東京地方裁判所 昭和43年(特わ)204号 判決 1970年7月01日
本籍
大韓民国済州道済州市一徒里一、二七六番地
住居
東京都文京区西片一丁目一二番一六号
飲食店等経営
金海こと
金坪珍
一九二六年四月二日生
右の者に対する所得税法違反被告事件につき、当裁判所は、検察官上田政夫・弁護人荻野弘明出席の上審理して、次のとおり判決する。
主文
被告人を懲役八月及び罰金一三〇〇万円に処する。
右罰金を完納することができないときは、金二万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
この裁判確定の日から三年間右懲役刑の執行を猶予する。
訴訟費用は被告人の負担とする。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は、肩書住居地に居住し、次の事業経営をなした。
イ、喫茶店ひいらぎ 東京都台東区上野四丁目九の一 営業許可名義 金海郁子
ロ、右同 アモール 同区上野四丁目三の九 右同 金海郁子
ハ、パチンコ店 スター会館 同所 右同 金海郁子
ニ、パチンコ店 スターホール 東京都台東区上野四丁目六の九 営業許可名義 慎時範
ホ、バー スターダスト 同区上野四丁目九の二 右同 金海郁子
ヘ、キャバレー ニューグランド 同区上野四丁目一一の一八 右同 金坪珍
ト、ホテル ひいらぎ 同区湯島三丁目二二の九 右同 金海郁子
被告人は右事業による収入のほか、給与、譲渡、配当、雑収入等を得ていたものであるが、妻金海郁子こと朴潤閨と共謀して自己の所得税を免れようと企て、売上を除外して簿外預金を設定する等の方法により所得を秘匿したうえ
第一 昭和三九年分の実際総所得金額が六〇、九九四、〇〇三円でこれに対する所得税額が三六、一八三、六九〇円であったのにかかわらず、昭和四〇年三月一五日、東京都台東区東上野五丁目五番一五号所在の所轄下谷税務署において、同税務署長に対し、右年分の総所得金額は一〇、一七二、五四〇円でこれに対する所得税額は三、九二四、一〇〇円である旨の虚偽の確定申告書を提出し、もって右年分の正規の所得税額と申告税額との差額三二、二五九、五九〇円を免れ
第二 昭和四〇年分の実際総所得金額が六一、〇九五、五三七円でこれに対する所得税額が三六、二一三、三七〇円であったのにかかわらず、昭和四一年三月一四日、前記所轄下谷税務署において同税務署長に対し、右年分の総所得金額は一〇、三七八、一九〇円でこれに対する所得税額は四、〇一九、五五〇円である旨の虚偽の確定申告書を提出し、もって右年分の正規の所得税額と申告税額との差額三二、一九三、八二〇円を免れ
たものである。
(所得金額の確定内容は別紙一、二の各修正貸借対照表の、税額計算内容は、同三の税額計算書の各記載のとおりである。)
(証拠の標目)
一、 被告人の当公判廷における供述
一、 乙の各書証(以下の数字は、検察官請求証拠目録の請求番号に対応)
1、5、6、7、9 被告人の各上申書
2、3、4、8、10 金坪珍、朴潤閨両名名義の各上申書
12 右両名名義の報告書
13ないし23 被告人の各大蔵事務官に対する質問てん末書
25ないし30 被告人の各検察官に対する供述調書
31 外国人登録票
一、 証人松戸広太、島本繁男、吉永治市、吉田義男、真野徹、益川忠吉、永井鋭明、山浦今朝三郎、江森芳男、秋山定雄、野村静男、淵岡俊雄、高野沢浄治、遠藤実、金満沢、金慶得、洪寛泉、李鍾、朴潤閨の各公判供述
一、 甲(一)の各書証(以下の数字は、検察官請求証拠目録の請求番号に対応)
1 銀行調査書(二の一)
2 銀行調査書(二の二)
3 銀行預金残高調査書
4 銀行預金残高調整表
13 パチンコ機械関係調査書
16 文京税務事務所長の回答書
17 銀行借入金未経過利息調査書
18 銀行等借入金支払利息調査書
19 未経過保険料調査書
20 検査てん末書(大成火災海上保険(株))
26 崔学林の回答書
29 竹下文男の現金有価証券等現在高検査てん末書
30 山口富男の現金有価証券等現在高検査てん末書
31 建物等の減価償却費計算書
38 パチンコ玉調査書
44 パチンコ中古機械売却明細書
45 土地建物等の取得金額等調査書
46 島本繁男の検察官に対する供述調書
50 長島反津の上申書
52 水谷利光の大蔵事務官に対する質問てん末書
55 岩永禎治の証明書
56 検査てん末書((株)東照明)
57 検査てん末書((有)河内織物工場)
58 真野徹の回答書
60 松崎和平の大蔵事務官に対する質問てん末書
61 同人の検察官に対する供述調書
63 川岸一平の回答書
64 長瀬公平の回答書
67 神林徳治の検察官に対する供述調書
69 建物附属設備取得調査書
74 什器備品取得調査書
79 検査てん末書((株)カナガワ)
82 検査てん末書(日本冷機(株))
83 店主貸勘定調査書
84 台東税務事務所長の回答書
85 文京税務事務所長の回答書
90 張潤鍾の上申書
91 許弼の上申書
92 買掛金残高調査書
100 三沢武の回答書
120 支払手形残高調査書
121 未払金残高調査書
146 パチンコ機械支払金額明細書
147 検査てん末書((有)松島屋)
148 検査てん末書(ヱスケー石鹸(株))
150 未払税金残高調査書
152 預り源泉税調査書
154 借入金残高調査書
156 天野玄造よりの借入金についての反面調査書
159 店主借勘定調査書
161 銀行預金利息収入調査書
162 その他所得調査書
163 銀行預金に対する給付ほてん備金収入調査書
164 金坪珍の上申書
165 金慶河の上申書
171 李鍾の検察官に対する供述調書
172 普通預金等の払出票等の筆蹟調査について
174 常磐相互銀行上野支店長の禀議書写
一、 弁の各書証(以下の数字は、弁護人請求証拠目録の請求番号に対応)
1ないし29 登記簿謄本各通
30、31、32、 台東税務事務所長の固定資産課税台帳登録証明書各通
33ないし41 商銀信用組合の名簿各通
43 兪石の出資金明細証明書
45 登記簿謄本
59ないし64 納税証明書
72 陳情書(42・9・2付)
73 陳情書(42・4・18付)
一、 押収物件(当庁昭和四四年押第四四二号、以下の数字はその符号番号)
1 工事請負契約書・領収証一袋
2 ホテルひいらぎ荘引渡書等一袋
3 鉄道高架線拱下使用者名義変更願等一袋
4 売買契約書等一袋
5 同 一袋
6 契約書等 一袋
7 税金関係等領収証等一袋
9 領収証等一袋
10 同 一袋
11 店舗賃貸借契約書一袋
15 領収証等一袋
17 請求書等一袋
18の1、2 収支帳各一綴
19の1ないし5 在庫帳各一冊
20 建築関係資料一袋
21 売上仕入等明細帳一冊
22の1ないし4 在庫品明細帳各一冊
23 商品受払帳一冊
24 煙草受払帳一冊
25 預り証一袋
26 税金領収書一袋
27 売上帳(38年度)一綴
28 同 (39年度)一綴
29 同 (40年度)一綴
30 所得税確定申告書(金坪珍)一綴
31 同 (金海郁子)一綴
32の1、2 貸出先一人別フアイル各一綴
33の1 大口資産家一人別関係書綴(金坪珍)一綴
33の2 同 (金海郁子)一綴
(争点についての判断)
第一所得の帰属について
一、 弁護人の主張
喫茶店「ひいらぎ」、同「アモール」、パチンコ店「スター会館」、バー「スターダスト」、ホテル「ひいらぎ」の五店舗は、被告人の妻朴潤閨の営業にかかるものであり、その所得は妻に帰属するものである。被告人の営業は、パチンコ店「スターホール」、キャバレー「ニューグランド」の二か所のみであるから、その事業収入は、この二店舗について計算さるべきである。
朴(通称金海郁子)は、昭和二三年ころから自己の名において所得を申告し納税して来た、その間下谷税務署も喫茶店「ひいらぎ」外四店舗の営業を同人の営業として承認してきたものであるが、今に及んでこれを否定し、被告人の営業と主張することは、禁反言の原則に反し許なれない。又朴の所有名義の不動産は、実質的にも同人の所有であり、これを被告人の所有とみなすべき根拠はない、朴の各営業は、同人の計画と収支計算のもとに継続されて来たものである。
二、 当裁判所の判断
(1) 所得の帰属について
所得の帰属は、形式的な営業名義、法律関係によって決定されるべきではなく、実質的な営業活動により生ずべき利益の帰属関係如何により決められるべきであって、正に、何人の収支計算においてなされたか否かにより決定されなければならない。
本件において、朴潤閨が弁護人所論の各店舗の営業名義人であり、かつ申告納税者であった。したしながら、営業活動状況、経理状態等に則して実質的に考察するならば、それぞれの名義、申告にもかかわらず、各事業収入の帰属者は被告人であると認めざるを得ない。
まず、営業資金の蓄積、元入(自己資本)関係について観察するに、証人朴、被告人の公判供述、乙26等よれば、なるほど終戦後被告人は、妻朴と出資し合って、昭和二二年ころよりミルクホールを始め、上野駅ガード下その他で中華料理店を開業し、次いでパチンコ店スターホールを開き、スター会館、喫茶ひいらぎ、スターダスト、ホテルひいらぎと順次事業を拡張し、本件にみられる営業の大をなすに至ったこと、及びその間朴の役割も決して無視できず、この間営業資金の蓄積に大いに尽力したであろうことと推察される。しかし両者の事業が店舗ごとにわかれて截然としていたようではなかったのでり、事業資金が被告人と朴との間においてそれぞれどのように形成されて行ったかについては、混とんとして知ることができない。営業上欠くことのできない店舗の用地、建物の取得状況についても
土地所有名義 建物所有名義
喫茶店 ひいらぎ 金 朴
同 アモール 金、朴 金
パチンコ店 スター会館 金、朴 金
同 スターホール 金、朴 金
バー スターダスト / 金(賃借名義人)
キャバレー ニューグランド 金、朴 朴
ホテル ひいらぎ 金 金
と入り組んでおり、その取得経過に至っては一層複雑で、とうてい被告人と朴との二面の権利主体をそこに見出すことができない。
次に経理の状況について観察するに、各店舗ごとの収支は、個々に経理されていないばかりか、各店舗からの売上、入金と支払、出金は入り組んでおり、どの店舗の売上が、どの預金に入ったのかも説明できず、まさに「帳簿の面からも経営の面からも、銀行の面からも、不動産の面からも、収入金額と必要経費とを明らかに計算し所得金額を明確に算出することは不可能であり、ことに金坪珍と朴潤閨との所得金額を正確に区分し計算することは全く不能」(弁73の陳情書)ということに帰着するのである。この事実は、ほ脱所得計算上、両者の帰属分を推計その他によって算出することが全く不可能ということを意味するものではないが、各店舗の収入、経費状況が右のような状況にあったということは、被告人と妻とがそれぞれ独立の営業主体であるという弁護人主張は理由がないことを裏書きするのである。
ところで、それならば、被告人、朴のいずれがその所得の帰属者とみるべきかについて検討するに、営業の基本的、具体的活動の面ことに敷地の取得あるいは借り入れ、店舗の増改築、請負契約の締結、銀行からの資金の借り入れにおいて被告人が主導的な役割をもっていたことが認められ、銀行員や請負業者も被告人が実際経営者であると考えていた(証人松戸、島本、益川、山浦、秋山、野村、高野沢)と証言している。さらに被告人は、各店舗の経営者は実際は自分であると述べ、かつ各店舗のマネージャーや従業員の稼動状況、売上、支払状況、銀行からの借入れ、事業用資産の取得、納税申告状況を本件の査察の当初から詳述している(乙13、14、16、18、19)し、バーの組合長をつとめているのに対し、朴の供述は具体性に欠け、自分が営業名義の売上の預金がどうなっているかもわからないというのである。朴が本件各店舗の記帳その他の仕事に従事していたことが認められないではないが、同女は家庭の主婦として子女の養育に当り家業に従事していることを考えると、同女は営業活動面においても従たる役割を果していたにすぎないところと認められる。
以上のとおりであるから、被告人を所得の実質的な帰属者と認めるのが相当である。
(2) 朴名義で申告納付した分について
朴名義で申告納付したことにより国庫に収納された分については、租税債権侵害の結果を生じないもののようであるが、本件所得はもともと前述のように金坪珍個人に帰属すべきものであり、同人がその納税義務者である以上、その一部を妻名義で申告したからといって、その申告自体を本人のものとみなす規定がなく、妻名義の申告によって被告人の納税義務を確定させる効果はない以上(課税行政上は妻名義申告分は国税通則法の規定によりいわゆる更正減を受くべきことになる。)これを有効視することはできない。第三者名義により一応申告納付されたということは、情状として考慮されるに止まり、これをほ脱税額から控除することはできない。
第二各勘定科目(但し所得の帰属の主張関係を除く。)について
検察官主張のほ脱所得金額の中当裁判所において認定、修正した分(弁護人主張の認容分を含む)は、別紙四、五の修正表記載のとおりであるが、以下に各争点についての判断を示す。
一、 別紙一7、二7未経過保険料
(一) 弁護人の主張
保険料は、利息と性質が異るので現金主義により計算さるべく、全額を当年中の営業経費となすべきである。
(二) 当裁判所の判断
保険料収入は、利子収入などとともに、未経過費用を生ずるいわば典型的なものである。(すでに支払われて記帳済になっている保険料(費用)のうち、当該期間分に属せず次期に属すべき費用は、決算にあたり、費用の前払額を計算し、これをその期の損益計算から控除するとともに、これを他方資産として次期に繰越す会計処理をすることが税務会計上正当なのである。)弁護人の主張は、独自の見解に立つものであって採用に値しない。
二、 別紙一8、二8貸付金
(一) 弁護人の主張
検察官主張額の外に、次の当期減少分を認容すべきである。
(イ) 昭和三九年分
<省略>
(ロ) 昭和四〇年分
呉順花に対する右昭和三九年一二月三一日残高五、〇〇〇、〇〇〇円の当期減少(昭和四〇年一二月三一日残高〇円)を計上すべきである。
(二) 当裁判所の判断
別紙四8、五8記載のとおりである。
(1) 呉順花に対する貸付金関係(両年分)は、証人金満沢、金斗旭、被告人の各公判供述、弁45により弁護人主張事実を認める。
(2) 洪寛千に対する貸付金について
証人洪寛千、被告人の供述によれば、弁護人主張の事実が存したかのようであるが、右各供述は、乙21(問七、38・6・29約手三枚計一五、〇〇〇、〇〇〇を支払人徳山武寛-洪寛千-がそれぞれ取立になっており即日不渡処理をしていることについての答これは、徳山武寛に昭和三五年ころ一八、〇〇〇、〇〇〇円位高を手形で貸付け、書替えをしてきたものですが、同人が昭和三七年八月頃倒産したので、一応銀行に取立に出し不渡手形とした旨の供述記載等)乙28(古い貸付金として徳山武寛に千五、六百万円を貸したことがあり、これは約束手形を貰って現金で貸したが不渡りになって了い、徳山が有していた債権を譲受けて朴宗根弁護士に頼み仮処分や訴訟を起して貰い、結局七〇〇万円で示談となり、回収したのであるが、解決したのは昭和四一年になってからのことである旨の供述記載)等に照らし、にわかに信用できない。
(3) 太平交易株式会社に対する貸付金について
証人金慶得及び被告人の各公判供述は、供述自体に具体的な貸付、返済についての裏付けがないことと、甲(一)165の記載に照らして信用し難いので、弁護人主張金額は認容しない。
三、 別紙10、二10有価証券
(一) 双方の主張
各年分の取得又は売却にかかる出資証券、電話債券、株式の金額中争いある部分は、次のとおりである。
(イ) 昭和三九年分
<省略>
なお、弁護人は「(一七一、一九六 円は配当金であり、配当分離課税を受けたからこれを計算から控除すべきである。」旨主張する。
(ロ) 昭和四〇年分
東京商銀信用組合出資証券
<省略>
(二) 当裁判所の判断
別紙四10、五10記載のとおりである。
(1) 文京韓国人商工組合出資証券について
昭和三八年一二月三一日現在被告人の右組合に対する出資証券一、二〇〇、〇〇〇円が存したこと及び翌年一二月一三-一四日これが被告人に返戻されたこと同年現在高は一七一、一九六円となることが認められる(甲(一)29、弁43)。次に、右残高は出資証券か(検察官主張)、配当金か(弁護人主張)について検討するに、被告人は右組合から配当金を受けたことはないといっており(乙17)、昭和三九年一二月一四日に同額の出資証券を取得した旨上申している(乙5)が、出資金の返戻状況及び昭和四〇年三月一日に一七一、一九六円の出資預り証が発行されたこと(甲(一)29)等の事実をあわせ考えると、一七一、一九六円は昭和三九年分の配当収入とみるべきである。以上の次第で弁護人主張は正当であるが、配当金の源泉分離制度は、昭和四〇年四月一日以降に支払を受けるべきものに適用される(昭和三八年法律第六五号改正租税特別措置法、同四〇年法律第三二号改正)のであるから、本件の右配当金には適用されることはない。
(2) 東京商銀信用組合出資証券関係について
甲(一)26、弁33、40、41及び被告人の公判供述により、各年分につき、弁護人主張事実が正当であると認める。
四、別紙一15、二15土地、別紙二譲渡所得
(一) 双方の主張
(1) 検察官の主張
(イ) 昭和三九年分土地一八一、四〇〇、〇〇〇円
a ニューグランドの隣接地の土地取得価額六〇、五〇〇、〇〇〇円
内訳=昭和三九年四月堀深、真部スミからニューグランド隣接地四一・九七坪(建物一棟を含む)の買受価格六〇、〇〇〇、〇〇〇円、仲介料五〇〇、〇〇〇円
b スター会館隣接地取得のための代替地取得価額一二〇、九〇〇、〇〇〇円
内訳=同年一一月福田いね、吉田千枝から買受けた土地三〇・三九坪(建物一棟を含む)の買受価格三〇、一五〇、〇〇〇円、仲介手数料七五〇、〇〇〇円
(ロ) 昭和四〇年分九、九二六、〇〇〇円
内訳=前記bの土地をスター会館隣接地一九・七六坪をその所有者水谷利光と交換するにさいし、昭和四〇年六月同人に移転名義で支払った交換差金九、一七六、〇〇〇円、仲介手数料七五〇、〇〇〇円
(2) 弁護人の主張
(イ) 昭和三九年分一七七、一三四、六〇〇円
a ニューグランドの隣接地の土地取得額五七、一六六、七〇〇円
検察官主張額中、仲介料は三〇〇、〇〇〇円であるからその差額と、土地代中建物三、一三三、三〇〇円分を除外(この分を建物勘定に計上)する。
b 代替地取得価額一一九、九六七、九〇〇円
検察官主張価額より、建物九三二、一〇〇円分を除外(この分を建物勘定に計上)する。
(ロ) 昭和四〇年分土地七八、二九八、六〇〇円
内訳=水谷利光よりスター会館隣接地を建物を含め七八、五〇〇、〇〇〇円で買受け取得、仲介料七五〇、〇〇〇円の合計額から、右地上の建物九五一、五〇〇、〇〇〇円分を除外(この分を建物勘定に計上)する。
なお被告人は、水谷利光に九、一七六、〇〇〇円を支払ったが、これは交換差金ではなく、右土地代金の内払である。被告人は、同人に福田いね、吉田千枝らより購入した前記土地を別個の契約により売渡し、その代金債権は右の残債務六九、三二四、〇〇〇円と対当額で相殺した。水谷と被告人とは、かように二個の売買契約を結んだもので、交換契約ではないし、税法上交換とみなす規定もないし、むしろ交換として取り扱われてはいない(所得税法五八条一、二項)。
(ハ) 昭和四〇年分譲所得
次の<1>と<2>の差額を譲渡損に計上すべきである。
<1> 譲渡収入 六九、三二四、〇〇〇円
福田、吉田より取得した土地建物を前記(b)のとおり、水谷利光に対し右額で売却(78,500,000円-9,176,000円=69,324,000円)した金額
<2> 譲渡価格 一二〇、一四四、四〇七円
福田いね、吉田千枝からの土地取得金額一一九、二一七、九〇〇円と福田いねからの建物(取得金額九三二、一〇〇円)昭和三九年一二月三一日残高九二六、五〇七円との合計額
(二) 当裁判所の判断
(1) 昭和三九年土地分について
(イ) 別紙四10記載のとおりである。ニューグランドの隣接地の取得価額中仲介料は、証人島本の公判供述により三〇〇、〇〇〇円と認定するほか、検察官主張額が正当である。
(コ) 弁護人は、各土地取得価額より建物の価額を控除すべしと主張するが、被告人は、建物取得を本来の目的として各土地を取得したのではなく、各土地を自らの事業の用途(aの土地はニューグランドの敷地、bの土地はスター会館隣接地取得のための代替地として)に供するために取得したものであるから、このようなばあいには、建物の価額は、土地取得価額に含まれるものと解すべきである。建物の価額を控除する事由はない。
(2) 昭和四〇年分土地及び譲渡所得について
まず、土地取得価額より建物価額を控除せよとの主張は、前述(1)にふれたと同様の理由により採用しない。次に本件土地は、交換ではなく、二つの売買契約であり、譲渡損を計上すべきであるとの主張は、以下の理由により採用しない。
甲(一)45、50、52、乙26などによれば、被告人は、昭和三九年一一月、台東区上野四丁目二八の三所在の土地三〇・三九坪ほか二階建店舗一棟を、土地所有者吉田千枝及び建物所有権者で土地賃借権者の福田いねより、合計一二〇、九〇〇、〇〇〇円で買受けたこと(これをA地という。)さらに翌年六月スター会館隣接地である台東区上野四丁目一番一号所在土地一九・七六坪とその地上建物一棟をその所有権者水谷利光より合計七八、五〇〇、〇〇〇円をもって買受ける契約を結び、代金九、一七六、〇〇〇円を支払い、あわせてA地を水谷に売却して残代金を決済したことが認められる。このような取引の外形上弁護人所論のように、被告人と水谷との間には、A地、B地につきそれぞれ二個の売買契約が存することは疑いないところであるが、被告人はスター会館用地拡張のため隣接のB地の買収をはかり、水谷を立退移転させるため、その代替用地としてA地を取得したものであり、水谷にとっても、B地を取得して差金を受領すれば目的を達し得たところであったと認めることができる。従って水谷としても、右売買契約により、譲渡益が出るとは考えていなかったと思われる。そして法形式上このような二個の売買契約を経済的側面から観察するならば、被告人と水谷との間にはA地とB地の交換がなされ、前述代金の内払なるものはその差金の交付にすぎないとみなければならない。すなわちこのような交換は、所得税法上交換の特例又は祖税特別措置法にいわゆる営業用資産の交換の特例の適用があるところの交換に該当するものでもなく、取引行為を経済的側面から実質的に観察し、私法上の交換に準ずるものと解して九、九二六、〇〇〇円を交換差金の交付とみ、これを土地(B地)取得価額に算入することが税法上正当であると解される。
以上のとおりで、弁護人の二個の譲渡契約を前提とする右各主張は採用できない。
五、別紙一16、二16の建物(増加分)
(一) 双方の主張
(1) 検察官の主張
(イ) 昭和三九年分
a ニューグランド増築工事
内訳=遠藤建設株式会社に請負わせた工事七、七五〇、〇〇〇円、シャンデリア一四九、〇〇〇円、ジュータン工事二八〇、〇〇〇円、電気設備一、一〇〇、〇〇〇円
b ホテルひいらぎ新築工事一二、三〇〇、〇〇〇円
内訳=立川建設株式会社に請負わせた工事九、八〇〇、〇〇〇円、ジュータン工事七〇〇、〇〇〇円、電気工事一、八〇〇、〇〇〇円
c 喫茶アモールのジュータン工事一七〇、〇〇〇円
(ロ) 昭和四〇年分 二〇、三〇四、一四〇円
a スター会館及喫茶アモールの増築工事一一、二〇〇、〇〇〇円
b 喫茶ひいらぎの改築工事六、〇〇〇、〇〇〇円
内訳=三新建設の請負分六、二〇〇、〇〇〇円、設計料二〇〇、〇〇〇円、ジュータン工事二八〇、〇〇〇円、動力工事二〇〇、〇〇〇円
c 従業員新築工事二、五〇四、一四〇円
(2) 弁護人の主張
(イ) 昭和三九年分
a ニューグランド増築工事三、五〇〇、〇〇〇円
右遠藤建設に支払った金額は小切手により三、五〇〇、〇〇〇円であり、残金四、二五〇、〇〇〇円は岩永回答書(甲(一)55)により手形によって支払われたごとくであるが、決済されたあとはないから、この分は工事代に含めるべきでない。ジュータン工事は備品、電気工事は建物附属設備に含ましめるべきである。
b ホテルひいらぎ新築工事七、三〇〇、〇〇〇円
右立川建設に対しては、すべて手形で支払っているところ、手形で支払った金額は、合計七、三〇〇、〇〇〇円であり、残二、五〇〇、〇〇〇円が支払われた形跡はない。なお符9号の領収書は、手形を交付して決済したさいの領収証であるから、他に現金で支払った形跡がない以上、この分を工事代に含めるべきではない。ジュータン工事は備品に、電気工事は建物附属設備に含ましめるべきである。なお電気工事一、八〇〇、〇〇〇円は、立川建設の工事代金に含まれている。
c 喫茶アモールのジュータン工事は備品に含ましめるべきである。なお右は取替え工事であるから、除却したジュータンの除却損を計上しなければならない。
d ガレージ工事(三新建設)七五、〇〇〇円を計上する。
(ロ) 昭和四〇年分
福田いねから取得した建物九二六、五〇七円を除却した分を計上すべきである。
(二) 当裁判所の判断
別紙四16、五16記載のとおりである。
(1) 昭和三九年分について
(イ) ニューグランド増築工事中遠藤建設に支払った金額について
甲(一)31、45、55によれば、弁護人所論のように、工事代金残金四、二五〇、〇〇〇円は手形によって支払われたが、当年中に決済された形跡はない。従って右同額は、未払金に計上すべきものである(別紙一24未払金に計上する。)
(ロ) ホテルひいらぎ新築工事中立川建設に支払った金額について
残金二、五〇〇、〇〇〇円については、弁護人所論のとおり直接現金で支払った旨の証拠はない。ししかしながら、証人益川の公判供述、甲(一)60、61等によれば、立川建設に対してはすべて手形で支払われていたわけではなく、小切手、手形、普通預金の払戻用紙を受領の形で支払を受けていたこと、符9号中三八・一一・一六付の領収証によれば約束手形支払分はとくに明らかにされており、加えて同号中立川建設領収証には、<39・4・3(これは建物引渡日と推察される。)ひいらぎ荘ホテル最終精算金此れにて残金なし。金額二、五〇〇、〇〇〇円>の記載があること、請負契約の金額、支払方法、工事完成状況に、被告人の同会社に対する残債務が当年度になかったこと等の事実を考えると、所論の残代金は、当時決済されたものと認められる。
(ハ) 備品勘定に振替えた分について
検察官主張の各ジュータン工事(ニューグランド分二八〇、〇〇〇円、喫茶アモール分一七〇、〇〇〇円、ホテルひいらぎ分七〇〇、〇〇〇円)は、建物勘定ではなく、備品勘定に計上するのが相当である(別紙四18。)
なお、弁護人は、喫茶アモールのジュータン工事の除却損を主張するが、除却損を認定すべき対象(ジュータン工事の取得価額、取得年月日等)が不明である。
(ニ) 電気工事等について
ホテルひいらぎの電気設備一、八〇〇、〇〇〇円は、証人真野の公判供述、甲(一)58、60、61等をあわせると、立川建設の下請の真野電気工業所に直接支払われたことが認められる。
なお、各電気設備はその工事内容が甲(一)58により明細が判明しないので原則に従い建物と一体をなすものと認める。
(ホ) ホテルひいらぎのガレージ工事について
右工事は、被告人の公判供述、符27号三新建設売上帳からみるに、被告人自宅の門、門戸の修理代と一括してなされたもので、営業用経費とみることはできず、店主勘定に計上すべきものである。
(2) 昭和四〇年分について
検察官主張額中ジュータン工事は、建物勘定に振替える。
弁護人主張の建物除去分は、該建物の価額が前述のとおり土地価額に含まれていると認められるので、認容できない。
六、別紙一16、二16建物(減価償却)、同一18、二18什器備品について
(一) 双方の主張
省略
(二) 当裁判所の判断
各建物勘定中什器備品に振替えた関係にともなう減価償却費の修正分は、別紙四16、18、五16、18記載のとおりである。
七、別紙一19、二19店主貸(家計費)は
(一) 弁護人の主張
店主貸中次のものは必要経費又は他勘定分とみるべきである。
(イ) 昭和三九年分
a 朴宗根弁護士に支払った二〇〇、〇〇〇円
b 三新建設に対するガレージ代七五、〇〇〇円は建物に計上する。
c 大韓民国居留民団一八、七〇〇円は立替金であって、その後支払いを受けたので計上すべきでない。
d 日韓文化協会に対する賛助金七〇、〇〇〇円はこれを拒絶できないので営業経費に計上すべきである。
e 生活費一、二〇〇、〇〇〇円は妻と折半によりまかなわれるべきであるから、その二分の一を被告人の勘定とする。
(ロ) 昭和四〇年分
a 大韓民国留民団に対する三、〇〇〇、〇〇〇円、二〇、〇〇〇円(越冬資金)、日韓文化協会に対する五〇、〇〇〇円、済州開発協会に対する一八、〇〇〇円の各支出は、これらを拒絶するときは、在日韓国人から村八分の状態におかれるので営業を継続する以上やむを得ない出費であるから、営業経費と認めるべきである。
b 東京トヨペット一〇、〇〇〇円、柏自動車工業株式会社二、〇〇〇円は妻の営業用自動車として必要経費と認めるべきである。
c 生活費は前年eと同様である。
(二) 当裁判所の判断
弁護士に支払った分は被告人の公判供述等によっても民事訴訟における予納金又は保証金の支払としてなされたものであり、必要経費とは認め難いし、家事関連費については、交際費、寄附金を含め、事業遂行上直接必要であると認められ、かつその必要部分が明らかに区分できることが必要であると解される(改正後の所得税法施行令九六条)ところいずれも弁護人主張の出費がこのような必要経費に属するものと認めることはできない。右主張は採用できない。
八、別紙一22、二22の買掛金
(一) 双方の主張
各年分の買掛金中株式会社小西商店に対する分の計上もれにつき、両者の主張は次のとおりである。
<省略>
(二) 当裁判所の判断
弁護人は、その主張の根基を弁46、47の株式会社小西の売掛金残高明細書各通に求めているが、右書証は、甲(一)100の同会社の回答書と対比して信用し難いものである。(弁46、47の同会社の売掛金として主張されているものの中には、すでに年度内に決済され期末売掛金として残らないものが含まれていること、甲(一)100は継続的な会計事実を記載し、繰越金額もきちんと表示されている。)従って右主張は採用できない。
九、別紙一24未払金
弁護人は「島本繁男に対する手数料七五〇、〇〇〇円及び吉田千枝、福田いねに対する代金一〇〇、一五〇、〇〇〇円を未払に計上すべきである」旨主張するが右同額はすべて未払金一24に計上ずみである。なお一24の未払金当期増一〇八、七三三、七三二円の内訳は、甲(一)121未払金調査書の合計額一〇三、七三三、七三二円(この中には吉田、福田未払分が計上ずみ)に、島本繁男の右未払金七五〇、〇〇〇円、遠藤建設に対する未払金四、二五〇、〇〇〇円小計五、〇〇〇、〇〇〇円を加えた額となる。
一〇、別紙五6未経過利息
(一) 検察官の主張
当年中における未経過利息七一五、七〇二円、△三一四、一九八円
(二) 当裁判所の判断
別紙五6記載のとおりである。
甲(一)17中銀行借入金未経過利息調査書(40・1・31現在)に集計の一部誤りがあるのでこれを修正した。
東京商銀本店金和男名義一〇、〇〇〇、〇〇〇円の未経過利息は六二、〇〇〇円(甲(一)17)ではなく四二、〇〇〇円であり同銀行同人名義三、〇〇〇、〇〇〇円の未経過利息は一四、二六〇円(甲(一)17)ではなく九、六六〇円と認める。(甲(一)1による。甲(一)17の右口座の借入、支払年月日40・12・25は、40・12・15の誤りである。)
一一、別紙二23支払手形
(一) 弁護人の主張
次の計上もれがある。
(イ) 東京トヨペットに対する分三七五、二〇〇円中五三、七〇〇円
(ロ) 河内織物に対する分二八〇、〇〇〇円
(ハ) 日本冷機に対する分四五〇、〇〇〇円
(二) 当判所の判断
別紙五23記載のとおりである。
(イ) 東京トヨペット分は、甲(一)2中上野信金/広小路岸本三郎の当座預金口座によれば、(イ)検察官主張額から昭和四一年三月五日五三、六〇〇円の支払手形分が計上もれになっているし、(ロ)河内織物分は、甲(一)57甲(一)2中の前記岸本三郎の当座預金により、弁護人主張事実が裏付けられるので、(イ)(ロ)分は認容する。
(ハ)の日本冷機分は、甲(一)1、2を精査しても、手形の振出、支払の形跡はないので認定できない。
(法令の適用)
一、第一事実につき 昭和四〇年法律第三三号附則三五条により改正前の所得税法六九条、刑法六〇条。
一、第二事実につき 所得税法二三八条、刑法六〇条。
一、以上につき懲役と罰金とを併科。
一、併合罪加重につき 刑法四五条前段、四七条本文、一〇条、四八条二項。
一、換刑処分につき 刑法一八条。
一、懲役刑の執行猶予につき 刑法二五条一項。
一、訴訟費用の負担につき 刑事訴訟法一八一条一項本文。
よって主文のとおり判決する。
(裁判官 小島建彦)
別紙一
修正貸借対照表
金坪珍
昭和39年12月31日
<省略>
<省略>
<省略>
別紙二
修正貸借対照表
金坪珍
昭和40年12月31日
<省略>
<省略>
<省略>
別紙三
税額計算書
昭和39年分
<省略>
注1. 被告人の子供7名及び甥秀夫
注2. (60,405,000×0.75)-9,102,000=36,201,750
注3. 配当控除 240,716×7.5%=18,053
昭和40年分
<省略>
注1. 前年分と同様
注2. (60,420,500×0.75)-9,102,000=36,213,375
別紙四
ほ脱所得の内容の修正表
昭和39年分
<省略>
別紙五
ほ脱所得の内容の修正表
昭和40年分
<省略>