東京地方裁判所 昭和43年(行ウ)112号 判決 1979年9月17日
東京都新宿区早稲田鶴巻町四二番地
原告
新宿民主商工会
右代表者会長
岩井作太郎
同都新宿区原町一の二四
原告
泉川浅次郎
右原告両名訴訟代理人弁護士
大森鋼三郎
同
中西克夫
同
高橋融
同
中村洋二郎
同
宮里邦雄
同
田中敏夫
同
原田敬三
同
坂本修
同
山根晁
同
井上文男
同
小林亮淳
弁護士中西克夫訴訟復代理人弁護士
福地絵子
同都千代田区霞が関一丁目一番一号
被告
国
右代表者法務大臣
古井喜実
同都新宿区三栄町二四番地
被告
四谷税務署長
山田芳郎
右被告両名訴訟代理人弁護士
島村芳見
右被告両名指定代理人
古俣与喜男
同
酒井保一
同
辰尾明吉
同
中川昌泰
同
小笠原英之
右被告国指定代理人
片桐潤一
同
田島好司
同
外山太郎
同
小沢邦重
右被告四谷税務署長指定代理人
倉持秀雄
主文
原告らの各請求を棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一当事者の求めた判決
一 請求の趣旨
1 被告国は原告新宿民主商工会に対し金一一万円及びこれに対する昭和四四年二月一二日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を、原告泉川浅次郎に対し金三万円及びこれに対する昭和四四年二月一二日から支払済に至るまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。
2 被告四谷税務署長が原告泉川浅次郎の昭和三八年分ないし昭和四〇年分所得税についてなした別紙一記載の各更正処分及び過少申告加算税賦課処分並びにこれら各処分についての各異議申立棄却決定をいずれも取り消す。
3 訴訟費用は被告らの負担とする。
二 請求の趣旨に対する被告らの答弁
主文同旨
第二原告らの請求原因
一 原告新宿民主商工会(以下「原告新宿民商」又は「新宿民商」といい、民主商工会を「民商」という。)は主として新宿区内の中小商工業者によって組織されている団体であり、原告泉川は製本加工業を営んでいるいわゆる白色申告者で新宿民商の会員である。
二 取り消さるべき行政処分
原告泉川は昭和三八年分ないし昭和四〇年分所得税につき別紙一の処分一覧表各確定申告欄記載のとおり確定申告をしたところ、被告四谷税務署長(以下「被告署長」という。)によりそれぞれ同表各更正処分欄記載のとおり更正及び過少申告加算税賦課決定(以下「本件更正処分」という。)がなされた。原告泉川は、右各処分につき異議申立をしたが、同表異議決定欄記載のとおり棄却され、東京国税局長に対する審査請求も棄却された。
しかしながら、被告署長のした本件更正処分及び異議棄却決定はいずれも違法であるから、その取消を求める。
三 損害賠償請求の内容
1 被告らの民商弾圧政策
被告国は、昭和三五年以降のいわゆる高度成長政策に沿って中小商工業者に対して苛酷な重税措置をとり、昭和三七、八年ころから各地の民商に対し各税務署を通じて激しい組織破壊、脱会工作を行ったが、特に昭和三八年五月ごろ、当時の国税庁長官は、三年で民商をつぶす方針を立て、この目的の下に全国の国税局に対し、民商会員について徹底的な調査をするよう通達した。そして、東京国税局直税部長は、右通達に基づき、管内の各税務署長に対し、調査妨害のあったものについては十分な調査をせよ、税理士資格のない民商事務局員及び同会員の立会を排除せよ、調査に赴く旨の事前通知は行うな等の指示をした。
2 原告新宿民商に対する結社の自由の権利侵害等被告署長所部の係官である武井、中尾、小杉、本村は、昭和四〇年九月ころから昭和四一年にかけて、(一) 新宿民商が「脱税団体」「非協力団体」「妨害団体」であるなどと記載した文書を新宿民商会員に送付して原告新宿民商を中傷、誹謗し、(二) 「民商をやめろ、娘の嫁のもらい手がなくなる。」「息子の就職にも影響する。」などの脅し言葉や、「民商をやめれば修正申告をしなくともよい。」などの甘言を新宿民商会員に告げて脱会させ、また、いやがらせ的事後調査をして、組織破壊工作を重ねた。
3 民商弾圧政策に基づく原告泉川に対する違法な調査等被告署長所部の係官は、昭和四一年九月から原告泉川方に臨場し、昭和四〇年分の所得内容を調査したい旨告げたので、同原告が調査を必要とする理由の開示を求めたところ、調べてみなければ分らない旨答え、同原告がそのような理由では調査に応じられない旨述べると、同係官は、調査に応じなければ三年前に遡って調査すると述べて引き揚げ、その後同原告の承諾を得ずにいきなり反面調査を行って同原告の取引先等に対する信用を失墜させた。
右経過からすれば、同原告に対する所得税調査並びに本件更正処分が、同原告の確定申告に対する合理的な疑いについて調査し、それに基づいて行われたものではなく、もっぱら同原告を新宿民商から脱会させるため、あるいは同原告が新宿民商から脱会しないことに対する報復のためになされたものであることが明白である。
4 よって、国家賠償法に基づき、原告新宿民商は被告国に対し結社権の侵害及びその名誉毀損、社会的評価の侵害による損害の賠償として総額二〇〇万円のうち一一万円、原告泉川は結社権の侵害及び不法な調査と本件更正処分による精神的損害の賠償として三万円、及び右各金員に対する不法行為後である昭和四四年二月一二日から支払済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
第三請求原因に対する被告らの認否
一 請求原因一は認める。
二 同二は、本件更正処分及び異議棄却決定が違法であることを除き認める。
三1 同三1及び2は否認する
2 同三3のうち、被告署長所部の係官が昭和四一年九月以降原告泉川方に臨場し、その後反面調査をしたことは認めるが、その余は争う。
第四被告署長の主張
一 推計の必要性
本件更正処分は原告泉川の本件各係争年分の所得金額を推計によって算定したものであるが、次に述べる調査の経緯に照らせば、昭和四〇年分については実額により、その余の年分については推計によって算定するのが相当である。
1 原処分時の経過
被告署長所部の係官は、同原告の昭和三八年分ないし昭和四〇年分の所得税調査のため昭和四一年九月以降数回にわたって同原告方に臨場し、帳簿書類の呈示を求めたが、同原告は、主として長男泉川暁男を介し又はみずから、「調査は拒否する。」「帳簿書類は何もない。」などと述べて調査に協力せず、帳簿書類その他一切の資料を呈示しなかった。
2 異議申立における経過
被告署長所部の係官は、異議申立の審理を行うため昭和四二年五月に二回にわたって同原告方に臨場し、帳簿書類の呈示を求め、かつ、異議申立書に後日提出する旨記載されていた同申立書に添付するはずの書類の呈示を求めたところ、同原告は、長男暁男を介して、古い書類は何もない旨述べて帳簿書類その他一切の資料の呈示をしなかった。
3 審査請求における経過
同原告は東京国税局長所部の担当協議官に対し、被告署長において調査した収入金額は認めるが必要経費の算定について納得できない旨申し述べ、昭和四〇年分の証拠書類の一部を呈示し事業の概況について説明した。その結果、担当協議官は、昭和四〇年分の同原告の所得金額については収支計算によりえたのであるが、原告が資料の呈示をしない昭和三八年分、同三九年分については、一般経費の額が判明せず推計課税によらざるをえなかった。
二 所得金額
右に述べたとおり、、昭和四〇年分については実額により、昭和三八年分、同三九年分については、推計により、同原告の所得金額を計算すると、昭和四〇年分が一五七万二六五六円、同三八年分が一三〇万二七二七円、同三九年分が一三五万一七四〇円となるから、右金額の範囲内でなされた本件更正処分はいずれも適法である。
(昭和四〇年分)
同年分所得金額の計算基礎は次表のとおりであり、その各区分ごとの明細は別紙二のとおりである。
<省略>
(昭和三九年分)
同年分所得金額の計算基礎及び売上(収入)金額の明細は次表のとおりである。右計算基礎のうち番号2の一般経費合計欄はその実額によりえないこと前記のとおりであるが、同原告の営む製本加工業のような業態にあっては、特別の事情のない限り売上(収入)金額に対する一般経費の割合(以下「一般経費率」という。)が変動するものではないので、実額の判明している昭和四〇年分の収入金額と一般経費額を基礎として一般経費率一二・一九パーセントを求めたうえ、これを昭和三九年分の収入金額に乗じて同年分の一般経費額を推計したものである。
<省略>
売上(収入)金額の明細
<省略>
(昭和三八年分)
同年分についても昭和三九年分について述べたところと同様である。
<省略>
売上(収入)金額の明細
<省略>
第五 被告署長の主張に対する原告泉川の認否及び本件更正処分の違法事由についての主張
(認否)
一 推計の必要性(被告署長主張一)について
本件更正処分をなすにつき推計によって所得金額を算定するのが相当であったとの主張は争う。
1 被告署長主張一1のうち、係官が同原告方に臨場し、帳簿書類の呈示を求めたこと、同原告が帳簿書類その他一切の資料を呈示しなかったことは認めるが、その余は否認する。
2 同被告主張一2は認める。
3 同被告主張一3のうち、昭和三八年分、同三九年分について推計課税によらざるをえなかったことは争い、その余は認める。
二 所得金額(被告署長主張二)について
本件各係争年分の所得金額の計算基礎のうち、昭和四〇年分の売上(収入)金額及び各係争年分の事業専従者控除額は認めるが、その余は争う。別紙二の昭和四〇年分所得金額の明細表のうち「原告泉川が呈示した資料による計算額」「反面調査等による調査額」の欄はいずれも認めるが、経費は右以外にもっとあったものであり、また、「家事関連費」「資料散逸分」については争う。
(本件更正処分の違法事由の主張)
一 手続上の違法
1 申告納税制度を原則としている以上、税務署長が例外的に更正するため調査を行う場合には、納税者の申告を疑うに足る十分な理由の存在が必要である。しかるに、本件においては、被告署長は原告泉川の確定申告に何の疑わしい点も見出していないのに、単に右確定申告が正しいかどうかを調べるために調査を行ったものであるから、かかる違法な調査に基づく本件更正処分は違法である。
2 質問検査権の範囲を超えた調査
質問検査権の行使については、調査が任意調査であり合理的な必要性がなければならないという点から、事前通知のない臨場調査に対しては延期を求めることが許されるばかりでなく、被調査者は税務職員に対し調査の必要性の開示を要求することができ、税務職員がこれを開示しない限り調査を拒否することができ、また、質問検査権に基づく調査は納税者の得意先や銀行等の信用を失墜させるような態様で行うことは許されず、特にいわゆる反面調査の場合にはその調査の相手方は直接に納税義務を負うものではないし、また、法により法定資料の提出を義務付けられたものでもないから、その行使の範囲は極めて厳格に解すべきであり、この場合の質問検査権の行使は、納税者の調査の過程において、その調査だけではどうしても課税標準及び税額等の内容を把握できないことが明らかになった場合に限り、かつ、その限度において可能であると解すべきである。しかるに、本件においては、全く事前通知をすることなく、いきなり臨場調査にきて資料の呈示を求め、原告泉川の要求にもかかわらずその調査の必要性を開示せず、一方的に反面調査を行い、同原告に対して取引先の信用を失う等の多大の損害を被らせた。右のように、本件調査は明らかに質問検査権の限界を超える違法なものであるから、これに基づく本件更正処分も違法である。
3 他事考慮
本件調査は調査に名をかりた新宿民商会員脱会工作の一つであり、原告泉川の確定申告に何ら合理的疑いがないにもかかわらず調査を行い、かつ、いきなり反面調査を行って同原告の取引先及び銀行等に対する信用を失墜させたものであり、もっぱら同原告を新宿民商から脱会させる目的あるいは同原告が新宿民商から脱会しないことに対する報復の目的でなされたものであることが明らかであるから、このような目的に基づいた調査及び本件更正処分は違反である。
二 所得認定の合理性を欠いた違法
1 処分時における資料の不存在(本件訴訟の対象)
本件において、仮に推計課税が許されるとしても、本件訴訟の対象は、被告署長が本件更正処分の当時において右課税処分をなしうるだけの合理的な調査資料、調査結果を有していたか否かであって、本訴提起後に被告署長が新たな資料と推計方法によって主張する所得金額等が客観的に正当なものであるか否か、更正処分の所得金額が右の客観的に正当な数額を超えるものであるか否かではない。すなわち、更正処分時において被告署長が更正するに足る納得しうる合理的な、しかも正当な手続により得たところの調査結果と資料を持たなければ、その更正はそれだけで絶対に取り消されなければならないのである。なぜなら、第一に、国税通則法二四条は「課税標準等又は税額等がその調査したところと異なるときは、その調査により当該申告書に係る課税標準等又は税額等を更生する。」と規定し、更正時において合理的な調査結果と資料が存在することを要求するとともに、その調査によってのみ更正しうることを定めているからであり、第二に、もし課税庁が更正時において何らの納得させうる資料も持たないで申告納税額を勝手に更正することができ、裁判となるや、ただ所得の在り高が妥当かどうかだけが争われるということが是認されるのであれば、行政処分における適正手続の要請は全く無意味になり、大多数の国民は経済的、時間的にこのような恣意的な課税を争うほどの余裕がない以上、国民の財産権は課税庁の恣意によって侵害される結果となるからである。
本件において、被告署長は、更正処分当時に同被告が把握した更正の理由とは無関係に、訴訟提起後に新たに構成した論拠や数額による推計を主張しているが、かかる方法により処分を維持することは許されない。
2 推計方法の不合理性
被告署長は、本件更正処分をする際には、本件各係争年分の営業利益(売上(収入)金額から一般経費を控除したもの)を求めるにつき、反面調査により実額を把握した各係争年分の売上(収入)金額に同業者の営業利益率七四・六パーセントを乗じて算出しており、したがって一般経費率は二五・四パーセントであるとしていた。しかるに、同被告は、本訴においてはこれと異なり、昭和三八年分、同三九年分の一般経費につき、同原告の昭和四〇年分の一般経費率一二・一九パーセントを適用して推計すべきである旨主張する。特定の更正処分の根拠となる一般経費率が二五・四パーセントになったり、一二・一九パーセントになったりすること自体からしても本件推計が合理性を欠くことは明らかである。
また、本件更正処分では同原告の本件各係争年別の個別事情が全く考慮されておらず、推計課税ではなく類型課税であって、合理性がない。
第六原告泉川の違法事由の主張に対する被告署長の反論
一 手続上の違法(違法事由一)について
1 申告納税制度の下において税務署長は税負担の公平を保つため納税者の申告が正しいかどうかを確認する責任を有し、調査は右要請の下に納税者の申告が正しいかどうかを確かめる必要がある場合に行われるものであって、納税者の申告を疑うに足る十分な理由が存在しなければ調査を行ってはならないというものではない。本件において、被告署長は、同原告が昭和三八年中に家屋(二四坪)を新築し、昭和三九年中に高額な貼込機械を購入したことから、その取得資金の源泉と申告所得額との関連を調査する必要があると認めて調査を行ったものであって、違法の点はない。
2 質問検査権は調査の一方法として認められているものであって、質問検査の範囲、程度、時期、場所等実定法上特段の定めのない実施の細目については、質問検査の必要があり、かつ、これと相手方の私的利益との較量において社会通念上相当な限度にとどまる限り、権限ある税務職員の合理的な選択に委ねられているのであり、実施の日時、場所の事前通知、調査の理由及び必要性の個別的具体的な告知が質問検査を行ううえの法律上の要件とされているものではない。
3 被告署長が原告泉川を調査対象者として選定して調査を実施した理由は、前記のごとく同原告の取得資産の資金の源泉と申告所得金額との関連を調査する必要があると認めたからであって、決して新宿民商脱会工作等の目的をもって調査及び更正処分を行ったものではない。
二 所得認定の不合理性(違法事由二)について
1 課税処分の取消訴訟において、税務署長のなした課税標準等、税額等の認定の当否は、もっぱらその認定した数額が客観的に正当な数額を超えるものであるか否かによって判断されるべきものであり、その判断の資料を更正処分当時までに収集されたものに限るべき理由はない。国税通則法二四条の規定は同原告主張のような制限を定めたものと解することはできない。課税処分のような覇束処分については、裁判所は直接に行政庁の認定が法律に適合しているかどうかを判断しうるのであるから、更正処分時に収集されていなかった資料を用いて訴訟において主張立証することが可能であるからといって恣意的な課税処分が自由にできることになるわけではない。
3 推計方法について
被告署長が本件更正処分の際に同業者の営業利益率七四・六パーセントを用いて所得を推計したことは、同原告主張のとおりであるが、その後の調査により昭和四〇年分所得金額を実額により把握することができたので、右実額による同年分の一般経費率一二・一九パーセントをもって昭和三八年分、同三九年分の一般経費額を推計したもので、処分時に用いた同業者率と異なる比率を適用したことが直ちに右推計を不合理ならしめるものではない。
第七証拠
一 原告ら
1 甲第一ないし第三号証、第四、第五号証の各一、二、第六ないし第一一号証、第一二号証の一ないし一七、第一三号証、第一四号証の一ないし四、第一五号証の一、二、第一六ないし第一九号証
2 証人内田武、同田崎義成、同泉川暁男の各証言
3 乙第一号証の一ないし四の成立は不知、第二ないし第四号証の各泉川暁男作成部分の成立を認め、その余の部分の成立は不知、第五号証の一ないし三、第六、第七号証の成立(第六、第七号証については原本の存在と成立)はすべて認める。
二 被告ら
1 乙第一号証の一ないし四、第二ないし第四号証、第五号証の一ないし三、第六、第七号証
2 証人中尾政敏、同萩谷修一の各証言
3 甲第三号証、第四号証の二、第五号証の二、第六、第七号証の各官公署作成部分の成立は認め、その余の部分の成立は不知、第一二号証の一ないし一七、第一八、第一九号証の成立(第一二号証の一ないし一七、第一九号証については原本の存在と成立)は認める。その余の甲号各証の成立(第一三号証、第一四号証の一ないし四、第一五号証の一、二、第一六号証については原本の存在と成立)は不知。
理由
一 まず、本件更正処分取消請求について判断する。
1 請求原因一、二(但し、本件更正処分が違法であることを除く。)は当事者間に争いがない。
2 推計課税の必要性
証人中尾政敏、同泉川暁男の各証言によれば、原告泉川は、被告署長所部の係官が同原告の本件所得税調査のため昭和四一年九月以降三、四回ほど同原告方へ臨場し帳簿書類の呈示を求めた際、主として長男泉川暁男を介し、「不意打ちの調査である。」「調査の必要性を開示しなければ帳簿書類の呈示に応ずる必要はない。」などと述べ、係官が協力を求めたのに応ぜず、結局、調査理由の開示がない故をもって調査に必要な帳簿書類の呈示をしなかったこと(係官が帳簿書類の呈示を求めたが、同原告がその呈示をしなかったことは、当事者間に争いがない。)を認めることができ、また、被告署長所部の係官が異議申立の審理のため昭和四二年五月同原告方に臨場し帳簿書類の呈示を求めた際にも、同原告はこれを呈示しなかったこと、その後審査請求の段階において、同原告が東京国税局長所部の担当協議官に対し、昭和四〇年分の証拠書類の一部を呈示するなどしたため、これによって同局長は昭和四〇年分の所得金額を実額で把握しうるに至ったが、昭和三八年分、同三九年分については資料が呈示されなかったことは、当事者間に争いがない。
右事実によれば、昭和三八年分及び同四〇年分については、被告署長が推計により同原告の所得金額を算出したのはやむをえないことであり、適法というべきである。
3 手続上の違法事由の存否
(一) 調査の必要性について、
所得税法に基づく調査は、過少申告の疑いが明らかである場合だけに限らず、申告の正確性を審査すべき合理的必要性のある場合になしうるものと解するのが相当である。本件についてみるに、証人中尾政敏の証言によれば、被告署長は、同原告が本件係争年中に家屋を新築し、かつ、一〇〇万円以上の作業機械を購入したことから、右取得資産の資金源と申告所得金額との関連を調査する必要があると認め、同原告を調査対象に選定したものであることが認められ、右事実からすると、同原告については調査をすべき合理的必要性があったということができる。
(二) 質問検査権の範囲を超えた違法について
質問検査権の行使について、相手方に対する事前の通知及び調査理由ないし調査目的の開示は、いずれも調査を行ううえの法律上の要件ではないから、被告署長が原告泉川に対し事前通知や調査理由の開示をすることなく調査を行ったとしても、これのみをもって違法とすることはできない。また、前記認定のごとく同原告が調査に必要な資料の呈示に応じなかった以上、被告署長が反面調査を実施したこと自体をもって違法とすることもできないというべきである。
(三) 他事考慮について
前記(一)の認定事実に照らせば、本件の調査及び更正処分が同原告主張の他事考慮に基づくものであったとは到底認めることができず、右主張に沿う証人田崎義成、同泉川暁男の各証言部分は採用しない。
4 所得認定の合理性
(一) 推計資料等の追加変更について
課税処分取消訴訟の審判の対象は当該処分の違法性一般であり、実体的には当該処分の認定した課税標準又は税額が過大であるか否かによって処分の適否が決せられるのであって、右課税標準又は税額を認定するための推計方法などは単なる攻撃防禦方法にすぎないと解されるから、推計課税を争う訴訟において、課税庁が当該処分の適法性を理由付けるため処分時とは異なる資料や推計方法を主張することは、何ら妨げられないものというべきである。もとより、当初の課税処分が恣意によって行われたときは違法となりうるが、訴訟に至り推計資料等を追加変更したからといって、直ちに当初の推計が恣意的なものであったことになるわけではない。そして、証人中尾政敏の証言によれば、被告署長が本件更正処分をするについては、反面調査によって同原告の本件各係争年分の売上(収入)金額を把握し、次に、一般経費の額が不明であったので、四谷税務署管内の青色申告製本業者の中から張込機械を使っている原告と同業の張込業者を、昭和四〇年分について六件、昭和三八年分及び同三九年分について各二、三件無作為に抽出してその営業利益率を求めたところ、昭和四〇年分の営業利益率が一番低くその率は七四・六パーセントであったことから、右七四・六パーセントを売上(収入)金額に乗じて本件各係争年分の営業利益額を推計し、専従者控除額は申告額を採用したことが認められるのであるから、右処分をもって恣意的なものといいえないことは明らかである。
(二) 所得金額について
(昭和四〇年分)
同年分の売上(収入)金額が二四一万七一九五円、事業専従者控除額が四五万円であることは当事者間に争いがない。そして、別表二の明細表の番号2ないし16の項目のうち、「原告泉川が呈示した資料による計算額」「反面調査等による調査額」の欄の同被告主張額については当事者間に争いがなく、また、「家事関連費」「資料散逸分」の欄が同被告主張のとおりであることは、泉川暁男作成部分につき成立に争いがなく爾余の作成部分につき証人萩谷修一の証言により成立の真正を認める乙第四号証及び右証人の証言によりこれを認めることができる。同原告は、経費がもっとあった旨主張するが、これに沿う証人泉川暁男の証言は具体性を欠き、他にこれを認めるに足りる証拠はない。
右事実からすると、昭和四〇年分の所得金額は一五七万二六五六円となり、本件更正額を上まわること、また、同年分の一般経費の売上(収入)金額に対する割合は一二・一九パーセントであることが明らかである。
(昭和三九年分)
一定の事業を営む者について係争年分の売上(収入)金額に対応する一般経費の実額が判明しない場合に、同一人の実額の判明している近接年分の数値を基礎として一般経費率を算出し、これを係争年分の売上(収入)金額に乗じて一般経費の額を推計することは、特別の事情のない限り合理性があるものというべきである。本件において右特別の事情の存在を認めるに足る証拠はない。なお、被告署長が本件更正処分をする際には右本人比率によることなく同業者率によって推計したことは同被告の認めるところであるが、近似性を担保するうえからは本人比率によるほうがより合理的であるというべきである。
証人中尾政敏の証言により成立の真正を認める乙第一号証の三及び右証言によれば、同原告の昭和三九年分の売上(収入)金額は二一九万三一五〇円であったことが認められるところ、これに昭和四〇年分につき得られた前記一般経費率一二・一九パーセントを乗ずると、一般経費の額は二六万七三四五円となる。そして、同年分の特別経費として雇人費一三万二〇〇〇円、建物償却費八九九一円、借入金利息一五七四円があったことは証人萩谷修一の証言と弁論の全趣旨によって認めることができ、事業専従者控除額が四三万一五〇〇円であったことは当事者間に争いがない。
そうすると、同年分の所得金額は一三五万一七四〇円となり、本件更正額を上まわることが明らかである。
(昭和三八年分)
昭和三九年分について前述したところと同様の方法により所得金額を算出すると、昭和三八年分の売上(収入)金額が一六八万三四三五円であったことは証人中尾政敏の証言により成立の真正を認める乙第一号証の二及び同証言によってこれを認めることができ、右金額に前記一般経費率一二・一九パーセントを乗じた一般経費額は二〇万五二一一円となる。そして、同年分の特別経費として雇人費二万五〇〇〇円、建物償却費二九九七円があったことは証人萩谷修一の証言と弁論の全趣旨によって認められ、事業専従者控除額が一四万七五〇〇円であったことは当事者間に争いがない。
そうすると、同年分の所得金額は一三〇万二七二七円となり、本件更正額を上まわることは明らかである。
5 以上により、本件更正処分に原告泉川の主張する違法事由はないから、右処分の取消を求める同原告の請求は失当である。
二 次に、同原告は、異議棄却決定の取消を求めるが、右決定に固有の瑕疵があることにつき何ら主張するところがない。よって、右請求は失当である。
三 原告らの損害賠償請求について判断する。
1 原告らは、請求原因三1、2において、国税庁当局が民商の組織破壊を企図し、新宿民商に対して中傷、誹謗や脱会工作等を行ったと主張するが、これに沿うかのごとき甲第一〇、第一一号証、第一二号証の一ないし一七、第一四号証の一ないし四、第一六、第一七号証、証人内田武、同田崎義成の各証言部分は成立に争いのない乙第五号証の一ないし三、原本の存在と成立に争いのない同第六、第七号証と対比してたやすく採用しがたく、他に右主張事実を認めることができる証拠はない。
2 原告らは、請求原因三3において、本件調査及び更正処分が原告泉川を新宿民商から脱会させるため、あるいは同原告が新宿民商から脱会しないことに対する報復のためになされたものである旨主張するが、本件全証拠をもってしても、右事実を認めることはできない(被告署長所部の係官が調査に応じなければ三年前に遡って調査する旨述べるに至ったとの証人泉川暁男の証言部分は証人中尾政敏の証言と対比して採用しがたい。)。
3 したがって、原告らの損害賠償請求は、その余の点について判断するまでもなく失当である。
四 以上のとおり、原告らの本訴各請求はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 佐藤繁 裁判官 八丹義人 裁判官佐藤久夫は転補につき署名押印することができない。裁判長裁判官 佐藤繁)
(別紙一) 処分一覧表
(昭和三八年分)
<省略>
(昭和三九年分)
<省略>
(昭和四〇年分)
<省略>
(別紙二) 昭和四〇年分所得金額の明細表
<省略>
△印は減算を示す。