東京地方裁判所 昭和43年(特わ)227号 判決 1970年7月15日
本店所在地
東京都港区芝西久保巴町四二番地
大和造林株式会社
右代表者代表取締役
長谷川博和
本籍
東京都港区芝西久保巴町四二番地
住居
同都港区芝神谷町一八番地
会社役員
長谷川博和
昭和二年三月一日生
本籍
山梨県東八代郡一宮町神沢九三番地
住居
東京都品川区上大崎一丁目二一番一一号
会社役員
金子光吉
大正一二年六月二〇日生
右の者らに対する法人税法違反被告事件につき、当裁判所は、検察官水野昇・屋敷哲郎、弁護人倉井藤吉(大和造林、長谷川博和につき)・高橋栄・鈴木義俊各出席の上審理して、次のとおり判決する。
主文
被告会社を罰金一三〇〇万円に
被告人長谷川を懲役八月及び罰金二〇〇万円に
被告人金子を懲役四月に
各処する。
被告人長谷川において右罰金を完納することができ
ないときは、金一万円を一日に換算した期間同被告
人を労役場に留置する。
この裁判確定の日から被告人長谷川に対しては三年
間、被告人金子に対しては二年間懲役刑の執行を猶
予する。
訴訟費用は被告人金子の負担とする。
理由
(被告会社設立のいきさつ、被告人らの経歴等)
被告会社は、昭和三九年二月、東京都港区芝西久保巴町四二番地に本店を置き、造園工事の設計、施工、庭園管理等を目的として設立された資本金五、〇〇〇、〇〇〇円の株式会社であり、被告人長谷川は、設立以来その代表取締役として業務全般を統括していたものである。
同被告人は、その以前から株式会社長谷川商店の代表者として生花、造花の製作販売に従事し、昭和三七年ころから、日本通運株式会社(以下日通という。)より庭園工事等を請負つていたがそのころ知合つた日通管財課長の田村倫之助の口ききで日通が伊豆韮山に富士見ランドなる観光地を開発する工事を請負わせてもらえることになり、田村の進言で右長谷川商店造園部より独立した被告会社を設立することになつた。田村は、日通の工事の発注代金支払の窓口をなす管財課の責任者であるばかりでなく、当時より社長の福島敏行の内命を受け、日通の裏資金のねん出をしていた。設立後被告会社は、日通及びその関連会社である日通不動産株式会社、日通伊豆観光開発株式会社などから工事の注文を受けることになつたが、被告人長谷川は、引続き仕事をさせてもらいたいため、田村の依頼に応じ、同人と通じて架空工事契約をしその代金名義で日通等より小切手を受領したうえこれを現金化して田村に返し(バツク)あるいは被告会社の発注金額を水増しして代金受領後その一部を田村に割戻し(リベート)を行い、さらに田村や日通関係者に金品を供与し、遊興飲食のもてなしなどをする必要があつたので、工事収入の一部を公表帳簿に記載しないで裏預金に入金し、ここから、諸経費の一部のほかバツク・リベート、謝礼金、交際接待費、自己の遊興費等(私事費)の支出を行う方法をとつて所得を秘匿した。
被告人金子は、終戦後都内の税務署に勤務し、統括国税調査官等を経て昭和四〇年四月芝税務署を退職後被告会社に入社し、経理指導、決算、税務申告の業務を担当した。
(罪となるべき事実)
第一、被告人長谷川は、被告会社の業務に関し、法人税を免れるため、前記のとおり工事収入の一部を除外して裏預金を設定する等の方法により所得を秘匿し、昭和三九年四月一日より同四〇年三月三一日までの事業年度における被告会社の実際所得金額が一〇、九三九、六一六円あつたのにかかわらず、同四〇年五月二九日東京都港区西新橋三丁目二五番四四号所在の所轄芝税務署において、同税務署長に対し、所得金額が三八一、九一八円でこれに対する法人税額は一二六、〇二〇円である旨の虚偽の確定申告書を提出し、もつて、同被告会社の正規の税額である四、〇〇七、〇四〇円と申告税額との差額三、八八一、〇二〇円を法定の納付期限までに納付しないで免れ
第二、被告人長谷川、同金子は共謀のうえ、被告会社の業務に関し、前記のとおり工事収入の一部を除外して裏預金を設定する等の方法により所得を秘匿し、
一、昭和四〇年四月一日より同四一年三月三一日までの事業年度における被告会社の実際所得金額が二五、九七四、二〇九円あつたのにかかわらず、法人税申告期限である同四一年五月三一日までに同都千代田区内幸町一丁目一番四号所在の所轄芝税務署長に対し、法定の確定申告書を提出しないで右期限を徒過し、もつて同会社の正規の法人税額九、四三〇、四五〇円を免れ
二、昭和四一年四月一日より同四二年三月三一日までの事業年度における被告会社の実際所得金額が一〇八、〇〇一、五八三円あつたのにかかわらず、同四二年五月三一日前記所轄芝税務署において、同税務署長に対し、所得金額が八、四三五、五一〇円の赤字で納付すべき法人税額は零である旨の虚偽の確定申告書を提出し、もつて同会社の右事業年度の法人税額三七、五九〇、五二〇円を法定の納付期限までに納付しないで免れ
たものである。
(所得金額の確定内容は別紙一、二、三の各修正損益計算書記載のとおりである。)
(証拠の標目)
事実全般ないし主要勘定科目につき
一、被告人両名の当公判廷における供述
一、被告人長谷川の検察官に対する供述調書三〇通(但し昭和四三年一月三〇日付の二項は被告人金子不同意)及び上申書三通
一、被告人金子の検察官に対する供述調書三通
一、証人田村倫之助の当公判廷における供述
一、田村倫之助の検察官に対する供述調書謄本三通
一、(被告人金子につき)証人奥山信喜、佐々木紀子の当公判廷における供述
一、大和造林株式会社の登記簿謄本三通
一、長谷川シズ、林富士子(三通)の検察官に対する供述調書
一、佐々木紀子の大蔵事務官に対する質問てん末書及び検察官に対する昭和四三年一月二九日付、二月二二日付、三月一八日付(二通)の各供述調書
一、白井伊恵子の検察官に対する供述調書
一、(被告人金子につき)証人奥山信喜の当公判廷における供述及び(被告会社及び被告人長谷川につき)同人の検察官に対する供述調書
一、矢渕俊郎の検察官に対する供述調書
一、志場喜徳郎の回答書
売上、売上原価、原価値引関係
一、荒田成道の当公判廷における供述
一、松永嘉子の上申書
一、五十嵐正芳、柳久、竹田務の大蔵事務官に対する各質問てん末書
一、今枝登、大野実(二通)、荒田成道(二〇通全部)、坂本俊雄(二通)、沼田真、石井弘(二通)、武田裕幸、林茂也、牧野松三、竹田務、今村勲、高瀬俊夫、足立喜美夫の検察官に対する供述調書
銀行調査関係(入出金の裏付け状況等)につき
一、大蔵事務官川島貢の銀行調査書類七通(三和/東京、富士/本店、三菱/虎の門、勧銀/虎の門、第一/虎の門、第一/兜町、勧銀/丸の内)
一、吉村義雄(三通)、小倉健二、藤森鉄雄(四通)、竹田哲郎、吉沢智(二通)、山路修平、芹沢弘らの各証明書
一、山路修平の残高証明書
謝礼金(別紙二26、三29)につき
一、田島弘(二通)、大園満次郎、笹栗洋子、内田金吾の検察官に対する各供述調書
一、浅野甲の大蔵事務官に対する質問てん末書及び上申書
接待交際費、私事費、簿外労務費関係について
一、矢野元子、西沢正三、金枝トシ子、大園満次郎、沢村昭一、島田正雄(二通)、水野リツ子、長岡菜穂子、上羽秀、反町清、大下昌子(三通)、武田邦子(三通)、北元昭子(四通)有馬君子、有原暢子、福田喜美子、杉山美登利、西田時子、西川角男、上原正一、長谷川多賀子、村上綾子、池内道代、池浦雄作、ロバート・虞、井上忠良、高沢寛、中谷和子、野村和子、吉本百合子、森南海夫、佐々木紀子(四三年七月九日付)、長谷川正博、林富士子(同年七月九日付)、中田裕、大北勝弘、松井雅美の検察官に対する各供述調書
一、松本栄一の大蔵事務官に対する質問てん末書
一、弦間恵、加畑英男、長浜豪男(四通)、佐藤市治郎の各報告書
一、渋沢不動産株式会社及び三井倉庫(株)東京支店大手町トランクルーム事務所の各回答書
一、大蔵事務官川島貢作成の調査書類及び時計、貴金属類の写真
押収した証拠物関係について(いずれも当庁昭和四四年押第三一一号、以下頭の数字はその符号番号)
1の1、2 総勘定元帳各一綴
2の1、2 金銭収支日計表各一綴
3の1、2 証拠書類綴各一綴
4 普通預金通帳(日本庭園メンテナンス(株)名義)一冊
5 銀行勘定帳一冊
6 売掛金元帳伝票(一〇九期)一綴
7 同(一一〇期)一綴
8 同(一一一期)一綴
9 同(一一二期)一綴
10 同(一一三期)一綴
11 同(一一四期)一綴
12 同(一一五期)一綴
13 請求書領収証等一袋
14 完成報告書(伊豆韮山地区分)一袋
15の1ないし5源泉徴収簿各一綴
16の1ないし6総勘定元帳(39・3~42・3)各一綴
17の1、2、3総勘定元帳(韮山分 40・10~42・3)各一綴
18の1、2 見積書各一袋
19 試算表等一袋
20の1ないし6請求書控各一冊
21の1ないし6見積書綴各一綴
22 請求書綴一冊
23 申告書控綴(荒田成道分)一綴
24 金銭収支日計表一綴
25の1、2 証拠書類綴各一綴
26の1ないし4普通預金通帳各一冊
27の1ないし4普通預金通帳(三菱/虎の門)各一冊
28の1ないし8地完成報告書各一綴
29の1、2、3法人税確定申告書各一綴
30 昭和四一年分確定申告書(荒田成道分)一通
31 内認申請書(41・12・17付No.二八〇)一通
32 申請書(42・1・25付No.三〇七)一通
33 預金取引推移表(大和造林(株))二通
34 担保不動産明細表(大和造林(株))一通
35 内認申請書下書き(41・12・17付No.二八〇)一通
36 貸出取扱書(大和造林(株))二通
37 メモ六枚
38 得意先要報(大和造林(株))一通
45 第一期決算営業報告書(大和造林(株))一通
46 同一通
47 第二期決算営業報告書(大和造林(株))一通
48 同一通
49 フアイルカバー一枚
50 法人税申告書控等一袋
51 見積書綴一綴
(争点に対する判断)
一、被告人金子の刑事責任について
被告人金子及びその弁護人は、「被告人金子は、相被告人長谷川と脱税の共謀をしたことはなく、被告会社において、単に公表の決算、税務の申告の業務を担当したにすぎず、裏預金のあることも、真実の所得金額についても認識を欠いていたから、共犯の刑事責任を負うことはない。」旨主張する。
関係証拠によると、各年度を通じ、被告人長谷川が、本件において、売上除外、簿外預金の設定等の所得の秘匿手段を講じ、又日通等へのバツク・リベートの支出をし、荒利益から多額の接待交際費、私事費等を自らの意のままに出資していたと認められるところ、これら簿外収入、支出の個々について、被告人金子がその経理を委託され、あるいは所得脱ろうの協議に参画したと認めるに足りる証拠はない。
しかしながら、まず昭和四一年三月期についてみると、被告人金子は、公表決算、税務申告の事務処理一切を委ねられていたのであり、かつ税務会計に通じていたものであつて、各年分の経理について、入金、出金の伝票類、領収証や金銭出納帳の記帳、元帳への転記及び試算表の作成の過程を認識していたことは明らかである。そして被告人金子の業務は単に試算表(会社の事務員によつて作成される。)に基づき決算書、申告書を機械的に作成することに止まつたのではなく、被告人長谷川の意を受けて、過少な納税申告を行うというところにあつたと推察される。
すなわち、被告人金子は、昭和四〇年八月ころ、東京国税局特別国税調査官室の矢渕主査から、被告会社と日通との取引状況を尋ねられたさい、会社の帳簿を焼いていたため取引の詳細はわからない旨答弁したことがあり、かつ昭和四一年三月期事業年度の確定申告をなすにさいし、公表用決算書の作成を試みたところ約二〇〇〇万円の利益が出たのにかかわらず、被告人長谷川と協議の末、日通へのリベートや売上除外を表に出さずに決算表を組むのはむずかしく、下手に申告すると、過少申告の事実を発見されてしまうおそれがあり、むしろ(金子の経験によると)、申告しないで放置し、税務署の認定によつた方が、この場合課税される上に得策であること等の理由により、ことさら無申告にしたものである。その他諸般の情況をあわせ考えると、被告人金子は、右決算、申告時において、被告会社に、簿外売上、バツク・リベート、私事費等が存することを十分認識し、被告人長谷川と無申告逋脱をなすについて相互に謀議したものと認めることができる。
次に昭和四二年三月期事業年度の赤字申告をなすに際しても、被告人金子は、被告人長谷川から赤字申告にしてくれと頼まれ、すでに簿外の利益があることを認識し、かつ会社の事務員白井伊恵子が公表分総勘定元帳に基づいて作成した試算表(符19号中検領一〇一七二号-3)を証ひように基づくことなしに指示して日通社債、工事仕入金、工事売上の各金領を訂正させ、未収入金、未払金を新たに書き加えさせた上、これに基づき別の試算表を自ら記入し、スルガ銀行、商品、労務費各科目金額を書き加え、一般管理費を増額し(符19号中検領一〇一七二号-4)、利益を過少、赤字にして了い、この偽りの試算表に基づいて公表決算書、確定申告書が作成されたことが認められるのである。その他諸般の状況に照らすと、被告人金子は、過少申告逋脱行為につき、被告人長谷川と共謀したものと認めることができる。
よつて弁護人の主張は採用しない。
二、簿外預金等の使途(別紙五の明細表)にともなう関連勘定科目、とくに簿外接待費、私事費、その他経費(バツク・リベート)について
(一) 争点
(1) 検察官の主張(別紙五の明細表記載額)
検察官は、認定の主たる根拠として、被告人長谷川の昭和四三年七月一六日付、同月一七日付、同月一八日付各検察官調書をあげる。
(2) 弁護人の主張
被告会社から田村に渡したバツク・リベート(その他経費)に関する検察官主張の認容額は、過少であり、被告人の私事費、簿外接待交際費についての認定額は過大である。簿外預金の出金枠内において認定されるべき個々の支出項目については、取引事実を個々に認定すべき証拠はなく、専ら被告人の供述によつているが、莫大な年間取引に基づく所得計算につき、供述によつて期別に確定的な金額を認定することは不可能に近いというべきである。本件では法人税逋脱については争いのないところであるから、仮りにその金額を供述により確定する必要があるとするならば、被告人長谷川が三月四日付検察官調書において概略認めた限度に止めるべきである。
(二) 当裁判所の判断
別紙四、五の修正表、同六、七、八の明細表記載のとおりであり、その認定の経過は、以下に述べるとおりである。
(1) 確定方法、認定資料について
別紙六の明細表により、各年別簿外預金の総出金額から、客観的な証拠資料により確認できる(A)公表分への振替分及び(B)謝礼金(ギフト)を控除した残りを(C)その他金額とする。(C)の内訳は、関連証拠によつて認定できる要素(項目)別に、(D)、(E)、(F)、(G)、(H)、(I)、(J)、(K)に仕訳けされるが、その具体的な数額を直接認定すべき資料はなく、他に推計の手がかりとなる証拠もないので、当該取引の直接の当事者であり、事案の全般に関与しこれを把握していた被告人長谷川の供述とその裏付け証拠によつて認定することにする。なお、およそ数額に関する人の記憶、供述というものは、詳細な真実の数値を認定する資料としては必ずしも価値のあるものではなく、不確かなばあいが多いことは日常の経験則において明らかなところであることは、弁護人の所論のとおりであるが、法人税逋脱犯においては、逋脱額を確定しなければならないという法の要請があり、かつ上述したように他に採るべき方法がない以上、供述証拠による概数値といえどもそれがより真実に近いことが確かめられ、供述のもつ不合理要素を排して被告人に不利益な推定を下すことのないように配慮するならば、これを証拠として採用することは、刑事証拠法則に反するものではないと解すべきである。
(2) 被告人長谷川の供述の変更について
別紙六の明細表の(C)の内訳けである(D)~(K)は、いわば社外流出分であり、その具体的金額につき被告人長谷川は検察官調書(とくに三月四日付と七月一八日付)で供述を変更し、さらに公判でも若干の金額を争つている。このうち、必要経費ないし損金を構成すべき(D)、(F)、(G)、(H)、(I)の各項目については、同被告人もこれらを争わず承認しており、所得計算上被告人らに不利益をもたらすことはない。ところが(E)簿外接待交際費(限度額を超過している。)、(J)私事費(損金に算入されない。)、(K)その他経費(バツク・リベート)について、昭和四一年三月期と同四二年三月期との事業年度に関し右両調書にくいちがいがあり、被告人長谷川も公判廷でこの項目を争つており、これらの項目は、一定の出金額の枠内での計算を行うことから、一つが増加すれば他が減少するという関係にたつ。
これらの調書、公判供述の内容が変更された状況は、およそ別紙六、七、八記載のとおりであるが、その経緯は次のとおりである。
<1> 三月四日付調書による算出内容は、まず被告人長谷川が田村(日通)に対するバツク・リベート金額を具体的に供述したことにより(三月三日付調書、四一・三期八九、七〇〇、〇〇〇円、四二・三期一五七、一〇〇、〇〇〇円)その他金額(K)を確定し、次に記憶に基づき接待交際費(E)を確定し、(C)の総金額から確定分を控除した残を私事費(J)の総額とし、その使途内容をさらに供述により確定した。
<2> 右供述後、被告人長谷川は、会社の簿外収入の一部で自己のため物品等を購入して隠匿し、あるいは他人に供与していた事実を捜査官によつて摘発されたため、私事費が甚しく増額されることになり、前記供述による各項目のバランスが崩れ去つた。この事情が変更したことにより、七月一八日付供述調書において(E)、(J)の項目の金額を増額し、(K)のその他経費を減額することを供述するに至つたものである。
<3> 被告人長谷川は、公判でバツク・リベートにつき、三月三、四日供述調書の金額が過大であることは認めたが、七月一八日付供述調書によつて認められる額は過少であると述べ、なお接待交際費及び私事費中とくに遊興飲食分の金額は過大であると述べている。
(3) 検討
以上の各調書のほか関係各供述調書によつて検討するに、被告人長谷川の田村に対するバツク・リベート金額は、それ自体具体的に確定できない。証人田村倫之助は、リベートを受け取つたことについてさえ否定的に証言しているが、この証言はにわかに信用することができず、被告人長谷川な公判で、「リベート金額は取引ごとに異つていたが、平均して対象工事の二五パーセント位を戻していた。」と述べているが、これまた各期間損益の配分を具体的に可能ならしめるほど具体的なものでなく、かつこれまでの供述経過に照らしてにわかにこれを信用し難い。しかし、七月一八日付調書によつて認められる私事費、接待交際費中で供述内容自体不確定のもの、あるいは三月四日付調書の内容に比しとくに信用できるという特別の事情の認められない部分を除外し供述証拠による数額確定の不合理要素をできる限り排除することとして、別紙六、七、八の明細表のとおり修正して認定した。
(イ) 簿外接待交際費中の接待交際費、接待した場所での心付類は、いずれも被告人長谷川のおおまかな感じで述べた推測の供述を基礎とするものであり、増額された七月一八日付調書の内容がより信ぴよう性が高いものとは断じ難い。例えば昭和四二年三月期について三月四日付調書一五項=「接待の飲食費ですが、月七回位接待し、一回に四軒はしごして派手に飲んだので十五万円位かかつています。これを年間になおすと千二百六十万円になります。またその際飲んだ店毎に一万円位のチツプを置いて来たので、月七回の割合で一年間になおすと三百三十六万円になります。」との供述内容が、同七月一八日付供述調書では十三項「接待で飲ませるときの費用も一回で四、五軒はしごし、二十五万円位は使つていました。このような飲み方を月に十回位はやつていたので、一ケ月平均二百五十万円位使つていました。これを年間に直すと三千万円になります。また一回五軒ははしごをするとして、一軒に一万円ずつチツプを置いてきたので月に五十万円位かかり、これも年間に直すと六百万円になります。」と回数、一回の飲み代が変つているが、その具体的な裏付けが何一つない本件では、増額分をにわかに容認することは困難である。
(ロ) 私事費中自己保管分、贈与等分はその後の事情変更及び供述内容の詳細な裏付けがあるのでおおむね七月一八日付調書によるべきことになるが、飲食遊興費については、被告人長谷川が異常な浪費をしたことが認められるとしても、その数額については、いずれの調書によるも漠としてつかみどころがなく、極めて不確定な内容となつているので、例えば、昭和四二年三月期について三月四日付調書では、前述したように控除法をとり、他の確定分の残額一六、三〇〇、〇〇〇円を私事費としたが、その内訳は、二十一項によると、芸者お秀につぎ込んだ分二、〇〇〇、〇〇〇円、武田・北元に与えたギフトチエツク八〇〇、〇〇〇円、大北に供与した時計一、〇〇〇、〇〇〇円、海外旅行の土産物代一、八〇〇、〇〇〇円、家事小遣費二、四〇〇、〇〇〇円がその内容となつており、その残額が遊興飲食費となることになる。これに対し、七月一八日付調書では、飲食遊興費が一二、〇〇〇、〇〇〇円となりその内訳は、十七項によると、「私が個人的バーなどで飲み廻る時に、この期では三、四軒はしごをし一回に十万円位使い、これが月に十回位あつたので月平均百万円位になり、年間に直すと千二百万円位になります。……本当に金を無駄使いしました。」となつている。被告人長谷川の右供述もまた感じによる推測を述べたところ推察されるし、他に接待交際費等で多額の遊興をしている点とあわせると、右供述をそのまま措信できるかは疑わしい。少くとも被告人が捜査、公判を通じて認容せざるを得ないであろう年間二、〇〇〇、〇〇〇円を限度とすべく、これを超える分は、不明経費として処理するのが相当である。なお私事費中の雑費は、その項目内容自体あいまいなので不明経費として処理し、その他経費の額に加算する。
(ハ) 私事費、接待交際費の修正にともない、(K)その他経費に関する検察官主張額を修正した。
三、その他の勘定科目について
(一) 弁護人の主張(昭和四二年三月期関係分)
(1) 原価値引(別紙三32)二九、九八七、一〇六円について
右原価値引額が確定したのは、昭和四二年三月期事業年度以後の同年五月二〇日以降のことであるから、これを計上すべきではない。
(2) 原価漏れ及び雑損計上洩れについて
(イ) 符21号の5中未収工事明細請求書記載の工事の中、
1 道路修景モーテル、ホテル前追加芝張工事九、九〇〇、〇〇〇円
3 大熱帯館暗マク新設の為移植工事一三五、〇〇〇円
4 アーチユリーコース芝生補修及除草工事一、二〇〇、〇〇〇円
の諸工事は、いずれも検察官冒頭陳述書中工事請負高及外註原価明細表記載の番号74富士見ランド修景請負金額三五、〇〇〇、〇〇〇円の売上に対する原価を構成するから、この分を計上すべきである。
(ロ) 符号21号の5の右請求書記載の工事番号2の
作業員パーゴラ一五棟分諸材二、七〇〇、〇〇〇円
は、被告会社が荒田成道に対して負担すべき損害賠償額であるから、この分を雑損として計上すべきである。
(ハ) 符21号の5の中昭和四一年八月一二日付請求書記載の被告会社が荒田成道に支払うべき
ホテル周囲除草工事六〇五、〇〇〇円
を原価に計上すべきである。
(二) 当裁判所の判断
(1) 原価値引について
証人荒田成道の公判供述、被告人の昭和四三年三月六日付、同月九日付各検察官調書、荒田成道の同年二月七日付、三月一日付、同月二日付各検察官調書、符20号の5の中、日通富士見ランド工事決定控、符30号の各証拠によると、被告人長谷川が被告会社の業務に関し、下請業者の荒田成道に支払うべき工事代金(売上原価)中、右工事決定控番号1ないし43番の工事(但し7番工事一一、〇〇〇、〇〇〇円を除く。)の合計金額二九九、八七一、〇六〇円につきその一割に相当する二九、九八七、一〇六円の値引を受けることのとりきめが、昭和四一年一一月ころ、被告人長谷川と荒田との間に行われた工事代金確認のさいに、行われたことが明らかであつて、昭和四二年五月二〇日に行われたものではない。弁護人の主張は採用しない。
(2) 原価計上洩れ(弁護人主張(2)(イ))について
符21号の5の中(荒田成道の被告会社に対する)昭和四二年五月二〇日付未収工事明細請求書には、1ないし7の工事名、金額の記載があり、弁護人は、この中1、3、4の工事を原価に算入すべしと主張するが、これらの工事代金が、被告会社の売上原価を構成するためには、当該事業年度において債務として確定するか費用として適正に見積らなければならず、これに対応する売上が確定していなければならないところと解される。
ところで荒田は、「1~7の工事は、完成しなかつたが、準備に費用がかかつたので、右明細請求書として大和造林株式会社に請求したものであるが、この請求権は、日通富士見ランド工事決定控中の44番から64番までの工事について値引しないことと引換えに、これを放棄したものである」旨述べ(同人の昭和四三年三月二日付-甲一41の分検察官調書)、被告会社に対するこれら諸工事代金請求権が一旦発生し、これを後に放棄したかのような供述をしているが、他方被告人長谷川は、「1~4の工事は売上にならなかつたので荒田に請求を断念させた。5~7の工事は、被告会社の方で荒田に支払うべき理由のないものである。」旨述べ(被告人長谷川の同年三月九日付検察官調書)ていたが、第一〇回公判において「1、3、4の工事は、昭和四一年九月か一〇月にすべて完成し、これは、検察官冒頭陳述書中工事請負高及外註原価明細表記載の番号74富士見ランド修景請負金額三五、〇〇〇、〇〇〇円の被告会社の売上に対応する原価を構成する」旨を述べた。しかし右74番富士見ランド修景請負金額の売上に関連する工事原価は、符51号の見積書綴等により他に具体的に存していることが認められるのであり(この工事原価は、前記日通富士見ランド修景工事決定控の24、25、30、31、42などであり、これはすでに計上ずみである。)被告人長谷川は検察官の反対尋問(第一二回公判)においてこの事実を指摘され、右一〇回公判供述をてつ回せざるを得なくなつたもので、結局、右供述自体1、3、4の工事に対応する売上は不明ということに帰着したのである。
次に被告人長谷川は、荒田との間に、昭和四一年一一月及び昭和四二年三月に、荒田の下請内容、代金、値引などについて相互に確認しあつて原価を確定せしめていたところ、これらの“確認”のさい、右未収工事金額が確認された形跡はなく、昭和四二年五月二〇日以降において、荒田からその請求を受け、かつこれを放棄せしめたと認められるのである。
以上の証拠関係ならびに諸情況から判断すると、右未収工事なるものの工事完成状況及びその代金債権発生の有無ないしその時期、これに対応する被告会社の売上も判明しないというべきであつて結局、昭和四二年三月期事業年度における被告会社の原価を構成するものとは認められないというべきである。弁護人の主張は採用しない。
(3) 雑損計上洩れ(弁護人主張(2)(ロ))について
符21号の5の中前記未収工事明細書記載の2の工事二、七〇〇、〇〇〇円は、同証の中昭和四一年八月一一日付見積書の作業員管理小屋新設工事に関する(荒田被告会社に対する)五、一九七、六五〇円の請負工事代金に関するものであつて、この工事は、中止されたので、荒田が右見積書を提出したさい、被告人長谷川はこれを認めず、右代金の金額を支払わないということが相互に確認されていたものである。ところが荒田としては、右工事に支出した材料費を投入し、実際出費したので材料代として二、七〇〇、〇〇〇円を前記未工事明細請求書に計上して請求したというのであるが(荒田の昭和四三年二月二八日付検察官調書)、その請求時点は少くとも昭和四二年五月二〇日以降にあると認められ、荒田としては結局その請求を断念したのである。被告人長谷川と荒田とは、前述のように、昭和四一年一一月、昭和四二年二月にそれぞれ下請工事代金を確認し合つていたところ、これらの“確認”のさいも、右材料代が請求された形跡はないし、又それが荒田の被告会社に損害賠償請求権であるとするなら、その内容、発生時期、請求権行使の時などが具体的に確定されなければならないところ、昭和四二年三月期にこれらが確定した事実を認めるに足りる証拠はない。従つて弁護人主張の雑損が発生したものとは認定することができない。
(4) 原価計上洩れ(弁護人主張(2)(ハ))について
符21号の5中昭和四一年八月一二日付見積書によれば、
A (果樹園ダム横)道路新設工事 七一五、〇〇〇円
B ホテル周囲除草工事 六〇五、〇〇〇円
の工事記載があり、次に同号証の日通富士見ランド工事決定控の29番にはAの工事名と金額六〇五、〇〇〇円が記載されており、Bの工事分の計上がない。以上の記載状況と荒田成道の昭和四三年二月二八日付検察官調書(被告会社にはA、Bの工事代金を請求すべきところ、Aの工事を六〇五、〇〇〇円に減額して請求し、Bの請求を落してしまい、この分は昭和四二年五月二〇日の請求さい放棄したという趣旨の部分)によれば、被告会社としては請求を受けたA工事代を原価に算入したが、当時発生していたB工事代は原価に計上しなかつたということができるように思われる。
しかしながら、前記八月一二日付見積書にはすでに被告人長谷川が工事費の“確認”をすませており、Bの工事はサインをして認めていたのに、Aの工事は、同見積書の他の二工事とともに様子はなく、抹消され、その金額も一旦六〇五、〇〇〇円に朱記されて消されていることが明らかであることと、被告人の公判供述とによれば、A工事が確認された様子はなく、かつ欄外のA工事名の横になされた被告人長谷川のサインと金額-H. H. ¥605,000はA工事を確認した趣旨ではなく、B工事の代金をそこに表示したものと認めるのが相当である。荒田の前記供述記載部分は信用し難く、むしろ右事実関係から推察すると、荒田としては、前記日通富士見ランド工事決定控にA工事ではなくB工事を記載すべきであつたのにこれを誤ってA工事代金六〇五、〇〇〇円を計上したものというべきである。
以上のとおりで、B工事代金を原価として計上すべしという弁護人の主張は、理由があるけれども、他面同金額のA工事分は原価に計上すべきではないことになるから、損益計算には影響がない。
(法令の適用)
一、被告会社
各事実につき 法人税法一五九条(第二の各事実につき刑法六〇条)、一六四条
併合罪加重につき 刑法四五条前段、四八条二項
二、被告人長谷川
各事実につき 法人税法一五九条、第二の各事実につき刑法六〇条(情状により懲役と罰金を併科)
併合罪加重につき 刑法四五条前段、四七条本文、一〇条、四八条二項
労役場留置処分につき刑法一八条
刑の執行猶予につき刑法二五条一項
三、被告人金子
各事実につき法人税法一五九条、刑法六〇条(懲役刑選択)
併合罰加重につき刑法四五条前段、四七条本文、一〇条
刑の執行猶予につき刑法二五条一項
訴訟費用の負担につき刑事訴訟法一八一条一項本文
(量刑の事情について)
被告会社及び被告人長谷川
被告会社は、納付すべき法人税額のうち第一年度分につき僅かに申告納付したのみであるばかりでなく、帳簿も決算書等も不正に満ち、とくに出金関係の内訳が不明確で、供述によらなければ金額が確定できないというほどであつた。しかも被告人長谷川は、過度の接待交際費を支出した外、自分は酒色に溺れ、私事費を多額に使い込んで享楽をほしいままにし、儲けた利金を社外に流出、散逸させて了つたのであり、ために被告会社は法人税を完納することが出来なかつたのである。
本件は、かように悪質な事案というべきであるが、もともと被告会社の設立の経緯、業務内容を考えると、脱税の要因は、日通等との取引のあり方そのものに由来するということができる。すなわち、被告会社が日通等から仕事を貰うためには、日通等から不正取引につらなるバツク・リベートを要求されてこれに応じなければならず、又田村ら日通関係者の勧心を買うため多額の供与、供おうを必要としたこと等から、取引を当初からガラス張りにすることはとうてい出来なかつた事情があつた。本件におけるこれらの事情、背景を考えると、被告人長谷川のみならず、被告会社から多額の金品等を吸い上げた日通関係者の社会的な責任は決して軽くないものと考えられる。なお被告会社は、本件発覚以後、日通とのつながりはない。
被告人金子は、税務署員の前歴を有しながら、退職後、被告会社の逋脱工作に関与し、無申告、赤字申告に導いたものである。ただ同被告人は、関与した部分は僅かであり、被告会社からは、月五、六万円程度の支給を受けていたに過ぎず、被告人長谷川に比し酌量の余地が多い。
以上のほか被告会社の資産状態、被告人らの経歴、家庭環境その他諸般の状況を考慮し、主文のとおり量刑した。
よつて主文のとおり判決する。
(裁判官 小島建彦)
別紙一
修正損益計算書
大和造林株式会社
自 昭和39年4月1日
至 昭和40年3月31日
<省略>
<省略>
別紙二
修正損益計算書
大和造林株式会社
自 昭和40年4月1日
至 昭和41年3月31日
<省略>
<省略>
別紙三
修正損益計算書
大和造林株式会社
自 昭和41年4月1日
至 昭和42年3月31日
<省略>
<省略>
別紙四
逋脱所得の内容の修正表
(40/4~41/3期分)
<省略>
別紙五
逋脱所得の内容の修正表
(41/4~42/3期分)
<省略>
<省略>
別紙六
簿外預金等の使途明細表
<省略>
註(1) 簿外預金は、三菱/虎の門、大和造林(株)名義(No.120.50)及び勧銀/虎の門、長谷川博和名義(No.206144)の各普通預金であり、支払手数料とは42.3期中に第一/虎の門、大和造林(株)名義の公表当座預金より払戻し、公表元帳上支払手数料という仮装名義で計上処理したものである。なお、駿河/伊豆長岡、長谷川博和名義普通預金は韮山地区におけるギフトチエックの取組みに用いたもので、その取組資金である入金は、前記各預金からの出金の一部と認められるものである。
(2) 区分欄
甲は検察官主張額
乙は被告人長谷川博和の43.3.4付調書によるもの
丙は被告人長谷川博和の42.7.18付調書によるもの
丁は当裁判所の認定額
(3) その他分の内訳の明細は別紙七、八、簿外支出中その他分明細表記載のとおり
別紙七は昭和41年3月期分
別紙八は昭和42年3月期分
別紙七
簿外支出中その他分明細表
(昭和41年3月期分)
<省略>
<省略>
別紙八
簿外支出中、その他分明細表
(昭和42年3月期分)
<省略>
<省略>