出したりした」との事実については、これを認めるに足りる証拠がない。

(9)  <証拠>によると、工場主任稲村栄一は、部下の従業員菅原政二郎および森田宏から、「原告が野坂参三への投票依頼をするので困る故、他の職場へかえてもらいたい」旨の苦情相談を受けたので、六月下旬ごろ二度にわたり原告に対し、「会社内における政治活動は禁止されているから、従業員に対して投票の依頼等をすることは止めるよう」に注意したこと、しかるに原告においてその後も社内における投票の依頼をやめなかつたため、稲村主任はその旨を木庭課長に報告したこと、木庭課長は、社長の指示を仰いだ上、七月五日ごろ原告に対し、社内でベトナム戦争反対の署名運動その他の政治活動をしてはいけない旨注意を与えたところ、原告は、戦争に反対するのが何故悪い、政治活動をすることは悪くないなどと言つて反撥したこと、以上の事実を認めることができる。しかし、「原告が、木廃課長から右の注意を受けた以後にも、社内で従業員に対し投票の依頼をした」との被告主張の事実を認めるに足りる証拠はない。

(10)  原告が四月中旬ごろ前記稲村主任に対し、米帝国主義反対、ベトナム戦争反対等の記事を読むように勧めたことは当事者間に争いがなく、<証拠>によると、原告が右のように勧めたのは、始業時間前に工場内のロッカー室でなしたものであり、その際原告は稲村に対し、ベトナム戦争反対、米帝国主義打倒などの見出しのある新聞のようなものを渡して、その記事を読むよう勧めたものであることを認めることができる。

(11)  原告が五月下旬工場内の食堂において、従業員に対しベトナム戦争反対の署名を求めたことは当事者間に争いがなく、<証拠>を総合すると、原告が右署名を求めたのは、昼休みの休憩時間中であり、従業員一〇名位から署名を得たもので、そのため原告は作業開始のベルが鳴つてから約五分遅れて作業職場に戻つたことを認めることができる。しかし、「原告が、その際従業員五、六名を引きとめて論じ合つた」との被告主張の事実を認めるに足りる証拠はない。

(12)  原告が、(イ)六月一七日稲村栄一主任に対し参院選挙に関し、会社の寮生に呼びかけるため従業員寮に立ち入ることの許可を求め、さらに、(ロ)同様ベトナム戦争反対の話を寮生にしたい旨の申出をしたことは当事者間に争いがない。

<証拠>を総合すると、原告の右(ロ)の申出は、昼休みの休憩時間の終りに近いころ、工場内においてしたものであり、右申出の趣旨は就業時間終了後に工場の従業員寮で寮生とベトナム戦争反対についての座談会を持ちたいというものであつたところ、その際、稲村主任から社内での政治活動は禁止されていることであるし、また木庭課長の許可を受けなければならない事柄で自分の一存で許可することはできない旨説明されるや原告は、戦争に反対することが何故悪いかなどと反問し、約一〇分間に亘り同人と激論したことを認めることができる。<証拠判断省略>

(13)  原告が六月一八日の休憩時間中、工場内で従業員鈴木充に対し、会社の親睦会の会合を多く持つように要求したこと、また従業員花水信夫に対しても同様の要求をしたことは当事者間に争いがない。しかし、原告が休憩時間から作業時間に入つても四、五分にわたり鈴木充に対し右要求を繰り返し、業務を妨害したとの事実および原告の前示各要求が右親睦会において原告の政治上の主張に対する共鳴者の獲得を目的としたものであることの事実については、いずれもこれを認めるに足りる証拠はない。

(14)(イ)  <証拠>によると、原告は六月中ごろ工場内更衣室において、前記菅原に対し、上司たる木庭課長について、「同課長は好きな人にはいいが、嫌いな奴には全然相手にしてくれない、二重人格者だから注意した方がよい」などと告げたことを認めることができる<証拠判断省略>。

(ロ)  <証拠>を総合すると、原告は七月初めごろ稲村主任に対し「木庭課長から政治活動をやめるよう注意されたが、誰が課長に報告したのか」と詰問したことを認めることができる。

(ハ)  <証拠>によると、原告は七月五日前記(9)で認定のように、木庭課長から社内での政治活動をやめるよう注意を受けた際、同課長から職制を誹謗することをもやめるよう注意されたのに対し、「会社は従業員から搾取している、職制はその手先だから誹謗されてもやむを得ないではないか」などと言つて反撥的な態度に出たことを認めることができる。しかし、「原告が一〇数回にわたり業務妨害をした」との被告主張の事実については、これを認めるに足りる証拠がない。

(三)  前記(二)で認定した事実に基づき就業規則の適用につき考察を進める。

(1)  原告の前記(二)の(1)、(5)、(7)の(ハ)、(10)の行為について

原告が従業員森田宏ら三名に対し、特定政党の支持を説得し、特定の参院選挙候補者への投票を依頼した(1)の行為は、政治活動というべきであり、会社の就業規則第五九条に違反し、第三五条第(9)号に該当し、また、(3)、(7)の(ハ)、(10)の(イ)の行為は前記(二)で認定した(3)、(7)の(イ)、(ロ)の各事実と対比して考えるときは、いずれも政治活動にあたることが明らかであつて、いずれも就業規則の右規定に該当する。しかし、右各行為は、いずれも就業時間外に行われたものであつて、これにより会社の施設管理に障害をあたえたとか従業員の作業能率を低下させ、あるいは相手方の休憩時間の自由な利用を妨げたと認めるに足りる証拠はない。

(2)  原告の(2)、(3)、(4)、(6)、(7)の(イ)、(ロ)の行為について

右(2)ないし(4)、(7)の(イ)、(ロ)の各行為(6)のうち原告が日韓会談反対デモへの参加を勧誘説得した行為は、いずれも政治活動にあたることが明らかであるから、会社の就業規則第五九条に違反し第三五条(9)号に該当する。(5)のうち原告が金子正紘を詰問した点については、右詰問が暴力脅迫を用いてなされ、その結果、金子正紘の業務を妨げたものであつたことを認めるに足る証拠はないから、右詰問行為をもつて就業規則第三五条(2)号に該るものということはできない。

右(2)ないし(4)、(7)の(イ)、(ロ)の政治活動は、いずれも作業中になされたものではあるけれども、このため作業の中断が伴つたり、あるいは他の従業員の作業に著しい支障をおよぼしたことを認めるに足りる証拠はなく、その時間も(2)ないし(4)、(7)の(ロ)については短時間であつたものであり、(7)の(イ)については長時間に亘るものであつたことを認めるに足る証拠はないし、また右日韓会談反対デモへの参加の勧誘説得行為により被告会社の企業秩序維持に著しい支障を与えたことを認めるに足る証拠はない。

(3)  原告の同(11)の行為について

原告が昼休み時間中にしたベトナム戦争反対の署名を求めた行為は、政治活動にあたるというべきであり、就業規則第五九条に違反し、第三五条(9)号に該当する。しかし原告が右署名を求めるに際し、強要、喧そうにわたる行為にでて他の従業員の休憩時間の自由な利用を妨げる結果を生ぜしめたこと、もしくはこれにより被告会社の施設管理に著しい支障を惹起せしめたことを認めるに足る証拠はない。

(4)  原告の同(3)の行為について

原告が残業を拒否した行為をもつて、就業規則第三五条第四号に該当するというためには、原告において、当該業務命令に応ずべき法律上の義務のあることをもつてその前提となすべきところ、原告において右残業命令に応ずべき業務のあつたことについての主張、立証はないから原告の右残業拒否をもつて直ちに右規定に該当するということはできない。

また、原告が作業時間の組替につき、当初一、二度会社の計画に異を唱え、たやすくこれに応じなかつたことは、少くとも会社に協力的であつたとはいえないが、しかし右組替は前記認定のとおり、出勤時間等が変るなど原告自身の労働条件に少からぬ影響を及ぼすものであるから、原告において右組替に関し意見を表明したからといつて直ちに就業規則第三五条(4)号にいう正当な理由なく業務命令を拒んだものとは速断しがたく、しかも原告は結局において会社と折り合つて作業時間の組替に応じたものであるから、就業規則第三五条(4)号違反に問擬することは相当でない。

さらに、原告が作業時間中、他の従業員と私語を交わした行為については、これにより原告の作業が中断されたとか、あるいは他の従業員の作業に著しい支障を与えたという事情を認めるに足りる証拠はないから、原告の右行為が就業規則第三五条(11)号に該当するものと認めることは相当ではない。

(5)  原告の同(9)の行為について

原告が上司たる稲村主任から政治活動を止めるように注意を受けたのにかかわらず、その後も社内において参院選挙の特定候補者への投票依頼をした行為は、業務命令を拒否したものであつて、就業規則第三五条第(4)号に該当する。原告が木庭課長から社内におけるベトナム戦争反対の署名運動その他の政治活動を中止するよう注意されたのに対し、戦争に反対するのが何故悪い、政治活動をすることは悪くない旨述べて反対した所為は、それ自体では、いまだ政治を目的とする活動を行つたものとはなしがたく、また、原告が右木庭課長の注意のあつた後に社内において政治活動を行つた事実を認める証拠のないことは、既に認定したところであるから仮りに木庭課長の右注意をもつて業務命令であると解するにしても、原告に右業務命令違反の事実はなかつたものというほかはない。

(6)  原告の同(12)の行為について

原告が稲村主任に対してした申出は、会社の寮における政治活動につき許可を求めたものに過ぎないから、政治活動の準備行為ともいうべきものであつて、いまだ政治活動を行つたものとはいえない。また原告が右主任と激論したのも、結局右許可を得るためのものであるから、これを目して政治活動を行つたものとすることはできない。

(7)  原告の(13)の行為について

原告が従業員鈴木充および花水信夫に対して親睦会の会合を多く持つように要求した行為は、就業規則第三五条のいずれの号の規定にも該当しないことは、前記認定の事実に照し明らかである。

(8)  原告の同(14)の行為について

先ず、原告の(14)の(イ)の言動は、同課長の職制としての態度を非難する趣旨でなされたものと解され、従業員として穏当を欠くものではあるけれども、ただこれだけでは、いまだ就業規則第三五条(11)号に該当するものとはいえない。

次に原告の(14)の(ロ)の言動は、その際、原告において暴力脅迫を用いて稲村主任の業務を妨げたことを認めるに足りる証拠はないから、就業規則第三五条(2)号に該当しないことが明らかである。

また、原告が木庭課長に反論した(14)の(ハ)の行為は、それだけでは直ちに政治を目的とした活動であるとはなしがたく、また仮りに木場課長のなした職制誹謗中止の注意が業務命令であると解し得るにしても、その後原告において職制の誹謗を行つたことを認めるに足る証拠はないから、右業務命令違反の事実はなかつたというほかはない。

(四)  以上認定したところによれば前示就業規則第五九条第三五条第(9)号に触れる政治活動は、主として参院選挙の投票日(昭和四〇年七月四日であることは、公知の事実である。)を控えた五月下旬から六月下旬にかけて職場の同僚らに対し、ベトナム戦争反対署名運動および日韓会談反対のデモへの参加勧誘のほか、日本共産党の政策を宣伝してその支持を求め、また右選挙における特定候補者への投票依頼をしたものであつて、その個々の行為の態様は、いずれもさほど重大なものではなく、これらの行為によつて被告会社の施設管理もしくは企業秩序維持に著しい支障があつたものでないことが明らかである。したがつて、前記各行為を個別的にみれば、いずれの行為もそれ自体として単独には解雇に値いする程のものとは認められない。しかし、原告が叙上の行為を連続反覆したことについては或は解雇せられても止むを得ないものと考えられないではないが、<証拠>によれば、原告は六月下旬頃、前記(二)の(9)で認定した如く木庭課長から政治活動禁止の注意を受けるまでは、就業規則上、会社内における政治活動が禁止されていることを了知しなかつたことが認められ、<証拠判断省略>この事実を参酌すれば、原告の前記政治活動と前記業務命令違反の行為を総体的に評価しても、原告を諭旨解雇に付することは苛酷に失するものと認めるを相当とする。したがつて原告の叙上行為を解雇事由とする本件解雇は重きに失し、解雇権の濫用として無効であるというべきである。

三、そうすると、他に特段の主張、立証のない本件においては原告と会社との間の雇用関係はなお存続し、原告は会社に対し雇用契約上の権利を有するものというべきところ、会社が本件解雇以降原告との雇用関係は終了したとして原告の就労を拒絶していることは当事者間に争いがないから右就労不能は会社の責に帰すべき事由によるものというべく、したがつて、原告は会社に対し賃金請求権を有するものというべきである。

しかして、原告の賃金は日給八三〇円の日給月給で毎月二〇日締切、二五日払の約定であり、原告が本件解雇前は毎月平均二五日就労していたことは当事者間に争いがないから、本件解雇の意思表示の日の翌日である昭和四〇年七月三一日から本件口頭弁論終結の日であること記録上明らかな昭和四五年二月二七日までの賃金は合計金一一四万〇四二〇円を下らないことが計数上明らかである。

四、以上の次第であるから、原告が被告に対し雇用契約上の権利を有することの確認および前記昭和四〇年七月三一日から同四五年二月二七日までの賃金合計額のうち金一一一万七、一八〇円の支払を求める原告の本訴請求は、いずれも理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条仮執行の宣言について同法第一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(兼築義春 菅原晴郎 神原夏樹)

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