東京地方裁判所 昭和43年(行ウ)148号 判決 1970年7月29日
原告 福田貞雄 外三名
被告 豊島税務署長
訴訟代理人 横山茂晴 外四名
主文
原告らの請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一当事者の申立て
(原告ら)
「被告が原告らの相続税につき昭和四一年一二月一四日付でした更正処分のうち東京国税局長の審査裁決によつて維持された部分は、各申告額をこえる限度において取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決
(被告)
主文と同旨の判決
第二原告らの請求原因
原告らは、昭和三九年一月一一日、福田谷蔵の死亡により、同人がスーパーパツク株式会社に対して賃貸していた東京都千代田区外神田一丁目九〇番宅地二三五・八三平方メートル(七一坪三合四勺、以下本件宅地という。)を相続し、翌四〇年一月一五日協議の結果、本件土地のうち右会社の鉄筋コンクリートの建物が建つている一〇五・五三平方メートル(三一坪九合八勺)の部分(以下A部分という。)は原告貞雄に、残余の部分(以下B部分という。)はその余の原告らにそれぞれ分割されたので、昭和四一年二月一六日、いずれの部分についても、借地権の価格が当該宅地の自用地としての価格に対して占める割合(以下借地権割合という。)を八割、したがつて、借地権の付着しているその宅地(以下底地という。)の価格を自用地としての価格の二割とみて、原告貞雄は課税価額四、六五一万〇、一〇〇円、税額一、〇九五万五、二三〇円と、原告たかは、課税価額一、〇四九万一、五〇〇円、税額一六〇万六、三二〇円と各修正申告をし、また、原告吉雄は、課税価額三三八万二、八〇〇円、税額七四万九、五二〇円と、原告仲子は、課税価額四六五万六、〇〇〇円、税額一一〇万六〇二〇円と各確定申告をしたところ、被告は同年一二月一四日付で、原告貞雄については、地代が高額であるので借地権割合は零であるとして、課税価額を五、七一八万〇、五〇〇円、税額を一、四九二万二、五五〇円と更正し、これによつて同原告を含むすべての相続人らに係る課税価格の合計額を基礎として算出した相続税の総額が違つてきたことを理由として、原告たかの税額を一七六万九、八三〇円、原告吉雄の税額を八〇万〇、四六〇円、原告仲子の税額を一一六万八、二五〇円とそれぞれ更正し、右各更正処分は、東京国税局長の審査裁決によつて、原告貞雄については借地権割合を二割とみるのが相当であるとして、同原告の分が課税価額五、四五一万九、七〇〇円、税額一、三九一万二、三〇〇円に、原告たかの分が税額一七五万〇、五〇〇円に、原告吉雄の分が税額七八万一、六〇〇円に、原告仲子の分が税額一一五万一、八〇〇円にそれぞれ減額されたうえ、維持された。
しかし、被告のした前記各更正処分は、次に述べる理由によつて違法である。すなわち、
本件宅地のうち原告貞雄の取得したA部分は、前記スーパーバツグ株式会社において権利金を一時に支払うことができなかつたので、権利金の分割金を地代にくり入れて支払い、また、同土地上には前叙のごとく鉄筋コンクリート三階建ての堅固な建物が建設されるため、土地所有者としては半永久的にこれを利用することができなくなることをも考慮して、地代の額を三・三平方メートル当り年額六万六、〇〇〇円(宅地の自用地としての価額三・三平方メートル当り四一万六、〇〇〇円に対する割合は、一五・八パーセント)と定め、その余の原告らの取得したB部分については、権利金の授受が行なわれ、また、その上の建物も木造であるところから、地代の額は、三・三平方メートル当り年額六、六〇〇円(宅地の自用地としての価額三・三平方メートル当り四一万六、〇〇〇円に対する割合は、一・五パーセント)であるのに比べて、地代が高額となつてはいるが、いずれの部分も、もともと、一筆の土地の一部であり、同一幅員で道路に面していて、その利用価値はもとより自用地としての価格も同一である。そして、東京国税局長は、従来から、本件宅地のごとく自用地としての価額が三・三平方メートル当り三五万円以上六〇万円未満で、権利金授受の慣行のある地域については、借地権割合を八割と定めて相続財産の評価を行い、それが慣習法的規律として行政先例法となつていた。したがつて、原告貞雄の取得したA部分についても、残余のB部分についてと同様に、その底地価格を自用地としての価格の二割として評価すべきである。
しかるに、被告は、単に地代が高額であるという点だけに着目し、それが前叙のごとき事情によるものであることを無視し、前記行政先例法にも違反して、借地権割合を零、したがつて、底地価格を自用地としての価格の一〇割と評価して前記各更正処分に及んだ(もつとも、その後、審査裁決によつて、借地権割合は二割、底地価格は自用地としての価額の八割と決定された。)ことは、土地賃貸借における個別的、偶然的な事情に基づく課税であつて、実質課税の原則、租税の公平負担の原則に反し、ひいては、憲法一四条にも違反するというべきである。
被告は、昭和三九年直資56・(資)17「相続財産評価に関する基本通達」(以下評価通達という。)に依拠して右のごとき課税価格の決定をしたと主張するが、同通達は、概括的白地委任条項を含んでいるのみならず、同年四月二五日示達されたものであるから、それを同年一月一一日に開始した本件相続に遡及することは、相続税法二二条、憲法三〇条、八四条に違反すること明らかである。
第三被告の答弁
原告ら主張請求の原因事実はすべて認めるが、その法律上の主張は争うと述べ、本件各更正処分の適法性について、次のように主張した。すなわち、
相続財産の評価にあたつて、底地価格は、自用地としての価格よりこれに国税局長が別に定めている借地権割合を乗じた借地権価格を控除した金額によつて評価することとなつている(評価通達25、27参照)。ところで、借地権の設定に際し権利金が授受されている場合においては、宅地所有者は、これによつて当該宅地に対する投下資本の大部分を回収しているのであるから、その地代の額は、宅地の自用地としての価格より、すでに回収された投下資本の額を控除した残額、つまり、底地価格についての不動産運用の利廻りに相当し、権利金の授受がない場合には、その地代の額は、当該宅地の自用地としての価格そのものの利廻りに相当し、権利金の額と地代の額との間には、逆相関関係が存在する。そして、また、東京国税局長が本件宅地を含む地域について借地権割合を八割と定めているのは、権利金の授受が行なわれ、地代の額が自用地としての価格の一・五パーセント前後にとどまり、借地権が自用地としての価格の八割程度の価格で取引きされているという当該地域の一般的慣行に基づくものであるから、かかる前提条件のないA部分の底地の評価については、前記評価方法の適用がなく、評価通達にいう「この通達の定めによつて評価することが著しく不適当と認められる」場合(6参照)に該当するので、被告は、国税庁長官の指示を受け、その地代の額が、市中金利をおおむね八パーセントとみた場合、複利年金現価率によつて計算すると、借地権の存続期間を二〇年と考えても、ほぼ自用地としての価格に相当することを勘案し、借地権価格は経済的には零、したがつて、底地価格は自用地としての価格の一〇割であると評価したが、審査裁決によつて、かかる宅地についても、借地人には借地権があつて所有者は宅地利用の制約を受けていることや、東京都内では権利金授受の慣行のない地域においても、借地権割合を一般に二割とみられていること等が考慮され、底地価格を自用地としての価格の八割と修正されるにいたつたのである。
原告らは、A部分の高額地代の中には権利金の分割分が含まれていることを前提として本件各更正処分の違法を主張する。しかし、借地人であるスーパーバツク株式会社の帳簿には権利金未払分の計上はもとより、借地権の資産計上もなく、原告らの相続税申告書中にも権利金未収分の計上がないことからみても、また、地代の額の中に権利金の分割分を含ましめるとすれば、将来借地人が借地権を他に譲渡する場合、譲受人は、借地人に対して譲受代金として権利金に相当する金額を支払うと同時に、地主に対しても地代として権利金に相当する金額を支払わなければならないという不合理な結果を招来することからみても、右地代に権利金の分割分が含まれているとは、到底、考えられず、したがつて、そのことを前提とする原告らの主張は、すべて理由がないものというべきである。
第四証拠関係<省略>
理由
原告らは、昭和三九年一月一一日、福田谷蔵の死亡により、同人がスーパーバツク株式会社に対して賃貸していた本件宅地を相続し、翌四〇年一月一五日協議の結果、そのうちA部分は原告貞雄に、残余のB部分はその余の原告らに分割されたので、昭和四一年二月一六日いずれの部分についても借地権割合を八割、したがつて、底地価格を自用地としての価格の二割と算定して、それぞれ主張のごとき相続税の申告をしたところ、被告は、同年一二月一四日付で、原告貞雄については、地代が高額であるので借地権割合が経済的には零であると認めて主張のごとき更正をなし、また、その余の原告らについても、原告貞雄を含むすべての相続人らに係る課税価格の合計額を基礎として算出した相続税の総額が違つてきたことを理由として、それぞれ主張のごとき更正をなし、その後東京国税局長の審査裁決によつて、A部分の借地権割合が二割と認められた結果、原告貞雄の分については課税価格および税額が、その余の原告らについては税額がそれぞれ主張のように減額されたことは、当事者間に争いがない。
おもうに、借地権の設定されている宅地の価格は、借地権の設定にあたり権利金、礼金等の名目で一時金が支払われている場合においては、その一時金の法的性質如何にかかわらず、宅地所有者がこれに相当する宅地使用の対価を取得しているのであるから、地代の額もそれだけ低く定められており、したがつて、借地権取引の慣行がみられる東京都のごとき大都市においては、当該宅地の自用地としての価格よりも、巷間借地権価格と称されている-土地の適正賃料と実際に支払われる地代との差額に賃借権の存続期間を乗じた借地人に帰属すべき-利益の額だけ低く評価されることとなる。これに対し、権利金等の授受がなく、地代の額が適正賃料によつて定められ、しかも、それが地価の高騰に絶えず随伴して増額されている場合においては、前記借地人に帰属すべき利益の生ずる余地がなく、また、地代の資本還元額も宅地の自用地としての価格に等しい関係にあるので、当該宅地の価格は自用地としての価格に相応するものとなる。もつとも、この場合においても、宅地所有者は、賃貸条件に基づく宅地の最有効使用の制約を受け、また、譲渡抵当権の設定等についても事実上制約を受けているので、これらの経済的不利益が宅地の評価に影響を与えることは、否定しえないところである。
また、相続税法の規定によれば、相続によつて取得した財産の価格は、当該財産の取得の時における時価によつて評価することとなつている(二二条参照)。そして、ここにいう時価とは、当該財産の取得の時において、その財産の現況に応じ、不特定多数の当事者間で自由な取引が行なわれる場合に通常成立すると認められる価格を指すものと解すべきであり(評価通達1参照)、また、借地権は、契約の内容、締結の経緯、経過した契約期間等によつて個々に異なるものであるとはいえ、特段の事情がある場合を除き、前記経済的利益又は不利益がそのまま底地所有権又は借地権の取引価格に反映するものではないので、これらの権利の時価は、近隣地域および同一需要圏内の類似地域における取引慣行とその成熟の程度等を考慮して決定するのが相当である。
いま、本件についてこれをみるのに、本件宅地のうち原告貞雄の取得したA部分は、権利金等の授受がなく、地代の額を三・三平方メートル当り年額六万六、〇〇〇円(宅地の自用地としての価額三・三平方メートル当り四一万六、〇〇〇円に対する割合は一五・八パーセント)と定められ、他方、その余の原告らの取得した残余B部分については、権利金の授受が行なわれ、その地代の額が三・三平方メートル当り年額六、六〇〇円(宅地の自用地としての価額三・三平方メートル当り四一万六、〇〇〇円に対する割合は一・五八パーセント)と定められていたことは、原告らの自ら認めて争わないところであり、しかも、A部分の地代の資本還元額が、市中金利を八パーセントとみて複利年金現価率によつて計算すると、借地権の存続期間を二〇年と考えても、ほぼ宅地の自用地としての価格に相当すること、計数上明らかである。それ故、原告ら主張のごとく、A・Bいずれの部分も、一筆の土地の一部であつて、同一幅員で道路に面しており、その利用価値はもとより自用地としての価格も同一であるとしても、相続税の課税価格の決定にあたつては、両地を区別して取り扱うことは相当であるというべく、原告ら主張のごとくB部分に適用された評価通達2527による評価方法は、東京国税局長が本件宅地の属する地域においては宅地の自用地としての価格の約八割に相当する権利金の授受が行なわれるところから、その地代率が宅地の自用地としての価格のおおむね一・五。パーセントと定められているという調査結果に基づき、借地権割合を八割と定めて行なうものであること、<証拠省略>によつて明らかであるから、かかる前提条件を欠くA部分については、右の評価方法を適用する余地がないものというべきである。また、審査裁決によつてA部分の底地価格が自用地としての価格の八割と決定されたことも、該宅地における借地権の価格と底地の価格との前叙のごとき関連状況と、東京都内においては権利金授受の慣行のない地域についても一般に借地権割合を二割とみられているという<証拠省略>に徴すれば、相当であるというべく、他に右認定の妨げとなる資料はない。
原告らは、A部分の高額地代の中には権利金の分割分が含まれていると主張し、そのことを前提として、本件課税処分は実質課税の原則および租税公平負担の原則に違反するという。しかし、右の主張事実を認めるに足る証拠がないばかりでなく、かかる主張をもつてすれば、地代の資本還元額が当該宅地の自用地としての価格に等しいほど地代の額が高く定められている場合においては、後に説示するごとく、借地権設定の際権利金等の認定課税が行なわれないのに反し、権利金等が授受されて地代の額が低く定められている場合には、借地権設定の際権利金等に対して譲渡所得税ないし不動産所得税が課せられ、両者権衡を失するばかりでなく、相続に際しても、前者の借地権価格に相当する部分についての課税が行なわれえないため、逐にこの部分の所得についての課税は潜脱される結果となり、かえつて、原告ら挙示の諸原則に違背するにいたることからみても、右の主張は、独自の見解に基づくものであつて、採用に由ないものというべきである。
また、原告らは東京都内においては、本件宅地のごとく、宅地の自用地としての価額が三・三平方メートル当り三五万円以上六〇万未満で、権利金授受の慣行のある地域については、借地権割合を八割と定めて相続財産の評価を行なうことが慣習法的規律として行政先例法となつているのに、本件各更正処分はかかる先例法に違反する、と主張する。しかし、右の評価方法が行政先例法であると認めるに足る資料がないばかりでなく、かえつて、<証拠省略>によれば、従来、権利金等の授受が行なわれていない場合においても地代の額の多寡によつて底地価格の調整をしていなかつたのは、借地権の設定が古く、その地代の額が地代家賃統制令や社会的・経済的諸事情によつて適正地代よりも低く押えられ、また、その値上率も地価の高謄率にはるかに及ばないのが実情であつたし、たとえ適正地代に達する高額地代の定めがあつたとしても、この場合には権利金等に相当する部分について認定課税を行なうこととしていたが、昭和三七年ころより、右のごとく地代の資本還元額が当該宅地の自用地としての価格に等しいほど地代の額が高く定められているときは、権利金等の授受が行なわれるいわれがないという理由によつて、認定課税を行なわない方針に改められたところから、同族会社相互間又は同族会社と法人の代表者間等において、借地権を設定するにあたり、権利金等の授受に代えて高額の地代の定めをする事例がみられるようになつたので、国税庁長官は、昭和三九年四月二五日付で、各国税局長に宛て現行評価通達を発し、所論のごとき従来から行なわれてきた同通達25・27所定の方法によつて相続財産を評価することが著しく不適当であると認められる場合には、同通達6の定めるとおり、国税庁長官の指示を受けて評価を行なうべきこととした事実を認めることができるので、原告ら主張のごとき慣行は、存在していなかつたというべきである。
なお、通達は、それが国民の権利義務に重大なかかわりをもつものであつても、法規としての性質を有するものではないから、行政機関が通達の趣旨に反する処分をしたからといつて、そのことにより、当該処分の効力が左右されるわけではない(最高裁判所昭和四三年一二月二四日第三小法廷判決、民集二二巻一三号三一四七頁参照)。それ故、評価通達違反をいう原告らのその余の主張は、それ自体理由がないこと明からである。されば、原告らの請求は、いずれも、その理由がないので、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行訴法七条、民訴法八九条、九三条を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判官 渡部吉隆 渡辺昭 斉藤清実)