東京地方裁判所 昭和43年(行ウ)125号 判決 1974年2月27日
東京都葛飾区青戸三丁目三二番四号
原告
遠山純平
右訴訟代理人弁護士
秋山昭一
同
榎本武光
東京都葛飾区立石六丁目一番三号
被告
葛飾税務署長
右指定代理人
玉田勝也
同
角張昭治郎
同
和泉田三喜造
同
虎谷武治
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一、当事者が求めた裁判
一、原告
原告が昭和四一年一二月一二日付で原告の昭和四〇年分所得税についてした更正及び過少申告加算税の賦課決定を取り消す旨の判決
二、被告
主文第一項と同旨の判決
第二、主張
一、原告の請求の原因
1. 処分の経緯
原告は、昭和四一年三月一四日、昭和四〇年分所得税について総所得金額を四六八、八〇〇円とする確定申告をしたところ、被告は、昭和四一年一二月一二日付で総所得金額を七三九、八〇〇円とする更正をし、かつ、税額一、六五〇円の過少申告加算税の賦課決定をした(以下、右更正及び賦課決定を合せて「本件処分」という。)。
2. 処分の違法性
本件処分は、次のとおり違法であるから、取り消されるべきである。
(一) 本件処分は、被告において何の調査もせず、見込みだけでしたものであるから、違法である。
昭和四一年九月被告税務署の職員板倉某が原告方を訪れたが、その際同人がしたことは、原告に対し「仕事はどれくらいあるか。木材はどこから仕入れるのか。仕事は常備何人くらいでやつているか。」等を聞き、あたりを見て現在の状況を知る程度のものであり、時間的にも一〇分くらいにすぎず、とうてい原告の昭和四〇年分所得税について調査をしたというに値しない。
(二) 本件処分は、原告の総所得金額を過大に認定した違法がある。
すなわち、原告の昭和四〇年分の事業所得の金額は二七〇、〇〇〇円、給与所得の金額は一九八、八〇〇円にすぎない。
二、被告の答弁及び主張
1. 原告の請求の原因1記載の事実は認める。
2. 同2(一)記載の事実中、被告が何の調査もせず、見込みだけで本件処分をしたことは否認する。
(一) 本件処分前の調査担当者板倉康明は、原告の昭和四〇年分の所得税の確定申告書の記載内容を検討した後、昭和四一年九月七日及び同月二二日の二回にわたり原告本人に面接し、右確定申告書の記載内容自体によつては申告所得金額の算出根拠が不明であるから、その算出方法を具体的に説明してほしい旨を要請するとともに、原告の昭和四〇年分の所得金額を実額により算出する資料となるような諸帳簿、取引先から交付された納品書、請求書、領収書、顧客に交付した請求書、見積書、領収書の控、雇傭職人に対する労賃支払いのための人工帳(出面帳)などのいわゆる原始記録の提示を求めた。
(二) これに対し、原告は、「申告所得金額は記憶に基づいて計算したものであつて、その計算の基礎となるような諸帳簿及び原始記録はいつさいないが、自分は正しい申告をしているのであるから調査をされる理由はない。したがつて、仕事のじやまとなるような長時間の調査はやめてほしい。」旨述べ、板倉が提出を要請した諸帳簿及び原始記録等を全く提示せず、また、申告所得金額の算出方法についても何ら具体的な説明を行なわなかつた。
(三) そこで、板倉は、原告本人から営業の概況、機械(電気ノコギリ、電気カンナ等)や車輛(トヨエース)の購入経過、木材の仕入先、取引銀行名、年間平均の常雇人数、昭和四〇年当時の職人の日当、貸間の収入金額等を聴取したが、結局、原告本人の面接調査のみによつては申告所得金額の算出根拠は明らかにならないと判断し、原告の木材仕入先及び取引銀行等に対する反面調査を行なつて、原告の昭和四〇年中の木材仕入額八六七、二七五円を把握した。
しかるに、原告の供述及び調査により把握した木材仕入額のみによつては、収支実額による所得金額の算出が不可能であつたため、被告管内の所得税の青色申告者の中から、原告と同業種・同規模と認められる者二名を選定し、右二名の原価率及び経費率を適用して本件処分にかかる事業所得金額を推計した。
(四) 右のとおり、板倉は、確定申告書の記載内容の検討、原告本人に対する面接調査、原告の取引先等に対する反面調査、木材仕入金額を基礎とした青色申告同業者の申告内容との比較検討等の調査を行なつているのであるから、本件処分は被告においてなんらの調査もせず見込みだけでしたものである旨の原告の主張は、明らかに失当である。
3. 原告の総所得金額
原者は、昭和四〇年当時、建設業を営み、建築請負による収入(事業所得)及び労賃収入(給与所得)を得ていたほか、ほか、建物の賃料収入(不動産所得)を得ていた。
そして、原告の総所得金額は、次のとおり合計八四七、一五八円であるから、右金額の範囲内で、原告の総所得金額を七三九、八〇〇円と認定してした本件処分に、総所得金額を過大に認定した違法はない。
(一) 事業所得の金額 三五九、六七五円
A 収入金額(請負収入金額)二、九二五、六八〇円
収入金額は、次の(1)記載の昭和四〇年中における原告の木材仕入金額九四二、〇六九円を、次の(2)記載の被告管内青色申告同業者六名の同年中における売上金額に対する木材の原価の平均割合(以下「木材の原価率」という。)三二・二〇パーセントで除して収入金額を計算したものである。
(1) 原告の木材仕入金額 九四二、〇六九円
(2) 木材の原価率 三二・二〇パーセント
被告管内の青色申告同業者全員の中から、原告の所得金額計算上最も妥当な同業者を抽出し、その平均割合を次の方法により計算したものである。
ア 同業者の抽出
葛飾区内に住所を有し、昭和四〇年中において継続して大工工事業、又は木造建築業を専業とし、労賃収入を得ていない青色申告者の中から、青色専従者給与(会計事務等直接工事に従事しない親族にかかるものを除く。)を必要経費に算入していない者のうち、収入金額が一五、〇〇〇、〇〇〇円以下の者全員を抽出した。
直接工事に従事する親族にかかる専従者給与を必要経費に算入している者を除外した理由は、その収入に対し、原価を構成する直接労賃を家族従事員に依存している青色申告者の利益率は、一般にこれを他人労賃によつている者の利益率より高率となるので、これによるときは原告に不利となるためである。
イ 右アにより抽出された同業者の原価率及び営業利益率は左のとおりである。
なお、営業利益とは売上金額から原価及び後記Bの(1)の一般経費を控除した金額である。
<省略>
右は、昭和四〇年分所得税青色申告決算書に記載されている金額によつたものであるが、「ほ」「へ」の同業者二名については、実額調査の結果、右決算書の金額に誤りがあつたため、当該同業者が修正申告した金額である。
なお、右表の「ほ」「へ」のうち、かつこ書きは、木材の原価と同原価率であり、本書きは、総仕入(原価)金額と同原価率である。平均原価率は、「い」ないし「に」の本書き、「ほ」及び「へ」のかつこ書きの原価率の平均である。
B 必要経費 二、五六六、〇〇五円
必要経費は、次の(1)で述べる売上金額の増減に応じて通常これにほぼ比例して増減する減価及び経費(以下「一般経費」という。の推計金額二、五五八、二一五円及び次の(2)で述べる個別性が甚しいため右のような性質を有しない経費(以下「特別経費」という。)の推計金額七、七九〇円の合計額である。
(1) 原価及び一般経費 二、五五八、二一五円
原価及び一般経費は、前記(一)のAにおいて計算した収入金額二、九二五、六八〇円に右同業者の売上金額に対する原価及び一般経費の平均割合八七・四四パーセント(一〇〇パーセントから営業利益率一二・五六パーセントを差し引いたもの)を乗じて計算したものである。
(2) 特別経費 七、七九〇円
特別経費は、原告が昭和四〇年中に支払つた地代及び建物の減価償却費のうち、それぞれ事業所得に対応する部分の金額(地代二、三七九円・減価償却費五、四一一円合計七、七九〇円)である。
C 事業所得の金額 三五九、六七五円
事業所得の金額は、前記Aの収人金額二、九二五、六八〇円からBの必要経費二、五六六、〇〇五円を控除して計算した三五九、六七五円である。
(二) 給与所得の金額 三七三、一〇一円
A 収入金額(労賃収入金額) 四九一、八六六円
原告の建築業に従事して稼動する日数は、請負工事に従事する日数と、給与所得である労賃収入を得るための仕事に従事する日数の両者から成つているので、
(1) まず、前記(一)のAの収入金額(請負収入金額)二、九二五、六八〇円を全部土建職別賃金協定委員会及び全建総連東京都連合会が公表した昭和三九年八月一日以降の木造建築の三・三平方米(一坪)当たり協定工事単価八〇、〇〇〇円で除して年間請負延べ床面積一二二・二八平方米(三七坪)を計算し、
(2) 次に、右延べ床面積に、原告申立てにかかる三・三平方米(一坪当たりに要する人工数四人日を乗じ、年間請負工事延べ人工数一四八人日を計算し、
(3) 次いで、原告は、「通常、工事に従事しているのは一日平均原告を含めて三人である。」旨申し立てているので、右延べ人工数を三人で除して、原告自身が年間請負工事に従事した日数五〇日を計算し、
(4) さらに、原告申立てによる年間総稼働日数二八八日(月平均二三日ないし二五日)から、前記(3)の原告本人の年間請負工事に従事する日数五〇日を減じて、原告の給与所得である労賃を得るための年間従事日数二三八日を計算し、
(5) 右従事日数二三八日のうち、一月ないし八月に相当する日数については、原告申立ての一日当たりの労賃二、〇〇〇円を、九月ないし一二月に相当する日数については、調査により判明した一日当たりの労賃二、二〇〇円をそれぞれ乗じて、次のとおり収入金額四九一、八六六円を計算したものである。
<省略>
B 給与所得控除額 一一八、七六五円
右控除額は、所得税法第二八条第三項、同附則第四条(昭和四〇年法律第三三号)による給与所得控除額である。
C 給与所得の金額 三七三、一〇一円
給与所得の金額は、前記Aの収入金額四九一、八六六円からBの給与所得控除額一一八、七六五円を控除して、三七三、一〇一円を計算したものである。
(三) 不動産所得の金額 一一四、三八二円
A 収入金額 一四四、〇〇〇円
原告は、昭和三八年五月ころ自宅に接続して増築した二階の部分を同年一一月ころから木村降三に賃貸しており、昭和四〇年中に一ケ月一二、〇〇〇円(年一四四、〇〇〇円)の賃貸収入を得た。
B 必要経費 二九、六一八円
必要経費は、支払地代及び建物の減価償却費のうち、それぞれ不動産所得に対応する部分の金額(地代五、二六八円 減価償却費二四、三五〇円)である。
C 不動産所得の金額 一一四、三八二円
不動産所得の金額は、前記Aの収入金額一四四、〇〇〇円からBの必要経費二九、六一八円を控除して、一一四、三八二円を計算したものである。
(四) 総所得金額(課税標準) 八四七、一五八円
総所得金額は、前記(一)事業所得の金額三五九、六七五円、(二)給与所得の金額三七三、一〇一円及び(三)不動産所得の金額一一四、三八二円の合計金額である。
三、被告の主張に対する原告の認否及び反論
1. 被告の答弁及び主張3の冒頭記載の事実は認める。
同3の(一)記載の事実中、原告の木材仕入金額及び特別経費の金額は認めるが、その余の事実は争う。被告主張の事業所得の金額の推計方法は、後記3のとおり合理性がない。
同3の(二)記載の事実は争う。原告が労賃収入を得るために稼働する日数は、請負工事に従事する日数及び仕事を探すための得意先まわり、工事の相談等に要する日数を除くと、年間六か月、一か月平均二二日とみられ、当時の一日の労賃は平均二、〇〇〇円であつたから、年間の労賃収入は二七六、〇〇〇円である。したがって、給与所得の金額は、右収入金額から給与所得控除額七七、二〇〇円を控除した残額の一九八、八〇〇円である。
同3の(三)記載の事実は認める。
2. 被告主張の事業所得の金額の推計方法は不合理である。
すなわち、大工職をその規定により分類すると、次のとおりである。
(一) 大業者 鉄骨鉄筋の大規模建築を請け負い、他の業者に工事を下請けさせる。
(二) 業者 資材置場、作業場を持ち、自ら直接建築請負をし、又は大企業者から下請けし、とび、大工、左官等の工事を部分別に下請けさせる。
(三) 親方 ほとんどが資材置場、作業場を持ち、職人を五人くらいから一二、三人くらいまで雇傭し、業者から下請けし、又は自ら請負う。工事の規模によつては、他の親方又は一人親方に協力を求め、又はその職人を臨時に雇つて仕事をする。
(四) 一人親方 ほとんどが資材置場、作業場を持たず、木造小住宅の建築、増改築、修繕等の工事を請け負うが、自ら親方に雇われる場合もある。常傭職人はあつても二、三人である。
(五) 職人 業者、親方又は一人親方に日給又は月給で雇われる。
右のうち、一人親方は、ほとんど建設業者の登録をせず、看板もあげていない。一人親方の仕事は、居住地近隣からの依頼による工事が大半を占め、自ら木造小住宅の建築請負をすることは、あつても年間二、三件にすぎず、増改築、修繕が最も多い。一人親方は、非常に競争が激しいうえ、町内の人あるいは知人が依頼人であるか紹介者であるので、いきおい正当な対価を請求することができないのが普通である。一人親方の仕事のうち最も多い増改築、修繕については、正確な見積りができず、工事の追加、変更が多く、他の職種がすべき仕事も自分でしなければならず、仕事が半日で終り、あとの半日は遊ばなければならないこともある。諸材料の購入も少量なので、業者、親方と比較して割高を強いられ、材料の使用効率も悪い。
以上のとおりであるから、一人親方の営業利益率は、より規模の大きい親方、業者等と比べて低いことは明らかである。
原告は、このような一人親方に属するが、一人親方の中でも事業規模が小さい方である。
ところで、被告は、同業者の木材の原価率及び経費率を用いて原告の事業所得の金額を推計しているが、被告が抽出した同業者は、青色申告をし、かつ、労賃収入のない者であるというのである。また、原告の請負収入金額は、二、八〇〇〇、〇〇〇円であるが、被告が抽出した同業者の収入金額をみると、その三倍ないし五倍である。
大工職のうち青色申告をしている者は、業者か、親方のうちの約半数である。また、労賃収入がなく、原告の三倍ないし五倍もの収入金額のある者は、業者ないし親方である。したがつて、被告が抽出した同業者は、業者ないし親方であるとみられる。
このように業者ないし親方に属する者の木材の原価率や経費率を用いて、一人親方である原告の事業所得の金額を推計することに合理性がないことは明らかである。
第三、証拠関係
一、原告
1. 提出した書証
甲第一号証から第四号証まで
2. 援用した証言等
証人山口真剛、同塚田泰治、同金沢政志、同梅田吉三郎及び堀川真の各証言並びに原告本人尋問の結果
3. 乙号証の成立の認否
乙第一号証、第八号証の一、二及び第一七号証から第一九号証までの成立は認める。その余の乙号各証の成立は知らない(ただし、乙第二号証中原告名下の印影が原告の印鑑によつて顕出されたものであることは認める。)。
二、被告
1. 提出した書証
乙第一号証から第四号証まで、第五号証の一から三まで、第六、第七号証、第八号証の一、二、第九号証、第一〇号証の一、二、第一一、第一二号証、第一三、第一四号証の各一から三まで、第一五号証から第一九号証まで及び第二〇号証から第二五号証までの各一、二
2. 援用した証言
証人三浦武道、同伊能明、同丸森三郎、同松浦幸夫、同勝間行雄及び同後藤英司の各証言
3. 甲号証の成立の認否
いずれも認める。
理由
一、処分の経緯について
原告の請求の原因1記載の事実は当事者間に争いがない。
二、処分前の調査について
原告は、被告は何の調査もせず、見込みだけで、本件処分をしたと主張する。
しかし、成立に争いのない乙第一号証、証人三浦武道の証言、同証言により認められる乙第三、第四号証及び弁論の全趣旨によれば、被告の命を受けた調査担当者板倉康明は、本件処分前、原告が提出した確定申告書の記載内容を検討したうえ(なお、右確定申告書には、事業所得の金額は記載されているが、その算出の基礎となる収入金額、必要経費等の記載はなく、また、給与所得の金額は記載されているが、その支払者の記載はない。)、原告方を訪ね、原告に面接し、仕事量、木材の仕入先、常傭職人の数等について質問し(このことは、原告が自ら認めるところである。)、原告の木材仕入先に照会して原告の木材仕入金額を把握し、被告管内の青色申告書を提出している同業者のうち二名の木材原価率(木材の仕入金額の売上金額に対する割合)等を調査し、これに基づいて本件処分をしたことが認められる。したがつて、原告の右主張は失当である。
三、原告の総所得金額について
被告の答弁及び主張3の冒頭記載の事実は当事者間に争いがないから、以下、各所得の金額について検討する。
1. 事業所得の金額
被告は、原告の事業所得の金額は三五九、六七五円であると主張するのに対し、原告は、右金額は二七〇、〇〇〇円であると主張する。そうすると、原告の事業所得の金額が二七〇、〇〇〇円を下らないことは当事者間に争いがないことになる。
2. 給与所得の金額
(一) 収入金額
(1) 原告が建築業に従事して稼働する日数が、請負工事に従事する日数と労賃収入を得るための仕事に従事する日数とから成つていることは明らかである。
(2) ところで、被告の主張によれば、被告は、原告の労賃収入の金額を推計するについて、まず、原告が請負工事に従事する日数を推計し、右日数を年間総稼働日数から減じて、原告が労賃収入を得るための仕事に従事する日数を算出し、これに一日当たりの労賃の額を乗じて計算する方法を採用し、原告が請負工事に従事する日数を推計するについては、原告の請負収入金額を協定工事単価で除して年間請負延べ床面積を推計し、右延べ床面積に、単位面積当たり人工数(単位面積の請負工事の完成に要する仕事量を一人一日の仕事量で換算した人日数)を乗じて年間請負工事延べ人工数を算出し、これを原告の請負工事に原告を含めて通常従事していた人数で除して計算している。
被告主張の右推計方法は、原告の労賃収入を推計するについて合理性を有すると認められる一つの方法であるというべきであるが、本件において、他によりいつそう合理的な方法による推計が可能であると認めるに足りる証拠はない。
(3) そこで、被告主張の推計方法による原告の労賃収入の金額について検討を進める。
(イ) 被告は、原告の昭和四〇年中の請負収入金額は二、九二五、六八〇円であるとし、これを基礎として原告が請負工事に従事する日数を推計している。
ところで、被告の推計方法によれば、原告の請負収入金額が大きければ大きいほど、請負工事に従事する日数が多くなり、反対に、労賃収入を得るための仕事に従事する日数が少なくなりしたがつて、労賃収入の金額が小さくなるという関係にあるところ、弁論の全趣旨によれば(原告は、その請負収入金額は、二、八〇〇、〇〇〇円であると主張している。)原告の請負収入金額は、被告主張の、二、九二五、六八〇円を上まわることはないことが明らかであるから、原告の労賃収入の金額を推計するについて、原告の請負収入の金額として右金額を採用することは、原告にとつて有利となることはあつても、不利益となることはないというべきである。
(ロ) 次に、文書の方式及び趣旨並びに弁論の全趣旨により成立の認められる乙第一一、第一二号証によれば、全都土建職別賃金協定委員会及び全建総連東京都連合会が公表した木造建築の一坪(三・三平方米)当たりの協定工事単価は、昭和三九年八月一日以降は八〇、〇〇〇円、昭和四〇年九月一日以降は八五、〇〇〇円であつたことが認められる。したがつて、被告が原告の請負収入金額二、九二五、六八〇円を右単価のうち原告に有利な八〇、〇〇〇円で除し、端数は原告に有利に切り上げて、年間請負延べ床面積を三七坪と推計したのは相当である。
(ハ) 証人三浦武道の証言により成立の認められる乙第二号証によれば、木造建築工事一坪の完成に要する仕事量は、大工三人ないし四人で一日分の仕事量に相当することが認められる。そこで、坪当たり人工数を原告に有利に四人日と認め、前示年間請負延べ床面積三七坪に右坪当たり人工数四人日を乗じ、年間請負工事量を人工数に換算すると、一四八人日となる。
(ニ) 次に、前示乙第二号証によれば、原告の請負工事には、通常原告のほか下職人二人が従事していたことが認められ、これに反する原告本人尋問の結果はにわかに信用することができない。そうすると、原告自身が請負工事に従事した日数は、前示年間請負工事人工数一四八人を原告を含めた工事従事員数三人で除し、端数は原告に有利に切り上げて、年間五〇日と推計することができる。
(ホ) そして、前示乙第二号証によれば、原告の昭和四〇年中の稼働日数は、月平均二三日ないし二五日、年間二八八日であつたと認められ、これにそわない原告本人尋問の結果は、同号証のほか、成立に争いのない乙第一七号証及び文書の態容並びに趣旨により成立の認められる乙第一四号証の一から三までに照らして信用することができない。したがつて、原告が同年中に労賃収入を得るための仕事に従事した日数は、年間稼働日数二八八日から前示年間請負工事従事日数五〇日を減じた二三八日であると認められる。
(ヘ) ところで、前示乙第一一、第一二号証によれば、全都土建職別賃金協定委員会及び全建総連東京都連合会が公表した大工左官グループの協定賃金は、昭和三九年八月一日以降は一日二、二〇〇円、昭和四〇年九月一日以降は一日二、五〇〇円であつたことが認められ、また、成立に争いのない乙第八号証の一、二及び原告本人尋問の結果によれば、原告は、昭和四〇年九月から一〇月にかけて高橋製作所から依頼された工事について一人一日二、二〇〇円の割合の大工手間賃の支払いを受けたことが認められる。
そうすると、原告が労賃収入を得るための仕事に従事したと認められる年間二三八日のうち、昭和四〇年一月から八月までの期間に相当する日数については一日当たり、二、〇〇〇円の、同年九月から一二月までの期間に相当する日数については一日当たり、二、二〇〇円の労賃収入を得たものと推定し、被告がその主張のとおりの算式(被告の答弁及び主張3(二)A(5)記載のとおり)により原告の年間労賃収入の金額を四九一、八六六円と推計したことには合理性がある。
(二) 給与所得控除額
所得税法第二八条第三項(昭和四一年法律第三一号による改正前のもの)及び所得税法附則第四条によれば、昭和四〇年分の所得税については、収入金額が四九一、八六六円である場合の給与所得控除額は一一八、七六五円をこえないことが明らかである。
(三) 給与所得の金額
そうすると、原告の給与所得の金額は、前示収入金額四九一、八六六円から給与所得控除額一一八、七六五円を控除した三七三、一〇一円となる。
3. 不動産所得の金額
被告の答弁及び主張3(三)記載の事実は当事者間に争いがない。したがつて、不動産所得の金額は一一四、三八二円となる。
4. 総所得金額
そうすると、原告の総所得金額は、事業所得の金額の少なくとも二七〇、〇〇〇円、給与所得の金額の三七三、一〇一円及び不動産所得の金額の一一四、三八二円の少なくとも合計七五七、四八三円となる。
したがつて、被告が原告の総所得金額を右金額の範囲内である七三九、八〇〇円と認定してした本件処分に総所得金額を過大に認定した違法はない。
四、結論
よつて、原告の請求は理由がないから、これを棄却し、訴訟費用は敗訴の原告の負担として、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 杉山克彦 裁判官 吉川正昭 裁判官 青山正明)