東京地方裁判所 昭和43年(行ウ)199号 判決 1972年8月22日
原告 藤原信男
被告 目黒税務署長
訴訟代理人 豊島徳二 ほか四名
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一申立て
一 原告
被告が原告に対し昭和四二年五月二九日付でした昭和四〇年分所得税についての更正処分および過少申告加算税の賦課決定処分はこれを取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
二 被告
主文同旨。
第二主張
一 原告の請求原因
(一) 原告は昭和四一年三月一五日被告に対し、昭和四〇年分の所得税につき、課税標準(事業所得の金額)を四〇二、五〇〇円、所得税額を一、二四〇円とする確定申告をしたところ、被告は原告に対し、昭和四二年五月二九日付をもつて課税標準(事業所得の金額)を一、二一三、〇八八円、所得税額を一二九、二五〇円とする更正処分(以下、本件更正処分という。)および過少申告加算税六、四〇〇円の賦課決定処分(以下、本件賦課決定処分という。)をした。
(二) 原告は、本件更正処分および本件賦課決定処分を不服として、昭和四二年六月二一日被告に対し異議申立てをしたが、同年九月二〇日付で棄却されたので、さらに同年一〇月一九日東京国税局長に対し審査請求をしたが、昭和四三年七月三日付で棄却された。
(三) しかし、本件更正処分および本件賦課決定処分は違法であるから、その取消しを求める。
二 請求原因に対する被告の答弁および主張
(一) 請求原因(一)および(二)の各事実は認める。ただし、原告が確定申告をした日は昭和四一年三月一四日であり、審査請求をした日は昭和四二年一〇月二〇日である。
(二) 本件更正処分は推計により課税標準たる事業所得金額を算出してこれをしたものであるが、被告が推計により更正処分をせざるをえなかつたのは、次のような事情によるものである。
(1) 原告は昭和四〇年当時東京都目黒区中目黒一丁目九番七号において協立精機製作所という商号により金属挽物業を営んでいたいわゆる白色申告者であるが、その提出にかかる昭和四〇年分所得税の確定申告書には、これに記載されるべき事業所得金額の計算上必要な収入金額および必要経費が記載されていなかつた。
(2) そして、被告が原告についてした調査の際、原告は被告の担当係官に対し、事業関係の会計諸帳簿を備えつけていないこと、仕入先から交付された納品書、請求書、領収書の控などのいわゆる原始記録を保存していないことを申し立て、右帳簿、書類等一切の資料を提示しないばかりか被告の調査を頑強に拒否し、まつたく調査に協力しなかつたので、被告としては原告の工場内への立ち入りもできず、機械の種類、台数等原告の事業の概観さえも把握することができなかつた。しかも、原告の確定申告にかかる事業所得金額は帳簿、証ひよう書類等にもとづいて計算したものではなく、原告の単なる記憶によつて見積つた月額利益を一二倍したというものであつた。
(3) このような情況のもとでは、直接原告について調査を行ない、実額によつて事業所得金額を算出することは不可能であり、原告の取引の実態あるいは事業の規模等から原告の事業所得金額を推計することさえも困難であると認められたので、被告は、原告の得意先を反面調査して売上金額を把握し、目黒税務署管内の原告と同業種の類似業者について調査してえられた所得率を右売上金額に乗じて所得金額を算出し、これから特別経費を控除して課税標準たる事業所得金額を推計し、本件更正処分をしたものである。
(4) なお、原告は、本件更正処分等に対する異議申立てについての審理の際も、右(2) において述べたのと同様、帳簿、書類等一切の資料を提示せず、調査にまつたく協力しなかつたし、さらに、審査請求についての審理のため東京国税局協議団の担当協議官が面談を求めたが、これにも応ぜず、意見陳述の機会を自ら放棄したものである。
(三)(1) 原告の昭和四〇年分の正当な事業所得金額は、次に述べるようなもつとも確実・合理的な推計方法によつて算定すれば一、九八二、六一一円であるところ、本件更正処分はこれを一、二一三、〇八八円と認定したものであるから、それは正当な事業所得金額の範囲内でされたものであり、適法である。
(2) 原告の昭和四〇年分の事業所得金額の計算根拠は次のとおりである。
(ア) 売上金額 八、八九〇、〇一五円
(イ) 算出所得金額 三、七九六、九二五円
(ウ) 雇人費 一、五〇七、三〇〇円
(エ) 地代家賃 二〇五、二〇〇円
(オ) 支払利子 一〇一、八一四円
(カ) 特別経費計((ウ)+(エ)+(オ)) 一、八一四、三一四円
(キ) 事業所得金額((イ)一(カ)) 一、九八二、六一一円
(3) 右(2) の各項目について説明する。
(ア) 売上金額八、八九〇、〇一五円の内訳は次のとおりである。
売上先 売上金額(円)
(株)育良精機製作所 四五六、二九三
竹島接点工業(株) 一、一三六、八三四
(株)千代田製作所 二、一七八、七七一
鳥井電器(株) 九四三、〇七二
永楽電器(株) 一七三、六九〇
旺洋産業(株) 三九八、〇〇八
光洋電測器(株) 三七、六二〇
信和工業(株) 四、五〇〇
(株)中与通信機製作所 三、五六一、二二七
計 八、八九〇、〇一五
(イ)(a) 算出所得金額 三、七九六、九二五円
算出所得金額とは売上金額から通常事業に必要な一般経費を差し引いた金額であつて、特別経費すなわち雇人費、地代家賃、支払利子が含まれているところの所得金額のことである。原告は、すでに述べたように、経費の内容を明らかにしないのみならず、これを明らかにすべき一切の帳簿、証ひよう書類を提出しなかつたので、被告は、売上金額八、八九〇、〇一五円に次の(b)において述べる同業者の所得率(売上金額から一般経費を控除した金額の売上金額に対する割合)四二・七一%を乗じて、算出所得金額三、七九六、九二五円を算出した。
(b) 所得率
目黒税務署管内に事業所を有する金属挽物を業としている個人の青色申告者で、かつ、(1) 業態は主として受注生産であること、)(ii)原材料の大部分を自己負担していること、(iii )製品はねじ等単純な工程で作成しうるものであることの条件のいずれにも該当する者全員を抽出して調査した結果、次の表が得られた。そこで、次表のAからOまでの個々の所得率(b/a)を単純平均して、同業者の所得率四二・七一%を得たものである。
表<省略>
(ウ) 雇人費 一、五〇七、三〇〇円
原告が昭和四〇年中にその従業員である佐藤国男に三四九、四七一円、大輪光夫に三五六、〇〇〇円、椎名暉に二二〇、〇〇〇円、伊藤幸男に二二〇、〇〇〇円、佐藤妙子に一七一、八二九円、奥村守一に三〇、〇〇〇円、山部某に三〇、〇〇〇円、大月某に三〇、〇〇〇円、大野某に一〇〇、〇〇〇円をそれぞれ給料として支払つたものの合計額である。
(エ) 家賃 二〇五、二〇〇円
原告は小山清平から二階建の建物を賃借し、昭和四〇年分の家賃として同人に三四二、〇〇〇円を支払つている。ところで、原告は右建物のうち一階を工場とし、二階を住居として使用しており、一階と二階の床面積はほぼ同数と認められるが、二階の一部を事業用として使用することも考えられるので、右家賃のうち原告にとり有利な割合である五分の三にあたる二〇五、二〇〇円を事業用の家賃と認めた。
(オ) 支払利子 一〇一、八一四円
原告が協和銀行中目黒支店へ支払つた手形割引料一六、二四七円と城南信用金庫目黒支店へ支払つた手形割引料八五、五六七円の合計一〇一、八一四円を支払利子と認めた。
三 被告の主張に対する原告の答弁および反論
(一) 被告の主張(二)の(1) の事実は認める。同(二)の(2) の事実のうち、原告が被告の担当係官に対し、事業関係の会計諸帳簿を備えつけておらず、原始記録を保存していない旨申し立てたこと、原告が被告の調査の際、右帳簿や原始記録を提示しなかつたこと、原告の確定申告にかかる事業所得金額が帳簿、証ひよう書類等にもとづいて計算されたものではなく、原告の記憶によつて見積られた月額利益を一二倍したものであることは認めるが、その余の事実は否認する。原告は被告の調査を頑強に拒否したことはなく、被告の問に応じて得意先の名を知らせたところ、被告がただちに全得意先や取引銀行等に対し徹底的な反面調査を行なつたために、原告としてはもはや被告の調査に応じる理由がなくなつたのである。被告の担当係官は、調査の際、一回を除きすべて原告の工場の最奥まで立ち入つて原告と応待しており、工場の全容を把握しえたものである。同(二)の(3) の事実のうち、被告税務署管内における同業者の所得率を用いて所得金額を算出し、これから特別経費を控除して事業所得金額を推計したことは知らないが、その余の事実は認める。同(二)の(4) の事実のうち、原告が異議申立てについての審理の際帳簿、書類等を提示しなかつたことおよび審査請求についての審理のため東京国税局協議団の担当協議官より出頭を求められた昭和四二年一二月中はこれに応じなかつたことは認めるが、その余の事実は否認する。原告は右一二月中は多忙のため出頭しなかつたが、昭和四三年一月に入つてただちに担当協議官を訪れ面談し、その後も繰り返し調査を促したが、それに応じた調査は全然行なわれなかつたものである。
(二)(1) 被告の主張(三)の(1) の事実は争う。原告の昭和四〇年分の事業所得金額は次に述べるように四〇二、五〇〇円を越えることはない。
(2)(ア) 売上金額 八、八五六、一五五円
被告主張の売上先および売上金額((三)(3) (ア))のうち、竹島接点工業(株)に対する売上金額は一、一三〇、六二三円、鳥井電器(株)に対する売上金額は九四三、〇七七円、(株)中与通信機製作所に対する売上金額は三、五三三、五七三円であるが、その余はすべて認める。したがつて、売上金額の合計は八、八五六、一五五円である。
(イ) 仕入金額 五、一二八、三三二円
仕入金額の内訳は次のとおりである。
仕入先 仕入金額(円)
(株)育良精機製作所 一五七、二〇九
竹島接点工業(株) 四九、五二六
(株)千代田製作所 一、一三七、四三九
(株)中与通信機製作所 四七、六一九
福田商店 三、一四七、五六三
和田商店 二六〇、三二六
大和商店 一九三、六五〇
鉄原商店 一三五、〇〇〇
計 五、一二八、三三二
(ウ) 雇人費 一、五〇七、三〇〇円
被告主張の雇人費((三)(3) (ウ))を認める。
(エ) 家賃 五七〇、二〇〇円
被告主張の家賃((三)(3) (エ))を認めるが、そのほかに、原告は昭和四〇年中に従業員アパートとして建物を賃借してその賃料を負担し、かつ、有料駐車場の料金も負担し、三六五、〇〇〇円を支出している。
(オ) 支払利子一〇一、八一四円
被告主張の手形割引料((三)(3) (オ))を認める。
(カ) その他の諸経費 一、三三〇、〇〇〇円
その内訳は次のとおりである。
費目 金額(円)
水道光熱費 二一〇、〇〇〇
通信費 一二〇、〇〇〇
修繕費 六〇、〇〇〇
福利厚生費 一〇八、〇〇〇
交際費 三六〇、〇〇〇
諸会費 六、〇〇〇
消耗品費 三六、〇〇〇
消耗工具費 二四、〇〇〇
減価償却費 二五〇、〇〇〇
雑費 三六、〇〇〇
交通費 一二〇、〇〇〇
計 一、三三〇、〇〇〇
(キ) 年末在庫増 一八三、九九一円
(ク) 事業所得金額は((ア)-〔(イ)+(ウ)+(エ)+(オ)+(カ)〕+(キ))により計算すれば、四〇三、五〇〇円となる。
第三<証拠省略>
理由
(一) 請求原因(一)および(二)の各事実(ただし、確定申告日が昭和四一年三月一四日かそれとも同月一五日か、また、審査請求日が昭和四二年一〇月一九日かそれとも同月二〇日かという点はしばらくおく。)は当事者間に争いがない。
(二) 被告が本件更正処分をするに至つた経緯について考えるに、原告が昭和四〇年当時東京都目黒区中目黒一丁目九番七号において協立精機製作所という商号により金属挽物業を営んでいたいわゆる白色申告者であること、原告の提出にかかる昭和四〇年分所得税の確定申告書には事業所得金額の計算上必要な収入金額および必要経費が記載されておらず、その事業所得金額は帳簿、証ひよう書類等にもとづいて計算したものではなく、原告の記憶により見積つた月額利益を一二倍したものであること、被告が原告について調査をするにあたり、原告は被告の担当係官に対し、事業関係の会計諸帳簿を備えつけておらず、納品書、請求書、領収書の控などのいわゆる原始記録は保存していない旨申し立て、右帳簿等を提示しなかつたことは、いずれも当事者間に争いがない。
<証拠省略>を総合すれば、次の事実が認められる。
原告は昭和三七年九月ごろから金属挽物業を始めたが、当初は会計諸帳簿を作成せず、昭和四〇年度も同様であつた。さらに、納品書、請求書、領収書の控などのいわゆる原始記録についても、原告は廃棄したり、紛失させたりして、昭和四一年三月の確定申告当時においてもこれを完全に保存しているという状態ではなかつた。被告の係官である三浦忠ほか一名は、昭和四一年八月一〇日、同年九月五日および同年一一月二九日の三回にわたり、原告の工場を訪ねて原告に会い、昭和三九年分と昭和四〇年分の所得税の調査に協力してくれるよう依頼し、会計諸帳簿やいわゆる原始記録の提示や確定申告にかかる事業所得金額の計算根拠を明らかにするよう求めた。これに対し、原告は、会計諸帳簿は備えつけておらず、原始記録も保存していない旨申し立てた(この点は前記認定のとおりである。)ばかりでなく、あるいは「所得に関することは商工会(原告は目黒民主商工会の会員であつた。)の方で聞いてくれ。俺は知らない」と述べたり、あるいは「今日は忙しいからだめだ。お前らもう申告ずみのものをなんで調べるんだ。もうすんだんだからいいじやないか。」などと述べたりして被告の係官の質問にまともに応答せず、一定期日までに調査に都合のよい日を連絡する旨約束しながらこれも履行せず、わずかに売上先のうちのいくつかを明らかにしたにすぎなかつた。そして、被告において売上先や取引銀行等についていわゆる反面調査をした後は、原告はそのことを激しく非難し抗議するとともに、被告の係官に対し「馬鹿野郎、帰れ。」などとののしつたりした。そこで、被告は、右のような情況のもとでは、実額によつて所得金額を算出することは不可能であり、原告の取引の実態あるいは事業の規模等から原告事業所得金額を推計することさえも困難であつたので、推計により課税標準たる事業所得金額を算出して本件更正処分をするに至つた。なお、本件更正処分に対する異議申立てについての審理の際も、原告は被告の調査に協力せず、事業所得金額を明らかにするような資料は見出されなかつた。
以上の事実が認められ、この認定を覆えすに足りる証拠はない。
(三)そこで、本件更正処分における課税標準たる事業所得金額一、二一三、〇八八円の算定の適否について判断する。
(1) 売上金額
被告主張の売上先および売上金額(二(三)(3) (ア))のうち、竹島接点工業(株)、鳥井電器(株)および(株)中与通信機製作所関係を除くその余の事実は当事者間に争いがない。竹島接点工業(株)への売上金額については、原告主張の一、一三〇、六二三円の限度においては当事者間に争いがないが、それをこえて被告主張の金額(一、一三六、八三四円)を認めるに足りる証拠はない。鳥井電器(株)に対する売上金額については、被告主張の九四三、〇七二円の限度で当事者間に争いがないが、これをこえて原告主張の金額(九四三、〇七七円)を認めるに足りる証拠はない。次に、(株)中与通信機製作所に対する売上金額については、原告主張の三、五三三、五七三円の限度においては当事者間に争いがない。そして、<証拠省略>は(株)中与通信機製作所が原告との取引内容を被告へ報告した旨を原告へ連絡してきた文書であり、そこに昭和四〇年中の原告からの仕入金額の合計が三、五三三、五七三円と記載されていることが認められる。しかし、他方、<証拠省略>は(株)中与通信機製作所が原告との取引内容を被告へ報告してきた文書であるが、そこには昭和四〇年中の原告からの仕入金額の合計として当初三、五三三、五七三円と記載したのを三、五六一、二二七円と訂正し、正印を押していることが認められる。
右認定の訂正の事実に照らして考えれば、昭和四〇年における原告の(株)中与通信機製作所への売上金額の合計は被告主張のとおり三、五六一、二二七円であると認めるのが相当である<証拠省略>の記載は右訂正前のものと思われる。)。
以上のとおりであるから、昭和四〇年における原告の売上金額の合計は八、八八三、八〇四円である。
(2) 一般経費
被告は売上金額に類似同業者の平均所得率を乗じて算出所得金額(売上金額から一般経費を控除した金額)を算出するのに対し、原告は昭和四五年三月一二日付準備書面において仕入先および仕入金額、水道光熱費その他の諸経費昭和四〇年末在庫増を具体的に主張するに至つた。
(ア) そこで、まず、原告の主張について検討する。
(a) 仕入金額について
原告主張の仕入先および仕入金額(三(二)(2) (イ))のうち、(株)育良精機製作所からの仕入金額一五七、二〇九円については<証拠省略>によつてこれを認めることができる。<証拠省略>のうち、四〇年度欄の点線より右側の数字が何を示すのか明らかではないが、そのうちの(相殺)として記載してある数字の合計は四九、五二六円となり、原告主張の竹島接点工業(株)からの仕入金額と一致する(このことからすれば、昭和四〇年度欄の(相殺)として記載された数字は、同年において竹島接点工業(株)が原告へ支給した材料代金と竹島接点工業(株)が原告から仕入れた製品代金との相殺金額を示すものではないかと推測されるが、その余の数字が何を示すものかはいぜん明らかではない。)。
<証拠省略>によれば、昭和四〇年における原告の(株)千代田製作所からの材料の仕入金額の合計は一、〇〇二、四三九円であることが認められ、これをこえて原告主張の仕入金額(一、一三七、四三九円)を認めるに足りる証拠はない。<証拠省略>のうち、昭和四〇年度の一覧表中の相殺欄の数字が(株)中与通信機製作所から原告へ支給した材料の代金と(株)中与通信機製作所が原告から仕入れた製品の代金との相殺金額を示すものかどうか必ずしも明らかではないが、仮にそうであるとすれば、昭和四〇年における原告の(株)中与通信機製作所からの仕入金額は原告主張の四七、六一九円である。<証拠省略>によれば、昭和四〇年における原告の福田商店からの仕入金額は合計三、五四七、五六三円であることが認められる。原告は和田商店からの仕入金額として二六〇、三二六円を主張するが、<証拠省略>によれば、和田商店から仕入れたのは消耗工具だけであることが認められ、これに反する証拠はないので、材料の仕入金額として和田商店からのものを加えることは相当でない。さらに、原告は大和商店および鉄原商店からの各仕入金額を主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。
以上のとおり、証拠上認めることができる昭和四〇年中の原告の仕入金額は、竹島接点工業(株)および(株)中与通信機製作所からのものも含めて、合計四、八〇四、三五六円である。ところで、昭和四〇年中の売上高に対応する材料消費高を算定するためには、昭和四〇年中の仕入高のほかその期首期末における材料、仕掛品、製品の在高数量とその評価金額を確定することが必要である。しかるに、原告は昭和四〇年末における在庫増として一八三、九九一円を主張するのみで(この事実を認めるに足りる証拠もない。)昭和四〇年の期首期末における材料、仕掛品、製品の在高数量とその評価金額を主張、立証しない。したがつて、結局、昭和四〇年中の原告の仕入金額が明らかとなつても、それだけでは同年中の売上高に対応する材料消費高を算定することは不可能といわざるをえない。
(b) 水道光熱費その他の諸経費について
原告は昭和四〇年中の水道光熱費や通信費等の諸経費として合計一、三三〇、〇〇〇円を主張するが(三(二)(2) (カ))、原告本人尋問の結果によれば、右は会計諸帳簿や預収書等にもとづいて主張しているものではなく、原告の推計(一か月の経費を大体見積り、それを一二倍するなど)にもとづいて主張していることが認められる。そして、原告は右推計の基礎となる資料については何ら主張、立証しないので、右推計が合理的なものであるかどうかを判断することは困難である。
(イ) 次に、被告主張の算出所得金額の算定に関する推計方法について検討する。
<証拠省略>によれば、目黒税務署管内に事業所を有し金属挽物を業としている個人の青色申告者で、主として受注生産により、ねじ等単純な工程で生産しうるものを生産し、原材料の大部分を自己負担している者全員の昭和四〇年における売上金額および算出所得金額(売上金額より一般経費を控除した金額)が被告主張のとおり(二(三)(3) (イ)(b))であることが認められ、この認定を覆えすに足りる証拠はない。そして、右算出所得金額を右売上金額で除すれば被告主張の所得率がそれぞれえられることは計算上明らかであり、右所得率を単純平均すれば四二・七一%となることも計算上明らかである。<証拠省略>の結果を合わせれば、原告は昭和四〇年当時主として注文を受けて電話器に用いるねじを生産していたこと、その原材料は注文主より支給される場合と原告自ら福田商店より仕入れる場合とがあつたが、注文主より支給される場合も有償支給でその原材料代は原告において負担し、原材料代金と製品代金とを相殺するという方法をとつていたことが認められ、この認定を覆えすに足りる証拠はない。してみれば、前記認定の所得率の算定にかかる金属挽物業者は原告の類似同業者とみることができる。被告主張の推計方法は、売上金額に類似同業者の平均所得率を乗じて算出所得金額を算出する方法であるから、この方法により算出すれば、昭和四〇年における原告の算出所得金額は次の算式のとおり三、七九四、二七二円(円未満切捨て)となる(したがつて、一般経費は売上金額から算出所得金額を引いた五、〇八九、五三二円ということになる。)
8,883,804円×0.4271 = 3,794,272.6884円
(ウ) ここで、一般経費ないし算出所得金額の算定に関する原告主張の方法((ア))と被告主張の方法((イ))を比較検討するに、原告主張の方法は一般経費の把握方法としては不完全・不十分であり、前記(二)において認定した本件更正処分をするにあたつての被告の調査や本件更正処分に対する異議申立ての審理の際の被告の調査に対する原告の応答、態度を合わせ考えれば、原告主張の方法は合理性が低いといわざるをえない。これに対し、被告主張の方法も、類似同業者の平均所得率を用いるものであるから、それは客観的な原告の算出所得金額ないし一般経費の実額そのものを示すものではないこともとよりであるが、会計諸帳簿を作成せず、しかもいわゆる原始記録も保存していない本件の事案のような場合においては、算出所得金額ないし一般経費の把握方法として合理性を有するものというべきである。当裁判所は、被告主張の方法を採用し、昭和四〇年における原告の算出所得金額は三、七九四、二七二円であると考える。
(3) 特別経費
被告主張の雇人費一、五〇七、三〇〇円(二(三)(3) (ウ))、家賃二〇五、二〇〇円(二(三)(3) (エ))および支払利子一〇一、八一四円(二(三)(3) (オ))については当事者間に争いがない。原告は、右のほか昭和四〇年中に従業員アパートとして建物を賃借してその賃料を負担し、かつ、有料駐車場の料金も負担し、三六五、〇〇〇円を支出した旨主張するので考えるに、<証拠省略>はその成立の点にも問題がないとはいえないが、その点はともかくとして、はたして<証拠省略>が原告の従業員を居住させるための賃貸借契約書であるかどうか明らかではなく、また、原告本人尋問の結果と対比すればどの程度の期間継続して賃借したのか等も必ずしも明らかではない。さらに、原告は、本人尋問の際、昭和四〇年当時一か月六、〇〇〇円かそこらでガレージを賃借し、従業員寮の賃料として一か月一万七、八千円を支払つていたと述べているが、各貸主の住所、氏名や各賃料についてはこれを明らかにしようとしないし、右原告本人の供述によれば一年間に二八八、〇〇〇円位を支出したことになるのに、本訴において原告は三六五、〇〇〇円を支出した旨主張しており、その間にくい違いがあることなどから考えれば、前記原告本人尋問の結果のみでは原告主張の家賃を認めるに十分ではないといわざるをえない。他にこれを認めるに足りる証拠はない。してみれば、昭和四〇年における原告の特別経費の合計は一、八一四、三一四円となる。
(4) 事業所得金額
以上のとおりであるから、昭和四〇年における原告の事業所得金額は、算出所得金額から特別経費を引いた一、九七九、九五八円となる。してみれば、本件更正処分における課税標準たる事業所得金額一、二一三、〇八八円の算定は、右認定の正当な事業所得金額の範囲内でされたものであるから、適法である。
(四) 右に見たとおり本件更正処分は適法であり、したがつて本件賦課決定処分も適法であるから、これらが違法であるとしてその取消しを求める原告の本訴請求は理由がない。よつて原告の本訴請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判官 高津環 牧山市治 上田豊三)