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東京地方裁判所 昭和44年(ワ)10871号 判決 1976年3月03日

原告 渡辺技建株式会社

被告 反町一男

主文

一  被告は原告に対し三〇万円およびこれに対する昭和四四年一〇月一〇日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを三分し、その二を原告の、その余を被告の、各負担とする。

四  この判決の第一項は、一〇万円の担保を供したとき、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告は原告に対し一〇三万三、四八八円およびこれに対する昭和四四年一〇月一〇日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言。

二  被告

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和四四年五月二七日、被告の代理人反町照子(被告の妻、以下照子という)との間で、被告を委託者、原告を受託者として、左記のような建物の設計監理委託契約を締結した。

(一) 建築場所および建築物

東京都大田区南千束一丁目三七八番四号(被告方宅地)鉄骨造二階建事務所付共同住宅

床面積 一、二階とも一七六・八五平方メートル

(二) 委託事務の内容

(1)  右建築物の設計および工事監理

(2)  構造計算書の作成

但し右建築物は二階建であるが、将来四階に増築するため四階建として構造計算をする。

(3)  建築確認申請手続

(三) 報酬金 合計 一三三万三、四八八円

(1)  基本設計料 九〇万円

工事監理料 三〇万円

但し右は両者合して工事費見積額二、〇〇〇万円の六パーセントに当る一二〇万円として約定されたものであるが、その内の七五パーセントが基本設計料、二五パーセントが工事監理料である。

(2)  構造計算書の作成 六万一、四八八円

(3)  建築確認申請手続 七万二、〇〇〇円

(四) 報酬の支払期

委託事務の終了時

2  原告は同年七月五日までに基本設計図および構造計算書を作成し、同月八日に確認申請手続をなした。

3  ところが照子は同月二七日に至つて右建物の建築は中止する旨原告に申し入れてきたので、原告は受託事務のうち工事監理はしていない。

4  よつて原告は被告に対し、前記報酬金合計一三三万三、四八八円のうちから工事監理費三〇万円を除いた一〇三万三、四八八円およびこれに対する昭和四四年一〇月一日(本件訴状送達の翌日)から完済まで民法所定の遅延損害金を支払うよう求める。

二  答弁

1  請求原因1は、照子が被告の妻であることを認め、その余はすべて否認する。但し照子が原告に対し主張の土地上に鉄筋四階建共同住宅を建築するについての相談をしたことはある。

2  同2は不知。

3  同3は認める。

4  同4は争う。

第三証拠<省略>

理由

一  原告主張の契約の成否はさておき、被告の妻照子が昭和四四年五月二七日頃原告に対し、被告方宅地上に共同住宅を建築するについての相談をしたことおよび照子が同年七月二七日頃に至つて原告に対し右建物の建築を中止する旨申し入れたことはいずれも当事者間に争いがない。

二  そして、証人堀田義兼の証言によつて原本の存在と成立を認める甲第一ないし第一一号証、右証言によつて堀田が照子より交付された被告の認め印を押捺して作成したものと認める甲第一二号証、成立に争いのない甲第一三号証、堀田証言によつて同人が甲第一二号証と同様に作成したものと認める甲第一四号証、証人阿部三次(第一回)の証言によつて成立を認める甲第一五号証の一ないし四、証人堀田、同阿部(第一、二回)、同照子(第一、二回)の各証言、被告本人(第一回)尋問の結果を綜合すると(但し右各証言ならびに尋問の結果中、後記認定に反する部分は除く)、左記の事実を認めることができる。即ち、

1  原告は建築の設計施工を業とする会社であるところ、照子は昭和四三年暮頃当時原告が世田谷区奥沢に工事中の事務所付共同住宅を見て被告方宅地にも同様な建物を建築したいと考え、原告会社に電話をしたのがきつかけとなつて、昭和四四年二月六日頃、当時原告の建築部次長をしていた阿部が被告方に赴き照子より相談を受けたこと、

2  当時照子としては、銀行からの借入金によつて共同住宅を建築しその賃貸収入によつて右借入金を返済する予定であつたところから、工事費は坪当り一五万円程度の四階建共同住宅の建築を計画しており、原告のなす設計および見積りが被告方の希望にそうものであれば、原告に右工事を請負わせる積りであつたが、当時被告方宅地は風致地区内にあり都市計画法による公園地域に指定されていたため二階までの建築物しか許可されない状況にあつたので、阿部も照子も先ず右の点についての調査を始めたが、同年五月一〇日には両名が都庁に赴き右建築制限があることを確認したこと、

3  そこで両名は、将来右建築制限が緩和された場合四階建に増築可能な構造とした二階建共同住宅の建築について相談をし、同年五月二七日には阿部および原告の依頼によつて設計を担当していた一級建築士の堀田が被告方に赴き、照子および被告の両名と会い相談の結果、四階建構造による二階建共同住宅を建築する場合、その設計、構造、工事費がどのようなものになるかについて検討のため、堀田が右建物の設計、構造計算および工事費の見積りをすることとなり、その後堀田は阿部および照子と打ち合せをなしつつ作業を進め、同年六月二七日には基本設計図(甲第一、第三ないし第一一号証)および構造計算書(甲第二号証)を作成し、同日照子より被告の認め印の交付を受けて、建築確認申請手続を代行するに必要な書類(甲第一二ないし第一四号証)を作成し、同年七月八日右確認申請書類を大田区役所建築課に提出したこと、

4  然し、右設計図に基く原告方の工事費見積り額は坪当り約一八万七〇〇〇円(工事費二、〇〇〇万円、延床面積約一〇七坪)にものぼつたところから、照子は右設計図に基く建築を断念し、原告に中止を申し入れ、原告は同年八月四日に前記確認申請を取下げたこと、

以上の事実を認めることができる。

そして右認定の経緯に照らせば、被告は昭和四四年五月二七日原告に対し、被告が四階建構造の二階建共同住宅を建築するか否か、右建築工事を原告に請負わせるか否か決定するため必要な設計図、構造計算書の作成および工事費の見積りを依頼したものと解するのが相当である。

原告は、被告が五月二七日時点において四階建構造二階建共同住宅の建築をすることに確定していたかの如く主張し、堀田および阿部(第一、二回)の各証言中には右主張にそう部分もあるが、照子の証言(第一、二回)によれば、被告方では前記のとおり右建物の建築を銀行借入によつて行う予定であり、その返済計画上も工事費如何によつては右建築を実施できない場合もあつたと認められるので、工事費の見積りも見ず、工事契約も締結しない前から、右建物の建築を決定していたとまでは認めることができず、これに反する右堀田および阿部の各証言は措信できない。

一方照子(第一、二回証言)および被告(第一回尋問)は、昭和四四年五月一〇日都庁において前記2の建築制限を確認した時点で、共同住宅の建築は断念しており、その後になされた四階建構造二階建共同住宅の設計および見積りは阿部と堀田が被告の依頼も受けずに勝手にしたことである旨述べている。然し前掲甲第一五号証の一ないし四と堀田、阿部(第一、二回)の各証言によれば、照子は五月二七日以後において、同月二九日、六月八日、一四日、二七日と連続して堀田、阿部の両名と打ち合わせをしたり或いは原告方の工事現場を参考のため見学したりしていることが明らかであること、更に阿部と堀田が被告の依頼もなしに四階建構造の二階建共同住宅という極めて異例な建物について甲第一ないし第一一号証のような詳細精密な設計図や構造計算書を勝手に作成すべき特段の事情があつたことを認めるに足りる証拠は何もないことからすると、前記照子と被告の各供述はいずれもにわかに措信し難い。

三  ところで原告は昭和四四年五月二七日当事者間において主張の如き報酬約定がなされたという。

1  然し前記建物の設計および見積りは、もともと照子が坪当り一五万円程度の四階建共同住宅の建築を希望し、原告の設計と見積りが被告の希望にそうものであれば、原告に右建物の工事を依頼するということから始つたもので、阿部の証言(第二回)によつても当初は設計と施工とを一体として考えていたというより、むしろ設計は工事費を見積り両者間において工事請負契約を締結するか否かを決定するための前提作業として意識されていたに過ぎないことが明らかであり、五月二七日の段階において設計のみを施工から独立して切り離し、これに特定額の報酬を支払う旨の設計委託契約が明確になされたとまでは認めるに足りず、この点に関する堀田、阿部の各証言は曖昧で一貫性を欠き措信できない。

2  然し、前記のとおり、原告は建築の設計施工を業とする会社であり、四階建構造二階建共同の住宅の設計および見積りが原告の営業行為に属することは明らかであるから、たとい両者間において明示的に報酬支払の合意がなされていなくとも、原告は被告に対し商法第五一二条に基き相当額の報酬を請求し得るといわねばならない。

3  もつとも弁論の全趣旨によれば、被告は原告の設計では工事単価が被告の予算を超過し著しく高額なため施工契約ができず右設計に基く建築を中止したのであるから、右設計は無為に帰したものであり報酬を支払う必要がないと考えているようであるが、然し設計前の予算額と設計後の見積り額が一致しないということは往々にしてあることだし、まして前記建物は四階建構造二階建共同住宅という異例なものであることを考えればなおさら右の不一致が生じやすいものである上、前記の設計が構造計算を含む詳細精密なもので特別の費用と時間を要し、一般には、設計図および構造計算書の作成自体が独立して有償の契約目的とされていることなどからすれば、原告のなした前記設計図および構造計算書の作成はそれが工事契約締結のために必要な見積りを得るためになされ且つ右契約が単価についての折り合いがつかぬため、不成立に終つたとしても、これに対しては相当額の報酬を支払うべきものであろう。

四  そこで報酬の額について検討する。

1  一般に建築の設計料が社団法人日本建築家協会設定の報酬規定に準拠して決定されていることは当裁判所に職務上顕著な事実であり、原告が主張する報酬額も同様であると解されるところ、阿部(第一、二回)の証言によれば原告は通常の場合前記規定を下回わる工事費の五ないし六パーセントをもつて設計監理料としそのうち設計料を七五パーセントと見ていることが認められる。

2  そして原告は右基準となる工事費についてそれを自己の見積り額である二、〇〇〇万円と主張しているが、然し一般に右基準としては建築主が承認した施工契約上の工事費を採るのが通常であり、また本件においては被告が希望した工事単価が坪当り一五万円(従つて前記建物の床面積からすれば総額は約一、六〇〇万円)であつたこと、右設計図と構造計算書の作成は原・被告間における右建物工事契約の締結を目的としてなされたものであるから、右成約による工事利益を得べき原告がその不成約による損失負担の危険も多く負うのが相当であること、更に原告は業者として設計に入る前、工事契約が不成立に終つても設計料は受領する旨顧客である被告に十分説明し無用な紛争の発生を防止しておくのが相当であつたことなど諸般の事情を考慮すると、被告が原告に対し支払うべき設計報酬は依頼者側である被告の予算額一六〇〇万円に原告が通常採用しているパーセンテージのうち五パーセントを乗じた八〇万円の設計監理料から、そのうちの七五パーセントに当る設計料六〇万円を基準とし、その五〇パーセントに当る三〇万円をもつて相当と認める(構造計算書の作成費用は右設計料のうちに含まれるのが通常であるし、確認申請手続の費用はそもそも工事費の折り合いがつかず工事契約すら締結されていない段階においてこれをなすべき必要性など全くないものである)。

五  よつて原告の被告に対する請求は、右の限度において理由があるから認容し、その余は失当として棄却することにし、訴訟費用の負担については民訴法九二条を、仮執行宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 井野場秀臣)

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