東京地方裁判所 昭和44年(ワ)11573号 判決
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〔判決理由〕(ロ)(加害者の事故当時の状態)加害車は四屯積載の貨物自動車で、被告福田が昭和四三年六月頃新車として購入したものである。被告福田は、右加害者を長距離の運送に用いる意図で購入したものであつたため、走行中不慮のタイヤ破損が連続して生じることに対応しうるよう、スペア・タイヤを通例の一本にとどまらず、二本常備しておこうと考え、その旨販売者である群馬三菱ふそう自動車販売株式会社に申入れた。加害車はこれに添つて、スペア・タイヤ格納所を二箇所設け、二本のタイヤをスペア分として備えた装備で被告福田に引渡された。被告福田は引渡を受けた加害車を、右購入と共に営業を開始した、同被告を事業主とする運送業の業務用として利用し、事故の一〇日前頃、左右の前輪が磨耗してきたのにともない。これを二本とも自らの手でスペア・タイア格納所にあつたタイヤと交換した。本件事故時の加害車の前輪は、この一〇日前頃交換されたタイヤのものであつたのであるが、事故後の警察官による実況見分の際の状況では、右前輪は破裂し、タイヤは長さ0.29メートル位が外側の方向に破裂し、チューブは中央から左右に破裂していた。右破裂したタイヤは、タイヤ・コードの厚さが一〇枚である一〇プライのものであり、その旨タイヤ外部に表示もされているのであるが、加害者のその余のタイヤはすべて一四プライという、より厚いものとなつている。一〇プライと一四プライのタイヤでは、一四プライが衝撃に対する強度においてすぐれ、一四プライのタイヤに比べると一〇プライのタイヤは、ケース破壊エネルギーに対しては七四%、ケース破壊圧力に対しては六〇%の強度しか示さず、ケース安全率は八八%に低下するとされており、加害者のタイヤは、加害車の製造者によつても一四プライのものを装備すべきものと指定されている。現に加害者の販売に当つて、作成された契約関係書類にはすべて、加害車のタイヤはスペア分も含め一四プライのものである旨記載されている。
加害車の事故直後の損傷は、右のほか、前面のウインド・ガラスおよび右前照灯が破損し、前照灯の上下に凹損があるだけで、ブレーキ・ハンドル装備などの機能・構造にはなんらの欠陥は見出されなかつた。
(ハ)(事故発生状況)亡文夫は、本件事故の約一カ月前より被告福田のところで自動車運転手として稼働するようになり、当時の被告福田の唯一の事業用自動車である加害車の運転に被告福田の指揮のもと当つていた者である。本件事故の際は、亡文夫が加害車の運転に当つていたのであるが、右運転は事故現場の約五〇メートル手前で、被告福田と交替して開始したものである。亡文夫は右運転開始後加害車を塩尻方面に向かい北進させ、事故現場手前に至つたが、その時先行車である普通乗用自動車(以下軽乗用車という)との車間距離が狭まつてきたため、それ迄の時速約六〇キロメートルを一〇キロメートル前後減速した。しかし、加害車の接近に気付いた軽乗用車は進路を左寄りに変更し、加害車に追い越しを促すかたちをとつた。亡文夫は、その少し前衝突地点から約3.9メートル南の東側路肩部分を北に向け、一列縦隊で急ぎ足で歩行中の亡充夫と訴外岩波則康を、前方約八〇メートルの距離で認めていたのであるが、右両名は路肩内を歩行し続ける限り、加害車が追越しにかかり、対向車線に進出しても、路肩に入る必要はないのであるから、右両名との衝突の危険はなく、また当時対向車線を衝突の危険の考えうる範囲で進行してくる車もなく、自車の後方も危険な交通事情ではなかつたので、追越の意図をかため、加害車の速度を従前の時速六〇キロメートルに上げ、ハンドルを右に切つて対向車線に自車の一部を進出させ、加害車を軽乗用車の前方にすすめ、道路東路肩部分から、少なくとも1.1メートルは離れた地点で右に切つていたハンドルを左にもどそうとした瞬間、加害車の右前輪が前掲(イ)の道路亀裂部分に落込んだのである。加害車の右前輪のタイヤは、事故の約一〇日前より、前記のとおり一〇プライという薄いタイヤとなつていて、それ以後加害車の走行の都度右タイヤの負担能力をこえる衝撃が幾度となく加えられた結果、右タイヤに小さな内部コードのショックコード切れを生じ、これが衝撃の都度徐々に増大していつた状態となつていたため、右亀裂との接触で受けた衝撃が、通例の規格どおりのタイヤであるならば、本件の破裂という迄の大きな異常を生じなかつたのに、右のとおり規格外であつたため、限界点に達し、破裂するに至つた。タイヤの破裂とともに、当然右前輪の回転は円滑にいかず、かつ加害車は右前方に傾く状態となつて、ハンドルは右に取られる傾向を示すに至つた。そのうえ、亡文夫はこの事態に狼狽のあまり、取られたハンドルを左にもどそうとする行動にで、加うるに急ブレーキを施してしまつたため、加害車は右斜め前方に逸走し始め、そのまゝ走行の自由を失つた状態で本件衝突地点に進み、まさに同所に、加害車の方に背を向けた姿勢で走行してきていた亡充夫と訴外岩波に加害車前部を衝突させる結果となつた。
以上のような事実が認められる(但し、右のうち請求の原因第一項(一)ないし(四)各該当事実と、亡充夫と訴外岩波に加害車が衝突したことおよび右衝突地点は道路右側であつたこと、は当事者間に争いない)。右認定を覆えすに足りる証拠は提出されていない。
右認定事実によると、亡文夫には、本件事故に関連し、次のような過失を犯していることが容認できる。(A)即ち、自動車運転者たる者は、自己が運転しようとする車を点検し、運転に支障のないことを確認したうえでなければ、運転を開始してはならない義務を負う。もとよりその点検は工学上の専門知識あるいは一般人に常備させることが望めないような特段の機械、器具を必要とする迄のものを求めることはできない。しかし、本件においては、加害車のタイヤのうち右前輪のみが、他の車輪のそれと異なつたものであることは、タイヤ表面になされている表示により容易に気付くことができるのであり、右差異に気付けば、運転者としては、しかるべき業者等に問合せ、照会をなし、タイヤの安全を確認したうえで運転に従事すべきものであるから右点検をつくさなかつたことをもつて運転者としての義務を怠つたものとしても、それは運転者に不能ないし過大な要求をなしているものとはいえない。そして加害車にとつて一〇プライのタイヤは規格されたものより薄く、破裂の可能性が高いものであること右認定のとおりであるから、亡文夫は点検を怠つたため、安全度に欠けるタイヤを装備した加害車を運転した過失を犯し、規格内のタイヤを装備した車であるならば破裂などすることなく、安全に通行していた道路亀裂に、乗入れた際加害車右前輪タイヤを破裂させることになつているのであり、これが発端となつて本件事故が発生していることになるのである。もつとも、自動車の仕業点検基準によれば、タイヤの点検は空気圧の適正と、摩耗・損傷の有無についてなすこととされており、本件のようなプライ数の確認は明示して求められてはいない。しかし、右仕業点検は、安全性に欠けるタイヤで走行することを避けるため、外見から容易に気付きうる異状を点検排除しようとする趣旨のもと、日常最も生じやすい事態を例示的にとりあげたものにすぎず、本件のような、他のタイヤと比較すると、その表示するところによつて、外部からでも容易に気付くタイヤの異状に注意を払い、安全を確認すべき義務を、運転者の義務から解除しているものとは解せられないので、これをもつて右判断を左右することはできない。(B)次に、自動車運転中、ハンドルを取られるような事態となつた場合、ハンドルを切り返したり、急ブレーキをかけると、かえつて、回転を失つた車輪が滑走を始め、走行の自由を失うこととなるので、かゝる場合自動車運転手としては、ハンドルの切り返しは避け、また急ブレーキも控えるべきであるにかかわらず、亡文夫は、急ブレーキをかけ、ハンドルの切り返しを行なつた過失を犯していることが明らかである。右認定のとおり、本件事故時、先行の軽乗用車は左に進路を寄せており、従つて加害車の追越は、対向車線上を一杯になつて進行する迄の必要はなく、東側路肩とはなお距離を隔てていたものであることよりすると、亡文夫の右のような走行の自由を失わせる過失がなければ、本件事故は避けえたと判断できる。(C)従つて、点検に怠るところのあつた亡文夫が、安全性に欠けるタイヤを装備した加害車を運転し、タイヤの破裂という事態となつた時、運転手として守るべき、走行の自由を維持し続けるためのブレーキ・ハンドル操作を怠る過失を犯したため、本件事故を惹起していることになるのであるから、亡文夫は、原告らの主張するところと具体的な過失態様に異なるところはあるが、自動車運転手として安全な運転をなすべき義務を怠たつて事故を惹起したものとして本件事故について過失の責任を負い、不法行為者として損害賠償責任を負わなくてはならない。
(なお、原告らは亡文夫をも加害車の運行供用者と主張するが、前示認定のとおり、亡文夫は被告福田に事故前一カ月頃雇傭され、運転手として稼働していたにすぎない者であるから、加害害車の運行を支配しその運行の利益に与つたりはしていないことが明らかであるので、亡文夫に運行供用者責任を肯定することはできない。)
そこで次に、被告福田の責任について検討する。
同被告が加害車の所有者であることは、当事者間に争いなく、本件事故時同被告が、その運行の支配と利益を失つていたと認めうる事実はなんら主張立証されないので、同被告は本件事故時加害車の運行供用者であつたとみるべきである。そうすると、運行供用者たる者は、その運行の用に供する車の整備点検を怠らず履行するなどして、機能・構造に欠陥のない車のみを運行させるべきものであるところ、既に認定のとおり、加害車のタイヤは不適格であり、かつ、これは、タイヤの表示するところが、他の車輪と異なるところより容易に判明するところであるから、これについて、照会等の手段によつて瑕疵が排除しうるのである故に、加害車には構造上の欠陥があり、かつ、これが存在は被告福田にとつて不可抗力的なものとみる同被告の主張は採れないところとなる。同被告は新車として一流の販売会社より購入した加害車のスペア・タイヤの欠陥を発見すべしとするのは不能を強いるものであると主張し、前認定のとおり、販売者側の書類はすべて一四プライのタイヤ装備と表示されており、少なくとも被告福田としては、販売者より引渡された際から、加害車のタイヤ格納所におさめられていたと考えてしかるべきスペア・タイヤを適格品と考えて取扱つたのは、若干無理からぬところがあるとは考えられるが、しかし、前に述べたとおり、右欠陥はタイヤの表面に表示されているところに注意を払い、かつ、車の安全に常に留意している者ならば容易に排除できるのであり、しかも既に認定のとおり、被告福田は自らの手でタイヤの取付をなすという、欠陥発見に絶好の機会さえもつていたのであるから、これをまつたくの不可抗力による事態であるとみることはできない。よつて被告福田は構造上に欠陥のある車を運行の用に供した者として、本件事故につき賠償責任を負わねばならないのであるし、そのほか、運転者である亡文夫に前認定のとおり過失しかも、タイヤ破裂後にも過失があることが認められるので、この点からも本件事故について、運行供用者責任は免かれえないのである。
(谷川克)