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東京地方裁判所 昭和44年(レ)57号 判決 1971年5月25日

控訴人 川人晴司

被控訴人 田中ふみ

右訴訟代理人弁護士 伊藤武

主文

本件控訴を棄却する。

訴訟費用は控訴人の負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

控訴人は、「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は、主文同旨の判決を求めた。

第二、当事者の主張

(被控訴人の請求原因)

一、被控訴人は、昭和三〇年四月一日、その所有にかかる別紙物件目録記載の建物(以下本件建物という。但し賃貸当時は後記増改築前の状態にあった。)を、控訴人に対し賃料一ヵ月金三、〇〇〇円で賃貸したが、その後、控訴人に賃料不払があったので、被控訴人は昭和四〇年二月控訴人を被告として大森簡易裁判所に本件建物明渡の訴を提起し、同裁判所同年(ハ)第五五号事件として訴訟係属したところ、昭和四一年四月六日同裁判所において右事件につき和解が成立し、被控訴人は控訴人に対し本件建物を賃料一ヵ月金七、〇〇〇円で期間の定めなく引き続き賃貸することとし、控訴人が被控訴人の承諾を得て自己の費用をもって本件建物に対する修繕をすることができる旨を約諾した。

二、ところが、控訴人は昭和四二年八月頃、従前別紙図面一記載のような間取りであった本件建物を、左記のとおり修繕の域を超えて解体したうえ、新材を補充するなどして、別紙図面二記載のような間取りに増改築した。

1 ルーフィング・トタン交葺普通勾配の屋根を全面長尺鉄板葺一〇分の二勾配の切妻屋根に葺き替えた。

2 本件建物の東、西、北側の土台を取替えた。

3 別紙図面二記載のとおり柱を取替えたり、新設したりした。

4 本件建物の東、西、北側の外壁の下見板を新建材で張替え、南側の外壁にはトタン板を張りつけた。

5 天井は大部分を張替え、室内の壁は大部分新らしいベニヤ板で張替え模様替えをした。

6 別紙図面二記載のように北側廊下、タタキ部分、南西側押入、外物置部分をそれぞれ増改築した。

三、1 控訴人の右無断補修、増改築工事は、賃借人としての建物保管義務に著しく違反し、賃貸借契約における信頼関係を破壊する事由に該るので、被控訴人は昭和四二年一一月一〇日到達の内容証明郵便をもって、控訴人に対し本件建物賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。

2 仮に右解除の主張が認められないとしても、控訴人の右無断補修、増改築工事は、賃貸借契約関係における信頼関係を破壊するものであって、正当事由があるものというべきところ、被控訴人は右内容証明郵便をもって、控訴人に対し本件建物賃貸借契約を解約する旨の意思表示をしたから、右意思表示到達後六ヶ月を経過した昭和四三年五月一〇日限り右賃貸借契約は終了したものである。

四、よって、被控訴人は本件建物賃貸借契約の終了を理由として、控訴人に対し本件建物の明渡を求める。

(請求原因に対する控訴人の認否)

請求原因第一項、第二項の事実および第三項のうち被控訴人から控訴人に被控訴人主張の日に内容証明郵便が到達した事実は認めるが、その余の事実は争う。右内容証明郵便では本件建物賃貸借契約解約の申入れがなされているだけで、右契約解除の意思表示をなされていない。

(控訴人の抗弁)

一、控訴人は、本件建物の屋根がルーフィング葺で腐朽し雨漏りがひどく、また土台、柱の一部等も腐朽し危険であり、修繕の必要を生じたので、これを自己の費用負担において補修すべく、昭和四一年九月以降再三にわたり被控訴人に対しその承諾を求めたが、被控訴人から明確な回答のないまま、昭和四二年の梅雨期をむかえ、早急に補修を必要とする状況になったため、同年四月二六日付文書をもって被控訴人に対し本件建物の屋根、外壁等の大修繕を自己の費用で行うことにつき承諾を求めたところ、被控訴人はこれに対し特に異議を述べなかったので、控訴人が本件建物の補修工事をなすことについては、被控訴人の暗黙の承諾があったものというべきである。

二、仮に右主張が認められないとしても、被控訴人は本来賃貸人として補修工事を行うべき義務があるのにこれを果さないばかりか、控訴人が前記の如く再三補修工事をなすことの承諾を求めたのに、その承諾をしないので、控訴人はやむを得ず必要最小限度の補修工事を行い、そのついでに一部を増改築したにすぎないものであり、その増改築工事は補修工事の程度を若干超えているとしても、その結果被控訴人所有の本件建物の価値を増大こそすれ、被控訴人になんらの損害を与えるものではないから、被控訴人のなした本件建物賃貸借契約の解除は無効であり、またその解約申入には正当事由がないといわなければならない。被控訴人は解約申入後も控訴人から一ヵ月金七、〇〇〇円の賃料を受領しているが、これは本件賃貸借契約が依然として継続しているからである。

(右抗弁に対する被控訴人の認否)

抗弁第一項の事実は否認、同第二項の事実は争う。

第三、証拠≪省略≫

理由

一、被控訴人主張の請求原因第一、第二項の各事実は、当事者間に争いがない。

二、被控訴人から控訴人に昭和四二年一一月一〇日内容証明郵便が到達したことは当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫によれば、被控訴人は、控訴人に対し右内容証明郵便をもって、控訴人のなした本件補修、増築改築工事が被控訴人に無断でなされたものであって、本件建物賃貸借契約を継続しがたい背信行為にあたるとして、右賃貸借契約を解除する旨の意思表示をしたものであることが認められる。もっとも、右内容証明郵便には本件建物賃貸借契約の「解約を申入れ」るとの文言が使用されているが、賃貸借契約のような継続的契約関係では、一方の当事者の債務不履行を理由として、相手方の意思表示によりその契約関係を解消させる場合にも、遡及効を生ぜず、将来に向って消滅するだけであるので、講学上、遡及的に契約の効力を消滅せしめる解除と区別するため、これを告知または解約告知もしくは解約と呼ぶことがあるが、民法上はこのような場合も解除と呼んでいるので、右内容証明郵便の文言は、右講学上の解約告知すなわち民法上の解除の意味において使われていること明らかであるから、右内容証明郵便の文面に解除という文言が使用されていないからといって、控訴人が主張するように前記契約解除の意思表示がなかったとすることはできない。

三、そこで、右契約解除の意思表示が有効であるか否かについて検討する。

≪証拠省略≫を総合すると、本件建物は、もともと昭和二四年頃駐留軍の放出物資により建てられたもので、置石の上に土台をのせた程度の木造ルーフィング葺のバラック建築であったこと、控訴人は昭和三〇年四月一日被控訴人からこれを賃借するに際し、被控訴人の承諾を得て、自己の費用でルーフィング葺の屋根の半分程度をトタン板に葺き替え、水道、電気配線工事をなし、室内の一部模様替えをして入居したこと、その後ルーフィング葺部分の屋根は古くなり雨漏りがしまた壁板の一部には腐触し始めているところも生じたので、控訴人はその補修工事をなすべく、昭和四二年八月四日頃工事に着手したが、屋根は野地板、の腐触が激しく、ルーフィングをトタン板に葺き替える程度では間に合わず、やむなく切妻屋根に全面葺き替えることとなり、そのついでに建物の一部を解体し、ブロック土台を新設し、腐触した土台、柱の一部を取り替え、あるいは柱を新設し、別紙図面二表示の、、部分を増築するなど請求原因第二項記載の各工事をしたほか、右増築した部分に引違い戸を、部分に窓および引戸を各設置し、従前板張りであった同図面表示、部分を押入に、従前押入、戸棚であった同部分を取り毀し二段ベッドに、従前押入であった同部分を廊下にそれぞれ改築し、従前コンクリート打ちしてある土間に浴槽がおけるようにしてあったにすぎない同部分を本格的な風呂場に、従前土間に流し台が置かれていた程度にすぎなかった同部分の炊事場を上床に改装したこと、その結果本件建物はほとんど旧態を留めない状態になり、控訴人は右補修、増改築工事に約金七〇万円程度の支出をしたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

ところで、建物賃貸借契約において、賃借人が修繕を賃貸人の承諾を得てなすことができる旨の特約条項がある場合でも、賃借人は急迫の危険防止等の必要があるときは、賃貸人の承諾をまたずに、応急工事および普通の保存工事の範囲を超えない程度の修繕をすることができ、賃貸人の承諾を得ずにこれを行ったとしても、直ちに賃貸借契約関係における信頼関係を破壊する事由となるとはいえないことは当然であるが、控訴人のなした前記補修、増改築工事は、社会通念上、応急工事および普通の保存工事の範囲を著しく超えているものといわざるを得ないから、賃借人たる控訴人がかかる補修、増改築工事を賃貸人たる被控訴人に無断で行ったとすれば、控訴人は賃借物を善良な管理者の注意をもって保管すべき義務に違背し、賃貸借契約関係における信頼関係を破壊し、賃貸借契約の継続関係を困難にする行為をしたものであることを免れず、被控訴人はこれを理由として本件建物賃貸借契約を解除することができるものといわなければならない。

控訴人は、右補修、増改築工事については、被控訴人の暗黙の承諾があった旨主張するが、本件全証拠によってもこれを認めるに足りない。もっとも、≪証拠省略≫によれば、控訴人が昭和四二年五月二六日付文書をもって被控訴人に対し本件建物の屋根、外壁等の大修繕を自己の費用で行うことにつき承諾を求めたところ、被控訴人は同年六月一日付書面で控訴人に対し、「雨漏りの件拝承いたしましたが、修理の儀今少しお待ち下さい。いずれそちらへ誰か参りまして御相談申し上げます。」との返信を送ったが、その後相談に赴かず、そのまま放置したことが認められるけれども、これをもって被控訴人が控訴人において前記のような大規模の補修、増改築工事を行うことを暗黙のうちに承諾したとまでは認められないこと勿論である。したがって、控訴人の右主張は採用できない。

また、控訴人は、被控訴人が賃貸人として建物の補修工事を行う義務を果さないので、やむをえず必要最小限度の補修工事を行い、そのついでに一部を増改築したにすぎないものであり、その増改築工事は補修の程度を若干超えているとしても、その結果本件建物の価値を増大こそすれ、被控訴人になんらの不利益を与えるものではないから、賃貸借契約関係における信頼関係を破壊するものではないと主張するが、前叙のとおり控訴人のなした補修、増改築工事は、社会通念上、応急工事および普通の保存工事の範囲を著しく超えたものであると認められるのみならず、建物の自然的朽廃の時期が迫っている場合、賃借人は賃貸人に対しその朽廃を阻止させるべき大修繕を加えることを請求し、または自らその大修繕をするなど右朽廃を阻止する措置をとってまで自己の賃借権の存続をはかる当然の権利を有するものではなく、一方賃貸人としては、建物の自然朽廃により賃貸借契約が終了すれば、その敷地をより効率的に利用し得る利益があり、賃借人の無断補修、増改築工事によって建物の本来有する自然的効用期間を延長されることは、右利益を侵害することになるので、右補修、増改築工事の結果、建物の価値が増加するとしても、賃貸人になんらの損害もないということはできず、これを本件についてみると、前記認定の事実から、補修、増改築工事前の本件建物は自然的朽廃がかなり進んでおり、控訴人のなした補修、増改築工事は、本件建物の右工事を加えなかった場合の自然的効用期間を著しく延長させたものであることが窺われるので、右補修、増改築工事の結果、被控訴人になんらの損害もないということはできず、控訴人の本件無断補修、増改築工事が本件賃貸借契約関係を破壊するものではないとはいえないから、控訴人の右主張も理由がない。

しかして、本件のように、賃借人たる控訴人に前記の如き著しい義務違反があり、その契約関係の継続を著しく困難ならしめる不信行為がある場合には、賃貸人たる被控訴人は民法第五四一条所定の催告をなさず直ちに賃貸借契約を解除できるものと解するのが相当であるから、被控訴人のなした前記契約解除の意思表示は有効である。

なお、控訴人は、被控訴人が本件賃貸借契約の解除後も一ヵ月金七、〇〇〇円の賃料を依然として受領しているのは、本件建物賃貸借契約が継続しているからであると主張するが、これを認めるに足りる証拠はなく、かえって、≪証拠省略≫によると、被控訴人は本件賃貸借契約解除後は右賃料と同額の金員を本件建物の使用損害金として控訴人から受領しているにすぎないものであることが認められるから、控訴人の右主張は採用できない。

四、そうすると、被控訴人と控訴人との間の本件建物賃貸借契約は、前記契約解除の意思表示が控訴人に到達した昭和四二年一一月一〇日限り終了したものであり、控訴人は被控訴人に対し本件建物を明渡す義務があるものというべきであるので、被控訴人の本訴請求を正当として認容した原判決は相当であって、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 輪湖公寛 裁判官 白石嘉孝 玉田勝也)

<以下省略>

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