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東京地方裁判所 昭和44年(ワ)12424号 判決 1974年12月13日

原告 岡崎慎一

被告 国

訴訟代理人 大内俊身 後藤俊郎 ほか二名

主文

一  被告は原告に対し、金七〇〇万円およびこれに対する昭和四四年一一月二六日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文同旨の判決を求める。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

との判決を求める。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  別紙物件目録(一)、(二)記載の不動産(以下本件各不動産という。)は、もと高柳松太郎の所有であつたことから、東京地方裁判所昭和四二年(ヌ)第七二一号不動産強制競売事件において、株式会社いすゞ興産他五名(以下本件競落人という。)が昭和四三年七月一一日競落し、同年一一月二九日、競落代金を支払い、昭和四四年二月四日所有権移転登記をうけた。

2  ところで、本件各不動産には昭和四一年九月六日東京法務局板橋出張所受付第三五、九二四号をもつて、熊谷鉄吉のため代物弁済予約を原因として、所有権移転請求権保全の仮登記(以下本件仮登記という。)がなされていたところ、前記競売手続に基く強制競売申立の登記がなされたのは昭和四二年一〇月一八日であつて、右本件仮登記より後順位であつたにも拘わらず、前記競落に基く所有権移転登記を嘱託する際、東京地方裁判所民事第二一部の裁判官が民事訴訟法七〇〇条一項二号により登記所に本件仮登記の抹消登記も併せて嘱託したため、右仮登記は昭和四四年二月四日、抹消された。

3  右抹消登記の嘱託は、本件各動産に前同出張所昭和三五年六月一〇日受付第二、〇五八号をもつて豊島青果信用組合のために抵当権設定登記がなされており、本件仮登記が右抵当権設定登記より後順位であるため、右抵当権設定登記とともに抹消されるべきであることを理由としてなされたものと考えられるが、右抵当権の被担保債権は昭和三八年六月二五日、弁済により消滅しており、かつ、前記嘱託前の昭和四三年一二月一二日、前記民事第二一部に右信用組合からその旨の届出がなされていたにもかかわらず、前記民事第二一部の裁判官は不注意にもこれを看過し、もしくは無視して前記嘱託を行つたものである。

4  原告は、昭和四四年二月一五日、本件競落人から本件各不動産を登記簿上何らの負担のないものとして金七〇〇万円で買い受け、右代金を支払い、同月一七日、所有権移転登記をうけた。

5  しかしながら、本件各不動産の所有権は、前記仮登記権利者である熊谷が昭和四三年七月一五日付書面をもつて、高柳に対し予約完結権を行使してこれを取得していたので、原告は昭和四四年二月一五日本件競落人に売買代金七〇〇万円を支払いながら、本件各不動産につき所有権を享有できないことになり、右金七〇〇万円の損害を蒙つた。右損害は前記民事第二一部の裁判官の過失による抹消登記嘱託に基因するものである。

6  よつて、原告は国家賠償法第一条に基き、被告に対し、右損害金七〇〇万円およびこれに対する昭和四四年一一日二六日以降右完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1、2は認める。

2  同3中、本件各不動産に原告主張の抵当権設定登記がなされていたこと、本件嘱託が原告主張の理由からなされたものであること、豊島青果信用組合から昭和四三年一二月一二日、被担保債権消滅の届出(届出書には右消滅の日は同年三月三〇日と記載されている。)があつたことは認めるが、その余は争う。

3  同4中、原告主張の所有権移転登記がなれていることは認めるが、その余は不知。

4  同5中、熊谷が予約完結権を行使したことは不知、その余は争う。

5  同6は争う。

三  被告の主張

1  (過失について)

本件仮登記の抹消登記の嘱託をなしたことについて、東京地方裁判所民事第二一部の担当裁判官には何らの過失も存しない。すなわち、

(一) 執行裁判所は配当表を実施した後、民事訴訟法七〇〇条一項二号にいう、競落人の引受けない不動産上の負担記入の抹消登記を嘱託しなければならないが、右にいう負担記入とは、同条六四九条二項にしたがい、競落によつて消滅する抵当権、先取特権の登記の他、これらの担保権に対抗できないため、これらの権利とともに競落によつて消滅する権利の本登記、仮登記も含まれると解される。

(二) そして、強制執行手続においては、執行機関は、債務名義に表示されている請求権の存在および範囲について調査判断する必要はなく、またその権限もなく、ただその表示を信頼して、執行を実施する職務と職責を有し、たとえ請求権が実体上存在しなかつたとしても、執行は適法であり、債務者としては執行方法の異議は申立てられない。仮に弁済証書が提出された場合であつても、執行処分を一時保持するにとどまり、執行機関が自らその権利の存否を判断する権限はなく、債務者は請求異議の訴によつて、執行処分の取消を求めなければならないとされているのは、まさに執行手続の本質からの要請である。(民事訴訟法五五〇条、五五一条)。

執行裁判所が実体上の権利関係について自ら調査判断する権限がなく、執行手続上、これを顧慮しないこととする右の原則は、執行開始の段階にとどまらず、手続の進行過程においても適用され、かつまた、申立債権に関するだけでなく、配当要求債権者あるいは登記簿上の抵当権者等の有する債権に関しても適用があることも、また当然である、この原則は、執行裁判所が偶々、実体上の権利関係の消長を知る機会を得た場合においても、何ら変るところはない。

(三) 剰余主義に基づく無剰余による競売取消の規定(民事訴訟法六五六条)は、右原則にかかわらず、法が無益な執行を予防する趣旨から、実体上の権利係関につき、手続上これを顧慮すべきことを認めた唯一の例外である。もつとも、執行裁判所が抵当権その他の負担につき、登記簿の記載から判断した結果、剰余を生ずる見込みがあるとして、執行手続を進める限り、抵当権等の実体上の存否を顧慮する機会はない。執行裁判所としてはそれ以上進んで申立債権者の便宜をはかり、抵当権者等に対し、照会を発し、あるいは資料の提出を促すなど、積極的な調査方法を講ずべき義務はないと解すべきである。ただ、無剰余の通知を受けた申立債権者は、剰余の見込みがあることを立証するため抵当権等の被担保債権の存否または数額に関する資料を提出することができると解されるから、このような資料が提出された場合に限つて、執行裁判所は実体上の権利関係について判断する機会をもつことになる。その結果、執行裁判所が、たとえば抵当権の登記は抹消されていなくても、被担保債権の消滅により抵当権が実体上存在しないものと認めれば、その認定のもとに手続を進めることになるが、この場合には、競落による抵当権の消滅ならびにそれに劣後する権利の消滅という法定売却条件もないことになるから、競買人としても、そのような権利状態にあることを前提に競落するわけである。したがつて、右の抵当権に劣後する用益権の登記や所有権移転の仮登記等については、抹消の嘱託をしない取扱いをすることとなり、かつその取扱いによつて競落入の期待が裏切られることもないわけである。

(四) 右の場合以外に執行裁判所が実体上の権利関係の消長について知る機会をもつのは、配当の段階にいたつて、債権者から計算書が提出される場合であるが、この場合執行裁判所としては債権者から提出された計算書の記載を基礎として配当表を作成し、かつ配当を実施すれば足りるのであつて、進んでその債権の実体上の存否あるいは現存額について審理判断する必要はないと解すべきである。計算書の提出は配当表の作成につき、その正確を期するためのものであること、また、もし計算書の提出を怠つた場合、記録中にある申立書あるいは登記簿等の記載によつて債権額が計算され、かりにその記載に誤まりがあつたとしても、その補充を許さず、そのまま配当が実施されるものであること(民事訴訟法六九二条、六二八条二項)からみれば、右のように解するのが相当である。

右にのべたとおり、配当表が債権者の提出する計算書に従つて作成され、しかも実体上の権利関係とは無関係に配当が実施されるものであることからすれば、たとえば計算書提出の段階にいたつて配当にあずかるべき抵当権者から被担保債権が弁済により消滅している旨の届出があつたとしても、執行裁判所としては、この場合も右の趣旨にしたがい、債権の消滅の有無につき実体上の判断をすることなく、すなわち債権の存否にかかわりなく、当該債権を配当から当然に除外すれば足りると解するべきである。

右のように解したからといつて、当該債権が実体上存在しないことに確定するものでないことはいうまでもなく、したがつてその後の手続において、たとえば執行終了による登記嘱託の手続において、当該権利を実体上存在しないものとして取り扱うべきでないことももちろんである。

なお異議なく作成され、かつ適法に実施された配当表は確定判決と同一の効力を有すると解されているが、右は配当にあづかつた当事者間に新たな紛争が生ずるのを防止する観点から配当表に記載された当事者相互の関係における権利、義務を確定することをいうものであつて、各債権者の配当にあずかるべき債権それ自体の実体上の存否および範囲の確定を意味するものではないから、前述の取扱いと相矛盾するものではない。

(五) ところで、本件において、執行裁判所に豊島青果信用組合の抵当権の消滅の事実が判明したのは、昭和四三年一二月一二日に至つて、配当表実施のための期日呼出状に対し、右組合から届出があつたことによつたものであるから、本件執行裁判所が配当実施にあたつて、右組合からの被担保債権が弁済により消滅した旨の届出を受けて、これを配当から除外する一方、競落による所有権移転登記等の嘱託手続において、右抵当権が実体上なお存続するものとして取り扱い、それに劣後する本件仮登記の抹消の嘱託をしたのは、強制執行の本質に基く当然の取り扱いであつて、右の点につき執行裁判所の担当裁判官には何らの過失もないものである。

2  (損害について)

(一) 原告がその主張のとおり、本件各不動産を本件競落人から買受けたものとすれば、原告は右競落人からの所有権移転登記を有するものであるから、既に抹消された仮登記名義人である熊谷としては原告に対抗しえない筋合であつて、原告としては右熊谷が所有権移転登記を申請するにつき承諾をなす義務はないから、前記買受によつて所有権を取得できないものではなく、したがつて、何ら損害を蒙ることもないといわなければなららない。

(二) また、熊谷鉄吉が本件各不動産について本件仮登記を経由したのは、同人が高柳松太郎との間で、昭和四一年九月五日、それまでに貸付けていた金三五〇万円のほかにさらに継続的に金員を貸付ける旨の契約を締結し、その債務を担保するためであつたものである。そして、所有権に関する仮登記の原因たる契約が金銭消費貸借上の債権を担保するために締結された場合においては、その契約が代物弁済予約の形式をとつていても、その実質は目的不動産から債権の優先弁済を受けることを目的とするものであるから、担保権と同視すべきであり、したがつて、他の者から強制執行手続または任意競売手続が開始されたときは、債権者は不動産登記法一〇五条の適用を主張することは許されず、その開始された競売手続に参加してのみ自己の債権の優先弁済を図りうるものである。そして、本件各不動産については、昭和四二年一〇月一八日、競売手続が開始されたので、右以後は、熊谷は予約完結権を行使して、原告に対し本件仮登記の本登記手続の承諾を求めることはできなくなつたのであり、したがつて、原告は本件各不動産の所有権を失うことはなく、何ら損害を蒙つていない。

(三) 仮に本件仮登記が依然として有効であり、熊谷のために抹消登記の回復登記がなされ、原告に熊谷の所有権移転登記申請につき承諾義務があるとしても、原告は右熊谷が現実に右各登記をうけた場合にはじめて仮登記の順位保全の効力により、将来に向つて所有権を失うことになるのであるから、熊谷が右各登記をうけていない現在原告は所有権を失つたとはいえず、原告は何らの損害も蒙つていないといわざるをえない。

(四) 仮に原告に前記承諾義務があるとしても、熊谷が現に前記各登記をうけた場合、なる程原告は本件各不動産の所有権を失うことになるが、その場合原告としては、買主たる本件競落人に対し、売買契約を解除し、または瑕疵担保責任を追及して、売買代金の返還請求または損害賠償請求をなしうるに至るのであるから、いずれにせよ被告に対し損害の賠償を求めることはできない。

四  被告の主張(前記三)に対する反論

1  (被告の主張1について)

被告の主張1のうち(一)については争わないが、その余は争う。被告は抵当権者から被担保債権が弁済により消滅した旨の届出をうけ、これを配当から除外しておきながら、競落における所有権移転登記等の嘱託手続において、右抵当権が実体上存続するものとして取扱つたことを強制執行の本質に基く当然の取扱いと主張するが、右は登記に公信力を認めるが如き論旨であつて、到底容認できない。

2(一)  (同2(一)について)

本登記の対抗力は法律上の消滅事由が発生しない限り消滅するものではないから、適法になされた本登記が権利者不知の剛に法律上の消滅事由なくして抹消された場合にも、右本登記の対抗力が失われるものではない。ところで、仮登記は本登記の順位保全の効力を有するとともに、右順位保全を公示して一般に警告することを目的とするものであるから、先の理は仮登記の効力についても全く同じである。したがつて熊谷は本件仮登記の順位保全の効力により本件競落人ないし原告に対抗することができ、原告は熊谷の抹消登記の回復登記および所有権移転登記申請につき承諾を拒むことはできない。

(二)  (同2(二)について)

本件代物弁済予約が実質は担保権と同視すべきものであるとの主張は否認する。通常いわゆる清算型の代物弁済予約とは、抵当権等の担保権設定と併用してなされた場合のように外形上明白に担保目的であることが示されているものをいうのであり、本件のような抵当権等の併用もなく、目的物の価値と債務額とが相当である場合は含まれないのである。また、他の者から強制執行又は、任意競売手続が開始されたときは、その開始された手続に参加してのみ自己の債権の優先弁済を図りうるに止まるとの主張については、熊谷はあくまで単に仮登記権利者であるにすぎないし、しかも先順位抵当権は実体上消滅しているのであるから、被告主張の如き法的措置をなす余地はないというべきである。

(三)  (同2(三)について)

仮に、熊谷が被告主張の各登記をうけてはじめて原告が所有権を失うものであるとしても、原告は単に所有権喪失のおそれがある地位というにとどまらず、必然的に所有権を失うに至るべき右各登記の承諾義務者たる地位に既に陥つており、現に熊谷から右承諾を求める訴を提起されているのであるから、原告の立場は既に所有権を失つている場合と同視されてよい。

(四)  (同2(四)について)

被告主張の如き観念的かつ不安定な地位が得られるからといつて原告に損害が発生していないといえるものではなく、本件競落人と被告のいずれに責任を追及するかは原告の選択に委ねられているというべきである。

第三証拠<省略>

理由

一  本件各不動産はもと高柳松太郎の所有であつたが、東京地方裁判所昭和四二年(ヌ)第七二一号不動産強制競売事件において、本件競落人により昭和四三年七月一一日、競落され、同四四年二月四日、その旨の所有権移転登記がなされたこと、本件各不動産には、昭和四一年九月六日東京法務局板橋出張所受付第三五、九二四号をもつて熊谷鉄吉のため本件仮登記がなされていたところ、前記競売手続に基く強制競売申立の登記がなされたのは昭和四二年一〇月一八日であつて、本件仮登記より後順位であつたもかかわらず、前記競落に基く所有権移転登記を嘱託する際、東京地方裁判所民事第二一部の裁判官は民事訴訟法七〇〇条一項二号により登記所に右登記の抹消をも併せて嘱託し、右仮登記は昭和四四年二月四日、抹消されたこと、右抹消登記の嘱託がなされたのは本件各不動産に前伺出張所昭和三五年六月一〇日受付第二、〇五八号をもつて豊島青果信用組合のために抵当権設定登記がなされており、本件仮登記は右抵当権設定登記より後順位であるため、右抵当権設定登記とともに抹消されるべきことを理由になされたものであること、しかし、右抵当権の被担保債権については豊島青果信用組合から、昭和四三年一二月一二日、東京地方裁判所民事第二一部あてに右債権は弁済により消滅している旨の届出のあつたことは当事者間に争いがない。

そして、<証拠省略>によれば、登記簿上、本件各不動産には第一順位に前記豊島青果信用組合のための抵当権設定登記、第二順位に本件仮登記が経由されている状態で、他の債権者から前記強制競売が申立られたこと、また<証拠省略>によれば、右競売手続における配当期日は昭和四三年一二月一六日であつて、豊島青果信用組合から前記抵当権の被担保債権消滅の届出のあつたのは右配当期日の直前であること、その届出の内容は右組合と高柳松太郎の金銭貸借関係は昭和四三年三月三〇日までに完了しているということであつたことがそれぞれ認められる。

また、<証拠省略>によれば、前記豊島青果信用組合のため設定登記がなされた抵当権の被担保債権は既に昭和三八年六月二五日、弁済により消滅していており、したがつて、昭和四三年七月一一日の本件競落の時点では右抵当権は消滅していてただ登記のみ残存していたのに過ぎなかつたことが認められる。

二  そこで、前記のように東京地方裁判所民事第二一部の裁判官が本件競売手続において、本件仮登記の抹消登記を嘱託したことが違法でかつ過失があつたか否かについて判断する。

前記のように本件各不動産には本件競売申立当時、第一順位に前記抵当権設定登記、第二順位に本件仮登記が経由されていたものであるところ、まず、不動産の強制競売においては、執行裁判所は配当表を実施した後、民事訴訟法七〇〇条一項二号にいう競落人の引受ない不動産上の負担記入の抹消登記を嘱託しなければならないこと、そして、通常第一順位に抵当権があり、それに劣後して仮登記がある不動産につき、債務名義ある一般債権者により強制競売の申立がなされた場合、特に特別の売却条件が定められていないときは右第一順位の抵当権の設定登記当時の権利状態で競売に付されることになるから、右抵当権が競売で消滅する以上、それに劣後する仮登記上の権利も消滅し、右仮登記も民事訴訟法七〇〇条一項二号にいう負担記入の抹消をなすべき登記に該当することは疑いを容れないところである。

しかし、前記認定のように本件では(本件の競売は、特別の売却条件は定められず、いずれも法定の売却条件によるものであつたことは弁論の全趣旨に照らして明らかである。)右第一順位の抵当権が競落以前の時点において、既に消滅しているのである。この場合、右抵当権は、たとえその登記のみが残存していたからといつて、その故に民事訴訟法六四九条にいう売却によつて消滅すべき抵当権にあたるものということはできないから、前記仮登記上の権利は右抵当権に劣後するという理由で消滅してしまうことにはならないというべきである。

もつとも、被告は強制執行手続においては、被告主張の如き唯一の例外を除き、執行機関は、債務名義に表示されている請求権についてと同じように、申立債権以外の登記簿上の抵当権者等の有する債権について存在および範囲について調査判断する必要はなく、またその権限もなく、ただその表示を尊重、信頼して執行を実施する職務と職責を有するに過ぎず、そのことは執行裁判所が偶々実体上の権利関係の消長を知る機会を得た場合でも変らないのであるから、執行裁判所が本件競落による所有権移転登記の嘱託にあたり、第一順位の抵当権が実体上なお存続するものとして取り扱つたのは当然の取扱である旨主張する。しかし、競落の結果競落人がいかなる状態の所有権を取得するかは、真実の権利関係に基き、所定の売却条件に照らして客観的に定まるべきものであり、被告の右主張は、現行法上、これを認める明文の規定が何らないことや登記に公信力が認められていないこと等を考えれば、何ら明文の規定もないのに実体上の権利関係を全く無視するものであつて、到底採用することができない。

そして、本件では、前記認定のように配当期日の直前に第一順位の抵当権者より高柳松太郎との金銭貸借関係は昭和四三年三月三〇日までに完了したとの届出がなされているのであるから、執行裁判所としては競落人の引受ない不動産上の負担に関する記入の抹消登記の嘱託の際には、右抵当権が競落の時点以前に消滅していることを認識していたものというべきである。

したがつて、右嘱託にあたつて、東京地方裁判所民事第二一部の裁判官が本件仮登記につき、右第一順位の抵当権に劣後するという理由で、抹消登記の嘱託をなしたのは違法であり、かつ他に特段の主張、立証のない以上、過失があつたといわざるをえない。競落人としては、登記に依拠し、右低当権の存在を前提として、法定売却条件を考え、競買の申出を行い、代金も完納したのに、抵当権はすでに消滅していたとの理由で後順位の仮登記の抹消登記の嘱託がなされなかつたのでは、競落人の期待が裏切られることになるけれども、右の事態は現行法上、やむをえないものであつて競落人の期待、ひいては競売への信頼の保持を理由として、配当段階で執行裁判所が先順位抵当権の消滅を知つても、その抵当権の存続を前提として、後順位の仮登記の抹消登記の嘱託をすべきものということはできない。

三  次に、原告は右抹消登記の嘱託により金七〇〇万円の損害を蒙つたと主張するのでこの点につき判断する。

まず、<証拠省略>によれば、熊谷鉄吉は高柳松太郎および同直己を連帯債務者として、昭和四一年春ころから継続的に金員を貸付けたところ、同年九月ころには右貸付金の総額は金三五〇万円に達したので、右両名との間で、更に継続して右両名に金員を貸付けるが、右両名が小切手や手形を不渡りにしたときは残債務全額を一時に支払うべきものとし、その場合熊谷は代物弁済として本件各不動産を取得できる旨の代物弁済の予約を締結し、右予約に基いて本件仮登記をなしたこと、ところが、高柳直己は、昭和四二年八月三〇日、同人振出の小切手を不渡りとしたこと、右時点までの前記貸付契約に基く貸付金の総額は金六五〇万円に達していたこと、そこで熊谷は昭和四三年七月一五日、書面で高柳松太郎に対し、本件仮登記にかかる代物弁済予約を完結する旨の意思表示をなし、右書面はそのころ、同人に到達したことが認められる。また、<証拠省略>によれば、原告は、登記簿上何ら所有権の行使を妨げるような負担が付いていないことを確かめたうえ、昭和四四年二月一五日、本件競落人から本件各不動産を金七〇〇万円で買受ける旨の契約をなし、同日、右金員を同人らに支払つたこと、そして、右に基き、原告が、同月一七日、本件各不動産につき、所有権移転登記を経た(この登記の事実自体は当事者間に争いがない。)ことが認めちれる。

ところで、前記のように本件仮登記は本来競落によつて、抹消されるべきものではなかつたのであるから、右認定事実によれば、本件仮登記に劣後する所有権移転登記を経た原告としては、すでにその時点から、熊谷の高柳松太郎に対する本件仮登記の抹消回復登記およびこれに基く所有権移転の本登記申請につき、不動産登記法一〇五条の承諾義務を負い、右義務を履行せざるをえない地位に立ちいたつたのであるが、原告は本件仮登記の抹消登記を信頼し、なんら負担のないものとして、本件各不動産取得のために金七〇〇万円を支出したのであるから、東京地方裁判所の裁判官の前記本件仮登記の抹消登記の嘱託により金七〇〇万円相当の損害を蒙つたというべきである。

もつとも、

(1)  被告は、原告は所有権移転登記を有するから、すでに抹消された仮登記名義人である熊谷は原告に対抗できず、原告としては熊谷が所有権移転登記を申請するにつき承諾をなす義務はないと主張する。

しかし、仮登記は本登記の順位保全の効力を有するとともに、右順位保全を公示して一般に警告することを目的とするものであつて、一旦右仮登記が法律上の消滅事由なくして抹消されたとしても、右仮登記の効力が失なわれるわけではなく。したがつて、その不法抹消については回復登記を許すのが相当であり、この場合、仮登記権利者は登記上利害関係のある第三者に対して右回復登記につき承諾を与えるべき旨を請求することができるとともに、右回復された仮登記に基づく所有権移転の本登記についても承諾を与えるべき旨を請求することができるものと解すべきであるから、右主張は採用し難い。

(2)  次に、被告は、本件仮登記は金銭消費貸借上の債権担保のためのものであるから、他の者から強制執行手続が開始されたときは、右消費貸借上の債権者たる熊谷はその開始された競売手続に参加してのみ自己の優先弁済を図りうるのであつて、予約完結権を行使して不動産登記法一〇五条の本件仮登記を本登記手続にすることの承諾を原告に対し求めることはできない旨主張する。

なるほどさきに(本項冒頭)認定した事実によれば、本件仮登記の原因たる代物弁済予約は消費貸借上の債権の担保を目的とするもので、実質において担保権と同視されると解される(この点に関し原告は、通常いわゆる清算型の代物弁済予約とは抵当権等の担保権設定併用としてなされた場合のように外形上明白に担保目的であるものをいい、本件の如く、抵当権等の併用もなく、目的物の価値と弁済債務額とが相当な場合は含まれないとして、本件代物弁済予約が担保権と同視されをものではない旨主張する。しかし、代物弁済の予約が実質において担保権と同視しうるか否かは抵当権等の担保権設定と併用してなされ、担保の目的であることが外形上も明白であるか否かによるとは解されぬし、また本件各不動産の価値と債務額がたまたま結果として相当になつとしても、そのことから、本件代物弁済の予約の目的が、債権担保のためのものでなくなるわけではないから、原告の右主張は採用し難い。)。

そして、右債権担保という性格よりするならば、本件仮登記が前認定のごとくその実質第一順位のものであつても、競売手続が開始された以上、権利者たる熊谷は原則として右手続に参加して、債権の優先弁済をうけるのが筋合である(この場合、仮登記権利者は仮登記のまま配当に参加しうると解すべきである。)ということなるわけであるけれども、本件では、仮登記権利者たる熊谷は競売手続に参加していないことが弁論の全趣旨によつて明らかである。ところ、このような場合に、競売の結果、当然仮登記上の権利が消滅し、仮登記権利者は以後、右権利を主張しえないという効果が生ずるか否かについては、さらに考慮を要するところである。

本件のような代物弁済予約を原因とする所有権移転請求権保全の仮登記には、いわゆる真正の予約のための仮登記と債権担保のための担保的仮登記の二種類が考えられるが、現在の代物弁済予約についての仮登記の登記簿上の記載からは右予約が真正の予約かそれとも担保のための予約か、および担保のためのものとしても、その被担保債権額がいくらか等については明らかにならないから執行裁判所は仮登記権利者を抵当権者のように、当然に配当し参加しうる者としてとりあつかうことはできず、仮登記権利者の方に右の点につき主張させる必要があると考えられる。そしてそのためには、執行裁判所において、競売開始決定の段階で、一定の期間を定めて仮登記権利者に仮登記が担保のためのものであるか否か、および担保のためであるときはその被担保債権の額について回答を求めるとともに、さらに代物弁済予約を原因とする所有権移転請求権保全の仮登記には前記のような二種類があり、これらは同一視さるべきでなく、債権担保的な仮登記は、いわゆる真正の予約のためのものと異つた取扱いがなされるべきことが必ずしも一般に認められてはいなかつた本件競売当時においては、もし右催告に応じ担保目的の仮登記なのにその旨届け出て競売手続に参加してこないときは、右仮登記上の権利は失権する旨の警告的注意文言を附記するなどして、仮登記権利者にも十分配当参加の機会を保障したときに始めて、右機会を利用して、競売に参加してこなかつた仮登記担保権者の権利を失権させてよいが、このような機会を与えなかつた場合には、右の失権的効果を及ぼすことは仮登記権利者にとつて酷に過ぎ、許されないものというべきである。しかし、本件競売当時は民事訴訟法六五三条の二の新設前であり、かつ、右のような催告の手続がとられていなかつたことは当裁判所に顕著であるから、結局、熊谷鉄吉の本件仮登記上の権利はいまだ存続しており、同人は原告に対し、本件仮登記の抹消回復登記のみならずそれに基く所有権移転登記につき、不動産登記法一〇五条の承諾を求めうると解すべきであるから、被告の前記主張は採用し難い。

(3)  また、被告は、熊谷が本件各不動産につき、所有権移転登記を経由するまでは原告は右各物件の所有権を喪失していないから、原告はいまだ何らの損害を蒙つていない旨主張する。

しかし、前記認定のように、原告は本件各不動産を買受け、これに基いて所有権移転登記を経た時点からすでに熊谷の高柳松太郎に対する本件仮登記の抹消回復登記およびこれに基づく所有権移転の本登記につき承諾義務を負い、右義務を履行せざるをえないのであり、右本登記がなされて原告のための所有権移転登記が抹消されることは、右義務に由来する当然の帰結にすぎぬものというべきであるから、ただ単にいまだ右本登記がなされいないという事をもつて、原告はいまだ何らの損害をも蒙つていないということはできない。被告の右主張は採用し難い。

五  更に、被告は、原告は売主たる本件競落人に対し、売買契約を解除し、又は瑕疵担保責任を追求して、売買代金の返還請求又は損害賠償請求をなしうるのだから、被告に損害の賠償を求めえぬ旨主張する。

しかし、原告が右のような請求をしうるとしても、このことから直ちに原告に前記損害が発生していないということはできないし、売主たる競落人と被告のいずれの責任を追求するかは原告の自由に任せられているというべきであるから、右の主張も採用し難い。

六  以上のとおりであるから、国家賠償法一条に基づき、被告は原告に対し、金七〇〇万円およびこれに対する昭和四四年一一月二六日以降支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払義務がある。よつて、原告の本訴請求は理由があるから、これを認容し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 園田治 石垣君雄 大坪丘)

物件目録<省略>

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