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東京地方裁判所 昭和43年(ワ)9469号 判決 1970年5月30日

原告 宮嶋茂

被告 東調布信用金庫

主文

一  被告は、原告に対し、金七一〇万円および内金三五〇万円に対する昭和四一年二月七日から同年八月六日まで年四分五厘九毛の金員、同年八月七日から完済まで年五分一厘の金員、内金三六〇万円に対する昭和四一年五月一日から完済まで年五分の金員を支払え。

二  原告のその余の給付請求を棄却する。

三  原告の定期預金債権確認の訴を却下する。

四  訴訟費用はこれを三分し、その一を原告の、その余を被告の各負担とする。

五  第一項は、かりに執行することができる。

六  被告において金二〇〇万円の担保を供するときは、右仮執行を免れることができる。

事実

第一申立

一  原告

1  原告が被告に対し、預け入れ日昭和四一年二月七日、預金額三五〇万円、満期同年八月七日の定期預金債権元本並びにこれに対する同年二月七日から完済まで年五分一厘の割合による利息および遅延損害金債権(ただし、利息については右割合による金額から一〇〇分の一〇を控除した金額)を有することを確認する。

2  被告は、原告に対し、金八〇〇万円および内金三五〇万円に対する昭和四一年二月七日から完済まで年五分一厘の割合による金員(ただし、同年二月七日から同年八月六日までは右割合による金額から一〇〇分の一〇を控除した金員)、内金四五〇万円に対する昭和四一年五月一日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決および仮執行の宣言。

二  被告

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

との判決および原告の請求が認容され、仮執行の宣言が付される場合には担保を条件とする仮執行免脱の宣言。

第二主張

一  請求の原因

1(一)  被告は、信用金庫法五三条所定の業務を営む信用金庫である。

(二)  原告は、昭和四〇年一〇月四日頃、期間三か月の約束で被告に金三五〇万円の定期預金をした。すなわち、原告は、その頃、定期預金とする趣旨で、被告蒲田支店預金係長山本隆成を介して同店の預金契約につき代理権を有していた同店支店長代理大八木誠也に対し金三五〇万円を交付し、同人から被告名義の期間三か月の定期預金証書の交付を受けた。

(三)  かりに、右大八木に右の権限がなく、右定期預金契約の締結がその職務権限を踰越した行為であつたとしても、同人の被告蒲田支店における職務の内容からいつて、原告が同人にその権限ありと信じたについて正当の理由があつた。

(四)  ついで、原告は、昭和四一年二月七日、被告に支払期日同年八月七日、利息年五分一厘の約束で、金三五〇万円の定期預金をした。もつとも、右金三五〇万円の交付については、右(二)の定期預金三五〇万円の返還請求権をもつてこれに充当した。そして、右大八木から、被告名義の右契約の内容が記載されている定期預金証書の交付を受けた。

よつて、原告は、被告に対し、右金三五〇万円の定期預金債権を有する。

2(一)  原告は、昭和四〇年一一月中旬頃、前記大八木から、「被告は、その定期預金者である顧客二名から定期預金を担保とする二〇〇万円の融資の申入を受けているが、定期預金がなされてからまだ日が浅いために、すぐに融資をすることができない。そこで、蒲田支店の信用を保持し、かつその定期預金者を救済するために、定期預金を担保にするから、金二〇〇万円を約一か月間貸して欲しい。それによつて、右定期預金者の求めに応じて貸付をしたように処理したい。」という趣旨の申出を受け、額面二〇〇万円の定期預金証書を示されたうえで懇願されたので、これを承諾し、右大八木に金二〇〇万円を貸し付け、担保として右定期預金証書を受領した。

(二)  原告は、同年一一月末頃、右大八木から、「前記二〇〇万円については被告からの融資ができるようになり、既に二〇〇万円を入手しているが、他の定期預金者から三五〇万円の融資の申入を受け、これに対し、前同様に処理するため、右二〇〇万円について弁済期を一か月延長し、かつ、あらたに期間一か月の約束で金一五〇万円を貸してほしい。」という趣旨の申出を受け、額面三五〇万円の定期預金証書を示されたのでこれを承諾し、あらたに金一五〇万円を大八木に貸し付け、担保として右定期預金証書を受領した。

(三)  原告は、昭和四一年一月中、右大八木から、「前記三五〇万円を前同様に入手しているが、他の定期預金者から四五〇万円の融資の申入を受け、これに対しても前同様の処理をしたいので、三五〇万円について弁済期を延長し、あらたに金一〇〇万円を貸してほしい。」という趣旨の申出を受け、額面四五〇万円の定期預金証書を示されたので、これを承諾し、あらたに金一〇〇万円を大八木に貸し付け、担保として右定期預金証書を受領した。

(四)  原告は、昭和四一年三月下旬頃右大八木および被告蒲田支店預金係染谷孝夫の両名から、「前記四五〇万円については既に被告蒲田支店から融資が行なわれたので返還することもできるが、他の定期預金者である訴外荒井秀雄から金三五〇万円、同味田友子から金一〇〇万円の融資の申入を受け、これに対しても前同様の処理をしたいので、借替とすることを承知してほしい。」という趣旨の申出を受けたのでこれを了承し、被告発行の荒井秀雄宛の金額三五〇万円の定期預金証書一通および味田友子宛の金額一〇〇万円の定期預金証書一通を担保として受領した。

なお、預つた定期預金証書は、右借替または新規貸付により、あらたな定期預金証書を受領した都度返還した。

(五)  ところが、その後、右荒井秀雄、味田友子はいずれも実在の人物ではなく、また右大八木が原告に提供した右各定期預金証書は、いずれも大八木が偽造した担保価値のない証書であり、同人は、原告に虚構の事実を申し述べて原告から右金員を欺し取つたものであることが判明した。そして、大八木には右金員を返済する資力がないので、原告は、結局大八木の不法行為により四五〇万円の損害を蒙つたものである。

(六)  ところで、前述したように大八木は、被告蒲田支店の支店長代理として被告に雇われていたものであるが、大八木が定期預金者の要望に応じて貸付をするために、原告から金員を借り受けた前記行為は、客観的にみて被告の事業の執行につきなされた行為というべきである。また、大八木が原告に提示し、担保として提供した前記各定期預金証書は、被告代表者の真正な記名捺印のある証書であり、大八木が支店長代理として与えられた作成権限に基づき作成されたものであるが、大八木にその権限がなかつたとしても、いやしくも被告の職員である大八木によつて作成されたものである以上、これを提示し、定期預金者の窮状打開のためと称して金員を借用した行為について、被告は、民法七一五条の責任を免れられないものである。

二  請求の原因に対する答弁

1(一)  第1項(一)の事実は認める。同(二)の事実中、原告が、昭和四〇年一〇月はじめ頃金三五〇万円を、定期預金とする趣旨で被告蒲田支店預金係山本隆成を介して同支店支店長代理大八木誠也に交付したことは認めるが、同人が定期預金証書を交付したことは知らない。その他の事実は否認する。同(三)および(四)の事実は否認する。

(二)  被告金庫においては、金銭の収納は、出納係または集金係に行なわせており、これらの係が金銭を受領したことをもつて、被告金庫の受領行為があつたものとして処理している。そして、被告金庫は、得意先係を設けているが、これは被告金庫と顧客間の事務連絡、金銭出入の取次等の事実行為を行なうにすぎず、したがつて、得意先係が預金者から金銭を受領しても直ちに預金が成立したということはできない。すなわち、定期預金については、得意先係または預金係が預金者から依頼されて持ち帰つた金銭が出納係に入金され、預金証書が作成され、支店長または支店長代理の確認を経てそれが預金者に交付されることによつて定期預金承諾の意思が表示されるのである。

ところが、本件においては、右の諸手続が行なわれていないので、いまだ預金契約が成立するに至つていないものである。

(三)  なお、定期預金の利子につき、所得税法一八一条一項、租税特別措置法三条一項によつて源泉徴収されるべき税額の割合は一〇〇分の一五である。

2(一)  第2項(一)ないし(四)のうち、訴外大八木誠也が原告に対し、原告主張の趣旨のことを述べて金員の借用を申し入れたことは否認し、その他の事実は知らない。同(五)のうち、荒井秀雄、味田友子が実在の人物でないことは認めるが、その他の事実は知らない。同(六)のうち、大八木誠也が被告蒲田支店の支店長代理として定期預金証書の作成権限を有していたことは認めるが、その他は否認する。

(二)  かりに、原告主張のような金銭の貸借が行なわれたとしても、それは、大八木が個人として顧客の面倒をみるためにしたものであり、原告もそのことを知つて貸し付けたものであるから右貸借は、被告の事業の範囲に属するものではない。

また、大八木は、被告の職員として、被告のために、原告と右取引をしたのではないし、大八木の右行為は、一般私人からの金銭の借り入れまたは原告と定期預金者との間の金融斡旋であつて、これは被告のなし得る業務(信用金庫法五三条一項)のいずれにも該当しないから、右大八木の行為は外形上も被告の事業の執行につきなされたものとはいえない。

(三)  大八木には、架空預金の証書を作成する権限はなく、同人が原告に示した定期預金証書は、被告の倉庫から用紙を盗み出して偽造したものであるから、大八木が右証書を作成した行為もまた、外形上も同人の職務権限の範囲外の行為である。

また、大八木が定期預金証書を作成した行為と原告の損害との間には相当因果関係がない。

すなわち、昭和四一年三月下旬頃大八木が定期預金証書二通(甲第二、第三号証)を交付してなした金四五〇万円の貸借は、現金の授受によつたものではなく、昭和四〇年一一月中旬なされた金二〇〇万円、同月下旬になされた金一五〇万円、昭和四一年一月中旬なされた金一〇〇万円の各貸借に基づく債務を目的とした更改によつたものであるから、大八木の右定期預金証書の偽造行使と原告の損害との間には手段結果の関係がない。

また、被告発行の定期預金証書は、被告の同意がなければ譲渡または質入ができないものであるから、原告が真正な定期預金証書を取得したとしても、被告に対しその払戻を請求することができない。したがつて、原告の損害は、定期預金証書が偽造であつたかどうかにかかわらないものであるから、大八木の偽造行使と原告の損害との間には相当因果関係がない。

(四)  右大八木および保証人染谷は、原告に対する債務を承認しているし、右債務者両名から弁済を受けることが不能であるとはいえないから、原告の損害は未確定である。

三  被告の抗弁

かりに、被告に損害賠償責任があるとしても、

1  原告は、右大八木の前記行為が被告の事業の執行につきなされたものでないことおよび被告の承認なしには定期預金証書を担保に供することができないことを知りながら、または重大な過失によりこれを知らずに前記貸付をしたのであるから、損害賠償の額について斟酌されるべきである。

2  原告は、前記貸付金につき利息名義で金九〇万円の支払を受けているから、損害額から右金員が控除されるべきである。

四  抗弁に対する原告の答弁

抗弁事実はすべて否認する。

第三証拠関係<省略>

理由

一  定期預金返還請求について

請求の原因第1項(一)の事実および原告が昭和四〇年一〇月はじめ頃金三五〇万円を定期預金とする趣旨で被告蒲田支店預金係山本隆成を介して同支店支店長代理大八木誠也に交付したことは当事者間に争がない。

証人大八木誠也、同天明藤吉の各証言および原告本人尋問の結果によれば、右大八木誠也は、昭和三九年一〇月頃から昭和四一年三月頃まで被告蒲田支店の預金担当の支店長代理であつて、預金の勧誘および受入をする職務権限を有していたこと、原告からの右金員の受入について、右大八木は、被告理事長作成名義の額面金額三五〇万円、期間三か月とする原告宛の定期預金証書を交付したことが認められ、右認定を左右する証拠はない。右事実によれば、昭和四〇年一〇月はじめ頃、原告と被告との間において、原告を預金者とする金額三五〇万円、期間三か月の定期預金契約が成立したものと認めるべきである。

もつとも、前掲各証拠によれば、被告蒲田支店においては、集金の方法で顧客から定期預金を受け入れた場合には、その金員を出納係に納入したうえで定期預金証書を発行する扱いをしていたところ、右大八木は、原告から受領した金三五〇万円を出納係に入金しないで大八木個人の用途に費消したこと、そして、大八木は、正規の預金受入の手続を経ることなくして定期預金証書を作成交付することは許されていないのに、同店備付の証書用紙を盗用し、支店長代理の立場でたまたま保管していた被告理事長の印鑑を冒用して前記預金証書を作成し、これを原告に交付したことが認められる。しかし、定期預金の収納に関する被告内部の事務処理の手続がどのように定められていたにもせよ、預金の受入をする職務権限を与えられている被告の職員が、定期預金とする趣旨で顧客から金員を受領した以上、これをもつて直ちに定期預金契約が成立したものと解するのが相当であり、爾後の金員収納に関する処理および定期預金証書の発行が被告の内規に則して適正に行なわれたかどうかは、右の効果に何等の影響も及ぼさないというべきである。

そして、前掲大八木証人の証言および原告本人尋問の結果ならびにこれらにより大八木誠也が被告代表者の印鑑を用いて作成したものであることが認められる甲第一号証によれば、右大八木は、原告から定期預金として前記金員を受領してから約束の期間である三か月を経過した後である昭和四一年二月七日、被告の預金担当の支店長代理として原告との間で、右定期預金をあらたな金額三五〇万円、期間六か月、利率年五分一厘の定期預金に切り替える旨の契約を締結し、前同様の方法で被告理事長作成名義の定期預金証書(甲第一号証)を作成して原告に交付した事実が認められ、右認定を左右する証拠はない。右の切替による新規の定期預金についても、被告蒲田支店の内部において定期預金としての処理がなされていないことは右各証拠によつてあきらかであるが、さきに説示したのと同じ理由により、右の大八木と原告との間になされた約定によつて原告と被告との間に金額三五〇万円、期間六か月、利率年五分一厘のあらたな定期預金契約が成立したものといわなければならない。よつて、被告は、原告に対し、右定期預金として受託した金員を返還する義務がある。

ところで、所得税法一八一条一項、租税特別措置法三条一項によれば、昭和四一年中における預金の利子所得については、一〇〇分の一〇の割合で源泉徴収すべきものとされているから、原告は、右定期預金の利息については元本に対する約定の年五分一厘の割合による金額から一〇〇分の一〇を控除した金員(元本に対する年四分五厘九毛の割合による金員)の限度でその支払を求めることができるにすぎないというべきである(なお、遅延損害金については、源泉徴収すべきものとはされていないから、利息の場合のように源泉徴収分を差し引くという問題を生じない)。

二  損害賠償請求について

1  前記大八木誠也が、被告蒲田支店において被告代表者名義の定期預金証書を作成する権限を有していたことは当事者間に争がなく、証人大八木誠也、同染谷孝夫、同天明藤吉の各証言と原告本人尋問の結果並びに右大八木、染谷両証人の証言により成立を認め得る甲第四号証および大八木誠也が被告代表者の印鑑を使用して作成したものであることが認められる甲第二、第三号証に弁論の全趣旨を綜合すれば次の事実が認められる。

原告は、被告金庫の総代の一人であつて、昭和三九年被告蒲田支店が開設されて以来、同支店との取引を継続し、同支店長代理であつた右大八木とも知合となつていたこと、そして、同支店に預金をする場合には、屡々原告の自宅に出向いてきた同支店の係員との間で金員の授受をしていたこと、昭和四〇年一一月はじめ頃、右大八木が原告宅を訪れ、原告に対し、「被告のある顧客から、被告に対し、融資の申込があつたが、貸出ができるまでに日数を要するので、それまでの間顧客の便宜をはかるため金を貸して欲しい。被告発行の定期預金証書を担保に入れるし、被告からの貸出ができたら直ちに返済する。」という趣旨の申入をしたこと、そこで、原告は、これを了承し、被告理事長発行名義の定期預金証書の交付を受けたうえで、右大八木に対し、金一二〇万円を貸与したこと、その後同年一一月二〇日頃右大八木が再び原告宅を訪れ、右一二〇万円を返済したうえで、あらためて前と同様の趣旨で金二〇〇万円を借り受けたい旨の申入れをしたので、原告は、あらたに被告理事長発行名義の定期預金証書の交付を受けたうえで右大八木に対し、金二〇〇万円を貸与したこと、さらに同年一一月下旬頃原告は、大八木からの右と同様の趣旨の申入れに応じて、あらたな被告理事長発行名義の定期預金証書の交付を受けて右大八木に対し、金一五〇万円を貸与したこと、ついで、昭和四一年一月中旬頃原告は、大八木からの右と同様の趣旨の申入れに応じて、右大八木に対し、さらに金一〇〇万円を貸与したこと、そして原告は、その頃、右合計金四五〇万円の貸金の担保の趣旨で、右大八木から被告理事長名義の荒井秀雄宛の金額三五〇万円の定期預金証書(甲第二号証)および同名義の味田友子宛の金額一〇〇万円の定期預金証書(甲第三号証)各一通の交付を受けると共に、大八木および被告蒲田支店の得意先係であつた染谷孝夫を共同借受人とする金四五〇万円の借用証(甲第四号証)を受領したこと、ところが、大八木が原告に対し、資金を必要とする事情として述べたことはすべて虚構の事実であつて、大八木は、原告からの借入金をすべて大八木個人の用途に充てて費消したこと、そして、大八木が原告に交付した各定期預金証書は、いずれも、定期預金の受入れがないのに、大八木が前記第一項記載の定期預金証書を作成したのと同じ方法で作成したものであり、前記二通の定期預金証書の名宛人とされている荒井秀雄および味田友子はいずれも実在する人の名ではないこと、そして、原告は、大八木の申し述べた事情はすべて真実であり、かつ交付を受けた定期預金証書はいずれも真正に作成されたものと信じ、大八木が原告に対する右債務の弁済をすることができないときは、大八木が右定期預金を担保として被告から融資を受け、もつて原告に弁済をしてくれるものと信じて大八木からの融資の申入れに応じたこと、大八木および前記染谷孝夫には原告からの右借受金を返済できるだけの資力のないこと、以上の事実が認められ、右認定を左右する証拠はない。

右事実によれば、右大八木は、原告に対し、虚構の事実を告げ、かつ権限を濫用して作成した定期預金証書を示して原告を欺罔し、これを信じた原告から合計金四五〇万円の交付を受けたのであり、原告は、借受人からその弁済を受けることができないのであるから、原告は、大八木の不法行為により四五〇万円の損害を蒙つたというべきである。

なお、被告は、定期預金は被告の承諾がなければ譲渡または質入をすることができないものであるから、大八木が交付した定期預金証書が真正なものであつたとしても、原告は被告に対しその定期預金の払戻しを請求することができず、結局原告の債権の回収に役立たないので、大八木の偽造行為と原告が損害を蒙つたこととの間には相当因果関係がないと主張するが、右の原告の損害は、受領した定期預金証書に担保価値がなかつたことによるものではなく、大八木の欺罔行為によつて原告が金員を交付したこと自体による損害であるから、既にこの点において右主張は失当であるが、さらに大八木証人の証言および原告本人尋問の結果によれば、大八木は、原告から金員を借り受ける手段に用いる目的で右定期預金証書を作成したものであり、かつ、原告は、大八木から右証書を担保として提示されたので、同人が支店長代理の地位にあつたことと相まつて、大八木の言を信用し、前記貸付をなすに至つたことが認められるので、大八木が右定期預金証書を作成した行為と原告が右貸付をした結果損害を蒙つたこととの間には相当因果関係があつたというべきである。

2  つぎに、右大八木の行為が被告の「事業ノ執行ニ付キ」なされたものかどうかにつき考えるに、原告は、大八木個人を借主とし、これに対して金員を貸与したのであるから、大八木において、借受にあたり被告の顧客の便宜をはかることを口実としたからといつて、信用金庫法五三条一項に徴すれば、右借受行為が被告の事業の範囲に属し、ないしは外形上その範囲に属するものとは直ちに断じ難いものがあるようにも思われる。しかし、大八木は定期預金証書を作成する権限を有していたのであるから、原告に交付された定期預金証書は、いずれも定期預金の受入がないのに大八木がその権限を濫用して作成したものではあるが、その作成は、これを客観的に観察すれば、外形上大八木の職務の範囲に属するものといわなければならない。そして、右定期預金証書の作成と原告の損害との間に因果関係の認められることは前述のとおりである。すなわち、原告は外形上大八木の職務の範囲に属すると認められる行為によつて前記損害を蒙つたものというべきである。そうとすれば、被告は、その被用者が事業の執行につき原告に損害を与えたものとして、その損害を賠償しなければならない。

3  そこで、被告の抗弁について判断する。

(一)  まず、過失相殺の点につき考えると、原告が、前記貸付をした当時、交付を受けた定期預金証書につき、大八木が権限を濫用して作成したものであることを知らなかつたことはさきに認定したとおりである。しかし、原告は、被告の総代の一人であり、かつ被告蒲田支店開設以来同支店との取引を継続して来たのであるから、被告金庫内部の機構および営業の実態につき、少くとも被告と無関係の第三者と比較すればある程度の知識を有していたことが推認されるし、また、被告の職員の言動に不審な点があるときは、被告の役員、支店長等に問い質すことも容易にできる立場にあつたということができる。そして、大八木が申し入れてきたように、金融機関である信用金庫として貸出をすることができない場合に、その職員個人が、自己の名にもせよ、あるいは信用金庫の名にもせよ顧客に対し、つなぎ融資をするということは極めて異例のことであるといえるから、そのような申入れを受けた者としては、定期預金証書を示されたとはいえ、その申し入れて来た事実の存否につき、少くとも一応の疑念を抱くのがむしろ通常であると考えられる。ところが、原告本人尋問の結果によれば、原告は、この点につきさほどの疑いを持つことなく、たやすく申入れに応じて貸付をしたことが窺われるのであつて、このことは、前述のように被告と特別の関係にあつた原告としては、誠に軽率のそしりを免れ得ないところといわざるを得ない。すなわち、原告が前記損害を蒙つたことについては、原告にも過失があつたものであり、よつて被告が支払うべき損害額につきこれを斟酌し、前記損害額四五〇万円から二割に相当する九〇万円を減額するのが相当であると認める。

(二)  被告は、原告が前記貸金の利息名義で金九〇万円の支払を受けたと主張するが、右事実を認めるに足りる証拠はない。

よつて、被告の弁済の抗弁は理由がない。

三  そうすると、被告は原告に対し

1  前記定期預金三五〇万円およびこれに対する預入れの日である昭和四一年二月七日から六か月後の昭和四二年八月六日まで約定利率から源泉徴収分を控除した年四分五厘九毛の割合による利息金、同年八月七日から完済まで約定利率と同率の年五分一厘の割合による遅延損害金を

2  前記損害賠償金三六〇万円およびこれに対する不法行為時の後である昭和四一年五月一日から完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を

各支払う義務があり、原告の給付請求は、右の各支払を求める限度で理由があり、その余は失当である。

また、右定期預金債権の確認を求める原告の訴は、右の給付請求が認容される以上、その利益がないというほかはないから却下を免れない。

よつて、原告の給付請求を右の限度で認容してその余を棄却し、確認の訴を却下し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条九二条、仮執行およびその免脱の宣言につき、同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 橘勝治)

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